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「私はロボットではありません」 [PC関連]

台風18号の動向が大変気がかりです。
実は、今週末の三連休、久しぶりに八ヶ岳(地獄谷)に行こうと考えていたのですが、強力な台風と秋雨前線の影響で、どうみても悪天は避けられそうもなく、見送ることにしました。
単独行の予定でしたから気楽なものですが。

9月の中旬ともなり、彼岸花が咲いています。
higan2017.jpg

さて、先日、たまたまwindows10のPCのブラウザで定期的に閲覧しているサイトにアクセスしログインしようとしたところ、次のような画面が挿入されたことに気が付きました。
robot01.jpg

「私はロボットではありません」?

なんだなんだ?と思いつつ、左のボックスクリックすると、こんな画面が出ました。
robot02.jpg

タイルを全て選択しろ、とのことですので、それに従ってすべてのタイルをクリックしました。
robot03.jpg

すると、次の画面が登場。
robot04.jpg
同じようにタイルを選択しろ、とのこと。

またやるのかよ、おい!と舌打ちしつつ、それでも同じように全部クリック。

すると、またまた次の画面が登場。
何度やっても先に進まず、自動車や交通標識の「タイル」写真が現れます。

蟻地獄のような無限連鎖に陥ってしまいました。

Macで行ってみたところ、こういう現象は起こりません。

「今日はWinの調子が悪いんだろう。Macで行けるからいいや」

などといって、中途で放棄してしまいました。

翌日、それでもとWinで行ったらやっぱりこれに引っかかり、先に進みません。

もしかするとCookieの問題かもしれないと考え、履歴だとか保存してあるパスワードなども含めてブラウザの設定をすべてクリアにしてみました。

しかし、それでもやはり同じです。
完全に煮詰まってしまいましたが、念のため、もう一度画面を調べてみます。

すると、「自動車のタイルを全て選択してください」となっているではありませんか!

私は全部のタイルを選択していたわけですから、これでは突破できるはずがありません。

ということで、自動車の写っているタイルのみを選択すると、

robot05.jpg

ようやくこのメッセージチェックボックスにチェックが入り、先に進むことができました。

自分の間抜けさ加減にさすがに忸怩たる思いがしましたが、いきなり登場した上に、きちんとした説明もなく、還暦越えのオヤヂを戸惑わせるのは酷い話だと、思わず逆恨みをしてしまった次第です。

こんな阿呆なことに引っかかる人は少数かもしれませんが、自戒と備忘を込めて、恥ずかしながらアップさせていただきました。


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浄瑠璃「生写朝顔話」 [音楽]

9月に入っても曇り空の雨勝ちで、秋の気配も濃厚になってきています。
近所の垣根ではムラサキシキブが紫色の実をつけていました。
2017murasaki.jpg

先日、国立劇場に「第200回文楽公演」をに観に行ってまいりました。

当日の演目は「生写朝顔話(しょううつしあさがおばなし)」です。
asagao.jpg

仮名手本忠臣蔵を観てから、連れ合いも文楽に興味を持ち始めたようで、今回の提案もすんなりと受け入れてくれました。
今回の演目はどんな芝居なのか予め知っておこうと、自分からネットを検索し、あらすじを頭に入れて臨んだくらいで、私としては嬉しくもありちょっと驚きもしたところです。

この物語は儒者・熊沢蕃山作といわれる琴唄の今様歌

「露の干ぬ間の朝顔を照らす日かげのつれなきにあはれ一村雨のはらはらと降れかし」

から着想されたものです。
朝露を受けて咲く朝顔は誠に瑞々しく美しい花ですが、陽が昇ればたちまちに干上がって萎れてしまいます。
その姿が哀れなので、せめて一叢の村雨(驟雨)よ降れ、さすれば花の萎れることもなかろうものを、歌ったものでしょう。
零細農民など庶民の側に立って藩政改革を行うことを提言し、治山・治水に尽力した蕃山の優しさがにじみ出てくるような唄ですね。

「生写朝顔話」の中ではこの今様が非常に重要な物語の鍵を握っており、冒頭の「宇治川蛍狩りの段」において宮城阿曾次郎が深雪の差し出す扇子に記した詞が、「宿屋の段」で瞽女の朝顔(深雪)によって歌われ、駒沢次郎左衛門(宮城阿曾次郎)はこの瞽女の朝顔こそが行方知れずとなった妻(云い交した女)の深雪であることを知る、というものです。
この今様を朝顔(深雪)が歌うシーンは、鳴り物にも琴が用意され、もちろん人形も琴を奏でます。
このシーンの人形の手は、このために指が一本一本動くようにしつらえられており、演者の吉田蓑助入魂の遣いで、正に深雪の人形が琴を奏でながら歌っているように感ぜられました。

筋を詳らかにするのはやはり無粋ですからここでは省略いたしますが、悲劇的な結末を迎えることの多い浄瑠璃の中では大団円を予感させる終わり方で、その点では比較的珍しい展開だと思います。
そうはいっても非業の死を遂げる役柄(深雪の乳母である浅香と戎屋徳右衛門ら)もおりますが、これは浄瑠璃の劇的展開の上では一つのお約束事、というべきもの。
盲目となった深雪の目を命を捨てて開かせる重要な役割を担う戎屋徳右衛門が、実は乳母・浅香の父親の古部三郎兵衛であり、娘の浅香が身を挺して深雪を暴漢から守って絶命する(その際に親子の証拠の守り刀を深雪に渡す)という、いわば主筋の姫のために一命をささげる主従の契りを体現した展開にも心を動かされます。

阿曾次郎と深雪が別れ別れになるのも、大風や大雨によって氾濫した川のせい、というところも一貫した物語の流れとなっております。

涙を誘うのは、深雪と浅香の邂逅と非情な別れを描く「浜松小屋の段」。
ここでは、深雪を吉田蓑助が、浅香を吉田和生が、それぞれ演じ、さすがに当代人形遣いの無形文化財お二人による遣いを心行くまで堪能させてもらいました。

また、チャリ場である「嶋田宿笑い薬の段」では、萩の祐仙を遣った桐竹勘十郎の超絶的な演技と豊竹咲太夫のこれまた入魂の語りがものすごく、ただただ驚嘆するばかりです。
時折、太棹の演奏が途切れる場面がありますが、そこは恐らく太夫のアドリブで、それに人形遣いが一糸乱れぬ連携を見せてくれました。
正に真剣勝負の一期一会の舞台!
互いの呼吸を計りあいながら全体の演技をより高めていこうとする気合がひしひし感ぜられます。

深い感動を味わいながら、連れ合いと二人で国立劇場を後にしました。
9月初旬とは思えないほど肌寒い日ではありましたが、話の結末に一筋の希望の光が見えたこともあって満足しつつも、それにしても冒頭の蛍狩りの段で舞台を飛んでいた蛍らしき緑の光は凄かった、どうやって飛ばしたんだろうと、帰りの電車の車中での話題しながら帰路に着いたところです。

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「遭難女性が救助の警官にブチ切れ」 [山登り]

JCASTニュースに掲載され、Yahooニュースに転載されたことから、注目を集めた記事。

遭難女性が救助の警官にブチ切れ ブログで「何様なの?」「酷い対応」

JCASTニュースのURLは以下の通り。

遭難女性が救助の警官にブチ切れ ブログで「何様なの?」「酷い対応」

「遭難女性」のそもそものブログ記事はこちら。

御在所岳でまさかの遭難! 大変ご迷惑をおかけしましたm(__)m。しかし警察って何様?感謝していますが言わせてもらいたいことが!

人はその置かれた立場によって意識も感じ方も良識も異なりますから、この件については記事の紹介にとどめ、このことに対しての私個人のコメントは差し控えます。

以下は山登りに対する私の個人的な考え方ですから、どうぞその点についてはお汲み取りのほどをお願い申し上げます。

山登りは基本的に場数や経験がものをいうスポーツだと思います。
スポーツであるのにもかかわらずこれといった明確なルールがなく、ベテランもビギナーも同じフィールドで行動するという特徴もあります。
その場数や経験も、単にこれまで重ねてきた年月に比例するといったものではなく、極端なことを云えば、無雪期の一般ルートの縦走を何十年重ねてきても、山登りという全体的なレベルからすれば「初級者」の域を出ません。
高尾山や丹沢あたりから始めて、奥秩父・八ヶ岳・日本アルプスと無雪期の縦走登山をを重ねていき、沢登りから岩登りなどのバリエーションにおける技術をある程度習得し積雪期登山に踏み出していく、という地道な経験を積むことが、まずは山登りのあり方だと、私などは教えられてきましたし、場数や経験という意味では正にこの通りと思います。
地形図の読み方や天気図の書き方、観天望気、ザイルワーク、確保技術、アイゼンワーク、天幕などを含めた生活技術や食料の取り方、などなど、山登りに関して必要となるもろもろの技術はこうした息の長い経験によって身に付くものでもあるのでしょう。
先輩などから実地で教え込まれるものから、自宅の炬燵にあたってブーリン結びや8の字結びやマッシャー結びやプルージックやインクノットなどを何度も繰り返し自習する、などということまで、目標達成に向けてそれなりの地道な努力を重ねてきた山屋もかなりの数にのぼると思います。
食糧計画を立てたり国土地理院の25000分の1地形図に色を塗ったり書き込みをしたりとか、山へ出かける前の準備も、それなりに楽しいものでした。

一時、山の経験のほとんどない中高年の方の登山に関して、その危うさや軽率な行動などが批判の対象になっていました。
近年、山ガールとか山ボーイなどという呼び名とともに若者たちの山登りが盛んになってきています。
若い人たちが山に登るというのは、20年位前までは誠にお寒い限りでしたから結構なことだと思います。
しかし、時折山で出会う彼らの行動を見ていると、批判の対象となっていた中高年登山者以上に危ういものを感じます。
そこには、山の経験はもとより人生経験の浅さまで露呈されているからなのかもしれません。

今回のこの「騒動」の元となった方は、地図やコンパスを持参することもなくしかもコースを事前に検討しもしなかった。
地図を持参しなかった理由は「そもそも地図が読めないから」なのだそうです。

地図も読めずコンパスの使い方も知らない人、つまりは山の中にいて自分の現在いる地点すらも把握できない状況で山歩きをする。
ちょっと絶句してしまいました。

そういえば、同じJCASTニュースに次のような記事がありました。

救助隊員滑落死でも「楽しかったよ」 無謀登山遭難者のフェイスブック書き込みに非難轟々

恐ろしい世の中だと思います。

好むと好まざるとにかかわらず、私はこれからも基本的にはあまり登山客の押し寄せない山域を中心に山をうろつきたいとの想いを新たにしました。

山登りには、昔から言い習わされている俚諺があります。

「山の弁当と怪我は自分持ち」
タグ:山登り 遭難
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アニメ「君の名は。」 [映画]

8月ももう下旬となりますが、相変わらず雨ばかりのお天気です。
若い頃は、「どうせ濡れるのは同じ」とかいっちゃって沢に出かけたりしたものですが、もうそういう覇気はかなり減退しています。

そんな中、連れ合いが、昨年話題になったアニメ「君の名は。」のビデオを借りてこないか、と提案。
私個人としても少し気にはなっていたので、良い機会でもあるし、それでは、ということで近所のツタヤで借りてきました。



一見した感想。

とにかく予想以上の美しさです。驚愕しました。

今のアニメーションは、セル画ではなくデジタル画像によるモーションコントロールが主流とは聞いてはいましたが、余りに自然な画面の動きで、これは本当にアニメーションなのかと疑ったくらいです。
洋画に良くあるモーションキャプチャーではなく、明らかに日本独特のアニメーションの世界なのですが、それでいてこの完成度!
この、「アニメーションである」というところが、やはり嬉しくなりました。

肝心のストーリーは、緻密なアニメーションと若さ溢れる恋愛や友情シーンを追うことばかりに気を取られ、結末に至るまでの展開が今ひとつしっくりこなかったというのが、初めの感想です。
もう一つ、画面の随所に挿入されたRADWIMPSの音楽(歌)がどうにも耳障りで、正直にいって我慢がならなかった。
画面の流れは実に映画的なのに、どうしてこんな無神経な音楽の使い方をするのか!と腹立たしい想いに駆られた、というのが本音です。

ということで、当然のごとくもう一度鑑賞。

瀧と三葉との入れ替わりという形を採ったタイムスリップの使い方が、実はかなり綿密な構想によって作られていることがわかりました。
ネタバレになるので細かなところを書くのは控えますが、瀧と三葉が入れ替わる時点で設定される三年間というギャップが、非常に視覚的かつわかりやすく描かれています。

タイムスリップを題材にした映画や小説などの創作は、それこそ数多く存在しますが、所詮は空想の産物としていい加減に扱われる場合がかなり多いようにも思われます。
時間というものが、何故に過去から未来にしか流れないのか。
そのことを解明した人を私は寡聞にして知りませんが、創作物におけるタイムスリップの扱いのほとんどが過去に遡っているのは、その根本的な時間の流れを想像力によって覆したい、と考えたため、ともいえるのではないでしょうか。
過去というものは取り返しのつかないものであることを分かりつつも、もしもできることならば過去に戻ってやり直したい、という欲求を持つ人はきっとかなりの数に上っていると思います。
その反面、未来については、「できれば知りたくはない」と考えるのではないでしょうか。
少なくとも私はそうで、ドラえもんの中でのび太君が自分の未来の姿に関してあまり積極的に知りたがらない(肯定したくない、できれば抗いたい)という描写も宜なるかなと思うのです。
未来は放っておいても到来するものであり、そんなものを現時点で知ってしまったら、それこそ未知の中にあるからこそ持つことの出来る希望を失うことになるような気がしますがどうでしょう(もちろん、「より良き未来」を作るために努力をする、という前向きに未来を考える、という視点を持つということはこれとは別次元のものですが)。

どうも話がかなりズレてしまいました。妄言多謝。

とにかく、創作物でタイムスリップを扱う場合、それに接している人に、その現象をどれだけ信憑性のあるものとして届けられるか、その辺がコアとなるのではないか。
この「君の名は。」においては、それを瀧と三葉との入れ替わりという形で表現しています。
その間の三年のギャップについても、例えば三葉が瀧に逢おうと決心して東京にやってきた時、当の瀧は中学生(三年前なので)で、当然のことながら三葉のことなど知る由もない。
それを、二人の身長がほとんど変わらないという形と制服と単語帳(瀧は高校入試を控えていたのでしょう)というところで表現し、絶望した三葉が髪の毛を結んでいた紐を瀧に手渡すことで印を残す、などというシーン。
ティアマト彗星の配置と扱い(因に「ティアマト」は上半身が女性で下半身が蛇である古代エジプトの神)、月の描き方(三日月、満月、半月)。
そして、映画の中では「かたわれ時」といわれる黄昏時の描き方。
黄昏は、泉鏡花の夜叉ケ池の中でも触れられていますが、落日の残照と行燈の灯りなどが重なるときすなわち「ふたあかり」の中で怪異は起きる、と定義された時間です。
恐らく、新海監督はそのことを念頭においてこういうシチュエーションの中での展開を考えたのでしょう。
口噛み酒とかたわれ時が、瀧と三葉の、本来ならば逢えるはずもない出逢いを可能にし、しかも、それはかたわれ時の終焉とともに失われる。お互いの記憶の中からも。

こうしたオーソドックスなタイムスリップの描き方の上に、主人公たちを取り巻く友人たちとの篤い友情を絡ませ、一つのスペクタクルを形作る。
実にうまい作り方だなと感心しました。
二人の入れ替わりが「眠り」という行為によって生ずることも、よく考えられた設定だと思います。
創作物で描かれるタイムスリップは、現在の自分が存在する世界の時間軸とは違う世界(パラレル・ワールド)に移ることによってパラドックスを回避するという手法がとられます。
この映画では、入れ替わっている間をお互いが実体験であるという認識の元に行動することによって上手に表現しているようにも思われます。
個人的なことですが、私は、かなりしばしばみる夢の情景を、自分にとって相当にリアルで連続性のあるものとして感得しています。
その夢の中に現れる情景、家であったり道路であったり職場であったり、それらは連続する同じ夢の中では完全に一致している。
もしかすると、今、現に生きていると思っている世界が夢であり、夢であると思っている世界が実態なのかもしれない、と感じたりもするのです。
もしかすれば、自分を取り巻く世界の様々な事象は、自分の頭の中に展開された仮想空間なのかもしれない、それゆえにそれは一つの宇宙なのかもしれない、などと考えたりしました。

そういう不思議な感覚を、この映画は想起させてくれます。
その意味では、ビデオをレンタルして、何度か繰り返し観ることが、ある意味必要なのかもしれません。
この映画が公開されているときに、何度も映画館に足を運んだ人がいたということを聞きましたが、それについては非常に納得がいきます。
劇場で一度観ただけでは、恐らく「映像の美しさ」に圧倒されるだけで終わってしまうことでしょう。

さて、この映画では、そのあまりの描写の精緻さから、題材となった場所への「巡礼」が話題となりました。
瀧と三葉が最後に出逢うことになる四谷の須賀神社。
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この境内には、一時、高校生が大挙として押し寄せたようです。

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この階段が、映画の中では印象的に現れますね。

この前のショットで、小雪の舞う中を二人がすれ違うシーン。
これは、1950年代に一世を風靡した菊田一夫の「君の名は」のオマージュなのだろうなと感じました。
少なくとも、新海監督はこの作品をリスペクトしておられたのでしょう。
勝手な感想ですが、私はそう感じました。

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夏休み [日記]

夏らしくない雨がちのお天気が続きます。
レジャーへの影響もさることながら、農作物への影響が懸念されるところです。

転職後三年目となったこともあり、夏期休暇もまとまって取れるようになりました。
とはいえ、私の両親は高齢なので、まずは実家に帰ってこまごまとした作業をしなければなりません。
さらに連れ合いの実家にも所用があって帰省することになったので、夏期休暇はほぼそれだけで費消されてしまいました。

8月7日、月曜日なので高速道路も空いているだろうと甘く考えたのが大間違いで、なんと中央道では午前中に事故が三つも連続し、渋滞。
午後からは台風の影響による大雨で通行止。
幸い通行止になる前に実家に帰り着いたのでラッキーでしたが、両親につきあっての買い物では大雨に見舞われ、やれやれといったところ。
それでも、9日には晴天に恵まれました。
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風呂の掃除、お墓の掃除、物干し台の修理、ガスレンジと換気扇の掃除などをやって、私の実家から連れ合いの実家の会津に向かいます。
渋滞などはありませんが、大門街道から上信越道・関越道・北関東道・東北道を経由して行ったので、休憩込みで7時間かかってしまいました。
会津からは12日に帰って来ましたので、幸いにも目立った渋滞には引っかからず、これはありがたい限り。
しかし結局のところ、今回の帰省ではトータルで900kmくらいの運転(連れ合いは運転しないため、私一人です)となり、さすがにうんざりです。

13日には、運動不足解消のため、いつもの里山ウォーキング。
雨がちのお天気だったせいもあって、キノコがたくさん出ていました。

こんなのや、
2017natu02.jpg

こんなのがあって、ちょっと驚きです。
2017natu03.jpg

で、お目当てはもちろんこれ!
2017natu04.jpg

かなりの豊作でしたので、少しだけ採取してきました。

一部は、チョリソーと一緒にバター炒めにし、その他はさっと茹でて冷凍にしたところです。
しばらくは楽しめそうですね。

連れ合いの実家では、予想通り、みんなの反対にあって沼尾沼への再来は残念ながら叶わず。
そういう時間も取れないようなタイトな帰省となりましたが、ありがたいことに家族・親族はみんな元気で、その点だけは嬉しく思っています。
歳を取ると、そういうことが一番気がかりになりますから。

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モバイルノートのRAM増強 [PC関連]

8月になりましたが、まるで梅雨の様なじめじめとしたお天気が続いています。
台風5号の動向も気になるところですね。

先日、モバイルで使っているDELL「Inspiron11」のRAMを8GBに増強しました。



デフォルトは4GBで、通常の使用には耐えられるとのことだったのですが、ちょっとしたことでハングアップするようになり、やむを得ず、というところです。
このタイプは増設メモリのためのサブ・スロットがないため、メモリ本体の入れ替えとなります。
背面の9個のビスを外してこじ開けることになるのですが、これがなかなか骨が折れて神経を使いました。
結局、手持ちの中でも一番薄いマイナスドライバーを使ったのですが、いくら気を付けても多少の傷は残ってしまいます。
プラスチックスクライブを使うのが最適かもしれませんね。

さて、入れ替えが終了し、電源を入れると自動的にBIOSが更新され、プロパティを確認したところ、無事にRAMは8GBに認識されていました。
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体感的な処理速度はそれほど変わりはないように思いましたが、ハングアップはだいぶ少なくなり(それでも時折起こりますが)、MSOffice系のアプリの立ち上がりも早くなったように感じています。
これでしばらくはそれほどストレスを感じずに使えそうです。

DELL「Inspiron11」、購入してから1年少々経ちました。

現在の職場で、それまで二人でチームを組んで各部署のヒアリングなどに出向いていたのですが、昨年の3月末にチームの先輩が退職してしまい、その後の補充がなかったため、私一人でその作業をこなすこととなりました。
現地に赴いた折には、ヒアリング項目などを区分けして二人で対応し、なるべく先方の負担軽減を図ってきたのに、一人になるとそれができません。
従って作業の効率化を図るためには、現場で聴取した事項などをその場でデータ化して関連様式にまとめる必要が生じ、モバイルノートを新たに購入しようと思ったわけです。

データをまとめて作成する報告書は、職場のPCとの連携を図るためにMSOfficeのアプリ(EXCELやWordなど)とせざるを得ず、そうなるとやはりOSはwindowsとなります。
軽量でバッテリーパワーもあってMSOffice(EXCEL・Word・PowerPoint)が使える機種、さらにリーズナブルな価格、ということになると結構限られてしまい、いろいろ悩んだ挙句に、この機種にしたのでした。

私はプライベートでMacを使っていますので(職場ではwindowsですが)、最初はMacBookAirを考えていました。
しかし、使用目的の最優先課題は仕事での利用であり、そのためにはMSOfficeとの親和性がポイントとなります。
NumbersやPagesの利用も考えましたが、どこまで互換性を担保されているのか今一つ確信が持てず、遺憾ながら諦めることとしました。

そんなわけで図らずもwindows10を使うこととなり(職場のPCはwindows7)、そのあまりの重さと不安定さに悩まされてきた、というのが現状です。

フリーズした場合、Ctrl+Alt+Delでタスクマネージャを立ち上げ、怪しそうなアプリをクローズするとかシャットダウンするといった対応がセオリーでしたが、私の使っているDELLでは、しばしばそれすらも使えないことが多く、一般には忌避される電源スイッチoffなどというひどい対応に頼る事すらあります。
尤も、今どきのモバイルノートの内部記憶デバイスはSSDが採用されているのがほとんどなので、以前のようにハードディスクにアクセスがかかっているときに強制的な電源off!などという危ない局面には至らないようですが。

MacOS、Linux、windowsXP・7・8・10など、ここ数年の間にいくつかのOSを使ってきましたが、windows8.1と10は、私としては「どうにも扱いづらい」というのが感想です。
そういうOSを選択しなくてはならない理由が「仕事上の都合」というところも納得のいかない部分かもしれませんね。

それからもう一つ、仕事関係の情報をネットからとってくることもかなり多いのですが、今のWebサイトでは動画やフラッシュの多用など見栄えばかりを気にする傾向が強くて、これがPCのリソースを喰い、反応が遅くなったりハングアップにつながったりすることがままあるように思います。
動画サイトとか、アミューズメントを目的とするサイトならいざ知らず、一般企業のサイトでもこうした傾向にあるのはいかがなものでしょうか。
ソネブロなど各種ブログも余計なパーツが多くて、非力なPCですと、やはりストレスが溜まりますし。

私事で恐縮ですが、私のメインサイトのホームページのサイズは画像込で80KBです。
開設時期が1999年であったという時代背景もありますが、当時はとにかく軽いページを作ることが一つの目標であったようにも思います。
如何に見やすく使いやすいページを小さなサイズで構築するか、というのがHTML作成者のセンスでもありました。

どうも最後は年寄りの繰り言になってしまいました。
反省反省ですね。

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歩くのが早い人は高収入? [山登り]

梅雨が明けました。
とはいっても、首都圏では空梅雨で、その実感は今一つです。
どうやら今年も水不足の心配をせざるを得ないようですね。

夏の帰省計画が具体化し、昨年同様、私の実家(八ヶ岳山麓)から連れ合いの実家(会津)までロングドライブをすることになりそうです。
車は大変便利ではありますが、私はそれほど車の運転が好きな方ではないので、やはり長期間のドライブは応えます。
出来れば何とか渋滞だけは避けたいものですね。

さて、昨年、あと一歩というところで敗退してしまった沼尾沼
今年こそ達成せんものと意気込んでおりました。
先日購入したハンディGPSもあることですし、昨年の遡行で三沢の状況もある程度把握できているので、恐らく大丈夫でしょう。

会津についてからの予定の中に、その沼尾沼行きを入れていたところ、それを知った連れ合いが会津の実家に告げ口。
義妹からものすごい勢いて反対されてしまいました。
いわく、
  1. 昨年の山は木の実が豊作で小熊がたくさん生まれ、熊の絶対数が増加
  2. 小熊を守るために母熊が狂暴になっている
  3. 里山でもいたるところで熊の出没が確認されており、駆除が追い付かない
  4. 人間を恐れなくなっている

などなど、です。
この話を聞いて連れ合いも、「沼尾沼に行くというのなら会津には帰らない!」などと言い出す始末。
三沢遡行は限りなく困難になりつつあります。参りましたね(せっかくGPSを買ったのに)。

そんなわけで現在ちょっと悶々としつつありますが、説得できなければとりあえず別の山にでも行ってこようかなと考えている次第です。

ところで、何となく首をかしげる記事があったので紹介します。

歩くのが早い人はやはり高収入?
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 調査に参加した男女1万362人のうち、年収に関するアンケートに回答した1229人(年齢19~77歳)について、データを分析した。その結果、年収が高い人ほど平均歩行速度が速くなる傾向が見られた。
 年収100~200万円未満の人は平均歩行速度が時速2.52キロメートルだったが、平均年収とされる400~500万円未満の人は同2.69キロメートル、600~700万円未満の人は同2.95キロメートルとなり、収入が高くなるにつれて、歩くスピードも速くなっている。
 1000万円を超える高年収の人は、歩くスピードがさらに速く、同3.13キロメートル。高年収の人は平均年収の人のおよそ1.2倍速で歩いていることになる。
 有酸素運動となるウォーキングは「時速3キロ以上」とされており、年収の高い人は歩いている時でも「軽い運動」をしていると言えそうだ。

私などの感覚では、平地における時速2キロメートルから3キロメートルなどという歩行スピードは余りに遅すぎます。
急登で知られる丹沢塔ノ岳大倉尾根の登りでも時速2~3キロメートルは出そうな気がしますし、平地ではだいたい時速6キロメートルくらいは出るのではないでしょうか。
「有酸素運動となるウォーキングは『時速3キロ以上』」と書かれてありますが、ウォーキングでは7~8キロメートルは出ていると思います。
時速3キロメートルでは「軽い運動」にすらならないように感ずるのですが如何。
朝の通勤時でも、皆さん、結構なスピードで歩いていますし。

それともこの調査における「平均歩行速度」とは、信号待ちだとか電車待ちだとか止まっている時間も含んでいるということなのでしょうか?

いずれにしても私は全く高年収ではありませんから、もしかすると時速3キロメートルをかなり上回って歩いているような余裕のない私などは逆方向のバイアスがかかっているということかもしれませんね。
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ハンディGPS「eTrex Touch 35J」を買いました。 [山登り]

暑い日が続きます。
九州では記録的な豪雨が襲い、山崩れや川の氾濫などの激甚的な被害が発生し、多くの方が亡くなられました。
テレビ画面に流れる朝倉市や日田市の惨状は、本当に目を覆うばかりです。
日田市は林業の盛んなところでもあり、山林の手入れもきちんとなされていたとのことですが、山全体の保水能力と広大な針葉樹の植林との関係性などはどうなのでしょう。
山の斜面が一体となって崩落している状況を見ると、植林地帯が必ずしも防災の役割は果たせないことを改めて感じた次第です。

それにしても、自然の猛威には空恐ろしいものを感じます。
「無慈悲」という言葉が一瞬頭をかすめました。
幸田露伴の「五重塔」には、荒れ狂う暴風雨の描写がありますが、正しくその「飛天夜叉王」の仕業ではないかと思われるくらいです。
無慈悲の斧の刃味の好さを彼等が胸に試みよ、惨酷の矛、瞋恚の剣の刃糞と彼等をなしくれよ、彼等が喉に氷を与へて苦寒に怖れ顫かしめよ、彼等が胆に針を与へて秘密の痛みに堪ざらしめよ、彼等が眼前に彼等が生したる多数の奢侈の子孫を殺して、玩物の念を嗟歎の灰の河に埋めよ

嬲らるゝだけ彼等を嬲れ、急に屠るな嬲り殺せ、活しながらに一枚一枚皮を剥ぎ取れ、肉を剥ぎとれ、彼等が心臓を鞠として蹴よ、枳棘をもて脊を鞭てよ、歎息の呼吸涙の水、動悸の血の音悲鳴の声、其等をすべて人間より取れ、残忍の外快楽なし、酷烈ならずば汝等疾く死ね、暴れよ進めよ、無法に住して放逸無慚無理無体に暴れ立て暴れ立て進め進め、神とも戦へ仏をも擲け、道理を壊つて壊りすてなば天下は我等がものなるぞと、

これだけの激甚災害となると、復旧にはかなりの期間がかかりましょう。
付近の山地には、豪雨による水がまだかなりの量残っているとのこと。
一日も早く治まってほしいと心より願う次第です。

前から欲しい欲しいと思っていたハンディGPS。
清水の舞台から飛び降りる覚悟で遂に購入してしまいました。


国土地理院の「日本詳細地形図2500/25000」がプリインストールされており、GPSのみならず電子コンパスや気圧計も搭載されているので、現在地確認の精度はかなり高そうな予感がします。

先週末の土曜日、試してみたくなって丹沢に出かけました。

場所はいつものお手軽トレーニングコースである大山南尾根。

秦野からヤビツ峠に向かうバスが満員ですが、蓑毛行きは毎度のことながらガラガラ。
有難いことですね。

それにしても暑さはかなりのもので、蓑毛越で着ていたTシャツを絞ったら大量の汗が滴り落ち地面を濡らす始末。
今のシャツは新素材なので、そんな状況でも着心地はよく助かります。

eTrexで現在地を確認すると、完全に一致しています。
予想以上の精度にびっくり。

浅間山を越えて尾根を辿っていくと、杉の植林伐採がかなり進んでいます。
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この尾根は、低山の割にはかなり鬱蒼とした雰囲気がありましたが、眺望もひらけて何だか不思議な感じがします。

大山古道に出て、例の不動明王を拝んでから高取山に登ります。
この尾根では、蓑毛から蓑毛越までと、この高取山の登りが、それなりに「登り」という感じですね。

高取山山頂でのeTrexの表示です。
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下山は聖峰を回りました。

木々の切れ目から望む秦野方面は、もう完全に夏の様相でした。
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このコース、山の中では迷うところなどほとんどありませんが、街中に出ると駅までの道のりが結構わかりにくくなります。
ハンディGPSはこういうところでも大活躍です。
「みちびき」にも対応するとのことですから、今後に期待すること大。
バッテリーは単三乾電池二本で、4時間くらいの連続使用であれば何ら問題はありません。
次の機会にバッテリーの限界くらいまで使ってみようかなと思っています。

昨年、中途で敗退した沼尾沼
これを使って、次回は何とか行きつきたいものですね。

それから歩いた軌跡データ(トラック)のPCとの連携についても勉強しなくてはなりません。
とりあえずカシミールとの連携を試してみるつもりです。

ところで、この大山南尾根。
丹沢方面では比較的すいている山域で、結構好みなのですが、トレランの人たちがたくさんいました。
確かに、迷うところもなく道も整備されているので恰好のコースなのでしょう。

また、高取山では、高齢者の方々がたくさん集まってこられました。
聴けば連日コースを変えてこの山に登る方もおられる由。

ボッカ訓練に使っていた30年位前とはずいぶん様相が変わりました。
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久しぶりにダイエットの話題 [ダイエット]

空梅雨が続きます。
気温が高い割には湿度が低いので、外出をしていても割合爽やかですね。

先日、仕事で出向いた折、夏椿の花が咲いていて、なんだかほっとしました。
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バラの花も美しく、初夏の陽射しに映えますね。
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このところダイエットについてほとんど書いてきませんでしたが、ネットに面白い記事があったので紹介したいと思います。

鈴木亮平に「女性にオススメの減量法」を聞いてみたら、さすがの回答が!
 梅雨が明ければ夏本番。最後に、夏に向けて、ぜひ女性にオススメの減量法を教えてください! 
 
「なるほど……。では、心を鬼にして言わせてもらいます。今から夏に向けてと考えているようじゃダメです。“次の夏に向けて”頑張ってください! (笑)。
 
 とにかく、継続することです。例えば夕食を6時までにすませるとか、夕食の炭水化物を、これまでの3分の1に減らすとか。魔法のようなことは、絶対にないですから(笑)」

仰る通り、正しく「さすがの回答」です。

私もこのブログで自分自身のダイエットの記録について書いてきましたが、とにかくダイエットに「王道」はない、というのが基本です。
私は二年間かけて概ね20kg減量しましたが、それ以降7~8年、ほとんど体重体脂肪は変わっていません(本当はもう少し落としたいのですが)。
継続は力なり、といいますが、肥満体の体質を変えるのには、やはりそれなりの年月が必要です。
そのかわり、いったんそうした体質を手に入れるとリバウンドの虞はほとんどなくなります。

といっても難しいことは何もありませんでした。

三食を必ず摂って、就寝前の最低2時間は何も口にしない。
食べるときには少量ずつ口に入れ時間をかけ良く噛んで飲み込む。
食事はなるべく薄味にし、食材本来の味を味わうようにする。

そして、長続きのする運動を毎日行う(経験上「ウォーキング」が良いようです)。
肝心な点は、筋肉を減らさないようにすること。
脂肪に比べて筋肉は三倍の重さがありますから、体重だけに着目した無理なダイエットだと、筋肉が落ちて脂肪が残る可能性が高くなります。
これでは基礎代謝が落ちてしまうため、リバウンドはもちろん健康面でも問題が生じます。
腹筋や腕立て伏せやスクワットなども定期的に実施すると効果的でしょう。

いずれにしても「継続すること」が重要ですね。

鈴木亮平さんのおっしゃるように「魔法のようなことは絶対にない」のですから。

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三輪古墳群とザクロの花 [山登り]

もうすぐ入梅となる可能性がかなり高くなってきていますが、日曜日はまずまずのお天気となりました。
いつもの里山にウォーキングに行く際、連れ合いにも「三輪の古墳群を見に行こう」と声をかけましたところ、少し考えた末に今回は付き合ってくれることに。
一人で行くときには、ほとんど競歩に近い速歩で歩いているのですが、連れ合いと一緒の時には、彼女のペースに合わせて私はLSDにします。
これはこれで結構いい運動になるのでした。

さて、今回は懐中電灯を持参して、古墳の中を見てみることにします。
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最初の古墳はかなり広いもので奥行きもあり、ケータイのカメラではうまく写りません。
それでも正面壁面には他と違う模様があり、もしかすると何らかの絵などが描かれていたのかもしれません。

奥の古墳はより顕著に違いがありました。
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何れも天井部分に屋根構造を浮き彫りで表現した「家形横穴墓」であり、全国的にも珍しく都内ではここにしか見られないそうです。

連れ合いも、こんな遺跡がこんなに近くにあることに感嘆しておりました。

山道からゴルフ場に出て、車道を少し歩くと、何とザクロの花が咲いていました。
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こんなにたくさんのザクロの花を見るのは始めたなのでちょっと感動。

帰り道に例の野菜直売場に立ち寄って、トマト・ズッキーニ・大根・きゅうりなどを購入。
いつもは横目で眺めてスルーしているマクドナルドで、「割引券があるから」という連れ合いの提案により「マックシェイク」を飲み、プチ遠足気分を味わって帰宅したところです。

このところ、世の中では何だか不穏かつ薄汚い話が横行しているような気がしてなりません。

共謀罪に関する無理押し的なやり方を見ていると、そういう監視社会を作るために性急かつ拙速な行動をとる政権与党の思惑が心寒く感ぜられます。
その一方、森友問題や加計学園に関するやり取りでは、投げやりでいい加減で不誠実な対応に終始している。
まるで、日本国民は愚民の集まりなのだから我々(政権与党・官邸)の云う通りにしていればいいんだ、と云わんばかりのように思われます。

この世の中に「正義」あるのか!?
青臭い限りですが、そんなことをつい思ってしまいました。

中島敦の「弟子」の中に次の下りがあります。
大きな疑問一つがある。子供の時からの疑問なのだが、成人になっても老人になりかかってもいまだに納得できないことに変わりはない。それは誰もがいっこうに怪しもうとしない事柄だ。邪が栄えて正がしいたげられるという・ありきたりの事実についてである。
この事実にぶつかるごとに、子路は心からの悲憤を発しないではいられない。なぜだ?何故にそうなのだ?悪は一時栄えても結局はその酬いを受けると人は云う。なるほどそういう例もあるかもしれぬ。しかし、それも人間というものが結局は破滅に終わるという一般的な場合の一例なのではないか。善人が究極の勝利を得たなどという例(ためし)は、遠い昔は知らず、今の世ではほとんど聞いたことさえない。何故だ?何故だ?大きな子供・子路にとって、こればかりはいくら憤慨しても足りないのだ。彼は地団太を踏む思いで、天とは何だと考える。天は何を見ているのだ。そのような運命を作り上げるのが天なら、自分は天に反抗しないではいられない。天は人間と獣との間に区別を設けないと同じく、善と悪との間にも差別を立てないのか。正とか邪とかは畢竟人間の間だけの仮の取決に過ぎないのか?

嫌な云い方ですが、正とか邪とかに関しては、その地域・環境・人それぞれによって判断基準が異なります。
人を騙してても己の利益を確保すること。これはそれを正しいことだと信じてやっている人間にとっては正しく「正」なのでしょう。
騙されるやつが悪いのだ、という一見理不尽な嘯きも、彼らにとっては理(ことわり)以外の何物でもない。
そもそも、天だとか神にとって、人間どもが考えている正邪の決め事などなんら意味もないものなのでしょう。
そうだとすれば、それはあくまでも当の関係者同士の中で決着をつけるべきものなのかもしれません。

加計学園をめぐるやり取りの中で、いくつかのソースが存在していますが、私は特に次の記事に興味を持ちました。

文科省から“援護射撃” 前川氏vs安倍官邸は全面戦争突入
<加計学園>「獣医特区」は妥当? 農水省、需要減指摘

前川氏のこれまでの発言に関し、官邸側は根拠のない否定を繰り返した上、人格攻撃によって貶めようという、人を舐めきった対応に終始しています。
「そういう事実はない」と強弁するのであれば、それを裏付けるfactが必要ではないかと思うのですが如何?

一方、こういう記事もあります。

前川元次官をヒーロー扱いする人を論破する --- 八幡 和郎

この人は、これで「論破」したと思っているのか、私のような浅学菲才の輩には到底理解不能な「論理展開」でした。

正邪がいずれにあるのか。
それは、ことが感覚の問題になるほどに判定は困難で、恐らく正解はないのでしょう。
ただ、せめてそうしたことに関する説明においては、きちんと筋道を立てて論理的に展開して欲しいものですね。
その意味で私は、前川氏の論旨の方に軍配を上げたいと思います。

私はこのブログではこうしたことについてなるべく書くことを控えたいと思ってきました。

しかし、夏に向けて輝きを増してくる青空を見ていると、なんだか地上における薄汚い暗闘がその対極のようにあぶりだされてきているように感じてどうにも我慢ができず、自分の中の禁を犯して書いてしまったところです。
妄言乱文をお詫びします。
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