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高隅山(鹿児島県・垂水市)に登ってきました。 [山登り]

このところこのブログの更新をずっとサボっており、内心忸怩たるものがありました。
年度が替わってそれなりに慌ただしく、そうした日常にかまけて、なんというか文章をまとめきる余力がなかったのです。
それでもようやく「山登り」のイベントを作ることができましたので、久しぶりにアップしたいと思います。

九州の山仲間に前々からお付き合いをお願いしていた高隅山にようやく上ることができました。
高隅山は大隅半島の中央部に位置する山脈の総称で、最高峰は標高1236m超の大篦柄岳(おおのがらだけ)です。
高隅山系は、このほかに小篦柄岳・妻岳・御岳・二子岳・横岳など1000mを超える山々で構成されており、この標高は鹿児島県の中でも貴重なものと思われます。
20年近く前に、私は熊本に単身赴任をしておりましたが、その折にこの山脈のことを初めて知り、ずっと憧れていたのでした。
それがやっと叶った!
「熊本に赴任していた時に登ればよかったのに」ということもありますが、熊本から車を使ってここまでくるのは当時ではかなり大変で、東九州自動車道ももちろんありませんでしたし、宿泊施設も少なく、アプローチも長くなりそうだったので、躊躇している間に機会を失ってしまったわけです。
それに当時、ご一緒していただいた山の先輩方が宮崎登攀倶楽部に所属しておられたこともあり、比叡山や鉾岳や大崩山や桑原山の花崗岩大スラブ登攀に血道を上げておりましたから、休日はもっぱらクライミングに費やしていた、という事情もありました。
その後も気にはなりつつも、先にあげた事情などから単独でレンタカーを借りてここまでくる気力がなかなか湧かず、今日まで荏苒と時を過ごしてしまったのでした。

そんな中、昨年、伊豆の天城山にご案内した九州の山仲間から、高隅山のアプローチに便利なコテージがあるとお聞きし、この山域に登る計画がにわかに具体性を帯びてきます。
それは、「財宝グループ」が運営する「猿ヶ城渓谷森の駅たるみず」で、何と、一泊二食それも黒豚しゃぶしゃぶの食べ放題(飲み放題付き)で一人7500円という、とてつもないリーズナブルな価格!
みんながその気になっている今が一番だということで、早速、計画を具体化したのでした。

私は土曜日が輪番出勤に当たっているため、私の都合に皆さんが合わせてくれ、22日に現地入りし23日に登って24日に帰宅するというスケジュールです。

前日まで鹿児島地方は雨模様でしたが、土曜日にはお天気も回復し、日曜日も快適な晴天に恵まれました。

猿ヶ城渓谷から大野原登山口に出て大篦柄岳に登るのがベースとなる宿泊地から考えて最適なのですけれども、このルートは度重なる水害で壊滅的な被害を受け、使用できません。
従って、国道220号線で垂水市役所から県道71号線に入り、垂桜地区から大野原林道を行くことになります。
県道を走ると、高隅山登山口と書かれた標識があり、その後も要所要所にあって迷わずに大野原林道を走ることができます。
林道は途中から非舗装になりますが、普通車でも慎重に走れば大丈夫でしょう。
古い小屋を左に見ると、わずかで大野原登山口に到着します。
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身支度を整えて登り始めます。
私はいつもの通り、足回りは地下足袋でザックはRIPENです。

木立の中の緩やかな登山道をゆっくり登ります。
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左側に特徴的な七岳が望まれ、木立が切れると桜島が見えてきました。
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途中の道標では七岳方面が×印になっています。
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左側がすっぱりと切れ落ちた斜面の先に山桜が咲いています。
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登りは徐々に急登となり、足元も滑りやすくなりますが、稜線に達すると穏やかな尾根となります。
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馬酔木やツバキの木々が生い茂り、さすがに南国の山だなと思わせられました。

杖捨祠。
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どういう謂れがあるのでしょうか?
ここまでは杖を突いて登ってきたが、ここから先はいらない、ということなのか、この先は杖が邪魔になる、ということなのか。

やがて九合目を過ぎると、僅かの登りで大篦柄岳に到着。
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素晴らしい眺望が広がります。

妻岳の鋭鋒と勇壮な御岳です。
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最初の目的ではこの二つの山も登る予定でしたが、ご同行頂いたメンバーのおひとりがちょっと体調を崩されたのでペースを落としたこともあり、今回は残念ながら見送りです。
「わざわざ横浜からきてくれたのに申し訳ない」といわれてしまいましたが、私ももうガツガツとピークを稼ぐ山登りからは脱却しておりますので、妻岳・御岳・二子岳・横岳は次の機会に取っておくことにしましょう。

ここからの眺めで圧倒されるのは、何と云っても桜島!
桜島をパックに記念写真を撮りあいます。
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ここで昼食をとり、スマン峠に下ります。
馬酔木の花が咲いていました。
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さらに、鮮やかなツバキの花に出会い、思わず手に取ってパチリ。
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ところどころに咲いている山桜を眺めつつゆっくり降りていくと、ベンチのあるスマン峠に到着しました。
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ここからスマン峠登山口までかなりの急坂を下ります。足元の悪い個所や滑りやすいところもありますが道は明瞭で迷うことはありません。
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スマン峠登山口に着きました。
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スマン峠登山口から林道を4kmほど歩くと、大野原登山口に至ります。
小一時間ぶらぶらと歩けばいいや、とすっかり油断しきって歩き始めました。

林道から見上げる大篦柄岳の立派な山容に感嘆の声を上げながら歩きます。
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タラノメもたくさんありました。誰もとらないのかと不思議に思いましたが。
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突然、林道が山崩れで崩壊した個所に出くわしました。
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慎重に崩れた木々や岩などを乗り越えます。

そう、この林道歩きこそ、本日の山行のハイライトでした。

地形図で沢を横切っている地点は、ほぼ間違いなく(規模の大小はあるものの)こういう形で寸断されています。
これを乗り越えるだけで非常なアルバイトとなり、場所によっては非常に危険です。
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これなどは、岩に抱きつくような形で残された橋梁をトラバースするのですが、下手をすると2~30mほど落下する可能性があり、滑落すればただでは済みそうにありません。
高所恐怖症の人にはお勧めできませんね。
幸い岩は花崗岩ですから、ちょっとしたホールドでもフリクションが利きます。
足場さえしっかり見て確保すれば大丈夫。
でも、足場を見るということは、その下の奈落を見ることにつながるので、やっぱり躊躇する人もいることでしょう。

そして、あともう少しで大野原登山口というところにあった崩壊では、崩落したデブリを高巻いての渡渉を強いられました。
私は地下足袋なので何ら問題はないのですが、山靴のメンバーは残念な表情で、靴を濡らして渡ってきました。

垂水市が公開している「高隅登山マップ」では、このスマン峠登山口と大野原登山口の間の林道が通行できるかのような表示となっており、25000分の1地形図でも、当然、道路がある標記となっています。
地形図の方にはそもそも間違いが結構あることをたいていの山屋ならわかっていることでしょうが、市で発行しているマップの道がこんな形で崩壊しているとは思いもしませんでした。

我々は最初からこの林道を歩くつもりだったのであまり問題はなかった(通過にはひやひやしましたが)のですが、仮にそれぞれの登山口に車を置いて効率的に登ろうなどと思って入山したりすれば、この状況を見て愕然とするのではないでしょうか。

この山域に入る前に、ネットにアップされているいくつかの記事を参考にしましたが、この林道崩壊に関する記述については迂闊にも見落としました。
猿ヶ城からの登山道も、刀剣山に登る初手の吊り橋が落ちていてそこから通行止めになっておりましたが、現地のガイド表示にもそれが反映されておらず、あたかもそのまま滝観見物に行けそうになっておりました。
こういう点はもう少し慎重に更新・チェックをしてほしいと思います。

素晴らしい山々だけに、最後に少しだけ苦言を呈させていただきました。

さて、それでも猿ヶ城渓谷はなかなか見ごたえがあります。
水もきれいで、花崗岩の巨岩が転々としており、ボルダリングなどをするのも一興でしょう。
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帰り道、道の駅「たるみず」に立ち寄って昼食をとりつつ、近くにある埋没鳥居を見てきました。
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1914年1月に起きた桜島大噴火により、その火山灰で付近の集落は埋没。
その後、この鳥居も現在の1m余まで掘り起こされました。
ご覧のとおり、その衝撃で左右がずれてしまっていますが、それでも離れずにいたことから、夫婦円満・縁結びの神、ということで今でも詣でる人がたくさんおられるそうです。

このすぐ下にある展望台からの桜島の姿も見事なものでした。
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多少慌ただしい旅ではありましたが、お天気にも恵まれ、久しぶりにちょっと緊張もさせられる楽しい山旅となりました。
九州の山仲間に、改めて大感謝です。
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那須高原での雪崩事故 [山登り]

昨日・今日と、やっとこの時期らしい春めいたお天気となりました。
全国に先駆けて桜の開花宣言を行った東京ですが、その後に襲来した寒波でほとんどの花の開花はお預け。
それが、この陽気でようやく咲き始めています。
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ちょっとぼけてしまいましたが、雰囲気くらいは伝わるでしょうか。
週末の土曜日は冷たい雨のお天気となる予報ですが、今週から来週にかけて各地でお花見の宴が催されることでしょう。

ところで、27日の朝に出来した那須高原での雪崩遭難事故。
誠に衝撃的でした。

「雪崩だっ、伏せろ」…教員叫び足元の雪動く
27日朝、講習会に参加していた高校生らが雪崩に巻き込まれ、死傷者48人にのぼった栃木県那須町湯本の「那須温泉ファミリースキー場」の事故。「雪崩だっ、伏せろ」。引率の教員が叫んだ時には足元の雪がスピードを上げて滑り出し、雪の塊が生徒らを襲った。

栃木県那須町湯本の町営「那須温泉ファミリースキー場」で27日午前、雪崩が発生し、登山講習会に参加していた同県内の7高校の登山部員と引率教員の計48人が巻き込まれた。
県警などによると、県立大田原高校の男子生徒7人と男性教諭1人の計8人の死亡が確認された。死因は圧死や外傷性窒息だった。このほか、生徒33人と教員7人の計40人がけがをした。当時は大雪、なだれ注意報が発令中で、県警は業務上過失致死傷容疑を視野に、講習会の主催者側から事情を聞く方針。

亡くなった生徒はいずれも16~7歳、教員は29歳とのことでした。
未来に向けた無限の可能性を有し、これから大きく羽ばたくはずであった人生が突然に閉じられてしまった。
遺族の方々の悲嘆のほどは忖度してあまりあります。
山の事故は本当に悲しい。
元気な姿で送り出した家族が物言わぬ変わり果てた姿で戻ってくる。
私もそういう情景を何度か目にしましたが、世の中にこれほどいたたまれない瞬間があろうかと愁嘆にくれました。
ましてや今回の事故は前途洋々たる高校生の身に出来したもの。
一夜のうちに天幕が埋まるほどの積雪がありながら、何故にラッセル訓練などを行おうとしたのか。
引率・指導をしていた教員からの指示であれば、部員としては従わざるを得なかったことでしょう。
それ故にどうしても疑問が残ります。
それから、雪崩が起こった時に「伏せろ」と教員が叫んだとのことですが、この人は実際に雪崩の起きた際の対処方法を知っていたのでしょうか。
私は幸いにして一度も雪崩に直接遭遇したことはありません(遠方から眺めたことは何度もありますが)。
ですから実地で体験したわけではないのですけれども、実際に体験した山の先輩たちは口々に「とにかく全速力で逃げる!」のが肝心だと言っておりました。
不幸にして追いつかれたら、とにかくもがいて泳いで雪崩の流れの表面に向かうように体をコントロールし、雪が覆いかぶさってきたら、鼻と口を手で覆って呼吸スペースを確保するしかない、と。
それよりもなによりも、雪崩が起きそうな天候や雪の状態の時には絶対にそうした場所に近づかないのが鉄則。
雪の斜面を登るときには、ピッケルなどで雪の断層検査をきちんと行うなどリスクを最小限にする対応を欠かしてはならない、と、それこそ口が酸っぱくなるほど云われたものです。

雪崩が起こりそうな場所は事前に把握して対策を採る、などということをしたり顔で語る人もいたりしますが、斜面に雪が積もればどんな場所でも雪崩は起こる危険性があるのです。
以前に雪崩が起きた場所だから注意する、などというのは、裏返せば、これまで雪崩が起きたという話を聞いていない場所は大丈夫だと高を括ってしまうことに繋がりかねません。
冬山に限らず、山は基本的にすべてが危険地帯だということを前提に行動すべきであり、油断は一番のリスクといえましょう。

報道などからすると、引率・指導に当たった教員は、地元でも大変よく知られた「ベテラン」とのこと。
この方々の山歴などは特に明らかにされていないので何ともわからないのですが、何を以てベテランとされていたのかやはり疑問が残ります。

山の事故は基本的に自己責任というのが原則です。
しかし、山の経験の浅い初級者を引率したりガイドしたりする場合には、そのリーダーや引率者には一定の責任があるのではないでしょうか。
ましてや今回は、いくら山岳の強豪校とはいえ年端もいかない高校生を対象としているのです。
暖かな日が続いたあとのどか雪という最悪の条件をおしてまでラッセル訓練を強行した理由が那辺にあるのか、こうした痛ましい事故を防ぐためにも、そうした点も含めて明らかにする必要があるのではないでしょうか。
タグ: 那須 雪崩
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春を告げる花たち [日記]

冬の寒さが過ぎ去ったあと、穏やかな晴天が続いています。
昼休みの散歩の途上で、彼岸桜を見かけました。
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白モクレンの花も咲き始めています。
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沈丁花は盛りを迎え、ミツマタの花も見かけるようになりました。
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花粉も盛大に飛んでいて、花粉症の私にとっては辛い時期とはなりましたが、こうして春の花々に出会えるのは、毎年のことながらこの時期の喜びの一つでありましょう。

WBCで、日本チームが快進撃を続けています。
野球に対して人並み以上の関心を持っているわけではない私でも、本番前の状況から見てどんなもんだろうと危惧していましたから、さすがに驚いています。
各球団屈指のプレイヤーをそろえているとは云い条、ある意味では寄せ集めのメンバーなのですから、小久保監督の苦悩は相当なものがあることでしょう。選手に無理をさせて怪我でもさせたら大変なことになってしまいますし。
実際、否定的なコメントも各方面からかなり寄せられていたようです。
しかし、本番に入ってからのこの全勝での決勝トーナメント進出は、選手から相当な信頼を寄せられていなければ達成できなかったことでしょう。
そのことは、次の中田選手の言葉からも明らかです。

【WBC】中田が激白!「小久保監督に覚悟なかったら辞退していた」

曲者ぞろいのスター選手を統率していくために小久保監督がどれほど繊細な気遣いをしていたのか、本当によくわかるエピソードですね。
さらにそうした心遣いがきちんと選手たちに伝わって、それがこの快進撃につながっているとすれば、そこにもまた如何にも我々日本人が好みそうな風景が広がっているなと感じます。

大滝エージェンシー社長である大瀧哲雄さんの言葉として、故中島らもさんがエッセイの中で紹介していた、

「オレがオレがのがを捨てて、おかげおかげのげで暮らせ」

を思い出してしまいました。
因に、「が」は「我」なのでしょうか。とすると「げ」は「下」なのかな?あるいは気遣いという意味での「気」?

それはともかく、私は、なんとなく昨年のリオ五輪における400mリレーの銀メダルを思い出しています。
あの時のメンバー、誰一人100m・9秒台を出している人がいない中で、そうした記録保持者をかわしての栄誉でしたね。

個を捨てて全体の勝利を目指す、などというと、なんだか「滅私奉公」とか「一旦ん緩急あれば義勇公に奉じ」みたいなことにつながりそうですが、そういうことではなく、今、その場において、何をなすことが求められているのか、そのことを常に自分自身のこととして考え行動する、ということなのでしょう。

上から押し付けられたものでは決してなく、メンバーの中から自然に醸成される目標と、それを達成するための個人の頑張り。

これはきっと、啻にスポーツに限ったものではないのだろうと思います。

その「目標」をはき違えないようにすることが非常に重要なのであり、また、そうした全体としての行動に及ぶ場合においても、一番大切なのは個々人それぞれの想いにあることを忘れないことなのではないでしょうか。

云うまでもないことですが、それぞれの個性が集まって組織は成り立つものであり、決して、組織があるから人が存在するわけではないのですから。
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箱根旅行 [日記]

三月になり、沈丁花の花も咲き始め、あの甘やかな香りを運んでくれる季節となりました。
それでも、時折冬の寒さがぶり返し、さすがに三寒四温の時期を痛感させます。
そろそろ鶯の声も聞こえてくる頃なのでしょうが、残念ながら私の周辺ではまだまだのようです。
仕事が終える18時頃、残照の中を駅に向かうとき、さすがに陽が長くなったなと感じますが。

さて、いささか古い話なのですが、二月の終わり、急遽土曜日に休みが取れることになったので、連れ合いと一緒に旅行に出かけました。
土曜日の休みが決まったのがその一週間前だったので、果たして旅館の予約が出来るのか不安でしたが、案の定、名のあるホテルや旅館は一杯。
JTBなどの割当枠もなかったので、これは難しいかなと思っていたところ、だめもとでじゃらんで検索をかけるたら、なんと「山のホテル」に一部屋空きがありました。
このホテルに関しては、連れ合いが前から泊まってみたいと言っていたこともあり、箱根旅行に行こうと考えた当初から検索をかけていたのですが、早くから満杯の状況。
恐らく、一週間前というタイミングでキャンセルなどが出たのでしょう。誠にラッキーといわざるを得ません。
宿泊料金はかなりの値段でしたが、すぐさま予約をしたのでした。

当日、余り時間に縛られたくなかったので車で出かけたのですが、なんと箱根新道で事故が発生し、午前中は通行止とのこと。
やむを得ず御殿場ICから乙女峠を越えた行ったのですが、余り顕著な渋滞にも巻き込まれませんでしたから、これは正解であったのかもしれません。

山のホテルのとなりには箱根神社があり、私はこれまで何度も箱根に行ったことがありながら、この神社に参拝したことがなかったので、ホテルにチェックイン後、早速出かけました。
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思いのほか、たくさんの人出がありました。
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神社への参拝を済ませたあと、連れ合いがずっと行きたいと思っていたという「サロン・ド・テ ロザージュ」に立ち寄りました。
芦ノ湖の湖畔にせり出すような絶好の立地で、山のホテルの付属施設のようです。
果たせるかな、かなりの人気で、順番待ちとなりました。
それでも、美味しい紅茶にケーキ、そして素晴らしい雰囲気を味わうことが出来、満足。
こういうゆったりとした時間を過ごすのはいつ以来のことだろうかと、ついつい芦ノ湖方面に遠い眼差しを送ってしまったところです。

山のホテルは、三菱財閥の四代目当主・岩崎小彌太の別荘がもとになっています。
それだけにロケーションは最高で、その雰囲気を大切に守ってきたという歴史を感じさせられました。
大浴場も、非常に落ち着いた雰囲気で、洗い場に個々の仕切りが設けられているなど、細かなところに神経が行き届いています。
食事はもちろんいうに及ばず、というところです。
夕食はもちろん、通常のホテルなどではバイキングみたいなものでお茶を濁される朝食に関しても、非常にサービスが行き届いておりました。
「ホテルライフ」などというものにはあまりなじみのない私ですが、できれば長時間をこのホテルで過ごしてみたいなという想いに駆られ、なるほどこのことをいうのだなと実感した次第です。

翌日は成川美術館に赴きました。
連れ合い共々お気に入りの美術館の一つで、収蔵作品ももちろんですが、休憩スペースからの眺めも素晴らしいものがあります。
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雲の多めなお天気でしたが、折よく富士山の姿を望むことが出来、これも大満足!

この美術館では、基本的に展示作品の写真撮影を認めています。
もちろんストロボの使用や自撮など、他人に迷惑の及ぶような撮影は御法度ですが、こういうおおらかな対応もお気に入り。
堀文子や森田りえ子といった「女流」の日本画家の競演も誠に見事なもので、こうした力作が一堂に会する機会はそうはありますまい。

また、平山郁夫・東山魁夷・加山又造・山本丘人といった日本画の大重鎮の作品も公開されていて、誠に見応えがありました。

それらの重鎮に並んで、この美術館との関わりの深い高橋新三郎氏の大作も展示されていたのですが、彼が好んで描いていた富士山の絵の即売会が行われていました。
私は絵画も大好きで、美術館や画廊を巡ったりするのも楽しみの一つです。
しかし、自分で絵を持とうとは余り思わず、我が家にある絵は、渓流釣の友人が描いた岩魚の水彩画と、従兄の知人が個展を開いた際にせっかくだからと購入したパステル画があるのみでした。
そんな私ではありましたが、何だか出会いのようなものも感じ、せっかくだからと富士山の絵を購入。
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めでたく我が家における三つ目の「アート」の座を占めることとなったのでありました。

今回の旅行では、二人でそれなりのお金を使ってしまいました。
一人一泊で30000円を超えるようなホテルに泊まるのはそれこそ20年ぶりくらいのことで、奇しくもそのときの宿泊先が箱根富士屋ホテル。
同じ箱根だったのだなと思い返しつつ、やはりお金にはかえられないサービスの質というものがあるものだと感じています。
いまはどうなのかわかりませんが、その折の箱根富士屋ホテルのサービスも誠に見事なものだったと、鮮烈に記憶しております。

いつもなら一泊二食付きでも10000円未満の宿を選んでしまうところを、今回は「清水の舞台から飛び降りる」覚悟でハイクラスな宿に泊まり、その延長で絵まで買ってしまった。
我ながら何と大胆なことかと苦笑を禁じ得ません。

それはともかくとして、ふと感じたことがあります。
冒頭にも書きましたように、このクラスのホテルはこの時期でも週末は予約でほとんど満杯でした。
私たちが泊まれたのもキャンセルなどの一瞬の隙間にうまくはまったからにほかなりません。
一方、湯快リゾートや大江戸温泉物語といった格安の宿も、週末などの予約はかなり困難なようです。
その割に、ちょうどその中間辺りに位置する価格帯の宿には比較的空室もあるらしく、つまりここでも消費傾向の差別化が進んでいるということなのでしょう。
クラス感のある対象か、それとも激安か。
消費性向は結構明確に分かれてきていますが、その辺りにこれからのマーケット戦略の方向性も見えてくるようで、なかなか興味深いものもありますね。

ところで、久しぶりの箱根旅行だったこともあり、その関連から、井上靖氏の短編小説集「愛」の中に収録されている「結婚記念日」を思い出してしまいました。
この小説は、妻を亡くした夫の回想の形で、つましい生活をしていた二人のささやかな箱根旅行の顛末が描かれています。
戦後の苦しい生活の中でもあり、新婚旅行などにはもちろん出かけることもなかった二人が、当時流行っていた懸賞金付きの定期預金で一万円(小説に描かれているのは昭和25年頃ですから、恐らく二ヶ月分くらいの月給にあたるのではないかと思われます)が当たったため、その半分を結婚記念日の旅行に充てようと考えたものです。
ちょっとほろ苦く、しかも、金銭的に厳しい時代をそれなりに生きて来た私たち世代には大いなる共感も呼ぶ内容で、車の中でその話を連れ合いにしながら、二人で「うーん、わかるなあ」などと盛り上がったところです。
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鈴木清順さんが亡くなりました [映画]

三寒四温とは云いますが、正にその通りのお天気が続き、北風と南風が交互に吹き荒れるという、いささか忙しい空模様となっています。
花粉も飛び始め、花粉症もちの私には辛い季節の到来となりますが、沈丁花の蕾も膨らみ始め、そろそろあの甘く鮮烈な香りを届けてくれることでしょう。
近所の里山では菜の花が盛りを迎えていました。
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映画監督の鈴木清順さんが亡くなりました。

映画監督の鈴木清順氏が死去 93歳 「ツィゴイネルワイゼン」「殺しの烙印」

時折テレビなどで見かける折に、酸素ボンベをつけておられる姿を拝見しましたので、大丈夫かなと心配でもありつつ、相変わらずの矍鑠とした対応に感嘆もしておりましたが、遂に…、という想いです。
2005年に「オペレッタ狸御殿」を完成させ、そのバイタリティには、正に年を感じさせない、としかいいようのないものがありました。

「清順映画」と呼びならわされ、それこそ老若男女を問わない数多くのファンを獲得しておりましたが、その演出スタイルや映画作法には誰にも真似のできない独特の世界観に包まれています。
「映像美」などという手垢のついた云い方がありますが、鈴木清順監督の描き出しているのは、映画そのものの持つ「立ち居振る舞い」における無限の可能性と美しさであるような気がします。
清順映画の中で、恐らく最も著名なのは「ツィゴイネルワイゼン」であろうかと思われますが、この映画に関して、作曲家の武満徹さんは次のように述べています。
『ツィゴイネルワイゼン』は、此頃めずらしい官能的な映画であったが、これは生の陰画としての死ではない。死の陰画としての生の映像であり、危険な美に満ちている。
鈴木清順のこの世界は、ジョルジュ・バタイユのつぎのことば「──すなわち彼の腕のなかで身もだえしつつ、彼の存在を忘れ去る女性、それはとりもなおさず彼自身であるという事実。」を捩っていえば、死の腕の中で身悶えしつつ死の存在を忘れ去る女性、それはとりもなおさず死自身であるような生の世界である。そして、さらにバタイユが言うように、「死はある意味ではひとつの瞞着である」とすれば、私たちの生の欺瞞こそ『ツィゴイネルワイゼン』によって曝かれたのである。(岩波書店刊「夢の引用」より)

死んだ中砂が青地に貸していた蔵書を返してもらいに、忘れ形見の豊子を伴って小稲(中砂の妻であり豊子の母であった園に瓜二つの情婦)が、頻繁に訪ねてくる。
さらに、サラサーテが演奏した「ツィゴイネルワイゼン」のレコードも、青地は二人に求められるが…。
ラスト、青地は豊子から「お骨を頂戴」とねだられ、それは中砂と青地との間の約束(どちらかが先に死んだら死んだ方の骨を生きている方がもらう)のためだという。
死んだのは中砂ではないか、と青地が反問すると、豊子は、死んだのはオジサマの方だと答える。
こういう映画の流れの中に浸るとき、この武満さんの論評が如何に的確なものであるかを痛感します。
もしかすると、今現在自分がこの世の中に生きているということすらも、本当にそれが事実であるのかわからなくなってしまいそうになる。

この映画の中では、生と死がまるで悪夢のように交錯し、中砂と青地の、いったいどちらが今生きて存在しているのかが分からない不安に駆られてしまいます。
もちろん、その回答は、映画の中ではなされません。この映画を観た者が、そのあとにそれぞれのストーリーを展開させる広がりを与えてくれるわけです。

かといって、決して難解でも晦渋でもなく、目くるめく展開される鈴木清順監督の世界に引き込まれていく愉悦を感じさせます。
生と死という一見重苦しい題材を扱いつつ、決して沈痛な重苦しさはありません。
むしろ、極めて透明で純粋な美しさを感じさせてくれる映画でありました。

この映画は、キネマ旬報ベストテン1位でベルリン映画祭特別賞をも受賞した作品であり、ATG作品の中でも一二を争うヒット作でした。
テレビでもたびたび放映されましたからご覧になった方もきっと多いことでしょう。

この後に続く「陽炎座」「夢二」とともに大正浪漫三部作などと云われますが、私としては「陽炎座」の美しさにも非常に心惹かれるものがありました。

この三部作では、とりわけ音楽の存在が印象に残ります。
音楽を担当したのは、職業作曲家ではなく音楽プロデューサーである河内紀氏。
彼の設計した音楽・音響の世界は、この夢幻の美しさを持つ映像を二倍にも三倍にも膨らませ、私たちを清順監督の紡ぎだした夢の世界にいざなってくれます。
そこには映画の持つ可能性を信じさせてくれる力が満ち溢れていました。
「夢二」では、梅林茂氏というこれまた無限の才能に恵まれた作曲家と共同で音楽に当たっていて、これも出色でした。

鈴木清順さんの訃報に接し、改めて映画というものの独特の夢の世界を考えています。

私が映画を好むのは、私たちを縛り付け統御している「時間」というものの束縛から私たちの精神を解放してくれる表現媒体であるからです。
映画館という、その映画を観るためのみに集まった、相互に全く関係性を持たない者たちのひしめく暗闇の中で、ただ一点、スクリーンに映し出された映像の紡ぎだす独特の時間の中に、それぞれの夢の空間(もしかすれば、自分自身が寝ているときであっても決して見ることの叶わない夢のような)を描き出す。
そのスクリーンには、実際の大きさをはるかに超えたもの(人物のクローズアップなど)や、スクリーンのサイズをはるかに超えた景色(宇宙空間や大海原、広大な砂漠などなど)が映し出され、時間は極度に引き延ばされたり圧縮されたりしながら空無化する。その空間的な矛盾を通して観客の持つ想像の世界を膨らませてくれるのでしょう。
私は白黒無声映画も大好きで、これらを自宅で観るような場合は完全に無音の状況にします。
そうすると、私の頭の中は映像から紡ぎだされる音楽でいっぱいになり、それが画面の動きとシンクロする不思議な世界を味わうことができる。
ビデオ化された無声映画にはしばしば余計な音が入っていたりするのですが、この無意味な夾雑物が如何に映画の紡ぎだす夢の世界を壊すものであるものか…。

そういう意味からすると、現在の映画は何だかむやみに音楽をつけすぎ、意味のない効果音を鳴らしすぎだと思います。
それに今の映画館はあまりに明るすぎるし、ある意味変にきれいで健康的すぎる。
好みの問題だとは思うのですが、私は映画館で映画を観ながら何かを食べたり飲んだりしたりする人の気がしれません。
飲食という現実の生理的な行動によって、せっかく手にした時間という束縛から逃れられる空間を手放してしまうように思われるからです。

鈴木清順さんは、そういう映画の持つ肌合いや空間の描き方に特別の才能を発揮された映画監督でした。
93歳というご高齢を鑑みれば、これもまた致し方ないことと思いますが、やはり無念です。
心よりご冥福をお祈りしたいと同時に、どんなに時代が移り変わろうとも決して色褪せない作品をたくさん残してくださったことに心より感謝したいと思います。

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佐渡裕&東フィルのブルックナー第9番、武満徹「セレモニアル」 [音楽]

冬本番の冷え込みが続いています。
先日出かけた丹沢も、もう真っ白けの厳冬仕様に変わっていました。
通勤途上の多摩川の跨線橋から遥か彼方に南アルプスの峰々が白銀に輝く姿が望め、なんだか胸の熱くなる想いです。

そんな寒さが少し緩んだ感のある日曜日、久しぶりにbunkamuraオーチャードホールに出かけ、佐渡裕指揮東京フィルハーモニーによる演奏を聴きに行きました。
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演目は、武満徹の「セレモニアル-An Autumn Ode-笙とオーケストラのための(1992年)」とブルックナーの交響曲第9番です。

この演奏会を聴きに行こうといったのは、実は連れ合いでした。
連れ合いは、学生時代に合唱サークルに所属していたことから、例えばベートーヴェンの第9を歌ったりといった経験はありますが、どちらかというと歌謡曲や7~80年代フォークやニューミュージックのファンで、クラシックは私にやむを得ず付き合っているような風情がありましたから、ちょっとびっくり。
理由を聞いたところ、私が昨年還暦を迎えたことから、何か具体的なお祝いをしたいと思いつつ果たせなかったところに、郵便局に貼ってあったポスターを見、私が武満徹とブルックナーのファンであることを忖度して、どうかと思ったのだそうです。
もちろん、連れ合いも佐渡裕という稀有の指揮者に対する興味は津々だったので、己の期待も込めてのことだそうですが。
それはともかく、そんな連れ合いの気持ちが嬉しく、また、もちろんこのプログラムの魅力もあり、早速東フィルフレンズに登録。チケットを購入したのでした。

ネットからチケットを申し込むと、優先予約の期間中にもかかわらず、よさそうな席は結構埋まっていました。
さすがに佐渡裕だなあ、と妙に納得。

演奏会への期待は並々ならぬものがありましたが、オーチャードホールに行くためには、あの猥雑な渋谷道玄坂界隈を歩かねばなりませんから、その点だけは憂鬱です。
案の定ひどい人ごみで、ホコテンでもなかったので、歩道は溢れんばかりの人でごったがえしていました。

さて、演奏会ですが、今回の公演はワンステージ。
つまり、二曲を続けて演奏し、途中休憩はなし、ということです。

観客席は、8分くらいの入りというところでしょうか、ところどころに空席はありますが、まずまずでしょう。

「セレモニアル」は、副題が「An Autumn Ode」となっており、これは「秋の頌」ということでしょうか。
頌は頌歌のことであり、特定主題に基づく格調高い抒情詩のことをいいます。
例えば、ベートーヴェンの第9に用いられたシラーの詩などはその範疇に入りますし、場合によっては読経などもそういえるのかもしれません。
この曲では、前奏と後奏が笙の独奏となっていて、奏でられる主題は「秋庭歌」「秋庭歌一具」から引用されています。
耳を澄まし神経を集中させなければ聞こえないほどのあえかな笙の音によりその主題が奏でられ、それがやがてホール一杯に響き渡ります。
宮田まゆみならではの表現力といわざるを得ません。
その主題を、客席の3方向に設置されたフルートとオーボエが受け継ぐのですが、ノンビブラートはもちろんノンタンギングで演奏されるその音、特にオーボエなどは竜笛の音を彷彿とさせました。
やがてオーケストラが、それらを包み込むように響きだし、晩年のあの艶やかで優しく美しい武満サウンドが展開する。
そして、最後に笙が残って主題を奏でるのですが、何とも不思議な深淵に導かれるような音楽なのです。
武満さんの音楽、殊に晩年は、その独特な美しい和音が大変印象に残りますが、この曲も同様です。
武満さんの音楽を「深海の音楽」と評した方がおられ、確かにそういう感じもあろうかとは思われますが、私はその響きからいつも抜けるように透明な空と光を感じます。
魂が浄化されていく、という点では、ある意味ブルックナーの音楽にも共通するようにも思われるのです。
この曲の演奏時間は10分足らずでしたが、何というか、ひたすらその響きの中に身を置いていたいと思わせる作品でした。
ところで、これは一面気の毒なことではありますが、近くにおられた初老の男性が風邪を引いておられたらしく、我慢しつつもしきりに咳をし、とまりません。
笙の後奏ではそれがひときわひどく、これには参りました。

万雷の拍手に宮田さんが送られると、続いて本日のメインプロともいうべき、ブルックナーの交響曲第9番の演奏が始まりました。

ブルックナーの交響曲第9番を実演で聴いたのは1993年のこと(朝比奈隆&東京都響)で、今回の実演鑑賞は26年余りのことになります。
この時の演奏は筆舌に尽くせないほどすさまじいもので、特に第3楽章では、85歳の年齢を全く感じさせない迫力に満ちたものでした。
今回は二回目の実演ということで、ブルックナーの交響曲第9番をこよなく愛していると公言している割には甚だ少なく、この点は忸怩たるものがあります。
元来私は大変なものぐさなので、傍らにシューリヒトやヴァントなどによるレコードやCDがあると、てっとり早くそれを聴くことで目的を達しようとしてしまう嫌いがあり、聴いてみたいというプログラムがありながらも重い腰を上げることがなかなかできませんでした。
その意味でも、今回、連れ合いが提案してくれたのは勿怪の幸いというところでしょう。

佐渡裕は、皆様既にご案内の通りバーンスタインの弟子でもありましたから、ついつい1990年3月のウィーン楽友協会大ホールでの師匠の演奏を想起してしまうのですが、当然のことなのでしょうけれども、趣は全く異なります。
強いて共通点を上げるとすれば、第2楽章などにみられる恐るべき統制力。
正しく一分の隙もない演奏でありました。
全体としても、テンポを極端に動かすことはなく、巨大な構築物や遥かなる山並みを仰ぎ見るかのような微動だにしない堂々たる演奏で、これは全く「正統な」ブルックナーの響きといえるのではないでしょうか。
佐渡裕の描き出そうとする音楽的な宇宙を、東フィルは素晴らしいアンサンブルで実現させています。
弦から金管・木管そして打楽器に至るまで、正に彫琢され統率された美しい響きを繰り広げ、私たちを至福の空間に誘ってくれました。
特にホルンの素晴らしさはどうでしょう。
この曲に限らず、ブルックナーの交響曲にはホルンの印象的な(それゆえに演奏するのには極めて困難の伴う)ソロがいくつも登場しますが、このソロを受け持ったホルン奏者の音は、私の想像をはるかに超える美しい響きを届けてくれます。
もちろんホルン全体のアンサンブルも素晴らしく、こんなに安心して実演のホルン演奏に身をゆだねられるのは久しぶりのことでした。
ただ、これはあまりにも張り切りすぎたからか、第1楽章ではややホルンが突出していたような気もします。
もう少し弦の和音を前面に出して欲しかったと、ちょっとないものねだりをしてしまいました。
また、ワーグナーチューバも同様に素晴らしい響きを醸し出しており、第3楽章の練習番号B(29小節)の冒頭の和音で少し乱れがあったものの、その後の演奏は乗りに乗って、コーダの終盤、練習番号X(231小節)の第7番の主題を回想するところなどは、正に夢見心地でその響きを楽しんだものです。

素晴らしい演奏でした。
観客のマナーも上々で、皆、この正に一期一会の感動的な演奏を聴けた悦びに浸っていたように感ぜられます。
私は、大変恥ずかしいことですが、ブルックナーなどの演奏についていえば、例えば先日聴いたバイエルン響などのような独墺オーケストラによるものが一番だという思い込みがありました。
何といっても歴史的な重みに違いがありますし、独墺のオケのメンバーの大半が当該国民であるが故の共鳴のようなものもあると考えていたのです。
しかし、この佐渡裕&東京フィルの演奏を聴き、改めて日本のオーケストラの底力を痛感しました。
この演奏は、(あくまでも私見ですが)先日のバイエルン響に勝るとも劣らないものだと思います。
こんなことをいうと「セコいかな」とは思いますが、彼我の料金差(4分の一くらいの値段で聴けます)は全く感じられません。
しかも、聴こうと思えばその機会は十分にある。
そういう環境に自分がおかれている幸運に改めて感じいったたところです。

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弁当箱を買いました。 [日記]

週末になって、首都圏は再び強烈な寒気がやってきました。
都心でも雪が舞ったそうで、毎度のことながらセンター試験の受験生は大変な想いをしたことでしょう。
各大学の入学試験日程のことを思えば、やはりこの時期に実施せざるを得ないのでしょうが、なんだか気の毒になります。
そういえば、私たちのころは、センター試験はもちろん共通一次もなく、たとえば東大や早稲田・慶応を受験する権利はすべての受験生に与えられていました。
ある意味、いい時代だったのかもしれません。
一発勝負だったわけですから、試験にヤマをはって、まんまと入学したつわものもいたことでしょうし。

先日、新しい弁当箱を買いました。
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重ねるとこんな感じです。
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おかずとご飯を別々に入れて携行し、食べ終えたら重ねて収納できるので、空になるとこの半分の大きさになります。

ちなみにこれまで使ってきたのはこれです。
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これは重ねた後の形で、やはりおかずとご飯を別々に入れて携行できるタイプでした。
大きさも手ごろなので、職場へはもちろん、山でも使っていて結構重宝したのですが、残念ながら中蓋の変形がひどくなり、見かねた連れ合いが「新しいのを買ったら?」と言ってくれたわけです。

値段は税込1026円とそれなりの価格がしましたが、やはり新しい弁当箱はうれしいものです。

私ら夫婦は二人とも仕事をしていますので、家事は分担制です。
とはいえ、厳密に分担を決めているわけではなく、例えばどちらかが食事の用意をしているときにはもう片方が洗濯とかアイロンがけをする、という感じですね。
それでも朝ごはんは、連れ合いが先に家を出るという関係上、私が作っています。
その折に自分の弁当もついでに作るわけで、一緒にやるとそれほどの手間はかかりません。
ちなみにこれは津での単身赴任生活の折も実践していました。

弁当のメリットはいくつか考えられますが、やはり食事のバランス面の保持が一番でしょう。
外食にすると、どうしても揚げ物などが入ってきたり、味付けも濃くなったりしますし、カロリーも過剰になってしまいがち。
弁当にすればご飯の量も抑えられるほか、果物や野菜も入れられます。
後片付けが面倒くさいということもありましょうが、私は食べたらすぐに職場の流しで洗ってしまうので、その点もさほど手間とは感じません(ものの5分くらいで終わりますから)。

もう一つ、これも大きな利点ですが、食費をかなり節約できます。
現役を退き、収入も激減していく中、体とお財布の中身を健全にコントロールするためにはうってつけのツールなのかもしれませんね。

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活を入れる(2017年版) [山登り]

「活を入れる(2017年版)」
これは、去年に引き続き、年末年始でだらけ切った体を覚醒させるために行った山行です。
昨年は丹沢の三ノ塔尾根を登りましたが、本年は久しぶりに大倉尾根から塔ノ岳に登ってみようと思った次第です。

大倉尾根は、塔ノ岳に登る最短ルートであるとともに、標高差1200m余りを一気に登ることからトレーニングの一環としても有名ですね。
ただ、何といっても有名なルートですから、休日に登ると大変なことになります。
そんなわけで、お正月三が日明けの4日、出かけることにしました。

連れ合いは仕事ですので、朝ご飯の支度をし、お昼のお弁当を作って家を出たのは8時30分頃と、この時期の山登りとしては許しがたい遅立ちです。
それでも、小田急の渋沢駅には10時には到着。
反対方向の電車ですから、ゆっくり坐れて快適でした。
大倉行きのバス。
平日のこんな時間だというのに、山の格好をした乗客がかなり乗っています。
空いていると高を括っていたのですが、皮算用に終わりそうな気配がします。

大倉バス停には、やはりそれなりの登山者がいました。
間違いなく人が少ないはずの三ノ塔にしようかとも一瞬思いましたが、やはり初志貫徹することにします。

身支度を整えて大倉を出発したのは10時40分過ぎでした。

最初はさほどの登りでもありませんから、それなりに良いペースで登っていきます。
先行する人たちを何人か追い越し、見晴らし茶屋を越える頃から傾斜も少しずつ強まってきます。
雪は全く見当たりません。
堀山の家を越えると登りはさらにきつくなり、大倉尾根特有の延々と続く階段登りとなります。
駒留小屋を過ぎ、さらに頑張って花立に着きました。
12時30分です。やはり雪は全く見当たりません。
標高差にして1000m余りですから、ここまでで二時間を切れたのはまずまずというところでしょう。
一気に塔ノ岳山頂を目指そうとも思ったのですが、朝ご飯を済ませたのが7時前でしたので多少シャリばて気味となっており、ここで弁当とします。

ゆっくり休んで、塔ノ岳をめざします。
金冷やしの付近では多少の降雪が見られました。
30分ほどで山頂に到着。
多少霞み気味でしたが、富士山もきれいに見えていました。
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丹沢主稜方面もきれいに見えています。
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蛭が岳辺りには雪がありそうですね。

尊仏山荘です。
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大山や三ノ塔方面です。
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平日というのに、塔ノ岳山頂は結構なにぎわいです。
風もそれほど強くなく穏やかなお天気ということで、登りにきた人もきっと多いのでしょう。

眺望を楽しんだ後、往路を戻りました。
大倉のバス停には15時くらいに到着。
活を入れるには手頃な行程となりました。

大倉尾根には、トレーニング目的で以前は随分通ったものでした。
10年以上前くらいには、一日に二往復などということもやったのですが、二往復すると標高差で2500mを稼げることになり、それを10時間足らずでできるという首都圏近郊では手軽な鍛錬コースであったというわけです。
しかし、さすがに還暦を過ぎての連続二往復は結構ハードルが高く、今回は時間的にももちろん無理がありましたが、大倉に降りてきた段階でもう一度登り返す気力は全くありませんでした(^^;

それにしても、大倉尾根と塔ノ岳が、平日にもかかわらずこんなに人出があるとは思ってもみませんでした。
久しぶりの大倉尾根ではありましたが、もうこのコースを登って塔ノ岳にいくことはないと思います。
丹沢でもコースを選べばまだまだ静かな山行を楽しめるわけですし、人混みを見るために山に登ることもあるまいと、今回しみじみ思い知った次第です。
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本年もよろしくお願い申し上げます [日記]

2017年の年明け。
穏やかな年越しとなりましたが、皆様はいかがお過ごしでしょうか。

新年明けましておめでとうございます。
旧年中は大変お世話になりました。
本年もどうぞ相変わらずのご愛顧のほど、よろしくお願い申し上げます。

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実家からの初日の出です。

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富士山もきれいに眺められました。

昨年末、実家の母が転倒して肋骨を骨折し、ひと月あまり入院をしたこともあり、今回の帰省は実家の大掃除や家事、おせち料理の用意などに忙殺されました。
私も何度か経験しましたが、肋骨の骨折は、2週間ほど安静しているとだいぶ痛みも和らぎ動けるようになるもの。
能動的な母はベットでの仰臥がやはりかなり苦痛らしく(家に残した父のことも気がかりだったのでしょうが)、痛みが和らいでくると帰宅したがって大変でした。
85歳という高齢でもあり、無理をさせるわけにはいきませんから、近所に住んでいる妹たちも必死で止めて何とかおさめていた次第。
今回の我々の帰省中も、なんだかんだと自分で動きたがり、押しとどめるのが大変だったのですが、そういう積極性があること自体はありがたいことと思っております。

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ソニー Bluetooth対応 ワイヤレス防水スピーカー SRSX1 [オーディオ]

この時期らしい寒さが戻ってきています。

12月23日から25日まで、週休二日制の会社ですと三連休になるのでしょうが、私の職場はあいにく土曜日が出勤なので、いわゆる「飛び石」でした。
尤もこの時期は年賀状書きや大掃除などがありますから、結局、二日間の休みはそれだけで費消されました。

ソニーBluetooth対応・ワイヤレス防水スピーカー「SRSX1」を購入しました。


小さな筐体にもかかわらず、5Wの出力はかなりパワフルです。
なんといってもBluetooth対応なので非常に扱いやすく、これで6200円ならコストパフォーマンスもよろしいのではないかと思いました。
風呂場でCDなどを聴くために、防水対応のラジカセを購入して使っていましたが、怪しげな中国メーカーの製品であったためか、CDのトラック移動ができず(フォワードやバックのボタンが利かない)、毎度冒頭からの演奏となってしまうためげんなりしていました。
そこで、早速iPodとSRSX1を組み合わせて風呂場で使ってみたのですが、これは全く快適です。
わざわざお湯をかけたしりしない限り、水回りで使用しても問題はないとのことですし、筐体も非常に小さいので場所ふさぎにもなりません。

などと書きましたが、購入しようと思った動機は、この年末、実家に帰省して大掃除などをやる際の気晴らしようです。
自宅であればCDを聴きながら掃除などの家事もできますが、実家ではそういうわけにもいかず、かといってラジカセを持ち込むのもはばかられます。
iPodとSRSX1ならまったく邪魔にもなりませんし、好きな音楽を聴きながらであれば気乗りのしない掃除や各種作業も捗ることでしょう。

それはともかく、扱いやすい大きさと、それに見合わぬパワフルな音を出しますから、ご興味のある向きはお使いになってはいかがでしょうか。

先日、ちょっとした不注意から車の左前輪のあたりをこすってしまいました。
大した傷ではありませんでしたが、こういうヘマをするのはかなり久しぶりのことなので結構へこんだところです。
コンパウンドで磨いて目立たなくしようと思ったのですが、微妙に塗装まで傷が入っていたので、見た目以上に重傷と判断し、近所のスタンドで見積もってもらうと、バンパーの交換などが必要になるので15万円くらいはかかるとのこと。
思った以上の出費ですから、走るのに別段の問題もないことだし我慢するかと考えましたが、車両保険に入っていることから、使ってみてもいいかなと保険会社に連絡。
案の定、「免責の部分は自己負担」「保険を使うと等級が下がるので保険料が上がる」などと、使わせないようにする雰囲気ありありでした。
私の等級は、現在、無事故無違反を確保してきた故に最上級(20等級)ですから、3等級下がってもさほど負担が増えるわけでもないと思いますし、次回からは車両保険なしにしようかなと考えていた折でもあって、とにかくどのくらいかかるか正式な見積もりを要請。
さっそく保険会社指定の修理工場で見積もりをしてもらいました。
その結果、費用はスタンドとほとんど変わりません。
修理工場の方とも話をし、しばらくご検討なさいますか?との先方の提案もありましたが、その場で修理をお願いし、保険を使うことで依頼しました。
年末の忙しい時期にも関わらず、一週間足らずで修理が完了し、昨日納車されました。
完璧な修理で満足したのですが、それ以上に驚いたのは、ほかの気になる傷も修復してくれていたこと。
今回の依頼をする折、修理工場さんに、別の場所でちょっとこすった部分も一緒にできませんかと聞いてみたのですが、今の車両保険の審査は厳しく、場所が離れていると「事故二回」という計算になり、それぞれに3等級落ちとなるうえ二回目と判定されたほうの免責金額が増大するので、我慢できるのであればやめたほうがいいと思います、というアドバイスををもらっていたのです。
従って、今回の修理が終わって戻ってきたら、タッチペンなどを使って少し塗料を盛りながら修復してみようと思っていたのでした。
それを今回の修理と併せて治してくれたのです。
メインの傷の補正ほどではないにしても、それなりの費用が掛かると聞かされていましたから、さすがに「大丈夫ですか?」とお聞きすると、
「年末でメーカーも休みに入ってしまうことが多く、パーツの調達が大変な時期なので、お客様が気持ちよく即断即決してくださったことがありがたかった。おかげで年内に売り上げを確定することができましたし、保険会社への報告もスムーズに終わりますから、この部分の修理はささやかながらお礼のサービスです」
とのこと。
聞けば、車両保険の絡んだ修理はごねるお客も多く、保険の免責金額やランクダウンによる費用との比較でなかなか実作業が進まないことがままあるのだそうです。
そのうえ値切ってきたりサービスを要求されるため本当に大変で、保険会社も支払いにはうるさいし、そんなこんなで部品の調達が遅くなり納車が遅れると「遅い!」といってクレームをつけられる始末。
「そういうこともあるので、今回はこんなに気持ちよく仕事をさせていただき感謝しているのです」
そういって修理工場さんは微笑んでくれました。

余り規模の大きくない修理工場さんの場合、大口の売り上げはなかなか確保が難しく、今回のような小さな仕事を数多く引き受けながら、それこそ馬車馬のように働いておられるのでしょう。
余分なパーツをストックしておく余裕もおそらくはなく、作業着手への判断の遅れは、売り上げはいうまでもなくそれに要する費用の確定にも大きな影響を及ぼすことになります。
支払額を少しでも抑えたい気持ちはわかりますが、必要以上にごねられるのでは業者にとってたまったものではありません。
しかし、今回の修理工場さんのお話をお聞きすると、そういう客は結構いるような感じです。

修理工場さんの温かな対応に感謝の気持ちでいっぱいになりましたが、反面、何とも世知辛い話だなと感じました。
確かにごねて費用を抑えたりサービスをさせたりすることも可能でしょうし、状況によってはそれが有効に働くこともなしとはしません(一種のネゴシエーションでしょうか)。
しかし、してやったりと満足するかもしれない客の思いはともかく、作業を請け負った側には嫌な思いが残るのではないでしょうか。
気持ちよく修理をしようという気持ちがなえてしまう可能性だってあるのかもしれません。
修理工場さんもプロですから、そんな感情で手抜きをすることはあり得ませんが、しこりは残りますよね。
そう思うと、ほんのちょっとした対応の違いで、こうして気持ちよく修理をしてくださったことの嬉しさはやはり格別です。
店と客という相反する関係とは云い条、所詮は人と人との付き合いなのですから、お互いに気持ちの良い関係を作るべきだなと、改めて感じました。
同じサービスでも、双方が喜んで感謝しあうものの方が格段に上なのですから。
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