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「曲名にマジでを付けると真実味が増してくる」? [音楽]
今日は、昼間になって少しだけ寒さが緩んだような気がします。
しかし、朝は寒かった。
風が意外に強かったのは計算外でした。
予報によると、明日あたりが寒さの「底」のようです。
立春を過ぎた今週末になって、ようやく寒さも緩んできそうですね。
2月26日に本番演奏が迫っているラフマニノフの晩禱の練習の後、凍えながら帰宅し、遅い晩飯を食べた後、いつも通り何気なくネットサーフィンをしていたら面白い記事に出くわしました。
「曲名にマジでを付けると真実味が増してくる」がネットで話題に/マジでとんぼ、マジで壊れかけのラジオ など
これは面白い!\(^o^)/
「真実味が増してくる」というよりも、ものによっては完全に意味が違ってしまう例もあり(例えば「マジで帰ってきたヨッパライ」など)、なんというか一種のパラドックスじみたシュールな笑いが楽しめそうです。
「マジで泳げ!たいやきくん」なんて、私的にはものすごくnice!です\(^o^)/
海に逃げ込んだたいやきくんを恫喝しているみたい(^_^;
また、「マジでセーラー服を脱がさないで」なんて、ふざけて脱がすのならアリなのか?などと思ってしまいそうです。
ということで、ためしにクラシックの曲名でも遊んでみると…。
などなど、次から次へと、枚挙のいとまがありません。
邦楽や邦人作曲家の作品ですと、もっと面白そうですし(「マジで春の海」とか「マジで六段の調」とか「マジで待ちぼうけ」とか「マジで小さい秋見つけた」とか「マジで涅槃」とか)、シャンソンなんてのもなかなかかもしれないのですが(「マジで暗い日曜日」とか)、切りがないのでやめにします。
というわけで、ご興味がございましたら、ためしにちょっと遊んでみてはいかがでしょうか。
マジで、いや、シャレで。
しかし、朝は寒かった。
風が意外に強かったのは計算外でした。
予報によると、明日あたりが寒さの「底」のようです。
立春を過ぎた今週末になって、ようやく寒さも緩んできそうですね。
2月26日に本番演奏が迫っているラフマニノフの晩禱の練習の後、凍えながら帰宅し、遅い晩飯を食べた後、いつも通り何気なくネットサーフィンをしていたら面白い記事に出くわしました。
「曲名にマジでを付けると真実味が増してくる」がネットで話題に/マジでとんぼ、マジで壊れかけのラジオ など
曲のタイトルを見るだけで自然と音楽が流れてくるような有名曲。いずれも、曲自体が優秀なのはさることながら、曲名のインパクトも秀逸である。
そんな曲名に「マジで」を付けると真実味が増してくるという情報が、現在Twitterをはじめとするネット上で大きな話題になっている。
これは面白い!\(^o^)/
「真実味が増してくる」というよりも、ものによっては完全に意味が違ってしまう例もあり(例えば「マジで帰ってきたヨッパライ」など)、なんというか一種のパラドックスじみたシュールな笑いが楽しめそうです。
「マジで泳げ!たいやきくん」なんて、私的にはものすごくnice!です\(^o^)/
海に逃げ込んだたいやきくんを恫喝しているみたい(^_^;
また、「マジでセーラー服を脱がさないで」なんて、ふざけて脱がすのならアリなのか?などと思ってしまいそうです。
ということで、ためしにクラシックの曲名でも遊んでみると…。
- マジで奥様になった女中
- マジで流れよ、我が涙
- 聖母マリア、マジで夕べの祈り
- マジでインスブルックよ永遠に
- マジで目覚めよと、われらに呼ばわる物見らの声
- マジで調子の良い鍛冶屋
- マジで天地創造
- マジでフィガロの結婚
- マジで魔笛
- マジで死者のためのミサ曲
- マジで運命
- マジで英雄
- マジで悲愴
- マジでセヴィリアの理髪師
- マジで未完成
- マジで野バラ
- マジで子供の情景
- マジで小犬のワルツ
- マジで雨だれ
- マジで別れの曲
- マジでさまよえるオランダ人
- マジでラインの黄金
- マジで神々の黄昏
- マジで四つの真剣な歌
- マジで超絶技巧練習曲
- マジで死の舞踏
- マジでオルガン付き
- マジで動物の謝肉祭
- マジで美しく青きドナウ
- マジで眠れる森の美女
- マジで憂鬱なセレナード
- マジで嘆きの歌
- マジでさすらう若者の歌
- マジで亡き子をしのぶ歌
- ツァラトゥストラはマジでこう語った
- ティル・オイレンシュピーゲルのマジで愉快ないたずら
- マジで亡き王女のためのパバーヌ
- マジで中国の不思議な役人
- マジで春の祭典
- マジで剣の舞
などなど、次から次へと、枚挙のいとまがありません。
邦楽や邦人作曲家の作品ですと、もっと面白そうですし(「マジで春の海」とか「マジで六段の調」とか「マジで待ちぼうけ」とか「マジで小さい秋見つけた」とか「マジで涅槃」とか)、シャンソンなんてのもなかなかかもしれないのですが(「マジで暗い日曜日」とか)、切りがないのでやめにします。
というわけで、ご興味がございましたら、ためしにちょっと遊んでみてはいかがでしょうか。
マジで、いや、シャレで。
タグ:マジで
MILES DAVIS「’Round About Midnight」 [音楽]
寒い日が続いていますが、皆様いかがお過ごしでしょうか。
気温が低いのもさることながら、冷たい風は本当に身にしみます。
昔、鼻毛やまつ毛が凍るのも厭わずに山に登っていた頃のことを思えば、何たる軟弱かと鼻白みますが、寄る年波というのでしょうか、やっぱり寒さは応えますね。
それでも、晴天が続いていることもあり、夜半には上限の月がひときわ美しく輝いています。
今夜も帰宅しながら眺め、何ともいえない輝きに見惚れてしまいました。
絹の手触りのように美しく艶やかな文章から深い教養と熱い想いがにじみ出てくる、私の川柳の師匠でもある蚤助さんのブログ、これは私の一番のお気に入りなのですが、1月21日の記事にもまたまた深く感じ入っています。
#405:真夜中ごろは…
Thelonious Monkの「'ROUND ABOUT MIDNIGHT」は、私のようなJazz門外漢でも知っている名曲ですが、蚤助さんがお取り上げになったマイルス・ディヴィス率いるオリジナル・クインテットによる「'ROUND ABOUT MIDNIGHT」の演奏は、迂闊にもこれまで全く聴いたことがありませんでした。
というわけで、早速、ネットで購入。
本日、帰宅したら届いていましたので、包みをほどく手ももどかしく聴いたのでした。
MILES DAVIS「’Round About Midnight」


収録曲は以下の通りです。
1から6までは1956年リリース当時のオリジナルであり、2001年のCD化に当たって同時期のレコーディング・セッションから4曲をボーナストラックとして納められるようになりました。
メンバーは以下の通りです。
こうして書き写しているだけでも唸ってしまうほどすごいメンバーですよね。
マイルスを中心とする、この素晴らしいメンバーでの真剣勝負のようなセッションがめくるめく展開されていきますが、何といってもアルバムタイトルである1の「'Round Midnight」の演奏が突出しています。
蚤助さんはこの演奏について次のように記されています。
正に真夜中、私は何度も繰り返し聴きましたが、何もいうべき言葉を持ちません。
的確かつ美しい蚤助さんの文章のみで、その素晴らしさは十分に伝わるのではないかと思いますから。
それにしても、マイルスのビブラート・コントロールには、いまさらながらですが驚嘆せざるを得ません。
冒頭の息の長いテーマを、全く揺れることのないノンビブラートの研ぎ澄まされた音で吹ききり、中間部で高音域の音に展開する場面ではここぞという個所で微妙なビブラートを効かせる、そして、エンディングでは思い入れたっぷりに、しかしそれでいて控えめで印象的なビブラートを響かせる。
マイルスほどのプロなんだから当たり前じゃないかといわれればその通りかもしれませんが、私も長いこと管楽器を演奏してきましたし、声楽もやってきましたから、揺れのないノンビブラートで、しかもぶら下がらない音を長時間持続することがどれほど大変なことかわかっているつもりです。
相当の技術に加え、腹筋や背筋や横隔膜のコントロールを自在に行えなければ、とても完璧にこなすことはできないのではないでしょうか。これは私の実感ですが。
テナー・サックスが、まるで咽び泣く人の声のようだといわれることはよくあるのですが、マイルスのペットも同じように響き、聴いているうちに、それが楽器によるものなのか、楽器ならばどのような楽器なのか、それとも人の声なのか、判然としなくなってしまいました。
2の「Ah-Leu-Cha」の演奏に移って、ハッと我にかえったような次第です。
この演奏はYouTubeにもアップされていましたので、宜しければお聴きください。
'Round Midnight
その2の「Ah-Leu-Cha」では、一転して速いパッセージの超絶技巧的な演奏が繰り広げられます。
マイルス・デイヴィスとジョン・コルトレーンの絶妙な掛け合いも見事です。
この曲の作曲者はチャーリー・パーカー(バード)なのですね。なるほど。
ところで、聞くところによると、この感動的なレコーディング・セッションは、何れの曲もほとんどワンテイクで録音されているそうです。
正に天才入魂の境地というべきで、実に驚くべきことではありませんか。
1956年のモノラル録音であるのにもかかわらず、音質も極めて良好で、何度も聴いているうちに、真夜中の様々な情景が眼前に展開してくるかのような興奮を味わいました。
1956年は私が生まれた年なのですが、その頃にこのような歴史的名演がレコーディングされていたとは、何だか俄かには信じられないような気持ちです。
長い夜に、これまでに過ごしてきた過去の時間を振り返りながら聴こうと思う、また新たな一枚の出現に思わず頬が緩んでしまいました。
気温が低いのもさることながら、冷たい風は本当に身にしみます。
昔、鼻毛やまつ毛が凍るのも厭わずに山に登っていた頃のことを思えば、何たる軟弱かと鼻白みますが、寄る年波というのでしょうか、やっぱり寒さは応えますね。
それでも、晴天が続いていることもあり、夜半には上限の月がひときわ美しく輝いています。
今夜も帰宅しながら眺め、何ともいえない輝きに見惚れてしまいました。
絹の手触りのように美しく艶やかな文章から深い教養と熱い想いがにじみ出てくる、私の川柳の師匠でもある蚤助さんのブログ、これは私の一番のお気に入りなのですが、1月21日の記事にもまたまた深く感じ入っています。
#405:真夜中ごろは…
Thelonious Monkの「'ROUND ABOUT MIDNIGHT」は、私のようなJazz門外漢でも知っている名曲ですが、蚤助さんがお取り上げになったマイルス・ディヴィス率いるオリジナル・クインテットによる「'ROUND ABOUT MIDNIGHT」の演奏は、迂闊にもこれまで全く聴いたことがありませんでした。
というわけで、早速、ネットで購入。
本日、帰宅したら届いていましたので、包みをほどく手ももどかしく聴いたのでした。
MILES DAVIS「’Round About Midnight」

収録曲は以下の通りです。
- 'Round Midnight
- Ah-Leu-Cha
- All Of You
- Bye Bye Blackbird
- Tadd's Delight
- Dear Old Stockholm
- Two Bass Hit
- Little Melonae
- Budo
- Sweet Sue, Just You
1から6までは1956年リリース当時のオリジナルであり、2001年のCD化に当たって同時期のレコーディング・セッションから4曲をボーナストラックとして納められるようになりました。
メンバーは以下の通りです。
マイルス・デイヴィス(トランペット)
ジョン・コルトレーン(テナー・サックス)
レッド・ガーランド(ピアノ)
ポール・チェンバース(ベース)
フィリー・ジョー・ジョーンズ(ドラム)
こうして書き写しているだけでも唸ってしまうほどすごいメンバーですよね。
マイルスを中心とする、この素晴らしいメンバーでの真剣勝負のようなセッションがめくるめく展開されていきますが、何といってもアルバムタイトルである1の「'Round Midnight」の演奏が突出しています。
蚤助さんはこの演奏について次のように記されています。
マイルスのシルキーなミュートと、まとわりつくようなコルトレーンのオブリガードが、文字通り真夜中の雰囲気を色濃く漂わせ、時に耳をつんざくようなマイルスのミュートの高音が次第に緊張感を高めていきます。
ガーランドの消え入るばかりの密やかなピアノに続いて、闇を切り裂くファンファーレのようなアンサンブルとドラマティックなコルトレーンのテナー・ソロが続きます。
エンディングは、マイルスのミュートとコルトレーンのオブリガードで再び夜の静寂へと帰っていきます。
実にドラマティックに演出されたアレンジですが、担当したのはギル・エヴァンスで、この後、マイルスとのコラボレーションでその才能を大きく開花させていくことになります。
正に真夜中、私は何度も繰り返し聴きましたが、何もいうべき言葉を持ちません。
的確かつ美しい蚤助さんの文章のみで、その素晴らしさは十分に伝わるのではないかと思いますから。
それにしても、マイルスのビブラート・コントロールには、いまさらながらですが驚嘆せざるを得ません。
冒頭の息の長いテーマを、全く揺れることのないノンビブラートの研ぎ澄まされた音で吹ききり、中間部で高音域の音に展開する場面ではここぞという個所で微妙なビブラートを効かせる、そして、エンディングでは思い入れたっぷりに、しかしそれでいて控えめで印象的なビブラートを響かせる。
マイルスほどのプロなんだから当たり前じゃないかといわれればその通りかもしれませんが、私も長いこと管楽器を演奏してきましたし、声楽もやってきましたから、揺れのないノンビブラートで、しかもぶら下がらない音を長時間持続することがどれほど大変なことかわかっているつもりです。
相当の技術に加え、腹筋や背筋や横隔膜のコントロールを自在に行えなければ、とても完璧にこなすことはできないのではないでしょうか。これは私の実感ですが。
テナー・サックスが、まるで咽び泣く人の声のようだといわれることはよくあるのですが、マイルスのペットも同じように響き、聴いているうちに、それが楽器によるものなのか、楽器ならばどのような楽器なのか、それとも人の声なのか、判然としなくなってしまいました。
2の「Ah-Leu-Cha」の演奏に移って、ハッと我にかえったような次第です。
この演奏はYouTubeにもアップされていましたので、宜しければお聴きください。
'Round Midnight
その2の「Ah-Leu-Cha」では、一転して速いパッセージの超絶技巧的な演奏が繰り広げられます。
マイルス・デイヴィスとジョン・コルトレーンの絶妙な掛け合いも見事です。
この曲の作曲者はチャーリー・パーカー(バード)なのですね。なるほど。
ところで、聞くところによると、この感動的なレコーディング・セッションは、何れの曲もほとんどワンテイクで録音されているそうです。
正に天才入魂の境地というべきで、実に驚くべきことではありませんか。
1956年のモノラル録音であるのにもかかわらず、音質も極めて良好で、何度も聴いているうちに、真夜中の様々な情景が眼前に展開してくるかのような興奮を味わいました。
1956年は私が生まれた年なのですが、その頃にこのような歴史的名演がレコーディングされていたとは、何だか俄かには信じられないような気持ちです。
長い夜に、これまでに過ごしてきた過去の時間を振り返りながら聴こうと思う、また新たな一枚の出現に思わず頬が緩んでしまいました。
ポーラ美術館に行ってきました [日記]
まだまだ寒い日が続いています。
どうやら後一週間くらいはこの冷え込みが続きそうな予報ですね。
そんな折ですが、この週末、箱根に旅行に行ってきました。
この寒いときに!とは思いますが、1月28日は私たち夫婦の結婚記念日で、年に一度のことだから、この時期に旅行に行こう、という取り決めにしているのです。
これまで一度だけ日帰りになってしまったことがありますが、後は一泊二日の旅行に出かけています。
そうはいっても、どうしても近場になってしまいますので、箱根・伊豆・湯河原・熱海とか日光・鬼怒川あたりになってしまうのですが。
さて、昨日、途中でちょっと立ち寄ったかまぼこの鈴廣に植えてあった紅梅がもう花を付けていました。

寒い寒いと身を縮めていましたが、やはり、春は着実に近づいてきているのだなあと、感動。
旅行に出かけた折、美術館を観て回るのも楽しみの一つです。
箱根に出かけると、私たちは決まって元箱根の成川美術館に立ち寄っていたのですが、今年は今までに一度も行ったことのなかったポーラ美術館に行こうということで衆議(といっても二人ですが)が一致しました。
ポーラ美術館では「印象派の行方 - モネ、ルノワールと次世代の画家たち」を開催しているとのこと。
これは楽しみです。
ここがポーラ美術館の入り口。

明神が岳方面の山々は冠雪していました。
ポーラ美術館の入場料は大人1800円で、駐車場料金は500円と、ちょっと高額ですが、実に充実した作品群で、見所たっぷりです。
特別展と常設展を観て回ると、たっぷり2時間はかかります。
印象派といえば、やはりモネとルノワールの存在の大きさに圧倒されますが、この両巨匠の作品を年代別に鑑賞できたのは大変大きな収穫でした。
ピカソのように、その生涯の中で大きく作風を変えている人は別格として、一つの自己の世界を徹底的に突き詰めていく画家の成長というものが如何に深く大きなものであるかが、正に眼前に展開されていくかのようでした。
この両名に併せて、同時期のセザンヌやゴーガンやスーラやゴッホ、そして彼らに継ぐ世代であるボナールやマティスやピカソといったアーティストの中にも如何に大きな影響を与えたかが、わかります。
また、スーラやシニャックなどの点描技法の驚くべき作品を観ていると、これは今のデジタル画像の走りのようなものではないかと感じてしまいました。
つまり、原色の絵の具を細かな点にして描くことにより、観る人の網膜にそれらが混じりあった色を感じさせる、というわけです。
そのほか、常設展では、洋画のほかに日本画や清朝時代の焼き物なども数多く展示されており、私は例えば、藤田嗣治の絵をこれほどまとめて鑑賞したのは初めての経験でした。
その他にも黒田清輝、岡田三郎助、梅原龍三郎、岸田劉生などの力作が楽しめます。
小企画展として展示されていた糸園和三郎の絵も大変素晴らしいものでした。
そして、私が最も感激したのは、シャガールの「町の上で ヴィテブスク」の実物を観ることが出来たことです。
これは全く期待していなかったので、本当にびっくりし、思わず歓声を上げてしまいました。
シャガールとベラが、抱き合いながら町の上を浮遊する不思議な作品で、私はこの夢のような情景をしばしば眠りの中で追い続けたことがあります。
それは思った以上に精緻なタッチで描かれた絵で、私はそのことにも改めて感動してしまいました。
と、これ以上つらつら書き連ねても切りがないので、もしも機会がございましたら、是非ともお出かけ下さい、と申し上げておきたく存じます。
ところで、ポーラ美術館にあるレストランはなかなか良いロケーションでした。

自然の光をたっぷりと取り入れた、実に気持のよいレストランです。
企画展のコースメニューとして「ルノワール家のごちそう」という魅力的なメニューがありましたので、ちょっと贅沢をして、こちらを頼みました。

この写真のブイヤベースもなかなかのものでしたが、メインディッシュの「鶏のロースト」は絶品です。
特にパリパリの皮の香ばしい歯触りが最高でした。
帰りは御殿場に出ました。
途中の乙女峠から眺める富士山が楽しみでしたが、ちょっと左側に雲がかかっていて、その点は残念でしたね。

ちょっと慌ただしい旅行ではありましたが、温泉につかり、絵画や料理も堪能し、しかもさほどひどい渋滞にも巻き込まれずに済んだことはありがたいことでした。
どうやら後一週間くらいはこの冷え込みが続きそうな予報ですね。
そんな折ですが、この週末、箱根に旅行に行ってきました。
この寒いときに!とは思いますが、1月28日は私たち夫婦の結婚記念日で、年に一度のことだから、この時期に旅行に行こう、という取り決めにしているのです。
これまで一度だけ日帰りになってしまったことがありますが、後は一泊二日の旅行に出かけています。
そうはいっても、どうしても近場になってしまいますので、箱根・伊豆・湯河原・熱海とか日光・鬼怒川あたりになってしまうのですが。
さて、昨日、途中でちょっと立ち寄ったかまぼこの鈴廣に植えてあった紅梅がもう花を付けていました。

寒い寒いと身を縮めていましたが、やはり、春は着実に近づいてきているのだなあと、感動。
旅行に出かけた折、美術館を観て回るのも楽しみの一つです。
箱根に出かけると、私たちは決まって元箱根の成川美術館に立ち寄っていたのですが、今年は今までに一度も行ったことのなかったポーラ美術館に行こうということで衆議(といっても二人ですが)が一致しました。
ポーラ美術館では「印象派の行方 - モネ、ルノワールと次世代の画家たち」を開催しているとのこと。
これは楽しみです。
ここがポーラ美術館の入り口。

明神が岳方面の山々は冠雪していました。
ポーラ美術館の入場料は大人1800円で、駐車場料金は500円と、ちょっと高額ですが、実に充実した作品群で、見所たっぷりです。
特別展と常設展を観て回ると、たっぷり2時間はかかります。
印象派といえば、やはりモネとルノワールの存在の大きさに圧倒されますが、この両巨匠の作品を年代別に鑑賞できたのは大変大きな収穫でした。
ピカソのように、その生涯の中で大きく作風を変えている人は別格として、一つの自己の世界を徹底的に突き詰めていく画家の成長というものが如何に深く大きなものであるかが、正に眼前に展開されていくかのようでした。
この両名に併せて、同時期のセザンヌやゴーガンやスーラやゴッホ、そして彼らに継ぐ世代であるボナールやマティスやピカソといったアーティストの中にも如何に大きな影響を与えたかが、わかります。
また、スーラやシニャックなどの点描技法の驚くべき作品を観ていると、これは今のデジタル画像の走りのようなものではないかと感じてしまいました。
つまり、原色の絵の具を細かな点にして描くことにより、観る人の網膜にそれらが混じりあった色を感じさせる、というわけです。
そのほか、常設展では、洋画のほかに日本画や清朝時代の焼き物なども数多く展示されており、私は例えば、藤田嗣治の絵をこれほどまとめて鑑賞したのは初めての経験でした。
その他にも黒田清輝、岡田三郎助、梅原龍三郎、岸田劉生などの力作が楽しめます。
小企画展として展示されていた糸園和三郎の絵も大変素晴らしいものでした。
そして、私が最も感激したのは、シャガールの「町の上で ヴィテブスク」の実物を観ることが出来たことです。
これは全く期待していなかったので、本当にびっくりし、思わず歓声を上げてしまいました。
シャガールとベラが、抱き合いながら町の上を浮遊する不思議な作品で、私はこの夢のような情景をしばしば眠りの中で追い続けたことがあります。
それは思った以上に精緻なタッチで描かれた絵で、私はそのことにも改めて感動してしまいました。
と、これ以上つらつら書き連ねても切りがないので、もしも機会がございましたら、是非ともお出かけ下さい、と申し上げておきたく存じます。
ところで、ポーラ美術館にあるレストランはなかなか良いロケーションでした。

自然の光をたっぷりと取り入れた、実に気持のよいレストランです。
企画展のコースメニューとして「ルノワール家のごちそう」という魅力的なメニューがありましたので、ちょっと贅沢をして、こちらを頼みました。

この写真のブイヤベースもなかなかのものでしたが、メインディッシュの「鶏のロースト」は絶品です。
特にパリパリの皮の香ばしい歯触りが最高でした。
帰りは御殿場に出ました。
途中の乙女峠から眺める富士山が楽しみでしたが、ちょっと左側に雲がかかっていて、その点は残念でしたね。

ちょっと慌ただしい旅行ではありましたが、温泉につかり、絵画や料理も堪能し、しかもさほどひどい渋滞にも巻き込まれずに済んだことはありがたいことでした。
テオ・アンゲロプロス監督が事故死! [映画]
日々、冷え込みが厳しくなっているような気がします。
今朝の冷え込みも相当なものでした。
いつもの年なら、そろそろ蕾も見え始める近所の梅の木も、まだ全く花の気配はありません。
強烈な寒波が南下してきているため、日本海側では記録的な豪雪となっているようです。
今年は、とりわけ雪降ろし作業中の転落事故や家屋の倒壊などの事故の発生率が高いとのこと。
災害の発生が大変心配です。
テオ・アンゲロプロス監督が亡くなりました。
新作映画撮影中の交通事故(道路を横断しようとしてバイクにはねられた)とのことで、享年76歳。
全くなんということでしょうか!
病気などでの逝去というのであればまだしも諦めもつきますが、長年ギリシャを内省的に見つめ続ける映画を撮り続けてきた彼が、「エレニの旅」当たりからその視点を広く求め始め、その「20世紀三部作」の悼尾を飾るであろうと期待された新作「もう一つの海」の撮影中に、このような形で亡くなるなど、信じがたいほどの衝撃です。
ここのところ、著名なアーティストの訃報が続いていて、それでなくとも気持ちが沈んでおりましたが、アンゲロプロス監督のこの惨劇は、正に比類のない悲嘆でありました。
無念、残念、悔しくて歯がみをしたい気分です。
私が初めて接したアンゲロプロス監督の作品は、1979年に公開された「旅芸人の記録」でありました。
長回し、360度のパン、ワンカットの中での時間の経過表現など、非常に斬新な映像表現が展開され、映画の中で刻まれる時間の経過がこれほどまでに強烈な印象を与えた作品をそれまでに観たことがなかったので、私はいっぺんにその映像美の虜になってしまったのです。
さらに、「旅芸人」をモチーフとして選んでいるわけですから、劇中に歌は頻繁に登場するものの、それ以外のいわゆる「劇伴」的な音楽を完全に排除する行き方も大変興味深く感動しました。
むしろ、その映像の中から私は様々な音楽を聴き、その無限の広がりに酔ったものです。
台詞も極端に少なく、最初に観た時には内容をよく把握できなかったので、映画館に居座り連続して二回観たものですが、さすがに240分×2では、腰やお尻が痛くなってしまいましたね。
彼のこの独特な映像美に魅かれた映画監督は数多く、日本でも相米慎二監督や森田芳光監督の映画などにその影響を見ることができるのではないかと思います。
どの作品も私にとっては思い出深いものばかりですが、やはり最も印象に残っているのは、最初の出会いであった「旅芸人の記録」と「アレクサンダー大王」でしょうか。
いずれも、SONYからビデオ(β)が発売された時に購入しましたが、今、アンゲロプロス監督の作品は単体では販売されていないようです。
DVDボックスが4巻まで発売されていて、何れもちょっとお高いのですが、余裕ができたらそのうちに購入したいと思っています。

※テオ・アンゲロプロス全集 DVD-BOX 1 現代史三部作(『1936年の日々』『旅芸人の記録』『狩人』)

※テオ・アンゲロプロス全集 DVD-BOX 3 時空を越える旅(『アレクサンダー大王』『蜂の旅人』『霧の中の風景』)
ギリシャは、国自体はかなりひどい状況ですけれども、傑出した芸術家を多く輩出していますね。
テオ・アンゲロプロス、マリア・カラス、イアニス・クセナキス、ディミトリ・ミトロプーロスなどなど。
ヘルベルト・フォン・カラヤンも、彼はザルツブルク生まれですが、ルーツはアルメニア人だという話もありますから、ギリシャとは浅からぬ関係がありそうです(岩城宏之さんのお話によると、カラヤンがギリシャに演奏旅行を行った際、「故国に帰った」と発言したそうです)。
いずれにしても、誠に残念でなりません。
願うことならば夢であってほしい…。
今朝の冷え込みも相当なものでした。
いつもの年なら、そろそろ蕾も見え始める近所の梅の木も、まだ全く花の気配はありません。
強烈な寒波が南下してきているため、日本海側では記録的な豪雪となっているようです。
今年は、とりわけ雪降ろし作業中の転落事故や家屋の倒壊などの事故の発生率が高いとのこと。
災害の発生が大変心配です。
テオ・アンゲロプロス監督が亡くなりました。
新作映画撮影中の交通事故(道路を横断しようとしてバイクにはねられた)とのことで、享年76歳。
全くなんということでしょうか!
病気などでの逝去というのであればまだしも諦めもつきますが、長年ギリシャを内省的に見つめ続ける映画を撮り続けてきた彼が、「エレニの旅」当たりからその視点を広く求め始め、その「20世紀三部作」の悼尾を飾るであろうと期待された新作「もう一つの海」の撮影中に、このような形で亡くなるなど、信じがたいほどの衝撃です。
ここのところ、著名なアーティストの訃報が続いていて、それでなくとも気持ちが沈んでおりましたが、アンゲロプロス監督のこの惨劇は、正に比類のない悲嘆でありました。
無念、残念、悔しくて歯がみをしたい気分です。
私が初めて接したアンゲロプロス監督の作品は、1979年に公開された「旅芸人の記録」でありました。
長回し、360度のパン、ワンカットの中での時間の経過表現など、非常に斬新な映像表現が展開され、映画の中で刻まれる時間の経過がこれほどまでに強烈な印象を与えた作品をそれまでに観たことがなかったので、私はいっぺんにその映像美の虜になってしまったのです。
さらに、「旅芸人」をモチーフとして選んでいるわけですから、劇中に歌は頻繁に登場するものの、それ以外のいわゆる「劇伴」的な音楽を完全に排除する行き方も大変興味深く感動しました。
むしろ、その映像の中から私は様々な音楽を聴き、その無限の広がりに酔ったものです。
台詞も極端に少なく、最初に観た時には内容をよく把握できなかったので、映画館に居座り連続して二回観たものですが、さすがに240分×2では、腰やお尻が痛くなってしまいましたね。
彼のこの独特な映像美に魅かれた映画監督は数多く、日本でも相米慎二監督や森田芳光監督の映画などにその影響を見ることができるのではないかと思います。
どの作品も私にとっては思い出深いものばかりですが、やはり最も印象に残っているのは、最初の出会いであった「旅芸人の記録」と「アレクサンダー大王」でしょうか。
いずれも、SONYからビデオ(β)が発売された時に購入しましたが、今、アンゲロプロス監督の作品は単体では販売されていないようです。
DVDボックスが4巻まで発売されていて、何れもちょっとお高いのですが、余裕ができたらそのうちに購入したいと思っています。
※テオ・アンゲロプロス全集 DVD-BOX 1 現代史三部作(『1936年の日々』『旅芸人の記録』『狩人』)
※テオ・アンゲロプロス全集 DVD-BOX 3 時空を越える旅(『アレクサンダー大王』『蜂の旅人』『霧の中の風景』)
ギリシャは、国自体はかなりひどい状況ですけれども、傑出した芸術家を多く輩出していますね。
テオ・アンゲロプロス、マリア・カラス、イアニス・クセナキス、ディミトリ・ミトロプーロスなどなど。
ヘルベルト・フォン・カラヤンも、彼はザルツブルク生まれですが、ルーツはアルメニア人だという話もありますから、ギリシャとは浅からぬ関係がありそうです(岩城宏之さんのお話によると、カラヤンがギリシャに演奏旅行を行った際、「故国に帰った」と発言したそうです)。
いずれにしても、誠に残念でなりません。
願うことならば夢であってほしい…。
フリードリヒ大王、生誕300年 [音楽]
天気予報は大あたりで、昨日の午後から激しい雨となり、21時過ぎには激しい雪に変わりました。雪は深夜までも深々と降り続け、自宅付近は俄かに銀世界と化したところです。
雪は夜のうちに止んでしまい、早朝から久しぶりの青空が広がりました。
しかし、今朝の最低気温は零度近くで、この冷え込みのため、路面は凍りついてテカテカになっています。
私はもともと極寒の地方で育ちましたし、冬山などにも好んで出かけていたので、特にどうということもありませんが、凍結した坂道を歩くのに慣れていない人たちは、皆、恐る恐る足を進めていました。
エッジを使って横向きにステップを刻んで昇り降りするスキーの登降みたいな歩き方をしている人もいますが、普通の靴でそれをやるのはかなり危険です。
傾斜がきついところは、谷側の足を進行方向に向け山側の足を横にして、靴底全体のフリクションを効かせて降りると安定します。
傾斜がそれほどでもなければ、歩幅を小さくしてまっすぐに足のあげおろしをし、同じく靴底全体のフリクションを効かせます。
舗装道路は、水はけのことを考えてのことでしょうが、真中を高めにして、端の方に下り傾斜をつけていることが多く、こうした道路がアイスバーンになっているときは気をつけるに越したことはないでしょう。
不用意な足運びは、即転倒につながりますから。
通勤電車の中から眺める丹沢や奥多摩・秩父の山々が美しく雪化粧を施しています。
その中でもひときわ目を引くのはやはり富士山。
それから、今日は珍しく白峰三山まで見えました。
職場のある有楽町付近もご覧の通りのあり様で、車や歩行者はおっかなびっくり移動しています。
事故を起こさないようにくれぐれも気をつけたいものですね。
ところで今日は、第三代のプロイセン王であったフリードリヒ大王(フリードリヒII世)の生誕300年の日に当たります。

ヴォルテールの哲学的思想に共感して、文通などを通じて親密に交際し、「君主こそ道徳においても国民の模範たるべし」と主張、そのことから啓蒙君主としても有名ですね。
著書である「反マキャベリ論」などに顕著です。
また、寒冷地でも良く育つジャガイモ(馬鈴薯)の栽培を奨励し、自らも積極的に食してプロイセンの食糧事情の改善に努めたことでも知られていますね。
しかし、私はフリードリヒ大王というと、やはり真っ先にJ.S.バッハの「音楽の捧げもの」を思い出してしまいます。
フルートの名手で、フルートソナタやフルート協奏曲の作曲まで手掛けた(フルートソナタだけでも121曲の作品が残されているそうです)大王が、お抱えのチェンバロ奏者C・P・E・バッハ(J.S.バッハの次男)から、父であるJ.S.バッハを紹介され、その折に王から与えられた次の主題を元に即興演奏が行われたものです。
この即興演奏は後に大規模に編成し直され、三声と六声のフーガ(「リチェルカーレ」とされています)や10曲の謎カノンで構成された難曲となりました。
壮大で華麗な六声のリチェルカーレや深みをたたえた美しいトリオ・ソナタはもちろん、何と言っても謎カノンの謎が非常に興味深く、演奏者は大変だったことだろうなと、いつも聴きながら思ってしまいます。
楽譜を読むと、ト音記号やヘ音記号が逆さまになっていたり、とか(^_^;
謎の記号を解読しながら演奏しなければならないので、楽譜を読みながら聴くと、その面白さは倍増!というところですね。
例えばこんな感じです。

この曲は、やはり演奏者の表現意欲を刺激し士気を大いに鼓舞するものである所以か、CDもたくさん出ており、どれも大変興味深く素晴らしいものだと思います。
私としては、どうも偏愛気味ではありますが、カール・リヒター指揮ミュンヘン・バッハとオーレル・ニコレ(フルート)の演奏が忘れられません。
あの突き詰めたようなリヒターのチェンバロ演奏に胸を貫かれてしまうのです。
グスタフ・レオンハルトさんが亡くなりました [音楽]
昨年末から、音楽家の訃報が重なっています。
先日も作曲家の別宮貞雄さんが亡くなったばかりですが、J・S・バッハ演奏の権威であったチェンバロ奏者で指揮者でもあったグスタフ・レオンハルトさんの訃報が齎されました。
このことを私はCeciliaさんのブログの記事で知ったのですが、大変ショックでした。
確かに83歳という年齢からすれば、そうした事態を覚悟する必要はあるのでしょうが、昨年の5月に来日し、元気にリサイタルを開いておられたのですから、やはり俄かには信じられない想いでした。
レオンハルトさんの演奏は、どれも大変個性的で味わい深いものでしたが、私が一番印象に残っているのは、テルツ少年合唱団とラ・プティット・バンド及び男声合唱団を指揮して録音した、バッハのマタイ受難曲全曲演奏です。
ソプラノのアリアにテルツ少年合唱団のボーイソプラノを起用したことに関して、いろいろと評価が分かれているようですが、私自身はこうした表現ももちろん「有り」だと思っております。
確かに、「Blute nu, du liebes Herz!(血を流せ、愛しき御心)」などのアリアを子供に歌わせるのは無理があるようにも思われますが、イエスが自分の胸に抱いて心血を注いで育てた子供が蛇となってその育ての親を殺そうとする姿に、なお愛情を寄せている様は、むしろこうした透明な声で歌われることによってより悲しみが増してくるのかもしれないと考えたものでした。

それから、私はどうしても、映画「アンナ・マグダレーナ・バッハの日記」のことが忘れられません。
この映画がレーザーディスクで発売されたとき、私はすぐさまに購入しました。もう四半世紀も前のことです。
現在、この映画はDVD化されています。


音楽好き、とりわけバッハの音楽に深い愛着を持つ人は、きっと胸をふるわせながらご覧になることでしょう。
1967年公開の映画ですから、レオンハルトさんは40歳前の一番脂の乗り切った頃、あの超絶的な演奏が視覚面で楽しめるところが最高です。
音源は残念ながらモノラルですが、アーノンクールなど古楽器や時代背景に関して造詣の深い面々が総力を挙げて繰り広げる演奏がめくるめく展開される、正に「音楽映画」の面目躍如たる作品ではないかと思います。
とりわけ、レオンハルトさんの演ずるバッハの強烈な存在感が印象的でした。
それにしてもあのペダルさばきの見事なこと!
ところで、アレグロミュージックの会報誌「トゥッティ」にレオンハルトさんのインタビュー記事が掲載されています。
アーティスト・インタヴュー「グスタフ・レオンハルト」
レオンハルトさんのお人柄がにじみ出てくるようで、感慨深いものがありますね。
慎んで、心よりご冥福をお祈り申し上げる次第です。
先日も作曲家の別宮貞雄さんが亡くなったばかりですが、J・S・バッハ演奏の権威であったチェンバロ奏者で指揮者でもあったグスタフ・レオンハルトさんの訃報が齎されました。
このことを私はCeciliaさんのブログの記事で知ったのですが、大変ショックでした。
確かに83歳という年齢からすれば、そうした事態を覚悟する必要はあるのでしょうが、昨年の5月に来日し、元気にリサイタルを開いておられたのですから、やはり俄かには信じられない想いでした。
レオンハルトさんの演奏は、どれも大変個性的で味わい深いものでしたが、私が一番印象に残っているのは、テルツ少年合唱団とラ・プティット・バンド及び男声合唱団を指揮して録音した、バッハのマタイ受難曲全曲演奏です。
ソプラノのアリアにテルツ少年合唱団のボーイソプラノを起用したことに関して、いろいろと評価が分かれているようですが、私自身はこうした表現ももちろん「有り」だと思っております。
確かに、「Blute nu, du liebes Herz!(血を流せ、愛しき御心)」などのアリアを子供に歌わせるのは無理があるようにも思われますが、イエスが自分の胸に抱いて心血を注いで育てた子供が蛇となってその育ての親を殺そうとする姿に、なお愛情を寄せている様は、むしろこうした透明な声で歌われることによってより悲しみが増してくるのかもしれないと考えたものでした。
それから、私はどうしても、映画「アンナ・マグダレーナ・バッハの日記」のことが忘れられません。
この映画がレーザーディスクで発売されたとき、私はすぐさまに購入しました。もう四半世紀も前のことです。
現在、この映画はDVD化されています。

音楽好き、とりわけバッハの音楽に深い愛着を持つ人は、きっと胸をふるわせながらご覧になることでしょう。
1967年公開の映画ですから、レオンハルトさんは40歳前の一番脂の乗り切った頃、あの超絶的な演奏が視覚面で楽しめるところが最高です。
音源は残念ながらモノラルですが、アーノンクールなど古楽器や時代背景に関して造詣の深い面々が総力を挙げて繰り広げる演奏がめくるめく展開される、正に「音楽映画」の面目躍如たる作品ではないかと思います。
とりわけ、レオンハルトさんの演ずるバッハの強烈な存在感が印象的でした。
それにしてもあのペダルさばきの見事なこと!
ところで、アレグロミュージックの会報誌「トゥッティ」にレオンハルトさんのインタビュー記事が掲載されています。
アーティスト・インタヴュー「グスタフ・レオンハルト」
レオンハルトさんのお人柄がにじみ出てくるようで、感慨深いものがありますね。
慎んで、心よりご冥福をお祈り申し上げる次第です。
初雪 [日記]
雪になりました。それでも風がないせいか、それほど寒さを感じさせません。
職場のある都心でも雪が降っていて、今年の初雪です。
電車の遅れが気になるところですが、今のところ雪の影響はさほどないようですね。
しかし、私の利用している電車では、今朝6時過ぎに人身事故が発生し、8時前まで一部区間が不通となってしまいました。
その後、ようやく運転は再開されましたが、全て各駅停車の徐行運転。
雪の上に人身事故とは、またなんという取り合わせかと天を仰いでしまいました。
結局、出勤に要した時間は2時間で、その間、満員電車に立ちっぱなし。
やむを得ないことだとは思いますが、本当に消耗してしまいますね。
人身事故の詳細はわかりません。もしかすると雪の影響で滑ったのかもしれませんが、起きた駅の形状からすると、どうなのかなと思います。
接触事故であったとするのであれば、本当に気をつけたいものだと思いますし、もしも不幸にして列車への飛び込みなどであったとするのであれば、いろいろと事情はあったのかもしれませんけれども、どうか思いとどまってほしいと願わずにはいられません。
人は社会的な生き物ですから、生を受けて行動している限り、必ず他の人々や社会とのつながりが生じます。
決して一人で生きて一人で死んでいくわけではないのです。
身内や親しい人たちはもちろん、何のかかわりもないと思われる人々に対しても大きな影響を及ぼしかねない行為、それがどれほどの深刻なものであるかをきちんと考えてほしいなと、老婆心ながら願う次第です。
ところで、昨晩の記事において、「ネットブログも幾分快適に動いているような気がします」などと能天気なことを書いてしまいましたが、全くの認識不足でした。
あの記事をアップしようとしたら、完全に固まってしまい、画像に関してもずっと「読み込み中」のまま、管理ページへのアクセスができなくなって、挙句の果てにブログそのものも閲覧不可になりました。
その上、緊急メンテナンスということでサービスが全面停止。
今朝には復旧しましたが、全くあきれてしまいますね。
【復旧済】システム障害のご報告
「詳細な原因や影響度については継続調査中です」とのことですから、また発生する可能性も高いのでしょう。
多種多様なコンテンツを用意するのもいいのですが、ネット利用において一番ありがたいサービスは快適な接続環境の提供と迅速な記事の掲載・反映ではないかと私は思っています。
あまり余計なことはしないで、その分、プロバイダ本来のサービスに力を傾注させてほしいなというのが正直な感想です。
尤も、無料で乗っかっているのですから、そこまで要求するのはさすがに厚かましいことでしょうけれども。
MacBookPROのメモリを増設 [PC関連]
今朝は曇っていましたが、放射冷却がなかったことと、風がなかったことで久しぶりに少し寒さが和らいだようです。
10時くらいから天気はぐんぐん回復し、青空が広がってきました。
しかし、昼過ぎには早くも雲が張り出してきて、夜にはとうとう雨になってしまいました。
明日あたりから天気は下り坂で、都心に雪が降る可能性もあるとのこと。
春の訪れまでにはもう少し時間がかかりそうな感じですね。
以前にも書きましたが、現在私が自宅においてメインで使っているPCはMacBookPROです。
もちろんwindowsPCも使っていますし、会社で使っているのはWinがメインなのですが、何といっても立ち上がりやシャットダウンの時間が短く、アプリケーションのコントロールが楽で、ユーザビリティに優れている点がお気に入り。
Mac同士で買い替えたりした際の環境の移行がものすごく楽な点もイチオシですね。
さて、このMacBookPROですが、購入して二年近くが経ちます。
通常使っている分にはこれといった不満もなかったので、購入当時のままの環境で使い続けていましたが、ネットブラウジングに関して、このところFlash大全開のページが増えてきていて、マシン自体のパワーを要求されることが多くなってきました。
実際に、こうしたページを閲覧している際に固まる(プチフリ)が結構頻繁に起きてしまうようになっています。
自分が勝手に見に行くサイトの容量が大きすぎる!と不満を申し述べても詮無いことですから、そろそろメモリの増設でも考えてみようかなと、ネットで検索すると、Transcend製の「DDR3 SO-DIMM 1066MHz(PC3-8500) 4GB」のメモリが1500円ちょっとくらいで売り出されているではありませんか。
一昔前では考えられない値段で、二枚買っても3000円程度であれば試してみる価値もあろうと、早速購入。
昨晩付け替えたところです。
その結果、Flashを使っているサイトのページビューなどでのパフォーマンスはかなり上昇しました。
そうしたサイトでしばしば固まっていた動画もスムーズに動きます。
もちろん、PC単体での処理速度も飛躍的にアップしました。
夜中に殊更動きが遅くなる傾向にあったソネットブログも、(ひいき目かもしれませんが)幾分快適に動いているような気がします。
少なくとも、記事編集画面での画像アップに数分待たされたり、画面遷移の途中で固まるようなことはなかったようでした(たまたまかもしれませんが)。
私が個人サイトの運営を始めた頃は、サイトに接続した際の表示速度を速くするために、HTMLコンテンツは極力テキストベースで記載し、見栄えや装飾などについてはCSS(カスケードスタイルシート)で可能な限り対応するのがトレンドでした。
私のメインサイトのトップページも、画像を含めて40キロバイト以下に抑えています。
その頃のネット接続は従量制のダイヤルアップが主流だったので、通信速度もさることながら課金の問題が深刻でしたから。
現在はブロードバンドで課金も定額固定となり、コンテンツの容量などにそれほど気を遣わなくても良くなっています。
良い時代になったものだと思いますけれども、そうしたネット環境の整備が進んだ結果、ネットのトラフィックを増大させ、さらに重さを増し動きを鈍くさせてしまっているのではないでしょうか。
ソネットブログもそうですが、ブログの現在の有りようをみると、その影響は顕著だなと感じざるを得ません。
10時くらいから天気はぐんぐん回復し、青空が広がってきました。
しかし、昼過ぎには早くも雲が張り出してきて、夜にはとうとう雨になってしまいました。
明日あたりから天気は下り坂で、都心に雪が降る可能性もあるとのこと。
春の訪れまでにはもう少し時間がかかりそうな感じですね。
以前にも書きましたが、現在私が自宅においてメインで使っているPCはMacBookPROです。
もちろんwindowsPCも使っていますし、会社で使っているのはWinがメインなのですが、何といっても立ち上がりやシャットダウンの時間が短く、アプリケーションのコントロールが楽で、ユーザビリティに優れている点がお気に入り。
Mac同士で買い替えたりした際の環境の移行がものすごく楽な点もイチオシですね。
さて、このMacBookPROですが、購入して二年近くが経ちます。
通常使っている分にはこれといった不満もなかったので、購入当時のままの環境で使い続けていましたが、ネットブラウジングに関して、このところFlash大全開のページが増えてきていて、マシン自体のパワーを要求されることが多くなってきました。
実際に、こうしたページを閲覧している際に固まる(プチフリ)が結構頻繁に起きてしまうようになっています。
自分が勝手に見に行くサイトの容量が大きすぎる!と不満を申し述べても詮無いことですから、そろそろメモリの増設でも考えてみようかなと、ネットで検索すると、Transcend製の「DDR3 SO-DIMM 1066MHz(PC3-8500) 4GB」のメモリが1500円ちょっとくらいで売り出されているではありませんか。
一昔前では考えられない値段で、二枚買っても3000円程度であれば試してみる価値もあろうと、早速購入。
昨晩付け替えたところです。
その結果、Flashを使っているサイトのページビューなどでのパフォーマンスはかなり上昇しました。
そうしたサイトでしばしば固まっていた動画もスムーズに動きます。
もちろん、PC単体での処理速度も飛躍的にアップしました。
夜中に殊更動きが遅くなる傾向にあったソネットブログも、(ひいき目かもしれませんが)幾分快適に動いているような気がします。
少なくとも、記事編集画面での画像アップに数分待たされたり、画面遷移の途中で固まるようなことはなかったようでした(たまたまかもしれませんが)。
私が個人サイトの運営を始めた頃は、サイトに接続した際の表示速度を速くするために、HTMLコンテンツは極力テキストベースで記載し、見栄えや装飾などについてはCSS(カスケードスタイルシート)で可能な限り対応するのがトレンドでした。
私のメインサイトのトップページも、画像を含めて40キロバイト以下に抑えています。
その頃のネット接続は従量制のダイヤルアップが主流だったので、通信速度もさることながら課金の問題が深刻でしたから。
現在はブロードバンドで課金も定額固定となり、コンテンツの容量などにそれほど気を遣わなくても良くなっています。
良い時代になったものだと思いますけれども、そうしたネット環境の整備が進んだ結果、ネットのトラフィックを増大させ、さらに重さを増し動きを鈍くさせてしまっているのではないでしょうか。
ソネットブログもそうですが、ブログの現在の有りようをみると、その影響は顕著だなと感じざるを得ません。
トスカニーニ没後55年 [音楽]
今日も曇り空で、寒い一日になりました。
さすがに雨にはなりませんでしたが、毎年この時期は決まって寒波がやってくるようです。
センター試験の頃に天気が荒れるのは、何だか恒例みたいになっていますが、受験生にとってはたまりませんね。
ところで今日は、アルトゥーロ・トスカニーニの没後55年に当たります。

私が生まれた直後の一月でしたから、そのことを知った高校生の頃、何ともいえない感慨を覚えたものです。
当時は目ぼしいレコードもありませんでしたから、トスカニーニの凄さは伝説の上での知識に過ぎませんでした。
今では、次々に当時の音源がCD化されていて、正に隔世の感がありますが。
トスカニーニというと、私などはやはり真っ先にベートーヴェンを思い起こしてしまいますが、同時にまた、フルトヴェングラーの指揮も浮かんできてしまいます。
本当に、これほど異なる解釈・演奏があるのだろうかと思いつつ、どちらの演奏を聴いても胸をつかれてしまうのです。
音楽とは誠に以て奥深い芸術なのだなと改めて感じ入ってしまうのでした。


このベートーヴェンの交響曲全集は、とりわけ素晴らしい演奏だと思います。
トスカニーニでは、ほかに、レスピーギやチャイコフスキーなども素晴らしいのですが、私が一番「凄い!」と感嘆したのは、ヴェルディのレクイエムです。
これは本当に驚倒しました。
特に「Dies irae」における大太鼓連打の迫真力に満ちた硬質の響きは、他では決して聴けない音ではないでしょうか。


このRCA盤、何と655円ですって!
信じられない価格ですね!
ところで、フルトヴェングラーは、真似ようと思って真似の出来ない(真似をしようとも思わない?)個性であるのに対し、トスカニーニを手本にした指揮者は結構な数に上るのではないでしょうか。
カラヤンなどは最も影響を受けた口で、その点について指揮者の大町陽一郎さんはカラヤンから直接そのことを聞いたことがあるのだそうです。
その他にも、オットー・クレンペラー、ジョージ・セル、ゲオルグ・ショルティなどはかなり影響を受けているように思われます。
自分自身の演奏する音楽への陶酔を極度に抑制し、あくまでもインテンポを基本に小気味の良いテンポで押し切った「職人」トスカニーニ。
職人に徹したからこそ、どれほど時間が経とうとも古びない、クラシック音楽の本道とも言うべき演奏を残すことが出来たのかもしれませんね。
さすがに雨にはなりませんでしたが、毎年この時期は決まって寒波がやってくるようです。
センター試験の頃に天気が荒れるのは、何だか恒例みたいになっていますが、受験生にとってはたまりませんね。
ところで今日は、アルトゥーロ・トスカニーニの没後55年に当たります。

私が生まれた直後の一月でしたから、そのことを知った高校生の頃、何ともいえない感慨を覚えたものです。
当時は目ぼしいレコードもありませんでしたから、トスカニーニの凄さは伝説の上での知識に過ぎませんでした。
今では、次々に当時の音源がCD化されていて、正に隔世の感がありますが。
トスカニーニというと、私などはやはり真っ先にベートーヴェンを思い起こしてしまいますが、同時にまた、フルトヴェングラーの指揮も浮かんできてしまいます。
本当に、これほど異なる解釈・演奏があるのだろうかと思いつつ、どちらの演奏を聴いても胸をつかれてしまうのです。
音楽とは誠に以て奥深い芸術なのだなと改めて感じ入ってしまうのでした。

このベートーヴェンの交響曲全集は、とりわけ素晴らしい演奏だと思います。
トスカニーニでは、ほかに、レスピーギやチャイコフスキーなども素晴らしいのですが、私が一番「凄い!」と感嘆したのは、ヴェルディのレクイエムです。
これは本当に驚倒しました。
特に「Dies irae」における大太鼓連打の迫真力に満ちた硬質の響きは、他では決して聴けない音ではないでしょうか。

このRCA盤、何と655円ですって!
信じられない価格ですね!
ところで、フルトヴェングラーは、真似ようと思って真似の出来ない(真似をしようとも思わない?)個性であるのに対し、トスカニーニを手本にした指揮者は結構な数に上るのではないでしょうか。
カラヤンなどは最も影響を受けた口で、その点について指揮者の大町陽一郎さんはカラヤンから直接そのことを聞いたことがあるのだそうです。
その他にも、オットー・クレンペラー、ジョージ・セル、ゲオルグ・ショルティなどはかなり影響を受けているように思われます。
自分自身の演奏する音楽への陶酔を極度に抑制し、あくまでもインテンポを基本に小気味の良いテンポで押し切った「職人」トスカニーニ。
職人に徹したからこそ、どれほど時間が経とうとも古びない、クラシック音楽の本道とも言うべき演奏を残すことが出来たのかもしれませんね。
こんな感じです [日記]
今日は、一日、曇り空の肌寒い日になりました。
今日の横浜の最高気温は6度を下回り、今シーズン一番の低さなのだそうです。
陽射しがないせいか、なお一層寒さを感じてしまいますね。
足の怪我なのですが、傷の治りかける時のようなカユミが出てき始めました。
どうやらやっと治りかけてきそうです。
今の状況はこんな感じです。

まだ腫れが残っていますが、脹ら脛の上の方は既に黄色みがかってきているので、順調に回復している雰囲気ですね。内出血の血腫が次第に下がってきているのがよくわかります。
ただ、血腫が足首に溜まってくるのは結構辛いものがあって、正座はもちろん胡座をかくのも一苦労です。
足首は徐々に徐々に伸ばして可動域を確保していくしかないのでしょう。
血腫が集まって赤黒くなっているところは、まだ押したりすると痛みが走ります(^^;
それでも、以前、八ヶ岳の冬壁を登攀していて同じように(そのときは左足でしたが)膝下を強打したしたときは、出血の量が非常に多かったため、太ももにまで血腫が上がって大変な目にあってしまいましたが、今回はそこまでには至らず落ち着いたようで、ちょっと安心しています。
お風呂に入って暖めながらマッサージすると痛がゆい感じですが、徐々にこわばりがとれてきました。
明日からは徐々に運動を再開し、血流を活発にして血腫などの排出を促進させたいと思っています。
とにかく骨などには何の異常もなかったのが救いでした。
無理をせずに、気長にマッサージなどをしながら治していきたいと思います。
今日の横浜の最高気温は6度を下回り、今シーズン一番の低さなのだそうです。
陽射しがないせいか、なお一層寒さを感じてしまいますね。
足の怪我なのですが、傷の治りかける時のようなカユミが出てき始めました。
どうやらやっと治りかけてきそうです。
今の状況はこんな感じです。

まだ腫れが残っていますが、脹ら脛の上の方は既に黄色みがかってきているので、順調に回復している雰囲気ですね。内出血の血腫が次第に下がってきているのがよくわかります。
ただ、血腫が足首に溜まってくるのは結構辛いものがあって、正座はもちろん胡座をかくのも一苦労です。
足首は徐々に徐々に伸ばして可動域を確保していくしかないのでしょう。
血腫が集まって赤黒くなっているところは、まだ押したりすると痛みが走ります(^^;
それでも、以前、八ヶ岳の冬壁を登攀していて同じように(そのときは左足でしたが)膝下を強打したしたときは、出血の量が非常に多かったため、太ももにまで血腫が上がって大変な目にあってしまいましたが、今回はそこまでには至らず落ち着いたようで、ちょっと安心しています。
お風呂に入って暖めながらマッサージすると痛がゆい感じですが、徐々にこわばりがとれてきました。
明日からは徐々に運動を再開し、血流を活発にして血腫などの排出を促進させたいと思っています。
とにかく骨などには何の異常もなかったのが救いでした。
無理をせずに、気長にマッサージなどをしながら治していきたいと思います。
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