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暑い日が続きます [日記]

暑い日が続きます。
館林では39度を超える暑さとなったとのこと。
体温を上回るどころか、先日、大腸憩室炎で発熱した私が陥った高熱にも匹敵します。
これでは熱中症が勃発しても不思議はありませんね。
都心ではここまで気温は上昇しなかったものの、34度は超えていて、灼熱の太陽が容赦なく照りつけました。
それでも風があったので、空気の重みまでは感じませんでしたが。

新しい職場の周囲も、幸いなことに多少の緑があり、このような散歩道もあります。
sanpo201507.jpg

職場を出て、ぐるりと散歩をすると、だいたい30分くらいで戻ってこれますので、昼休みに恰好の気晴らしができます。
今日のように暑い日でも、木陰の中を歩けばすがすがしい気持ちになれるもの。
その意味ではありがたい環境というべきでしょうか。

さて、前の記事でご報告いたしました通り、まともな疾病(という表現もおかしなものですが)で、六日間の入院を致しました。
入院先は近所の総合病院で、規模はさほど大きくはありませんが、救急医療の指定も受けていて、地域では割合知られた存在です。
私も風邪整形外科などで何度かお世話になったことがあり、親身な診療をしてくれる病院という印象を持っていました。

しかし、入院ということになると、さすがに不安は感ずるものです。
設備はどの程度整っているのか。看護体制はどうなのか。などなど。

結論から申し上げれば、予想以上に行き届いていたと感じております。

夜中に救急で駆け付けた時の当直がたまたま消化器外科の医師で、その先生が主治医になってくださったという幸運もあったのですが、非常に親身な対応で、病状の説明から治療方針に至るまでの丁寧な説明のほか、退院後の生活で念頭に置くべき注意事項や今後のフォローなどについてもわかりやすく説明してくださいました。
看護師の対応もまずまずで、病院の良しあしを、その規模やネームバリューのみで判断するのは大いなる誤りであると痛感した次第です。

24時間連続の点滴を四日間受け続けるというのは、私にとってはかなり過酷な治療で、最初に点滴の管を挿していた左手は、もともとひどい五十肩の症状があったこともあり、痛みと強張りで夜もろくろく眠れない状況に陥りました。
看護師の方にそのことを申し述べると、湿布薬を貼って下さり、それでも痛みがなかなか改善しない状況を鑑みて右手へと変えてくれました。
当たり前の対応なのかもしれませんが、少しでも苦痛を和らげて上げようというお気持ちが大変うれしく、具体的な効果よりもその思いやりに心が和んだことを思い返してます。

さて、病室には、看護師さん、ヘルパーさん、掃除の方など、病院勤務の様々な職種の方々が出入りされ、サービスをしてくれます。
当たり前のことですが、対応などに結構個人差があって、非常に興味深く感じました。
看護師さんとヘルパーさんは、やはり職責上のこともあるのか、それほどばらつきを感じませんでしたが、お掃除に来てくれる方はちょっと事情が違うようです。
朝、はきはきとした口調で「おはようございます」と入ってきて、「カーテンをお開けしてよろしいですか?」とききながら、こちらの返答を待ってベランダ側のカーテンを開けてくれる方は、床の掃除やゴミ箱の片づけもてきぱきと済ませて退出されます。
しかし、消え入るようなか細い声で何事かつぶやき、仕事をしていく方もおられました。
で、当然のことかもしれませんが、前者の方はてきぱきと仕事を済ませるのみならず、床にチリ一つ残しません。後者の方の掃除の後は、それが散見されたりします。
仕事に対する姿勢の違いというのは、やはりその質にも大きく影響するものなのだなあ、と感じました。

看護師さんは、時間帯によって担当の方がきめ細かく設定されています。
入院中にお世話になった看護師さんは5名ですが、24時間点滴ということもあり、真夜中に点滴バッグを交換するなど大変なお手数をおかけしました。
そんな中で、ちょっと違和感を感じたのは、患者に対する語り掛け方です。
以前、全身打撲で入院した折には、私自身が24歳と若かったせいもありあまり気にならなかったのですが、患者に対して友達口調あるいは子供をあやすような語り掛けをする方がおられました。いずれもベテランといった風情の女性の看護師さんです。
大部屋に入院しておりましたので、ほかの患者への対応も自然に耳に入りましたが、高齢者の方にも同じような対応をされていました。
若い方や男性の看護師さんは普通に敬語や丁寧語で接してくれていましたので、やはりどうしても違和感を禁じえません。
患者に対する親しみを込めた対応なのでしょうか。
60歳に近い頑迷な入院患者(私のことです)からすれば、現在はお世話になっていつつも、この入院という椿事が出来するまでは面識のなかった年下の方から、そういう口調で語り掛けられるのは、なんとも座りの悪い思いをしたものです。
因みに医師の方は、終始、普通に敬語や丁寧語で接してくれました。
何か意識の違いなどもあるのでしょうか?未だにあまり納得ができていない状況です。

とにかく安静を第一!なので、日がなベッドに横たわる生活でした。
点滴をしていますから、長時間本を読むのも不都合があります(起き上がって本を読んでいると、微妙に点滴の流れが阻害されるのか、しばしば血管から血液が上がってきたりします)。

そんなわけで、iPodでの音楽鑑賞が一番の慰めでした。
何しろ時間はたっぷりあるのですから、マーラーやブルックナーなどの交響曲も聴き放題です。
寝付けない夜に聴く音楽は、バッハが最適でした。
ゴルトベルク変奏曲などという、そのものずばりの睡眠導入曲ももちろん効果はあるのですが、一番気持ちが安らいだのは、独奏ヴァイオリンのためのソナタとパルティータ全曲集。
ヘンリック・シェリングによる古い録音ですが、心に沁みとおっていくような「呼吸」を感じさせてくれます。

ベッドに備え付けのテレビですが、1000円のテレビカードを挿入して鑑賞するようになっています。
冷蔵庫と一緒に使用料を精算できるので便利ですね。
因みに、冷蔵庫は24時間で100円。テレビの方は1時間で100円でした。
そのテレビですが、ニュース以外はほとんど観ることはなく、ほかには「天皇の料理番」を観るにとどまりました。
自宅に家内と一緒にいるときには、ずっとテレビはつけっぱなしにしていましたが、あれは惰性だったのだなと、しみじみ思った次第です。

入院生活は思ったほど苦痛ではなく、それはやはり先にも書きましたが病院に働くスタッフの皆様方の献身的なお働きによるものなのでしょう。
医療現場はどこも大変だといいますが、とりわけ入院患者が高齢者で占められやすい地域の総合病院はご苦労が多いものと思います。
私の入院した病院でも、入院患者の多くは高齢者でした。
中には、老人施設と行ったり来たりという患者さんもいて、ご家族を含め心労著しかろうと感じます。
大学病院などでの不祥事がしばしばマスコミに喧伝されますが、医療現場に従事されている方々は、本当に純粋に患者の快癒を願って努力しておられます。
そのことを改めて目の当たりしたことも、今回の入院での大きな収穫でした。

いずれにしても、夜間救急の果ての入院で、ほかに選択肢が考えられなかった中、この病院にお世話になることができてありがたかったとつくづく思い返しています。
日頃病院に行くことなどなかった私ですから、なおさらその思いが強く感ぜられるのかもしれませんが。

退院して六日間。
お腹の調子は快調で、今のところ全く問題なく過ごしております。
三日間の絶食とその後のお粥治療の効果によるものか、4kgほど落ちた体重も増えていません。
お腹のことを気にしてゆっくり噛んでいると、あまり量を食べなくても満腹になるようです。
これは思わぬ効果で、食生活を見直す良いきっかけとなりました。

それにしても、三日間の絶食。
振り返ってみると私としてはかなり厳しい治療であったように思いますが、点滴のおかげでさほど空腹感は感じませんでした。
それでも、「天皇の料理番」を観ていて、登場する料理に思わず引き込まれて「あー、おいしそう!」などとと思ってしまいましたが。
もう一つ、私は花粉症もちですし、アレルギー性鼻炎の傾向があるのですが、絶食期間中は、鼻水すら全く出ませんでした。
それが、重湯を食べた日から出だしたのです。
絶食期間中は、恐らく必要最小限のエネルギー消費で体を維持していたのでしょう。人間の体というものは、誠に不思議なものと、これも改めて気づかされた事柄でした。

タグ:入院
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入院しておりました。 [日記]

10日間、顔を拝むことのできなかった太陽が、今日は誠に力強く初夏の光を放ってくれました。
いくら梅雨とは云い条、長い間厚い雲に覆われていたのでは、やはり気持ちも沈もうというものです。
それ故にこの晴天はありがたい限りでした。

体調を崩し、昨日まで入院をしていました。
病名は大腸の「憩室炎」。
腸の中に窪みができ、そこに老廃物などが溜まって炎症を起こす、というものです。
何となく、虫垂炎に似ているような気がします。

数日前からお腹が張るような感じがあり、どちらかというと便通の良い私でしたが念のため効き目が穏やかな下剤を飲んでみました。
便秘というようなことにはなっていませんでしたが、お腹の張る感覚はどんどん進行していきます。
たまたま友人と飲む約束があり、お酒でも飲めば、少しはお腹の動きも活発化するかな、などと気軽な気持ちで飲酒。
友人と別れて帰宅する折、お腹の張りは痛みに変わってきました。
雨の降る寒い夜で、電車を降りたあたりから悪寒が走るようになり、ガタガタ震えながら帰宅。
お腹の張りと痛みは解消されていませんでしたので、やむを得ずコーラックを飲むことにしました。この段階でも、何となく便通の滞りが原因だと思っていたのです。
余りに寒くて、早々に寝床に潜り込んで寝たのですが、夜中の1時過ぎ、腹痛が激しくなり、熱を測ってみると39度まで上がっていました。
これは尋常ではないと家内がいい、近所の総合病院の夜間緊急受付に連絡。対応してくれるということで、タクシーを呼んで出かけました。
当直の医師が、たまたま消化器外科の先生で、大腸炎の疑いがあるので、今日は応急措置として鎮痛剤と抗生剤の点滴投与を行うが、明日、改めて消化器外科にかかるようにとのこと。
2時過ぎから6時まで点滴を施され、帰宅。
まんじりともしない朝を迎えて、翌日、痛むお腹を押さえながら改めて診察を受けました。
血液検査や尿検査のほか、腹部のレントゲンとCTスキャンを受け、どうやら大腸の憩室炎である可能性が高いとの診断結果です。
解熱剤・鎮痛剤のほかラックBを処方してもらい、翌日の朝一番で抗生剤の点滴を受ける予約をして、この日も帰宅。
昼過ぎくらいまでは38度を超える熱があったのですが、点滴や解熱剤の効果もあってか、夕方には平熱まで下がり、体も楽になりました。
夕飯にお粥などを食べて、入浴をし、明日は朝一番で点滴をして出勤するか、などと気楽に考えて就寝。

ところが、夜中の2時くらいから、またまた腹痛が激しくなり、熱も38度にぶり返します。
辛い夜を過ぎて、翌朝、痛むお腹と高熱に耐えながらとぼとぼと病院へ。家内からは、点滴を受けるときに今の症状をきちんと病院に伝えて診察を受けるようにときつく進言されました。
家内の進言を俟つまでもなく、点滴を終えた後に診察を受けるように言われ、その折、症状を伝えると、白血球の値も異常に高く炎症が激しいので入院して治療した方がいいとのこと。
とにかく絶食で腸を休ませ、抗生剤を投与して病原菌を叩く。そのためには入院治療が一番効果的なのだそうです。

ああ、入院か、と、やはりショックはありましたが、この状況ではやむを得ません。その日の午後に入院をするということで手続きをし、いったん帰宅して用意をすることにしました。
なお、帰宅に当たっては、入院手続き後ということもあってか、「外出許可」を担当医師からもらう必要があります。まだ、病室も聞かされていないのに、ちょっと変な感じがしました。

それから三日間、水分以外の食物を禁じられ、整腸剤や栄養補給と抗生剤投与のための点滴をひたすら繰り返します。
24時間の点滴はさすがに厳しいものでした。
なにしろ私は、そもそも点滴などこれまで二回しか受けたことがありません。注射も苦手ですし。

入院に関しても33年ぶりの経験で、しかも33年前の入院は滑落による全身打撲。内科での入院は初の体験です。
前回の東京オリンピックの折(1964年)、集団赤痢に罹患して山奥の隔離施設に隔離された経験がありますので、あれが内科的な入院といえばいえるのかもしれませんが。

三日間の絶食後、お腹の痛みもかなり和らいできたこともあって、四日目にようやく経口食。重湯にありつくことができました。
重湯というものは全くの初体験でしたが、やはり口が飢えていたのでしょう、何とも滋味深く感ぜられ感動。
朝・昼と重湯で、夕飯になって三分粥となり、しばらくぶりにお米の姿を拝みました。
この日の晩に至って、ようやく24時間点滴からも解放されました。

翌日には五分粥となり、おかずも次第にしっかりしたものになってきます。
食べられる喜びをしみじみ感じながら、健康でいることのありがたさを実感しました。

この日、担当医から、明日の午前中には退院できると聞かされ、ほっと一安心。
しばらくは、常識的に消化の悪いものや極端な刺激物を避けるようにとのこと。お酒は?と聞くと、少しならOKとのことでした。

翌日の朝、最後の抗生剤点滴を終え、退院。
小雨のぱらつくあいにくのお天気ではありましたが、ようやく「娑婆」に帰れたような、不思議な感動がありました。

何とはなしに自分とはかかわり合いのないものだと思っていた入院。
実際にその当事者となってみると、いろいろな発見がありました。
それについては項を改めて書き記してみたいと思います。


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