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歩くのが早い人は高収入? [山登り]

梅雨が明けました。
とはいっても、首都圏では空梅雨で、その実感は今一つです。
どうやら今年も水不足の心配をせざるを得ないようですね。

夏の帰省計画が具体化し、昨年同様、私の実家(八ヶ岳山麓)から連れ合いの実家(会津)までロングドライブをすることになりそうです。
車は大変便利ではありますが、私はそれほど車の運転が好きな方ではないので、やはり長期間のドライブは応えます。
出来れば何とか渋滞だけは避けたいものですね。

さて、昨年、あと一歩というところで敗退してしまった沼尾沼
今年こそ達成せんものと意気込んでおりました。
先日購入したハンディGPSもあることですし、昨年の遡行で三沢の状況もある程度把握できているので、恐らく大丈夫でしょう。

会津についてからの予定の中に、その沼尾沼行きを入れていたところ、それを知った連れ合いが会津の実家に告げ口。
義妹からものすごい勢いて反対されてしまいました。
いわく、
  1. 昨年の山は木の実が豊作で小熊がたくさん生まれ、熊の絶対数が増加
  2. 小熊を守るために母熊が狂暴になっている
  3. 里山でもいたるところで熊の出没が確認されており、駆除が追い付かない
  4. 人間を恐れなくなっている

などなど、です。
この話を聞いて連れ合いも、「沼尾沼に行くというのなら会津には帰らない!」などと言い出す始末。
三沢遡行は限りなく困難になりつつあります。参りましたね(せっかくGPSを買ったのに)。

そんなわけで現在ちょっと悶々としつつありますが、説得できなければとりあえず別の山にでも行ってこようかなと考えている次第です。

ところで、何となく首をかしげる記事があったので紹介します。

歩くのが早い人はやはり高収入?
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 調査に参加した男女1万362人のうち、年収に関するアンケートに回答した1229人(年齢19~77歳)について、データを分析した。その結果、年収が高い人ほど平均歩行速度が速くなる傾向が見られた。
 年収100~200万円未満の人は平均歩行速度が時速2.52キロメートルだったが、平均年収とされる400~500万円未満の人は同2.69キロメートル、600~700万円未満の人は同2.95キロメートルとなり、収入が高くなるにつれて、歩くスピードも速くなっている。
 1000万円を超える高年収の人は、歩くスピードがさらに速く、同3.13キロメートル。高年収の人は平均年収の人のおよそ1.2倍速で歩いていることになる。
 有酸素運動となるウォーキングは「時速3キロ以上」とされており、年収の高い人は歩いている時でも「軽い運動」をしていると言えそうだ。

私などの感覚では、平地における時速2キロメートルから3キロメートルなどという歩行スピードは余りに遅すぎます。
急登で知られる丹沢塔ノ岳大倉尾根の登りでも時速2~3キロメートルは出そうな気がしますし、平地ではだいたい時速6キロメートルくらいは出るのではないでしょうか。
「有酸素運動となるウォーキングは『時速3キロ以上』」と書かれてありますが、ウォーキングでは7~8キロメートルは出ていると思います。
時速3キロメートルでは「軽い運動」にすらならないように感ずるのですが如何。
朝の通勤時でも、皆さん、結構なスピードで歩いていますし。

それともこの調査における「平均歩行速度」とは、信号待ちだとか電車待ちだとか止まっている時間も含んでいるということなのでしょうか?

いずれにしても私は全く高年収ではありませんから、もしかすると時速3キロメートルをかなり上回って歩いているような余裕のない私などは逆方向のバイアスがかかっているということかもしれませんね。
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ハンディGPS「eTrex Touch 35J」を買いました。 [山登り]

暑い日が続きます。
九州では記録的な豪雨が襲い、山崩れや川の氾濫などの激甚的な被害が発生し、多くの方が亡くなられました。
テレビ画面に流れる朝倉市や日田市の惨状は、本当に目を覆うばかりです。
日田市は林業の盛んなところでもあり、山林の手入れもきちんとなされていたとのことですが、山全体の保水能力と広大な針葉樹の植林との関係性などはどうなのでしょう。
山の斜面が一体となって崩落している状況を見ると、植林地帯が必ずしも防災の役割は果たせないことを改めて感じた次第です。

それにしても、自然の猛威には空恐ろしいものを感じます。
「無慈悲」という言葉が一瞬頭をかすめました。
幸田露伴の「五重塔」には、荒れ狂う暴風雨の描写がありますが、正しくその「飛天夜叉王」の仕業ではないかと思われるくらいです。
無慈悲の斧の刃味の好さを彼等が胸に試みよ、惨酷の矛、瞋恚の剣の刃糞と彼等をなしくれよ、彼等が喉に氷を与へて苦寒に怖れ顫かしめよ、彼等が胆に針を与へて秘密の痛みに堪ざらしめよ、彼等が眼前に彼等が生したる多数の奢侈の子孫を殺して、玩物の念を嗟歎の灰の河に埋めよ

嬲らるゝだけ彼等を嬲れ、急に屠るな嬲り殺せ、活しながらに一枚一枚皮を剥ぎ取れ、肉を剥ぎとれ、彼等が心臓を鞠として蹴よ、枳棘をもて脊を鞭てよ、歎息の呼吸涙の水、動悸の血の音悲鳴の声、其等をすべて人間より取れ、残忍の外快楽なし、酷烈ならずば汝等疾く死ね、暴れよ進めよ、無法に住して放逸無慚無理無体に暴れ立て暴れ立て進め進め、神とも戦へ仏をも擲け、道理を壊つて壊りすてなば天下は我等がものなるぞと、

これだけの激甚災害となると、復旧にはかなりの期間がかかりましょう。
付近の山地には、豪雨による水がまだかなりの量残っているとのこと。
一日も早く治まってほしいと心より願う次第です。

前から欲しい欲しいと思っていたハンディGPS。
清水の舞台から飛び降りる覚悟で遂に購入してしまいました。


国土地理院の「日本詳細地形図2500/25000」がプリインストールされており、GPSのみならず電子コンパスや気圧計も搭載されているので、現在地確認の精度はかなり高そうな予感がします。

先週末の土曜日、試してみたくなって丹沢に出かけました。

場所はいつものお手軽トレーニングコースである大山南尾根。

秦野からヤビツ峠に向かうバスが満員ですが、蓑毛行きは毎度のことながらガラガラ。
有難いことですね。

それにしても暑さはかなりのもので、蓑毛越で着ていたTシャツを絞ったら大量の汗が滴り落ち地面を濡らす始末。
今のシャツは新素材なので、そんな状況でも着心地はよく助かります。

eTrexで現在地を確認すると、完全に一致しています。
予想以上の精度にびっくり。

浅間山を越えて尾根を辿っていくと、杉の植林伐採がかなり進んでいます。
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この尾根は、低山の割にはかなり鬱蒼とした雰囲気がありましたが、眺望もひらけて何だか不思議な感じがします。

大山古道に出て、例の不動明王を拝んでから高取山に登ります。
この尾根では、蓑毛から蓑毛越までと、この高取山の登りが、それなりに「登り」という感じですね。

高取山山頂でのeTrexの表示です。
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下山は聖峰を回りました。

木々の切れ目から望む秦野方面は、もう完全に夏の様相でした。
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このコース、山の中では迷うところなどほとんどありませんが、街中に出ると駅までの道のりが結構わかりにくくなります。
ハンディGPSはこういうところでも大活躍です。
「みちびき」にも対応するとのことですから、今後に期待すること大。
バッテリーは単三乾電池二本で、4時間くらいの連続使用であれば何ら問題はありません。
次の機会にバッテリーの限界くらいまで使ってみようかなと思っています。

昨年、中途で敗退した沼尾沼
これを使って、次回は何とか行きつきたいものですね。

それから歩いた軌跡データ(トラック)のPCとの連携についても勉強しなくてはなりません。
とりあえずカシミールとの連携を試してみるつもりです。

ところで、この大山南尾根。
丹沢方面では比較的すいている山域で、結構好みなのですが、トレランの人たちがたくさんいました。
確かに、迷うところもなく道も整備されているので恰好のコースなのでしょう。

また、高取山では、高齢者の方々がたくさん集まってこられました。
聴けば連日コースを変えてこの山に登る方もおられる由。

ボッカ訓練に使っていた30年位前とはずいぶん様相が変わりました。
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久しぶりにダイエットの話題 [ダイエット]

空梅雨が続きます。
気温が高い割には湿度が低いので、外出をしていても割合爽やかですね。

先日、仕事で出向いた折、夏椿の花が咲いていて、なんだかほっとしました。
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バラの花も美しく、初夏の陽射しに映えますね。
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このところダイエットについてほとんど書いてきませんでしたが、ネットに面白い記事があったので紹介したいと思います。

鈴木亮平に「女性にオススメの減量法」を聞いてみたら、さすがの回答が!
 梅雨が明ければ夏本番。最後に、夏に向けて、ぜひ女性にオススメの減量法を教えてください! 
 
「なるほど……。では、心を鬼にして言わせてもらいます。今から夏に向けてと考えているようじゃダメです。“次の夏に向けて”頑張ってください! (笑)。
 
 とにかく、継続することです。例えば夕食を6時までにすませるとか、夕食の炭水化物を、これまでの3分の1に減らすとか。魔法のようなことは、絶対にないですから(笑)」

仰る通り、正しく「さすがの回答」です。

私もこのブログで自分自身のダイエットの記録について書いてきましたが、とにかくダイエットに「王道」はない、というのが基本です。
私は二年間かけて概ね20kg減量しましたが、それ以降7~8年、ほとんど体重体脂肪は変わっていません(本当はもう少し落としたいのですが)。
継続は力なり、といいますが、肥満体の体質を変えるのには、やはりそれなりの年月が必要です。
そのかわり、いったんそうした体質を手に入れるとリバウンドの虞はほとんどなくなります。

といっても難しいことは何もありませんでした。

三食を必ず摂って、就寝前の最低2時間は何も口にしない。
食べるときには少量ずつ口に入れ時間をかけ良く噛んで飲み込む。
食事はなるべく薄味にし、食材本来の味を味わうようにする。

そして、長続きのする運動を毎日行う(経験上「ウォーキング」が良いようです)。
肝心な点は、筋肉を減らさないようにすること。
脂肪に比べて筋肉は三倍の重さがありますから、体重だけに着目した無理なダイエットだと、筋肉が落ちて脂肪が残る可能性が高くなります。
これでは基礎代謝が落ちてしまうため、リバウンドはもちろん健康面でも問題が生じます。
腹筋や腕立て伏せやスクワットなども定期的に実施すると効果的でしょう。

いずれにしても「継続すること」が重要ですね。

鈴木亮平さんのおっしゃるように「魔法のようなことは絶対にない」のですから。

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三輪古墳群とザクロの花 [山登り]

もうすぐ入梅となる可能性がかなり高くなってきていますが、日曜日はまずまずのお天気となりました。
いつもの里山にウォーキングに行く際、連れ合いにも「三輪の古墳群を見に行こう」と声をかけましたところ、少し考えた末に今回は付き合ってくれることに。
一人で行くときには、ほとんど競歩に近い速歩で歩いているのですが、連れ合いと一緒の時には、彼女のペースに合わせて私はLSDにします。
これはこれで結構いい運動になるのでした。

さて、今回は懐中電灯を持参して、古墳の中を見てみることにします。
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最初の古墳はかなり広いもので奥行きもあり、ケータイのカメラではうまく写りません。
それでも正面壁面には他と違う模様があり、もしかすると何らかの絵などが描かれていたのかもしれません。

奥の古墳はより顕著に違いがありました。
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何れも天井部分に屋根構造を浮き彫りで表現した「家形横穴墓」であり、全国的にも珍しく都内ではここにしか見られないそうです。

連れ合いも、こんな遺跡がこんなに近くにあることに感嘆しておりました。

山道からゴルフ場に出て、車道を少し歩くと、何とザクロの花が咲いていました。
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こんなにたくさんのザクロの花を見るのは始めたなのでちょっと感動。

帰り道に例の野菜直売場に立ち寄って、トマト・ズッキーニ・大根・きゅうりなどを購入。
いつもは横目で眺めてスルーしているマクドナルドで、「割引券があるから」という連れ合いの提案により「マックシェイク」を飲み、プチ遠足気分を味わって帰宅したところです。

このところ、世の中では何だか不穏かつ薄汚い話が横行しているような気がしてなりません。

共謀罪に関する無理押し的なやり方を見ていると、そういう監視社会を作るために性急かつ拙速な行動をとる政権与党の思惑が心寒く感ぜられます。
その一方、森友問題や加計学園に関するやり取りでは、投げやりでいい加減で不誠実な対応に終始している。
まるで、日本国民は愚民の集まりなのだから我々(政権与党・官邸)の云う通りにしていればいいんだ、と云わんばかりのように思われます。

この世の中に「正義」あるのか!?
青臭い限りですが、そんなことをつい思ってしまいました。

中島敦の「弟子」の中に次の下りがあります。
大きな疑問一つがある。子供の時からの疑問なのだが、成人になっても老人になりかかってもいまだに納得できないことに変わりはない。それは誰もがいっこうに怪しもうとしない事柄だ。邪が栄えて正がしいたげられるという・ありきたりの事実についてである。
この事実にぶつかるごとに、子路は心からの悲憤を発しないではいられない。なぜだ?何故にそうなのだ?悪は一時栄えても結局はその酬いを受けると人は云う。なるほどそういう例もあるかもしれぬ。しかし、それも人間というものが結局は破滅に終わるという一般的な場合の一例なのではないか。善人が究極の勝利を得たなどという例(ためし)は、遠い昔は知らず、今の世ではほとんど聞いたことさえない。何故だ?何故だ?大きな子供・子路にとって、こればかりはいくら憤慨しても足りないのだ。彼は地団太を踏む思いで、天とは何だと考える。天は何を見ているのだ。そのような運命を作り上げるのが天なら、自分は天に反抗しないではいられない。天は人間と獣との間に区別を設けないと同じく、善と悪との間にも差別を立てないのか。正とか邪とかは畢竟人間の間だけの仮の取決に過ぎないのか?

嫌な云い方ですが、正とか邪とかに関しては、その地域・環境・人それぞれによって判断基準が異なります。
人を騙してても己の利益を確保すること。これはそれを正しいことだと信じてやっている人間にとっては正しく「正」なのでしょう。
騙されるやつが悪いのだ、という一見理不尽な嘯きも、彼らにとっては理(ことわり)以外の何物でもない。
そもそも、天だとか神にとって、人間どもが考えている正邪の決め事などなんら意味もないものなのでしょう。
そうだとすれば、それはあくまでも当の関係者同士の中で決着をつけるべきものなのかもしれません。

加計学園をめぐるやり取りの中で、いくつかのソースが存在していますが、私は特に次の記事に興味を持ちました。

文科省から“援護射撃” 前川氏vs安倍官邸は全面戦争突入
<加計学園>「獣医特区」は妥当? 農水省、需要減指摘

前川氏のこれまでの発言に関し、官邸側は根拠のない否定を繰り返した上、人格攻撃によって貶めようという、人を舐めきった対応に終始しています。
「そういう事実はない」と強弁するのであれば、それを裏付けるfactが必要ではないかと思うのですが如何?

一方、こういう記事もあります。

前川元次官をヒーロー扱いする人を論破する --- 八幡 和郎

この人は、これで「論破」したと思っているのか、私のような浅学菲才の輩には到底理解不能な「論理展開」でした。

正邪がいずれにあるのか。
それは、ことが感覚の問題になるほどに判定は困難で、恐らく正解はないのでしょう。
ただ、せめてそうしたことに関する説明においては、きちんと筋道を立てて論理的に展開して欲しいものですね。
その意味で私は、前川氏の論旨の方に軍配を上げたいと思います。

私はこのブログではこうしたことについてなるべく書くことを控えたいと思ってきました。

しかし、夏に向けて輝きを増してくる青空を見ていると、なんだか地上における薄汚い暗闘がその対極のようにあぶりだされてきているように感じてどうにも我慢ができず、自分の中の禁を犯して書いてしまったところです。
妄言乱文をお詫びします。
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バラの花と三輪横穴古墳群の地図など [山登り]

まだ5月だというのに、気温が30度くらいまで上がる日が続いています。
こんな暑さの中ですが、そこかしこでバラの花を見かけ、それだけでもちょっと気持ちがなごみますね。
職場近くにある赤坂プリンスクラシックハウスでも盛りで、良い香りを届けてくれています。
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先日、三輪横穴古墳群のことを書きましたが、手ごろなプチ・トレッキングコースとして楽しんでいます。
あの折には早々に住宅地へと降りてしまいましたが、もう一度登り返したらどうだろうかと、先に進んでみました。
国土地理院の形図をもとに大まかなコースを書いてみるとこんな感じです。
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距離的にはわずかなものですが、下草も生い茂っている鬱蒼とした樹林帯の中を歩くので、里山にしては歩き甲斐がありました。
ところどころで蜘蛛の巣に引っかかるのは閉口しましたが、何と云っても静かなのが魅力です。
寺家ふるさと村の付近はかなりの人出がありますが、この古墳群周辺の山道を歩く人は極めて稀で、休日の昼間であるのにもかかわらず出会った人は数人。
ゴルフコースの脇に飛び出し、漸く人の姿を見る、という感じでした。

自宅への帰り道では、いつもの野菜直売場によって、トマト・小松菜・蕪などを買いました。
どれも新鮮でおいしく、特にトマトは、スーパーなどに売っているものとは味も香りも全く違います。
こうした夏野菜は、やはり地のものが出回る季節に購入するのが一番ですね。

なお、三輪横穴古墳群を訪ねるのであれば、恐らく町田市側からアプローチするよりも、東急田園都市線の青葉台駅からバスで「寺家ふるさと村」に向かい、そこから歩いたほうがわかりやすく便利だと思います。

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フルトヴェングラーとマーラー [音楽]

フルトヴェングラーの「ザ・レガシー」のことを先日取り上げました。


107枚のCDは、やはりかなりのボリュームであり、もちろんまだその一部しか聴けていません。
ベートーヴェンやブラームスやブルックナーの演奏は、既に所持しておりましたからどうしても後回しになりますし、ワーグナーに関しても、指輪などは聴きとおすためにもそれなりのエネルギーが必要で、まだそのままになっています。
しかし、こうして「いつでも聴ける」全集が手元にあるのは心強い限りで、ちょっと時間の空いているときなどに少しずつ聴いたり、入浴時に聴いたりと、それはそれで楽しみにしているのですが。
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この全集、これまで録音された音源のほとんどは網羅されており、フルトヴェングラー自身の作品である「交響曲第2番ホ短調」や「ピアノと管弦楽のための交響的協奏曲 ロ短調」も含まれています。
なかなかの力作で、フルトヴェングラー自身「自分の本来の芸術的目標は作曲家である」としておりましたし、恩師であったルートヴィヒ・クルティウスからも「指揮活動は(作曲のためには)才能の浪費である」と指摘されていたことなどもあって、相当打ち込んでいたものと思われます。
両曲ともかなり長いので聴きとおすためには一種の「覚悟」がいりますが、私は大変気にっています。
この2曲についてはいずれまた取り上げたいと思います。

そんな全集ではありますが、個人的に少し残念に思うことがあります。
それは、マーラーの作品が、フィッシャー=ディースカウと組んだ「さすらう若人の歌」のみで、彼の本質ともいうべき交響曲の録音が一曲も残されていないこと。
なぜなのだろう?
同じような疑問を抱く人は結構いるようで、その問いに対し、フルトヴェングラーと親交のあった近衛秀麿氏は

「彼(フルトヴェングラー)はマーラーをドイツ音楽とは考えていなかったのでしょう。あまりにユダヤ的だったから。だから取り上げなかったのです」

と答えています。
近衛氏が何を以て「ユダヤ的」といったのか、私には皆目見当がつきません。
ユダヤ人が作った曲だから、というのであれば、メンデルスゾーンの曲の録音がそれなりに残されていることとどう折り合いがつくのか。

実際、この記事によりますと、フルトヴェングラーは、第1番・第3番・第4番を取り上げていた時期もあるようです。
1920年代ですから、残念ながら録音も残っていないということなのかもしれません。
1930年代以降取り上げられなくなったのは、この記事でも触れられていますが、1933年にナチスが政権を掌握、その政権下におけるユダヤ人・ユダヤ文化排斥の影響によるものなのでしょう。
1933年4月、フルトヴェングラーは宣伝相ゲッベルスに公開状を書き、これを、当時はまだ比較的自由な論説を掲げていたドイチェ・アルゲマイネ・ツァイトゥング紙(ユダヤ人指揮者ブルーノ・ワルターの指揮禁止に対して彼を擁護した唯一のドイツ紙)に託しました。
公開状の内容は「芸術に対し、ユダヤ的であるかどうかの違いによって価値の区別をすることは間違っており、真の芸術家である以上それはユダヤ人であってもドイツにおいて表現の自由を与えらるべきである」というもので、これを見ても、近衛氏のお話の「ユダヤ的だから取り上げなかった」という下りには少し疑問を感じます。
有名なヒンデミット事件はその翌年のことですが、このときの「ヒンデミットの場合」というフルトヴェングラーによるヒンデミット擁護の論文の中では、もうナチスによるユダヤ人排斥についての批評は一言も述べられていません。
フルトヴェングラーがユダヤ人演奏家や芸術家を積極的に擁護したのは有名な話ですが、この時にはもうそんなことをとても主張できる段階ではなく、従って演奏会で(例えばマーラーの音楽を)取り上げることはもうとてもできるような状況ではなかった。
そういえば、このなヒンデミットの交響曲「画家マチス」初演も、録音としては残っていませんね。

さらに、ナチスによる反ユダヤ政策による圧力ももちろんあったのでしょうが、観客がそれを求めていなかったのではないかということも考えられます。
優秀なるアーリア人である自分たちの生活が改善されないのは、破壊分子であるユダヤ人の台頭によるものだ。ユダヤ人を排斥し、真の優等民族である我々の尊厳を取り戻すのだ、というナチスの主張に、不況にあえぐ人々は賛同した(何だか今の欧州や米国の状況に似ていますね、日本も危ないか)。
そんなうねりの中で、フロイトやハイネの著書も(彼らがユダヤ民族だという理由を以て)焚書坑儒の餌食にされたくらいですから、マーラーの音楽を演奏することなど、とても受け入れられるものではなかったのかもしれません。

ナチス政権下ではそうであったのでしょうが、それではなぜ大戦後もフルトヴェングラーはマーラーの交響曲を取り上げなかったのでしょうか。
音楽評論家の故宇野功芳氏は、フルトヴェングラーがマーラーの曲を指揮しなかったことに関し「マーラーはワルターに任せた」と云ったとの伝聞を紹介しておられましたが、真偽のほどはわからないながらありそうな話ですね。
指揮者というカテゴリーから云えば、ワルターとクレンペラーは正にマーラーに直結する弟子であり、この二人によるマーラーの演奏は今日においても少しもその輝きを失っておりません。さらにメンゲルベルクという巨大な存在もありました。
同世代にこれだけの表現者がいては、自身がそれを凌駕する演奏を聴かせることは難しいと考えた可能性も無きにしも非ずでしょう。

しかし、これは私の身勝手な憶測なのですが、ドイツやオーストリアでは戦後になってもマーラーの交響曲にあまり需要がなかったのではないかと考えます。
今でこそ、マーラーはコンサートにおけるドル箱のような人気曲となっていますが、あの巨大で一見難解な曲を普通の聴衆が好んで聴くまでには相当の時間が必要だったことでしょう。

フルトヴェングラーは、何よりもコンサートにおける演奏効果、平たく云えば聴衆受けを重要視したといわれています。
ストラヴィンスキーやプフィツナー、バルトークといった現代音楽も好んで取り上げましたけれども、その際にも観客が興味を引きそうなポピュラーな曲を併せて配置し、観客が退屈することのないように心を砕いたそうです。
そうした背景を鑑みれば、マーラーの長大な交響曲をプログラムに載せることにリスクを感じてもおかしくはありません。

では、ブルックナーの交響曲はなぜ取り上げたのか。

今の我々の感覚からすればかなり違和感はありますが、同じドイツ・オーストリアの音楽としてリヒャルト・シュトラウスと同様にワーグナーの流れを汲んでおり、従って独墺の聴衆には受け入れられるだろうと考えた。
フルトヴェングラーの使用楽譜が改訂版であったことからしても、その路線で観客に聴かせようとしたのではないかと思われます。
指揮者の朝比奈隆氏は、フルトヴェングラーからブルックナーを演奏する場合の版のことについてアドバイスを受け、それによってハース版を使うようになったそうですが、当のフルトヴェングラーは改訂版を使っていたわけであり、そこには恐らく葛藤もあったことでしょう。
フルトヴェングラーは、ブルックナーに関する論文も書いているほど彼の音楽を気に入っており、評価もしていました。
フルックナーの音楽を読み解くことは、指揮者としてはもちろん作曲家としても興味をそそられるものであったのでしょう。
今残されているフルトヴェングラーによるブルックナーの交響曲の録音を聴いても、その傾倒ぶりがわかるように思われます。

いずれにしても、私は彼の指揮によるマーラーの交響曲第9番と大地の歌をぜひ聴きたかった。
無いものねだりに過ぎないことはわかってはいるのですが…。

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三輪横穴古墳群 [山登り]

寒暖の差が激しくなっています。
職場は5月からクールビズとなっていますので、ネクタイをしなくていいのは本当に助かりますね。

若葉の茂る清々しい気候となり、山歩きにはもってこいですが、土曜日が出勤である私は、こまごまとしたことを日曜日にすることが多く、なかなか山に出かけられません。
そのため、自宅近くにある里山に出かけることが多いと以前にもここで報告しましたが、先日、前から行ってみたかった町田市の横穴古墳群に足を延ばしてみたところです。
詳しいことは以下のサイトをご覧ください。

三輪・能ヶ谷の横穴墓群

私の自宅に近いのは三輪玉田谷戸横穴墓群で、いつものウォーキングコースである寺家ふるさと村を越えて山道に入ります。

山道を歩いていくと左に標識があり、フェンスに仕切られた横穴古墳が二つありました。
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懐中電灯などを持って来れば中の様子を見ることもできたのですが、残念。
町田市のサイトによると、6世紀末から7世紀にかけてつくられたと推定されるそうで、そんな頃からこのあたりにはそれなりの規模の集落があったということなのでしょう。
このあたりだけでも100基見つかっているというのですからすごいものです。

この緑山付近。
今回初めて足を踏み入れましたが、思った以上の山深さです。
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新緑の今の時期故になおのことそう感じさせるのかもしれません。

暫く山の中を歩いていくとテニスコートが見えて、そこまで階段で下ってこの遊歩道(山道)は終わりです。
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こちらから行くのはちょっとわかりずらそうですね。

やがて広大な住宅地に出て、その外側の道を回っていくと谷本川(鶴見川)に出ました。
川崎市下麻生地区ですね。
川沿いに歩きながら、ウォーキングの際にいつも立ち寄る農家の直売所で小松菜・きゅうり・トマトなどを買い求め、帰宅しました。

どうでもいいことかもしれませんが、横浜市・町田市・川崎市を(一部分ではありますが)歩いて回ったことになり、いつもよりも30分以上のオーバーランとなりました。
前々から気になっていた古墳群でしたので、それを確かめられたのももちろんよかったのですが、いつものウォーキングコースをはるかに凌駕する山っぽい道を歩けたことに満足しています。
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春岳沢に行ってきました。 [山登り]

連休の関東地方は穏やかな晴天に恵まれ、連日、汗ばむほどの陽気です。
前の記事でも書きました通り私は暦通りの出勤ですので、長期の連続休暇は望むべくもなく、近隣の里山ウォークを楽しむくらいかなと考えていました。

しかし、それではあまりにもこの晴天がもったいなく、手ごろに出かけられる東丹沢の春岳沢を遡行しようと思い立ったわけです。
春岳沢を選んだ理由は、若い友人たちから「沢登り」などちょっとグレードの上がった山歩きをしたいというオファーがあり、それならあまり危険もなく、基本的にはザイルもいらない春岳沢がいいかなという下見ついでに、昨年購入して、街歩きなどでも使っているVソールスニーカーの登攀性能を確かめて見たかった、というところでした。

あまり早朝から焦って出かける必要もないので、8時前に自宅を出て、それでも秦野には9時過ぎに到着しました。便利ですね。
秦野から蓑毛行のバスに乗るのですが、驚いたことにヤビツ峠行きのバスの方が本数が多いようです。休日のこの時間だから、ということなのでしょうが、以前はヤビツ峠までのバスの本数が非常に少なかったので驚きました。何と臨時便も出ている模様です。
そんなわけで、ヤビツ峠行きのバスに乗り、蓑毛で下車しました。
他に下車した人はなく、こんなところでも「観光地」による客の集中化は進んでいるのでしょうね。

うららかな春の陽射しの中、春岳沢に沿って車道を登ります。
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やがて春岳沢を渡り、標識に従って髭僧の滝に向かいます。
右岸の踏み跡は「通行止め」になっていました。
度重なる台風や水害で踏み跡も荒れているのかもしれません。

髭僧の滝です。
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前回は直登しましたが、今回は右側のカンテを登ることにしました。
乾いていて快適に登れます。
ただ、上部は苔や灌木うるさく、最後の1ピッチは慎重に登った方がいいでしょう。
仮に初級者を連れてくる場合は、確保をした方がいいかもしれませんね。
おあつらえ向きに終了点にはちょっとした立木があり、ここでセルフビレイを取ることになります。

三条の滝です。
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かなりぬめっていて、ハイパーVソールではフリクションが全く効きません。
仕方がないので水流を浴びながら、ぬめりの少ない水線沿いを登りました。

今回、大失敗したのは、いつもは必ず携行するブラシ(柄付きたわし)を忘れてしまったこと。
こいつがあれば、あらかじめホールドのぬめりを落とすことができるのですが、やむを得ずクライミンググローブを使ってこすり落とします。
ブラシよりも手間はかかるうえ、勝手も良くありません。

そんなわけで、ここから先は携帯電話などを濡らしてもいけないため(水線沿いを登ると盛大に全身が濡れますから)ザックにしまいましたので、写真はあまり撮れませんでした。

水流に洗われたナメ滝。
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こういうところはばっちりフリクションが効き、快適です。

小滝が続きます。
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どの滝もぬめっているので、水線沿いを登ります。

こういう滝が現れると嬉しくなりますね。
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さて、沢が広がって、右側に堰堤を見、不定型な4つ俣になってくるあたりで、右の植林帯に逃げるトラバース道があったはず。
そう考えながら遡ってみましたが、いつしか水流も消え、周りは不安定なゴーロの斜面となりました。
以前遡行した折には、水源地の標識もトラバースの踏み跡もしっかり残っておりましたが、現在は跡形もなく流されているようです。
水流が消えてしまっている、ということはかなり上まで来ていることになり、木にしがみつきながら右側を遠望すると、ザレの向こうに崩れかかった仕事道の一部が見えました。
ちょっと不用意に動けば岩雪崩を起こしそうなザレを、木から木に移りながら慎重にトラバースし、やっとの思いで疎林に入り、仕事道まで恐る恐る下ります。
かなり荒れてはいますが、どうやらこれが前に確認した仕事道のようです。
確認のため沢の方に戻っていくと、昔の面影がありました。
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以前にあったテラスのような水源台地は完全に流されているようですね。

仕事道から大山裏参道に出るトラバース道。
以前の通りシカ止めの冊も二か所ありましたが、荒れている箇所が広がっているようです。
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この看板は記憶にありませんでした。
いずれにしても、普通の山歩きであれば、この道を採ることはお勧めできません。

ここまでは予想通り誰にも会いませんでしたが、裏参道に出ると、それなりに登山者もいます。
さすがに大型連休ですね。
ヘルメットを脱ぎ、靴下も履き替えて蓑毛までゆっくり下りました。

蓑毛発秦野駅北口行きのバスは、休日でもガラガラなことが多いのですが、それなりの乗客がいました。
山登りの恰好をしている人ばかりでしたから、やはり裏参道など、このあたりを歩く方も多くなってきているのでしょう。
爽やかな五月晴れの一日、新緑を眺めながらの山歩きは格別のものがありますから。

ところで、ハイパーVソールについて。
昨年の沼尾沼を皮切りに、街歩き(雨天を含む)やウォーキングなどでも使い、いろいろと試してきましたが、滝登りを主体とする沢歩きでどの程度の信頼性があるのか、改めて検証しようと考えていました。
春岳沢は、小規模ながらも様々な形状の滝が連続し、場所によっては乾いた岩の登攀や泥壁、灌木帯などの登下降も試せるのでうってつけと思ったのです。
ぬめった滝でのフリクションはかなり悪く、やはりフェルトソールよりも実感としては滑る感覚があります。
ただし、ぬめりが多少なりとも水流などによって流されていれば、(ぬめりが残っていても)かなりフリクションは効きます。
通常の濡れた岩や石などではほとんどすべることはありませんし、乾いた岩の登攀も快適です。草付でも安定したスタンスであれば大丈夫です。
泥壁でも問題なく使えると思います。
記事の中でも書きましたが、ブラシ(柄付きたわしなど)を持参し、スタンスのぬめりを落とせばハイパーVソールの性能は十分に発揮できることでしょう。
何よりも、家を出てから帰宅するまで、少なくとも靴を履き替える必要がないのがありがたいところです。
泥汚れなども、ブラシでこすればすぐに落ちますので、手入れも簡単。
何よりも安価であることがポイントですね。

さて、今回の沢登り。
以前の楽勝だった感覚から舐めてかかり、ツメでの思わぬ彷徨などを呼び込んでしまいました。
木を渡ったりした折に、左手の親指の爪を剥いでしまいました。
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幸いにしてその時には出血を見ませんでしたのでよかったのですが、ツメの地形を見極めて安全地帯に逃げるための判断が遅れたりと、山の勘がだいぶ鈍ってきていることを実感しました。
滝を登っている間にだいぶ感覚は取り戻してきましたが、出だしのカンテで少々まごついたのも、つまりはクライミングが相当下手くそになっていることの証左です。
改めて真面目に山に向き合わなければという想いを強くしました。

因みに左手親指の怪我ですが、ガレ場のトラバースとか、木渡りなどの時にはドーパミンやアドレナリンが盛大に分泌されていたからなのでしょう、ほとんど痛みを感じませんでした。
家に帰りついてテープで固定すると急に痛みを感じ始め、茶碗を持つときにも不便を感ずるなど、何とも情けない仕儀となりました。
今朝、出勤するためにワイシャツを着たのですが、ボタンをはめるのも痛くて一苦労。
舌打ちをしながら、さて家を出ようとしたらワイシャツのお腹のあたりに小さな血痕が。あれれと親指を見たら出血していました。
またまた舌打ちをしつつ、今度は絆創膏に貼り換えた次第です。
出がけの慌ただしいときになんてことだという腹立ちもありましたが、まあ、溜まった血が出てくれるのであれば快復も早いことでしょう。
指の怪我はどの指であってもそれなりの支障が出ます。殊に親指は影響が大きいので注意が必要ですね。

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フルトヴェングラーのマタイ受難曲 [音楽]

大型連休となりましたが、勤務形態の関係から私は長期的な休暇が取れず、5月1日・2日はもとより6日の土曜日も出勤です。
そんなわけで、遠方に出かけるには中途半端となり、専ら近隣での行動に終始することになりそうです。
ある意味では残念でもありますが、こういう時に、これまで落ち着いて聴けなかったCDをまとめて聴く、という方向に意識を転換するのもまた良いのかもしれませんね。

そういう背景があったわけでもありませんが、昨年末に購入した「フルトヴェングラー/ザ・レガシー(CD107枚組)」の中から、これまで楽しみにとっておいた大曲を聴き始めています。


まずは何と云ってもJ.S.Bachの「マタイ受難曲」。
なにしろ以前「お気に入りの十曲」の筆頭に挙げた曲。フルトヴェングラーによる1954年ライブ録音を通しで聴くのは初めてのことであり、このボックスセットを購入した理由の大きな一つはこの演奏が含まれているからでもありました。
40年近く前に抜粋版のLPを買ったのですが、余りにも音が悪く、我慢して聴くほどの魅力も(そのときには)感じなかったので、遺憾ながらそのまま実家の倉庫に眠っている状況です。

しかしながらこの演奏はフルトヴェングラーが亡くなる1954年のライブ録音であり、ある意味での記念碑的演奏でもあります。
というのも、フルトヴェングラーのバッハに対する愛情と尊敬の念は極めて高いものがあり、彼の著作を読んでみてもそれがひしひしと伝わってきますから、前年に死線をさまよう大病を患い聴覚に異常をきたすほどになっていた状況の中にありながら、どのような心境でこの演奏に臨んだのか、是非ともライブ全体を通して聴くことによって感得してみたいと思ったわけです。
実際、フルトヴェングラーによるバッハの演奏では、例えば管弦楽組曲などを聴いてみる限り、相当突っ込んだ解釈に基づく演奏を展開していて、生半可な共感では果たし得ない境地があろうと想像できるのですから。
因に、このマタイ受難曲の演奏は、1954年4月14日から17日にかけて4日連続の4公演行われたとのこと。
この大曲を四日連続4公演で演奏するとは、今考えてみても相当な気力が必要だと思います
それだけの強い想いを、恐らくフルトヴェングラーは持ち続けたのでしょう。

フルトヴェングラーは、ドイツ音楽、それもバッハ、ベートーヴェン、ブラームス、ワーグナー、リヒャルト・シュトラウスへと連綿と続く正統なドイツ音楽こそが「真の音楽」なのだという強い信念があり、それゆえに、あれほどひどい目に遭いながらもナチス政権下のドイツを離れることをしませんでした。
ユダヤ人音楽家を保護したり、彼らを守るための論陣を張ったり、ヒンデミットの「画家マチス」を擁護したり、と、そこまでするのであれば、他の指揮者や音楽家のようにさっさとナチスドイツなど見限って新天地を目指すべきではなかったかと傍から見れば思われるのに、なぜ綿々とドイツに未練を感じて残ったのか。
フルトヴェングラーにいわせれば、輝かしいドイツの音楽や芸術をドイツ本国に残ったまま守ろうとする人々がいる限り、その人たちのためにも自分はドイツに残ってできる限りのことをしたいのだ、ということなのです。
あっぱれではありますが、戦後、ナチスの協力者だなどといわれのない中傷を受け続け、結果としてさらなる飛躍の機会を奪われたことを鑑みれば、いささかドン・キホーテ的ではなかったかとの感もありますね。

しかし、そういう人であるからこそ、今でも衰えない人気があるのでしょう。
打算に流されずに、自分の信ずる道を歩いた、エキスパート中のエキスパートとして。

ながながと書いてしまいましたが、そんなこともつらつら思いつつ早速聴いてみました。

………。

音の方は、先に書きました抜粋版のLPからは想像もつかないほど素晴らしいものとなっています。
もちろんモノラル・ライブ録音ですから、それを念頭に置かねばなりませんが、ウィーン・フィル独特の柔らかな弦の音色なども明瞭に聴き取れます。

演奏そのものは、というと……。

異様に遅い印象のレチタティーボ、顕著なテンポの動き、ポルタメントやルバートの多用、曲の終わりの結構鼻につくリタルダンドとフェルマータ、全体的なレガート感など、これまで聴いてきた中ではメンゲルベルクに近いスタイルを彷彿とさせます。
コラールに記譜されているフェルマータをそのままパウゼにしていたりと、ある意味では一昔前のロマン的な演奏といえましょうか。
しかし、メンゲルベルクに比べればはるかに抑制的で、その点では私の先入観を裏切るものではありましたが。
注目すべきはイエスを歌ったフィッシャーディースカウで、この演奏当時、まだ20代の若者であったはずですが、実に堂々としていて、しかも瑞々しい表現です。
後年の、あの円熟した、まるで絹かビロードのような歌声ではなく、むしろ溌剌として強い意志の力を感じさせる歌声です。
ウィーン・フィルの弦による光背の音楽をバックに歌われるディースカウのイエス。
このCDの中でも聴きものの一つと強く思いました。
ソプラノのグリュンマーとアルトのヘーフゲンも素晴らしく、「Blute nu, du liebes Herz!(血を流せ、愛しき御心)」や「Erbarme dich, mein Gott.(憐れみ給へ、我が神よ)」などは畢生の名演奏といえましょう。
その割に、福音史家を担当したデルモータは数等落ちる感覚でした。
合唱はウィーン・ジングアカデミーですが、何か、人数の割には突き詰めた感じが不足しており、こちらは伴奏の陰に隠れてしまった感があります。
マタイ受難曲の中でも最も有名かつ感動的なコラール「O Haupt voll Bult und Wunden,(おお、血と傷にまみれし御頭)」も、あれれ?という間に終わってしまい、これはかなり落胆しました。
ただし、導入合唱と終曲合唱は別物の感があります。
特に終曲の方は、この大曲に相応しい深い祈りを感じさせ、思わず聴き惚れてしまいました。
最晩年、かつ、かなり体調の面でも不安のあったフルトヴェングラーが、それでもこの大曲をライブでやりとおした、その最後を飾るにふさわしい演奏だと思います。

ただ、この当時の演奏としては仕方がなかったのでしょうけれども、あまりにカットが多すぎます。
コラールもかなり割り引かれ、アリアの相当数カットされていました。
楽譜を読みながら聴いたわけではありませんから確かとはわかりませんが、私の思い入れの深い「我がイエスを返せ」や「わが心われを清めよ」などがカットされていたのはいかにも残念でした。

いろいろと散発的な感想を書いてしまいましたが、私にとっては、この演奏からわずか4年後にカール・リヒターが録音した全曲完全版のステレオ演奏が一つの大きな指標となっており、どうしてもそれと比べてしまいます。


云い方は悪いのですが、このフルトヴェングラーの録音を聴いて、リヒター版の真摯さ凄さを改めて感じているところです。
特に福音史家のヘフリガーと合唱。
これは正に段違いのレベルにありました。
恐らく人数からすればはるかに少ないはずの合唱団の、あの突き詰めたような表現はどうでしょう。
「おお、血と傷にまみれし御頭」のコラールでは、正に荊冠に苛まれて血を流すイエスの姿が目の当たりに浮かんできます。

フルトヴェングラーとリヒター。

恐らく、バッハに対する想いや尊敬の念は双方とも大変強いものがあったと思われますが、フルトヴェングラーにとってのバッハはドイツ音楽における孤高の芸術家としてのそれであったのに対して、リヒターにとってはその宗教観や生き方を含めバッハという人間そのものこそが全ての源であったのではないでしょうか。
その突き詰めた想いの差が、そのままそれぞれの演奏に出てしまっているように思えてなりません。

これはあくまでも私の牽強付会な印象に過ぎないのですが、フルトヴェングラーにとってバッハという存在はドイツ音楽という至高の芸術の体現者・創造者としてのそれであり、リヒターはそこからさらに深掘りをしてバッハの精神の根幹を占めていた信仰のありように迫っていたのではないか、と考えるのです。
つまり、バッハのマタイ受難曲を、フルトヴェングラーはあくまでも至高の芸術作品として見、リヒターはバッハの信仰告白として受け止めようとした。
それ故に、そこから導き出された世界もおのずと違ってきたのではないか。

どちらがより優れているか、という問題ではありません。
これは恐らく聴く人の感性にその回答を求められるべきものなのでしょう。

私自身のことを敢えて書けば、やはりリヒターの演奏に強く惹かれます。しかし、このフルトヴェングラーの演奏からは、そうした一方向からの偏った見方を修正する力があると感ぜられました。
このフルトヴェングラー版。もう少しきちんと付き合ってみたいなと改めて思っております。

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高隅山(鹿児島県・垂水市)に登ってきました。 [山登り]

このところこのブログの更新をずっとサボっており、内心忸怩たるものがありました。
年度が替わってそれなりに慌ただしく、そうした日常にかまけて、なんというか文章をまとめきる余力がなかったのです。
それでもようやく「山登り」のイベントを作ることができましたので、久しぶりにアップしたいと思います。

九州の山仲間に前々からお付き合いをお願いしていた高隅山にようやく登ることができました。
高隅山は大隅半島の中央部に位置する山脈の総称で、最高峰は標高1236m超の大篦柄岳(おおのがらだけ)です。
高隅山系は、このほかに小篦柄岳・妻岳・御岳・二子岳・横岳など1000mを超える山々で構成されており、この標高は鹿児島県の中でも貴重なものと思われます。
20年近く前に、私は熊本に単身赴任をしておりましたが、その折にこの山脈のことを初めて知り、ずっと憧れていたのでした。
それがやっと叶った!
「熊本に赴任していた時に登ればよかったのに」ということもありますが、熊本から車を使ってここまでくるのは当時ではかなり大変で、東九州自動車道ももちろんありませんでしたし、宿泊施設も少なく、アプローチも長くなりそうだったので、躊躇している間に機会を失ってしまったわけです。
それに当時、ご一緒していただいた山の先輩方が宮崎登攀倶楽部に所属しておられたこともあり、比叡山や鉾岳や大崩山や桑原山の花崗岩大スラブ登攀に血道を上げておりましたから、休日はもっぱらクライミングに費やしていた、という事情もありました。
その後も気にはなりつつも、先にあげた事情などから単独でレンタカーを借りてここまでくる気力がなかなか湧かず、今日まで荏苒と時を過ごしてしまったのでした。

そんな中、昨年、伊豆の天城山にご案内した九州の山仲間から、高隅山のアプローチに便利なコテージがあるとお聞きし、この山域に登る計画がにわかに具体性を帯びてきます。
それは、「財宝グループ」が運営する「猿ヶ城渓谷森の駅たるみず」で、何と、一泊二食それも黒豚しゃぶしゃぶの食べ放題(飲み放題付き)で一人7500円という、とてつもないリーズナブルな価格!
みんながその気になっている今が一番だということで、早速、計画を具体化したのでした。

私は土曜日が輪番出勤に当たっているため、私の都合に皆さんが合わせてくれ、22日に現地入りし23日に登って24日に帰宅するというスケジュールです。

前日まで鹿児島地方は雨模様でしたが、土曜日にはお天気も回復し、日曜日も快適な晴天に恵まれました。

猿ヶ城渓谷から大野原登山口に出て大篦柄岳に登るのがベースとなる宿泊地から考えて最適なのですけれども、このルートは度重なる水害で壊滅的な被害を受け、使用できません。
従って、国道220号線で垂水市役所から県道71号線に入り、垂桜地区から大野原林道を行くことになります。
県道を走ると、高隅山登山口と書かれた標識があり、その後も要所要所にあって迷わずに大野原林道を走ることができます。
林道は途中から非舗装になりますが、普通車でも慎重に走れば大丈夫でしょう。
古い小屋を左に見ると、わずかで大野原登山口に到着します。
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身支度を整えて登り始めます。
私はいつもの通り、足回りは地下足袋でザックはRIPENです。

木立の中の緩やかな登山道をゆっくり登ります。
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左側に特徴的な七岳が望まれ、木立が切れると桜島が見えてきました。
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途中の道標では七岳方面が×印になっています。
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左側がすっぱりと切れ落ちた斜面の先に山桜が咲いています。
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登りは徐々に急登となり、足元も滑りやすくなりますが、稜線に達すると穏やかな尾根となります。
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馬酔木やツバキの木々が生い茂り、さすがに南国の山だなと思わせられました。

杖捨祠。
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どういう謂れがあるのでしょうか?
ここまでは杖を突いて登ってきたが、ここから先はいらない、ということなのか、この先は杖が邪魔になる、ということなのか。

やがて九合目を過ぎると、僅かの登りで大篦柄岳に到着。
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素晴らしい眺望が広がります。

妻岳の鋭鋒と勇壮な御岳です。
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最初の目的ではこの二つの山も登る予定でしたが、ご同行頂いたメンバーのおひとりがちょっと体調を崩されたのでペースを落としたこともあり、今回は残念ながら見送りです。
「わざわざ横浜からきてくれたのに申し訳ない」といわれてしまいましたが、私ももうガツガツとピークを稼ぐ山登りからは脱却しておりますので、妻岳・御岳・二子岳・横岳は次の機会に取っておくことにしましょう。

ここからの眺めで圧倒されるのは、何と云っても桜島!
桜島をパックに記念写真を撮りあいます。
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ここで昼食をとり、スマン峠に下ります。
馬酔木の花が咲いていました。
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さらに、鮮やかなツバキの花に出会い、思わず手に取ってパチリ。
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ところどころに咲いている山桜を眺めつつゆっくり降りていくと、ベンチのあるスマン峠に到着しました。
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ここからスマン峠登山口までかなりの急坂を下ります。足元の悪い個所や滑りやすいところもありますが道は明瞭で迷うことはありません。
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スマン峠登山口に着きました。
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スマン峠登山口から林道を4kmほど歩くと、大野原登山口に至ります。
小一時間ぶらぶらと歩けばいいや、とすっかり油断しきって歩き始めました。

林道から見上げる大篦柄岳の立派な山容に感嘆の声を上げながら歩きます。
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タラノメもたくさんありました。誰もとらないのかと不思議に思いましたが。
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突然、林道が山崩れで崩壊した個所に出くわしました。
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慎重に崩れた木々や岩などを乗り越えます。

そう、この林道歩きこそ、本日の山行のハイライトでした。

地形図で沢を横切っている地点は、ほぼ間違いなく(規模の大小はあるものの)こういう形で寸断されています。
これを乗り越えるだけで非常なアルバイトとなり、場所によっては非常に危険です。
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これなどは、岩に抱きつくような形で残された橋梁をトラバースするのですが、下手をすると2~30mほど落下する可能性があり、滑落すればただでは済みそうにありません。
高所恐怖症の人にはお勧めできませんね。
幸い岩は花崗岩ですから、ちょっとしたホールドでもフリクションが利きます。
足場さえしっかり見て確保すれば大丈夫。
でも、足場を見るということは、その下の奈落を見ることにつながるので、やっぱり躊躇する人もいることでしょう。

そして、あともう少しで大野原登山口というところにあった崩壊では、崩落したデブリを高巻いての渡渉を強いられました。
私は地下足袋なので何ら問題はないのですが、山靴のメンバーは残念な表情で、靴を濡らして渡ってきました。

垂水市が公開している「高隅登山マップ」では、このスマン峠登山口と大野原登山口の間の林道が通行できるかのような表示となっており、25000分の1地形図でも、当然、道路がある標記となっています。
地形図の方にはそもそも間違いが結構あることをたいていの山屋ならわかっていることでしょうが、市で発行しているマップの道がこんな形で崩壊しているとは思いもしませんでした。

我々は最初からこの林道を歩くつもりだったのであまり問題はなかった(通過にはひやひやしましたが)のですが、仮にそれぞれの登山口に車を置いて効率的に登ろうなどと思って入山したりすれば、この状況を見て愕然とするのではないでしょうか。

この山域に入る前に、ネットにアップされているいくつかの記事を参考にしましたが、この林道崩壊に関する記述については迂闊にも見落としました。
猿ヶ城からの登山道も、刀剣山に登る初手の吊り橋が落ちていてそこから通行止めになっておりましたが、現地のガイド表示にもそれが反映されておらず、あたかもそのまま滝観見物に行けそうになっておりました。
こういう点はもう少し慎重に更新・チェックをしてほしいと思います。

素晴らしい山々だけに、最後に少しだけ苦言を呈させていただきました。

さて、それでも猿ヶ城渓谷はなかなか見ごたえがあります。
水もきれいで、花崗岩の巨岩が転々としており、ボルダリングなどをするのも一興でしょう。
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帰り道、道の駅「たるみず」に立ち寄って昼食をとりつつ、近くにある埋没鳥居を見てきました。
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1914年1月に起きた桜島大噴火により、その火山灰で付近の集落は埋没。
その後、この鳥居も現在の1m余まで掘り起こされました。
ご覧のとおり、その衝撃で左右がずれてしまっていますが、それでも離れずにいたことから、夫婦円満・縁結びの神、ということで今でも詣でる人がたくさんおられるそうです。

このすぐ下にある展望台からの桜島の姿も見事なものでした。
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多少慌ただしい旅ではありましたが、お天気にも恵まれ、久しぶりにちょっと緊張もさせられる楽しい山旅となりました。
九州の山仲間に、改めて大感謝です。
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