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歌舞伎「通し狂言・霊験亀山鉾」を観てきました [映画]

爽やかな秋晴れがやっときた、と思ったら、またまた雨と、お天気はめまぐるしく変わります。
気温差も激しいので、なかなか体がついていかずに困りますね。
皆様も風邪などには十分ご注意ください。

先日、久しぶりに国立劇場で歌舞伎を鑑賞しました。

舞台で歌舞伎を鑑賞するのは、もう何年振りなんだろうかと、ちょっと感慨にふけっています。

演目は鶴屋南北の「通し狂言・霊験亀山鉾」。
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主役の藤田水右衛門を15代目片岡仁左衛門が演じています

仇討ち物には珍しく返討ちの面白さに本筋があり、さすがは南北、一筋縄ではいかない奇想天外な仕掛けの数々に、それこそ舞台から目が離せません。

この物語、仮名手本忠臣蔵などと同じく史実があります。

亀山の仇討ち

忠臣蔵に影響を及ぼしたといわれるもので、本会を遂げるまでには実に29年の歳月が費やされました。
闇討ちや返り討ちなどの要素は本作にも絶妙に取り入れられ、かつ、史実における仇「赤堀源五右衛門」の名は、本作の大詰め「勢州亀山祭敵討の場」における藤田水右衛門の変名として用いられるなど、随所に様々な工夫がなされています。

なんといっても敵役である藤田水右衛門の極悪ぶりがものすごく、またこれが最大の魅力で、よくもまあここまでやるわい、という呆れた所業に唸らされました。

この演目を歌舞伎の舞台で見るのはもちろん初めてのこと。

歌舞伎には「白浪物」などといった、いわゆる盗賊や悪人を主役とするお話が数多くありますが、ここまで徹底的に悪の所業を描いたものはそれほど多くないのではないかと思います。

藤田水右衛門は、闇討ちにした石井右内の弟である兵介に、果し合いの折の水杯に毒を盛って(これには敵討検使の掛塚官兵衛が加担)斃し、養子である源之丞は偽手紙でおびき出したうえ落とし穴を掘ってそこに落とし、その穴を掘った連中と一緒になって膾切りにして惨殺、その源之丞の子供を腹に宿した芸者おつまの命も腹の子ともども奪う、という極悪非道ぶりです。

その水右衛門を、殊の外所作の美しい颯爽とした仁左衛門が演ずるのですから、私などはそのギャップにちょっと驚きました。
しかし、演ずる仁左衛門の表情は、悪の限りを尽くす水右衛門の陰惨な悪の気配を漲らせて間然とするところがありません。
主役・水右衛門に対してはなんら共感するところはありませんけれども、仁左衛門の迫力には圧倒されましたね。
兵介や源之丞に止めを刺すとき、あおむけに倒れている彼らをまたいで心臓あたりに刀を突きさして凄絶な笑いを浮かべる、おつまと腹の子を殺した後、これまでに何人殺したかと指折り数えて悦に入る、その姿と表情の酷薄さには心底から怒りを覚えますが、その徹底した冷血漢ぶりにある種のカタルシスを覚える向きがあることも、なんだか納得できてしまいます。

他では、源之丞の母親・貞林尼を演じた片岡秀太郎と源之丞役の中村錦之助が印象に残りました。

丹波屋と焼場での仁左衛門と八郎兵衛の早変わり、焼場でおつまを殺すシーンの雨を降らせる演出なども大変見ごたえがありました。

ところで、最後に本会を遂げる源次郎(源之丞の息子)は幼少期からの足萎えで、これを治すためには人の肝の血液を飲む必要があるという設定があります。
先日鑑賞した「生写朝顔話」にも、深雪の目を開かせるために身内の血液が必要、という描写がありました。
人間の生血で病を治すという設定が、古典芸能にはかなりあるようですが、実際にこうしたことが行われていた可能性もありますね。
肉食をあまりせず、生野菜もそれほど食べなかった時代のこと。
恐らく、脚気などビタミン不足を原因とする体の不調や疾病が日常的にあったのでしょう。
その意味からすれば、血液はビタミンやミネラルの宝庫のようなものですから、あり得る話かもしれません。
性病・B型肝炎・後天性免疫不全症候群そのほか、血液から粘膜などを媒介して罹患する深刻な感染症が明らかとなっている現代ではとても考えられないことですが。

さて、物語の大詰「勢州亀山祭敵討の場」。
これまで様々な汚い策略を弄して討手を返り討ちにしてきた水右衛門(「赤堀源五右衛門」と変名)は、勢州亀山家の重心大岸頼母の計略に引っかかり、討手である源之丞の妻お松と一子源次郎の手にかかってあえなく討死。
ここにめでたく本会が遂げられましたが、この最後のどんでん返しの見事さは、それまでの水右衛門による卑怯・陰惨な悪事あるが故の爽快感ともいえましょうか。

今回の観劇。終演後にバックステージ・ツアーが設けられていました。

初めての経験でしたが、花道を通って回転舞台に上がり、その回転するさまを経験しました。
これは非常に大掛かりなもので、客席から袖や背景まで回りながら眺める景色は感動的です。
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これは、水右衛門がおつまを殺した時の雨をしみこませた布で、こうして干しておくと一晩で乾くのだそうです。下にバケツや盥があってなんだか雨漏りのときの風景のようですね。
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舞台では、次の出し物のための背景づくりが佳境を迎えていました。
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これは、花道の下にある「すっぽん」です。
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花道は、通常、役者が舞台に登場する際の通り道で、ここで六方を踏んだり見えを切ったりしますが、幽霊や妖怪だとか動物の精といったものは、このすっぽんからせり上がります。
舞台のセリは非常に大掛かりなものですが、その小型版といったところでしょうか。

「バックステージ・ツアー」という粋なおまけもついたので、連れ合いも大満足の様子。
因みにどの役者が良かったか、と訊ねたら、「源次郎を演じた子役」とのこと。
これには苦笑するとともに、確かにあの年齢できちんとした立ち回りまでこなした芸は大したものと、私もつい頷いてしまったところです。

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「一人ぼっち」で過ごす定年退職者の哀愁 [日記]

このところ、少し夏に戻ったような気温が続いています。
尤も、この週末には雨となりそこから秋冷を迎えるとのことですが。

この気候ゆえのことか、金木犀の花がずいぶん長くもっているような気がします。
私のお昼のウォーキング・コースでも、この時期はこの香りを楽しむことができますが、金木犀というと垣根くらいの感覚でいる私の思い込みを覆す大木が結構あり、ちょっと驚かされました。
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見事な風格ではありませんか。

ところで先日少し考えさせられる記事がネットにアップされていました。

「一人ぼっち」で過ごす定年退職者の哀愁、午前中の図書館、カフェ、ジム…

私の八歳年上の先輩が、リタイア後は図書館に出かけることが多くなった、とつぶやいていたことを改めて思い返しています。
10年以上前のことになりますが、出向先の職場近くにある図書館に、調べものがあって出向いたことがあります。
その図書館の近くには場外馬券売り場や歓楽街もあったためか、ホームレスと思しき方がかなりの数おられました。冬の寒い時期であり、なるほどここで寒さから身を守っているのだな、とちょっと納得したりもしました。
そうした方々とはもちろん事情は異なるのでしょうが、「することがない」「家に居場所がない」というのが理由の一つであるとするのであれば、なんだか少し寂しいものを感じます。
先に挙げた先輩は、「今まで自由になる時間がなかった。リタイヤしたことによって大好きな本が毎日好きなだけ読めるのが本当に嬉しい」と、心底嬉しそうに語ってくれましたから、「哀愁」というようなものとはだいぶ違うようにも思います。

しかし、これまで会社組織の中にどっぷりとつかり、人間関係もその組織の中でのみ構築されてきた人たちにとって、そうした「拠って立つ基盤」をなくした喪失感は想像を絶するものがあるのかもしれません。
 ただ、定年退職者を取材した時に、私の問いに正面から答えてくれた人たちのなかには、「毎日やることがなくて困っている」、「一番自由な今が一番しんどい」、「家で居場所がない」、「暇になったのに焦る」、「嫌な上司もいないよりはマシ」などと語られることがある。なかには「このままの毎日が続くと思うと、自分の人生は何だったのかと思うときがある」とまで発言した人もいたのである。
 
 彼らの発言と住宅地や都心をまわった取材を重ね合わせてみると、在職中は組織内での上司や同僚、部下との濃密な人間関係を築いているにもかかわらず、退職後はその関係が切れてしまい、自分の居場所が見つからなくなっている、ということだ。

うーん、これは深刻ですね。

1993年に公開された「僕らはみんな生きている」という映画では、主人公の高橋がゲリラの首領に対して啖呵を切るシーンがあり、その中に、退職するまで毎年300通来ていた年賀状がたった7枚に減ってしまい、正月の間、毎日郵便配達の来るのを玄関で待っていた父親の話が出てきます。
当時まだ30代の後半だった私は、この描写になんだかいたたまれないものを感じましたが、そこまで極端ではないにしても似たような慨嘆にふける向きもかなりあろうかと思います。

「自分の人生は何だったのか」。

そう感じてしまうのだとしたら、誠にやりきれない話です。

また、平日昼間のスポーツクラブが高齢者のたまり場になっているというくだりも、なんだか生々しいことですね。
 昼間であれば何回使っても定額のコースがあり、朝から夕刻近くまでクラブで過ごしている人もいる。サウナや浴場もあるので「昼食を持ち込めば本当にゆっくり過ごせる」という男性定年退職者もいたのである。
 
 以前、利用者の意見を掲示するボードに、「スポーツクラブだと思って入会したのに、ここは養老院なのか」と批判する意見が書かれた用紙が貼られていたことがあった。それに対して、クラブ側は「この施設はいろいろな世代の人に利用してもらうものです」と回答をしていたのを覚えている。こんな意見はわざわざオープンにしなくても良いと思ったが、批判する意見を書いた女性の気持ちは分からないでもなかった。

手厳しい意見とクラブ側の大人の対応とのコントラストに、思わず唸らされました。

さて、以前もこのブログに書きましたように、私は40年間勤務した職場を二年半前に退職し、全くかかわりのない新しい職場に再就職をしました。
現在の職場は隔週の土曜日がフル出勤なので、週末を自分の自由に過ごすことはかなり困難です。
山登りはもちろん、音楽を聴いたり映画を観たりする時間を確保するのも難しく、本すらもゆっくり読むことができない。
そんなわけで、もしも完全なるリタイアを迎えることになったら、今度こそやりたいことをとことんやってみたい!などと思っています。

この記事を読んで、なるほどと頷かされることも多かったのですが、「哀愁」とまで云えるのか。
むしろ一人でゆったりと自分の好きなことをしてみたい人も相当数いるのではないか、と感じている次第です。

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市川雷蔵の「眠狂四郎・無頼剣」 [映画]

日中はまだかなり気温も高いのですが、朝晩はだいぶ涼しくなり、金木犀の香りも漂ってきています。
お彼岸も過ぎて、いよいよ季節は本格的な秋を迎えるのでしょう。

先日、市川雷蔵の「眠狂四郎・無頼剣」を何となく観たくなってしまい、確か撮りためていたDVDがあったはず、と探してみたら、かなり以前にNHKBS2で放送したものを録画してありました。


この映画、雷蔵の眠狂四郎シリーズの中ではかなり異色で、脚本が、このシリーズの常連でもあった星川清司ではなく、何と日本映画界の大巨匠ともいうべき伊藤大輔なのであります。
脚本家というよりも、戦前では「忠治旅日記」「大岡政談」「斬人斬馬剣」「一殺多生剣」「鞍馬天狗」「宮本武蔵」などを撮り、戦後は「王将」「反逆児」「素浪人罷通る」などをものにした、時代劇を語るにおいては閑却することを許されない大監督でした。

戦前より、筋金入りの傾向映画を撮ってきた方ですから、この「眠狂四郎・無頼剣」においても、その想いは色濃く反映されています。

まず、題材の背景に「大塩平八郎の乱」を持ってきているところ。
大塩平八郎による武力蜂起は結果として無残な失敗に終わり、貧苦にあえぐ庶民を救うべく立ち上がったのにもかかわらず、乱によって引き起こされた大火で却ってその庶民に大きな被害を与えてしまいました。
しかし、その意思そのものは広く喧伝され、大塩平八郎の残党やその意を酌んだ活動を生み出し、やがては倒幕につながっていくわけです。

この映画では、その大塩平八郎の養子であった格之助が、越後で採れる原油からペトローレ油を精製する方法を研究していたという話を織り込み、その研究成果を策を弄して盗み出した商人どもと、それに憤る大塩残党、そして格之助を慕うがゆえにその悪徳商人に恨みを持つ軽業師の勝美を配置、そこに狂四郎を絡ませるといった構造になっています。
さらに、大塩平八郎を嵌めた大阪東町奉行の跡部良弼の兄であり庶民困窮の原因でもある水野忠邦を襲撃する企てまで取り込む流れになっていて、90分にも満たない尺であるのにもかかわらず内容はかなり濃密です。

白眉は何と云っても、敵役である大塩残党の頭目「愛染」を天知茂が演じていること。
しかも、愛染も円月殺法を使い、この両者がクライマックスに屋根瓦の上で立ち会う。
二人の円月殺法が重なるシーンの美しさは息をのむばかりでした。
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市川雷蔵の黒、天知茂の白。そして江戸の町を焼く紅蓮の炎。
撮影・美術、そして三隅監督の美学が怪しく花開いておりました。

この映画では、様々なところに細工が施されていて、それを解析しながら観るのも興味深いところ。
中でも、軽業師の一味が姿を消したため、それを探索しようとする狂四郎と小鉄の、長屋に残されたメッセージを解く下りは秀逸でした。

盗人の小鉄が逆立ちをして長屋の天井に目をやると、そこには「裏見」という文字が逆さまに書かれています。
つまり、「うらみ」の逆さで「みうら」となりますね。
そして、行燈に書かれた半乾きの文字は、「恋」と「しくば」。

「恋しくば尋ね来て見よ 和泉なる信太の森のうらみ葛の葉」

「葛の葉」は、信太妻と呼ばれた白狐のことで、稲荷台明神の第一の信徒です。
安倍晴明の母とされる信太妻が夫である安倍保名に残したという、これは有名な書置きですね。

この謎解きは、稲荷と和泉橋近くの三浦屋を指している、ということになり、それと察した狂四郎が勝美ら軽業師たちを救い出すために現場に向かうわけです。

広く人口に膾炙されたお話だという認識からか映画の中ではあまり詳しく解説されていませんが、こうした豆知識が必要になるというのも、ある意味乙なものですね。

さて、この映画における眠狂四郎は、それまで醸し出してきたニヒルさを少し内に含ませ、少々人間臭い描き方になっています。

ちょっと驚いたのは、狂四郎釣りをしている傍らを愛染率いる大塩残党が通りかかる場面で、狂四郎は誤って釣り針をそのうちの一人の髻に引っかけてしまうのですが、激高する相手に対して「ひらにひらにご容赦を」と土下座をして謝るのです。
狂四郎が土下座をして謝るなどというのは、それまで記憶にないシーンでした。

それから、軽業師の勝美(藤村志保が好演)が悪徳商人の用心棒に襲われそうになったとき、それに立ち向かう狂四郎が次のような啖呵を切ります。

「俺はな、産みの母親は顔さえ知らんが、女の腹から生まれてきたに相違ないのだ。お袋様と同じ女性(にょしょう)に理不尽を働く輩は、理非曲直を問わんぞ」

このあと円月殺法を振るい用心棒らをばっさばっさと切り倒すのですが、なんだか狂四郎らしくないセリフだなと思ってしまいました。

さらに、愛染が、師である大塩平八郎の無念を晴らすために老中の水野忠邦を討ち、悪徳商人らを焼打ちにするとともに、江戸の町を焼きつくすと宣言した時、狂四郎は「それは許さぬ。幕府の政道に対する恨みを、無辜の庶民の犠牲でもって晴らそうなどと、そうした非道は断じて許さん」と応ずる。
また、屋根の上での決闘の際も「城も焼け。大名屋敷、問屋、札差、焼きたくば焼け。ただ罪科もなく、焼きたてられて住むに家なく、食うに明日のたつきも絶えた八十万庶民を何とするのだ。主義が、主張が、どうであろうと、この暴挙は愛染、許されんぞ」と叫ぶ。
ここにおける狂四郎の姿は、正に伊藤大輔の思い描くヒーローの姿なのではないか。
こんなに熱い狂四郎は、他の回ではあまりみられなかったような気がします。

大塩平八郎に如何に大義があろうとも、その恨みを晴らすために無辜の庶民を巻き添えにするのはテロリズムです。
愛染は、己に大塩中斎(平八郎)譲りの大義があると考えていたのかもしれませんが、取ろうとした手段はテロリストのそれでした。
狂四郎は、見方によっては幕府を守る側についたようにも見えますが、劇中、それを明確に否定している下りがあることに鑑み、あくまでも庶民の側に立って愛染のテロリズムを食い止めようと考えたのでしょう。

この映画では、敵役の天知茂が入魂の演技を見せていることもあり、雷蔵をして「どちらが主役かわからない」と言わしめ、原作者の柴田練三郎は試写を観て、「これは眠狂四郎ではない」と語ったそうです。

天知茂の存在感はそれほど素晴らしいものがありましたが、もちろんそれは雷蔵の比ではありません。
ラスト、江戸の町を焼く炎を眺めながら、それを止められなかった痛恨と虚無感の入り混じった眠狂四郎の顔が赤く染まっていくシーン。
これは正に息をのむばかりの美しさでしたから。
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音楽は伊福部昭。
これは絶品です。
京琴のような撥弦楽器の紡ぎだす繊細なリリシズムが全編を覆い、実にツボをおさえた表現となっていました。
映画音楽にも数々の名作を残した伊福部氏ですが、その中でも一二を争う出来栄えと、個人的には思います。

この作品はレンタルもされているようです。
ご興味のある向きはぜひともご覧ください。

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「私はロボットではありません」 [PC関連]

台風18号の動向が大変気がかりです。
実は、今週末の三連休、久しぶりに八ヶ岳(地獄谷)に行こうと考えていたのですが、強力な台風と秋雨前線の影響で、どうみても悪天は避けられそうもなく、見送ることにしました。
単独行の予定でしたから気楽なものですが。

9月の中旬ともなり、彼岸花が咲いています。
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さて、先日、たまたまwindows10のPCのブラウザで定期的に閲覧しているサイトにアクセスしログインしようとしたところ、次のような画面が挿入されたことに気が付きました。
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「私はロボットではありません」?

なんだなんだ?と思いつつ、左のボックスをクリックすると、こんな画面が出ました。
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タイルを全て選択しろ、とのことですので、それに従ってすべてのタイルをクリックしました。
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すると、次の画面が登場。
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同じようにタイルを選択しろ、とのこと。

またやるのかよ、おい!と舌打ちしつつ、それでも同じように全部クリック。

すると、またまた次の画面が登場。
何度やっても先に進まず、自動車や交通標識の「タイル」写真が現れます。

蟻地獄のような無限連鎖に陥ってしまいました。

Macで行ってみたところ、こういう現象は起こりません。

「今日はWinの調子が悪いんだろう。Macで行けるからいいや」

などといって、中途で放棄してしまいました。

翌日、それでもとWinで行ったらやっぱりこれに引っかかり、先に進みません。

もしかするとCookieの問題かもしれないと考え、履歴だとか保存してあるパスワードなども含めてブラウザの設定をすべてクリアにしてみました。

しかし、それでもやはり同じです。
完全に煮詰まってしまいましたが、念のため、もう一度画面を調べてみます。

すると、「自動車のタイルを全て選択してください」となっているではありませんか!

私は全部のタイルを選択していたわけですから、これでは突破できるはずがありません。

ということで、自動車の写っているタイルのみを選択すると、

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ようやくこのメッセージのチェックボックスにチェックが入り、先に進むことができました。

自分の間抜けさ加減にさすがに忸怩たる思いがしましたが、いきなり登場した上に、きちんとした説明もなく、還暦越えのオヤヂを戸惑わせるのは酷い話だと、思わず逆恨みをしてしまった次第です。

こんな阿呆なことに引っかかる人は少数かもしれませんが、自戒と備忘を込めて、恥ずかしながらアップさせていただきました。


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浄瑠璃「生写朝顔話」 [音楽]

9月に入っても曇り空の雨勝ちで、秋の気配も濃厚になってきています。
近所の垣根ではムラサキシキブが紫色の実をつけていました。
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先日、国立劇場に「第200回文楽公演」をに観に行ってまいりました。

当日の演目は「生写朝顔話(しょううつしあさがおばなし)」です。
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仮名手本忠臣蔵を観てから、連れ合いも文楽に興味を持ち始めたようで、今回の提案もすんなりと受け入れてくれました。
今回の演目はどんな芝居なのか予め知っておこうと、自分からネットを検索し、あらすじを頭に入れて臨んだくらいで、私としては嬉しくもありちょっと驚きもしたところです。

この物語は儒者・熊沢蕃山作といわれる琴唄の今様歌

「露の干ぬ間の朝顔を照らす日かげのつれなきにあはれ一村雨のはらはらと降れかし」

から着想されたものです。
朝露を受けて咲く朝顔は誠に瑞々しく美しい花ですが、陽が昇ればたちまちに干上がって萎れてしまいます。
その姿が哀れなので、せめて一叢の村雨(驟雨)よ降れ、さすれば花の萎れることもなかろうものを、と歌ったものなのでしょう。
零細農民など庶民の側に立って藩政改革を行うことを提言し、治山・治水に尽力した蕃山の優しさがにじみ出てくるような唄ですね。

「生写朝顔話」の中ではこの今様が非常に重要な物語の鍵を握っており、冒頭の「宇治川蛍狩りの段」において宮城阿曾次郎が深雪の差し出す扇子に記した詞が、「宿屋の段」で瞽女の朝顔(深雪)によって歌われ、駒沢次郎左衛門(宮城阿曾次郎)はこの瞽女の朝顔こそが行方知れずとなった妻(云い交した女)の深雪であることを知る、というものです。
この今様を朝顔(深雪)が歌うシーンは、鳴り物にも琴が用意され、もちろん人形も琴を奏でます。
このシーンの人形の手は、このために指が一本一本動くようにしつらえられており、演者の吉田蓑助入魂の遣いで、正に深雪の人形が琴を奏でながら歌っているように感ぜられました。

筋を詳らかにするのはやはり無粋ですからここでは省略いたしますが、悲劇的な結末を迎えることの多い浄瑠璃の中では大団円を予感させる終わり方で、その点では比較的珍しい展開だと思います。
そうはいっても非業の死を遂げる役柄(深雪の乳母である浅香と戎屋徳右衛門ら)もおりますが、これは浄瑠璃の劇的展開の上では一つのお約束事、というべきもの。
盲目となった深雪の目を命を捨てて開かせる重要な役割を担う戎屋徳右衛門が、実は乳母・浅香の父親の古部三郎兵衛であり、娘の浅香が身を挺して深雪を暴漢から守って絶命する(その際に親子の証拠の守り刀を深雪に渡す)という、いわば主筋の姫のために一命をささげる主従の契りを体現した展開にも心を動かされます。

阿曾次郎と深雪が別れ別れになるのも、大風や大雨によって氾濫した川のせい、というところも一貫した物語の流れとなっております。

涙を誘うのは、深雪と浅香の邂逅と非情な別れを描く「浜松小屋の段」。
ここでは、深雪を吉田蓑助が、浅香を吉田和生が、それぞれ演じ、さすがに当代人形遣いの無形文化財お二人による遣いを心行くまで堪能させてもらいました。

また、チャリ場である「嶋田宿笑い薬の段」では、萩の祐仙を遣った桐竹勘十郎の超絶的な演技と豊竹咲太夫のこれまた入魂の語りがものすごく、ただただ驚嘆するばかりです。
時折、太棹の演奏が途切れる場面がありますが、そこは恐らく太夫のアドリブで、それに人形遣いが一糸乱れぬ連携を見せてくれました。
正に真剣勝負の一期一会の舞台!
互いの呼吸を計りあいながら全体の演技をより高めていこうとする気合がひしひし感ぜられます。

深い感動を味わいながら、連れ合いと二人で国立劇場を後にしました。
9月初旬とは思えないほど肌寒い日ではありましたが、話の結末に一筋の希望の光が見えたこともあって満足しつつも、それにしても冒頭の蛍狩りの段で舞台を飛んでいた蛍らしき緑の光は凄かった、どうやって飛ばしたんだろうと、帰りの電車の車中での話題しながら帰路に着いたところです。

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「遭難女性が救助の警官にブチ切れ」 [山登り]

JCASTニュースに掲載され、Yahooニュースに転載されたことから、注目を集めた記事。

遭難女性が救助の警官にブチ切れ ブログで「何様なの?」「酷い対応」

JCASTニュースのURLは以下の通り。

遭難女性が救助の警官にブチ切れ ブログで「何様なの?」「酷い対応」

「遭難女性」のそもそものブログ記事はこちら。

御在所岳でまさかの遭難! 大変ご迷惑をおかけしましたm(__)m。しかし警察って何様?感謝していますが言わせてもらいたいことが!

人はその置かれた立場によって意識も感じ方も良識も異なりますから、この件については記事の紹介にとどめ、このことに対しての私個人のコメントは差し控えます。

以下は山登りに対する私の個人的な考え方ですから、どうぞその点についてはお汲み取りのほどをお願い申し上げます。

山登りは基本的に場数や経験がものをいうスポーツだと思います。
スポーツであるのにもかかわらずこれといった明確なルールがなく、ベテランもビギナーも同じフィールドで行動するという特徴もあります。
その場数や経験も、単にこれまで重ねてきた年月に比例するといったものではなく、極端なことを云えば、無雪期の一般ルートの縦走を何十年重ねてきても、山登りという全体的なレベルからすれば「初級者」の域を出ません。
高尾山や丹沢あたりから始めて、奥秩父・八ヶ岳・日本アルプスと無雪期の縦走登山をを重ねていき、沢登りから岩登りなどのバリエーションにおける技術をある程度習得し積雪期登山に踏み出していく、という地道な経験を積むことが、まずは山登りのあり方だと、私などは教えられてきましたし、場数や経験という意味では正にこの通りと思います。
地形図の読み方や天気図の書き方、観天望気、ザイルワーク、確保技術、アイゼンワーク、天幕などを含めた生活技術や食料の取り方、などなど、山登りに関して必要となるもろもろの技術はこうした息の長い経験によって身に付くものでもあるのでしょう。
先輩などから実地で教え込まれるものから、自宅の炬燵にあたってブーリン結びや8の字結びやマッシャー結びやプルージックやインクノットなどを何度も繰り返し自習する、などということまで、目標達成に向けてそれなりの地道な努力を重ねてきた山屋もかなりの数にのぼると思います。
食糧計画を立てたり国土地理院の25000分の1地形図に色を塗ったり書き込みをしたりとか、山へ出かける前の準備も、それなりに楽しいものでした。

一時、山の経験のほとんどない中高年の方の登山に関して、その危うさや軽率な行動などが批判の対象になっていました。
近年、山ガールとか山ボーイなどという呼び名とともに若者たちの山登りが盛んになってきています。
若い人たちが山に登るというのは、20年位前までは誠にお寒い限りでしたから結構なことだと思います。
しかし、時折山で出会う彼らの行動を見ていると、批判の対象となっていた中高年登山者以上に危ういものを感じます。
そこには、山の経験はもとより人生経験の浅さまで露呈されているからなのかもしれません。

今回のこの「騒動」の元となった方は、地図やコンパスを持参することもなくしかもコースを事前に検討しもしなかった。
地図を持参しなかった理由は「そもそも地図が読めないから」なのだそうです。

地図も読めずコンパスの使い方も知らない人、つまりは山の中にいて自分の現在いる地点すらも把握できない状況で山歩きをする。
ちょっと絶句してしまいました。

そういえば、同じJCASTニュースに次のような記事がありました。

救助隊員滑落死でも「楽しかったよ」 無謀登山遭難者のフェイスブック書き込みに非難轟々

恐ろしい世の中だと思います。

好むと好まざるとにかかわらず、私はこれからも基本的にはあまり登山客の押し寄せない山域を中心に山をうろつきたいとの想いを新たにしました。

山登りには、昔から言い習わされている俚諺があります。

「山の弁当と怪我は自分持ち」
タグ:山登り 遭難
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アニメ「君の名は。」 [映画]

8月ももう下旬となりますが、相変わらず雨ばかりのお天気です。
若い頃は、「どうせ濡れるのは同じ」とかいっちゃって沢に出かけたりしたものですが、もうそういう覇気はかなり減退しています。

そんな中、連れ合いが、昨年話題になったアニメ「君の名は。」のビデオを借りてこないか、と提案。
私個人としても少し気にはなっていたので、良い機会でもあるし、それでは、ということで近所のツタヤで借りてきました。



一見した感想。

とにかく予想以上の美しさです。驚愕しました。

今のアニメーションは、セル画ではなくデジタル画像によるモーションコントロールが主流とは聞いてはいましたが、余りに自然な画面の動きで、これは本当にアニメーションなのかと疑ったくらいです。
洋画に良くあるモーションキャプチャーではなく、明らかに日本独特のアニメーションの世界なのですが、それでいてこの完成度!
この、「アニメーションである」というところが、やはり嬉しくなりました。

肝心のストーリーは、緻密なアニメーションと若さ溢れる恋愛や友情シーンを追うことばかりに気を取られ、結末に至るまでの展開が今ひとつしっくりこなかったというのが、初めの感想です。
もう一つ、画面の随所に挿入されたRADWIMPSの音楽(歌)がどうにも耳障りで、正直にいって我慢がならなかった。
画面の流れは実に映画的なのに、どうしてこんな無神経な音楽の使い方をするのか!と腹立たしい想いに駆られた、というのが本音です。

ということで、当然のごとくもう一度鑑賞。

瀧と三葉との入れ替わりという形を採ったタイムスリップの使い方が、実はかなり綿密な構想によって作られていることがわかりました。
ネタバレになるので細かなところを書くのは控えますが、瀧と三葉が入れ替わる時点で設定される三年間というギャップが、非常に視覚的かつわかりやすく描かれています。

タイムスリップを題材にした映画や小説などの創作は、それこそ数多く存在しますが、所詮は空想の産物としていい加減に扱われる場合がかなり多いようにも思われます。
時間というものが、何故に過去から未来にしか流れないのか。
そのことを解明した人を私は寡聞にして知りませんが、創作物におけるタイムスリップの扱いのほとんどが過去に遡っているのは、その根本的な時間の流れを想像力によって覆したい、と考えたため、ともいえるのではないでしょうか。
過去というものは取り返しのつかないものであることを分かりつつも、もしもできることならば過去に戻ってやり直したい、という欲求を持つ人はきっとかなりの数に上っていると思います。
その反面、未来については、「できれば知りたくはない」と考えるのではないでしょうか。
少なくとも私はそうで、ドラえもんの中でのび太君が自分の未来の姿に関してあまり積極的に知りたがらない(肯定したくない、できれば抗いたい)という描写も宜なるかなと思うのです。
未来は放っておいても到来するものであり、そんなものを現時点で知ってしまったら、それこそ未知の中にあるからこそ持つことの出来る希望を失うことになるような気がしますがどうでしょう(もちろん、「より良き未来」を作るために努力をする、という前向きに未来を考える、という視点を持つということはこれとは別次元のものですが)。

どうも話がかなりズレてしまいました。妄言多謝。

とにかく、創作物でタイムスリップを扱う場合、それに接している人に、その現象をどれだけ信憑性のあるものとして届けられるか、その辺がコアとなるのではないか。
この「君の名は。」においては、それを瀧と三葉との入れ替わりという形で表現しています。
その間の三年のギャップについても、例えば三葉が瀧に逢おうと決心して東京にやってきた時、当の瀧は中学生(三年前なので)で、当然のことながら三葉のことなど知る由もない。
それを、二人の身長がほとんど変わらないという形と制服と単語帳(瀧は高校入試を控えていたのでしょう)というところで表現し、絶望した三葉が髪の毛を結んでいた紐を瀧に手渡すことで印を残す、などというシーン。
ティアマト彗星の配置と扱い(因に「ティアマト」は上半身が女性で下半身が蛇である古代エジプトの神)、月の描き方(三日月、満月、半月)。
そして、映画の中では「かたわれ時」といわれる黄昏時の描き方。
黄昏は、泉鏡花の夜叉ケ池の中でも触れられていますが、落日の残照と行燈の灯りなどが重なるときすなわち「ふたあかり」の中で怪異は起きる、と定義された時間です。
恐らく、新海監督はそのことを念頭においてこういうシチュエーションの中での展開を考えたのでしょう。
口噛み酒とかたわれ時が、瀧と三葉の、本来ならば逢えるはずもない出逢いを可能にし、しかも、それはかたわれ時の終焉とともに失われる。お互いの記憶の中からも。

こうしたオーソドックスなタイムスリップの描き方の上に、主人公たちを取り巻く友人たちとの篤い友情を絡ませ、一つのスペクタクルを形作る。
実にうまい作り方だなと感心しました。
二人の入れ替わりが「眠り」という行為によって生ずることも、よく考えられた設定だと思います。
創作物で描かれるタイムスリップは、現在の自分が存在する世界の時間軸とは違う世界(パラレル・ワールド)に移ることによってパラドックスを回避するという手法がとられます。
この映画では、入れ替わっている間をお互いが実体験であるという認識の元に行動することによって上手に表現しているようにも思われます。
個人的なことですが、私は、かなりしばしばみる夢の情景を、自分にとって相当にリアルで連続性のあるものとして感得しています。
その夢の中に現れる情景、家であったり道路であったり職場であったり、それらは連続する同じ夢の中では完全に一致している。
もしかすると、今、現に生きていると思っている世界が夢であり、夢であると思っている世界が実態なのかもしれない、と感じたりもするのです。
もしかすれば、自分を取り巻く世界の様々な事象は、自分の頭の中に展開された仮想空間なのかもしれない、それゆえにそれは一つの宇宙なのかもしれない、などと考えたりしました。

そういう不思議な感覚を、この映画は想起させてくれます。
その意味では、ビデオをレンタルして、何度か繰り返し観ることが、ある意味必要なのかもしれません。
この映画が公開されているときに、何度も映画館に足を運んだ人がいたということを聞きましたが、それについては非常に納得がいきます。
劇場で一度観ただけでは、恐らく「映像の美しさ」に圧倒されるだけで終わってしまうことでしょう。

さて、この映画では、そのあまりの描写の精緻さから、題材となった場所への「巡礼」が話題となりました。
瀧と三葉が最後に出逢うことになる四谷の須賀神社。
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この境内には、一時、高校生が大挙として押し寄せたようです。

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この階段が、映画の中では印象的に現れますね。

この前のショットで、小雪の舞う中を二人がすれ違うシーン。
これは、1950年代に一世を風靡した菊田一夫の「君の名は」のオマージュなのだろうなと感じました。
少なくとも、新海監督はこの作品をリスペクトしておられたのでしょう。
勝手な感想ですが、私はそう感じました。

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夏休み [日記]

夏らしくない雨がちのお天気が続きます。
レジャーへの影響もさることながら、農作物への影響が懸念されるところです。

転職後三年目となったこともあり、夏期休暇もまとまって取れるようになりました。
とはいえ、私の両親は高齢なので、まずは実家に帰ってこまごまとした作業をしなければなりません。
さらに連れ合いの実家にも所用があって帰省することになったので、夏期休暇はほぼそれだけで費消されてしまいました。

8月7日、月曜日なので高速道路も空いているだろうと甘く考えたのが大間違いで、なんと中央道では午前中に事故が三つも連続し、渋滞。
午後からは台風の影響による大雨で通行止。
幸い通行止になる前に実家に帰り着いたのでラッキーでしたが、両親につきあっての買い物では大雨に見舞われ、やれやれといったところ。
それでも、9日には晴天に恵まれました。
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風呂の掃除、お墓の掃除、物干し台の修理、ガスレンジと換気扇の掃除などをやって、私の実家から連れ合いの実家の会津に向かいます。
渋滞などはありませんが、大門街道から上信越道・関越道・北関東道・東北道を経由して行ったので、休憩込みで7時間かかってしまいました。
会津からは12日に帰って来ましたので、幸いにも目立った渋滞には引っかからず、これはありがたい限り。
しかし結局のところ、今回の帰省ではトータルで900kmくらいの運転(連れ合いは運転しないため、私一人です)となり、さすがにうんざりです。

13日には、運動不足解消のため、いつもの里山ウォーキング。
雨がちのお天気だったせいもあって、キノコがたくさん出ていました。

こんなのや、
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こんなのがあって、ちょっと驚きです。
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で、お目当てはもちろんこれ!
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かなりの豊作でしたので、少しだけ採取してきました。

一部は、チョリソーと一緒にバター炒めにし、その他はさっと茹でて冷凍にしたところです。
しばらくは楽しめそうですね。

連れ合いの実家では、予想通り、みんなの反対にあって沼尾沼への再来は残念ながら叶わず。
そういう時間も取れないようなタイトな帰省となりましたが、ありがたいことに家族・親族はみんな元気で、その点だけは嬉しく思っています。
歳を取ると、そういうことが一番気がかりになりますから。

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モバイルノートのRAM増強 [PC関連]

8月になりましたが、まるで梅雨の様なじめじめとしたお天気が続いています。
台風5号の動向も気になるところですね。

先日、モバイルで使っているDELL「Inspiron11」のRAMを8GBに増強しました。



デフォルトは4GBで、通常の使用には耐えられるとのことだったのですが、ちょっとしたことでハングアップするようになり、やむを得ず、というところです。
このタイプは増設メモリのためのサブ・スロットがないため、メモリ本体の入れ替えとなります。
背面の9個のビスを外してこじ開けることになるのですが、これがなかなか骨が折れて神経を使いました。
結局、手持ちの中でも一番薄いマイナスドライバーを使ったのですが、いくら気を付けても多少の傷は残ってしまいます。
プラスチックスクライブを使うのが最適かもしれませんね。

さて、入れ替えが終了し、電源を入れると自動的にBIOSが更新され、プロパティを確認したところ、無事にRAMは8GBに認識されていました。
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体感的な処理速度はそれほど変わりはないように思いましたが、ハングアップはだいぶ少なくなり(それでも時折起こりますが)、MSOffice系のアプリの立ち上がりも早くなったように感じています。
これでしばらくはそれほどストレスを感じずに使えそうです。

DELL「Inspiron11」、購入してから1年少々経ちました。

現在の職場で、それまで二人でチームを組んで各部署のヒアリングなどに出向いていたのですが、昨年の3月末にチームの先輩が退職してしまい、その後の補充がなかったため、私一人でその作業をこなすこととなりました。
現地に赴いた折には、ヒアリング項目などを区分けして二人で対応し、なるべく先方の負担軽減を図ってきたのに、一人になるとそれができません。
従って作業の効率化を図るためには、現場で聴取した事項などをその場でデータ化して関連様式にまとめる必要が生じ、モバイルノートを新たに購入しようと思ったわけです。

データをまとめて作成する報告書は、職場のPCとの連携を図るためにMSOfficeのアプリ(EXCELやWordなど)とせざるを得ず、そうなるとやはりOSはwindowsとなります。
軽量でバッテリーパワーもあってMSOffice(EXCEL・Word・PowerPoint)が使える機種、さらにリーズナブルな価格、ということになると結構限られてしまい、いろいろ悩んだ挙句に、この機種にしたのでした。

私はプライベートでMacを使っていますので(職場ではwindowsですが)、最初はMacBookAirを考えていました。
しかし、使用目的の最優先課題は仕事での利用であり、そのためにはMSOfficeとの親和性がポイントとなります。
NumbersやPagesの利用も考えましたが、どこまで互換性を担保されているのか今一つ確信が持てず、遺憾ながら諦めることとしました。

そんなわけで図らずもwindows10を使うこととなり(職場のPCはwindows7)、そのあまりの重さと不安定さに悩まされてきた、というのが現状です。

フリーズした場合、Ctrl+Alt+Delでタスクマネージャを立ち上げ、怪しそうなアプリをクローズするとかシャットダウンするといった対応がセオリーでしたが、私の使っているDELLでは、しばしばそれすらも使えないことが多く、一般には忌避される電源スイッチoffなどというひどい対応に頼る事すらあります。
尤も、今どきのモバイルノートの内部記憶デバイスはSSDが採用されているのがほとんどなので、以前のようにハードディスクにアクセスがかかっているときに強制的な電源off!などという危ない局面には至らないようですが。

MacOS、Linux、windowsXP・7・8・10など、ここ数年の間にいくつかのOSを使ってきましたが、windows8.1と10は、私としては「どうにも扱いづらい」というのが感想です。
そういうOSを選択しなくてはならない理由が「仕事上の都合」というところも納得のいかない部分かもしれませんね。

それからもう一つ、仕事関係の情報をネットからとってくることもかなり多いのですが、今のWebサイトでは動画やフラッシュの多用など見栄えばかりを気にする傾向が強くて、これがPCのリソースを喰い、反応が遅くなったりハングアップにつながったりすることがままあるように思います。
動画サイトとか、アミューズメントを目的とするサイトならいざ知らず、一般企業のサイトでもこうした傾向にあるのはいかがなものでしょうか。
ソネブロなど各種ブログも余計なパーツが多くて、非力なPCですと、やはりストレスが溜まりますし。

私事で恐縮ですが、私のメインサイトのホームページのサイズは画像込で80KBです。
開設時期が1999年であったという時代背景もありますが、当時はとにかく軽いページを作ることが一つの目標であったようにも思います。
如何に見やすく使いやすいページを小さなサイズで構築するか、というのがHTML作成者のセンスでもありました。

どうも最後は年寄りの繰り言になってしまいました。
反省反省ですね。

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歩くのが早い人は高収入? [山登り]

梅雨が明けました。
とはいっても、首都圏では空梅雨で、その実感は今一つです。
どうやら今年も水不足の心配をせざるを得ないようですね。

夏の帰省計画が具体化し、昨年同様、私の実家(八ヶ岳山麓)から連れ合いの実家(会津)までロングドライブをすることになりそうです。
車は大変便利ではありますが、私はそれほど車の運転が好きな方ではないので、やはり長期間のドライブは応えます。
出来れば何とか渋滞だけは避けたいものですね。

さて、昨年、あと一歩というところで敗退してしまった沼尾沼
今年こそ達成せんものと意気込んでおりました。
先日購入したハンディGPSもあることですし、昨年の遡行で三沢の状況もある程度把握できているので、恐らく大丈夫でしょう。

会津についてからの予定の中に、その沼尾沼行きを入れていたところ、それを知った連れ合いが会津の実家に告げ口。
義妹からものすごい勢いて反対されてしまいました。
いわく、
  1. 昨年の山は木の実が豊作で小熊がたくさん生まれ、熊の絶対数が増加
  2. 小熊を守るために母熊が狂暴になっている
  3. 里山でもいたるところで熊の出没が確認されており、駆除が追い付かない
  4. 人間を恐れなくなっている

などなど、です。
この話を聞いて連れ合いも、「沼尾沼に行くというのなら会津には帰らない!」などと言い出す始末。
三沢遡行は限りなく困難になりつつあります。参りましたね(せっかくGPSを買ったのに)。

そんなわけで現在ちょっと悶々としつつありますが、説得できなければとりあえず別の山にでも行ってこようかなと考えている次第です。

ところで、何となく首をかしげる記事があったので紹介します。

歩くのが早い人はやはり高収入?
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 調査に参加した男女1万362人のうち、年収に関するアンケートに回答した1229人(年齢19~77歳)について、データを分析した。その結果、年収が高い人ほど平均歩行速度が速くなる傾向が見られた。
 年収100~200万円未満の人は平均歩行速度が時速2.52キロメートルだったが、平均年収とされる400~500万円未満の人は同2.69キロメートル、600~700万円未満の人は同2.95キロメートルとなり、収入が高くなるにつれて、歩くスピードも速くなっている。
 1000万円を超える高年収の人は、歩くスピードがさらに速く、同3.13キロメートル。高年収の人は平均年収の人のおよそ1.2倍速で歩いていることになる。
 有酸素運動となるウォーキングは「時速3キロ以上」とされており、年収の高い人は歩いている時でも「軽い運動」をしていると言えそうだ。

私などの感覚では、平地における時速2キロメートルから3キロメートルなどという歩行スピードは余りに遅すぎます。
急登で知られる丹沢塔ノ岳大倉尾根の登りでも時速2~3キロメートルは出そうな気がしますし、平地ではだいたい時速6キロメートルくらいは出るのではないでしょうか。
「有酸素運動となるウォーキングは『時速3キロ以上』」と書かれてありますが、ウォーキングでは7~8キロメートルは出ていると思います。
時速3キロメートルでは「軽い運動」にすらならないように感ずるのですが如何。
朝の通勤時でも、皆さん、結構なスピードで歩いていますし。

それともこの調査における「平均歩行速度」とは、信号待ちだとか電車待ちだとか止まっている時間も含んでいるということなのでしょうか?

いずれにしても私は全く高年収ではありませんから、もしかすると時速3キロメートルをかなり上回って歩いているような余裕のない私などは逆方向のバイアスがかかっているということかもしれませんね。
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