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熊本で震度7! [日記]

四月も中旬となり、ソメイヨシノの花は散ったものの、八重桜が見ごろを迎えています。
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ハナミズキも盛りとなりました。
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そんな春爛漫の折に、驚くべき大災害が勃発。

何と、熊本で震度7という大地震が発生しました。

最も揺れの大きかった益城町では倒壊や火事に遭った家屋が続出し、九州自動車道も一部で断絶や崩落が起きています。
この地震でお亡くなりになった方は現在のところ9名とのことですが、これ以上の被害が拡大しないことを祈るばかりです。

私は、1999年から2001年まで、熊本市に勤務しておりましたので、昨晩、NHKのニュースでこの地震の発生を知り、驚愕しました。

大切な友人がたくさんいますので、即座に連絡を取ろうと試みたのですが、当然のことながら電話はつながらず、とにかく無事を祈る事しかできませんでした。
それでも、何度か試みるうちに何人かの友人と連絡が取れ、昨晩はとうとう連絡が取れなかった人とも、今日の早朝に連絡が取れた次第です。
ありがたいことに、全員けがもなく無事でした。
ほっと安堵はしましたが、家の中はぐちゃぐちゃになってしまった、などの話を聴き、これからが大変だろうと胸が痛む思いです。

地震直後の混乱の中で電話をかけるなど、考えてみれば非常識な話で、いくら狼狽えていたとは云い条、相手方には大変なご迷惑をかけてしまいました。
そのことを、今朝、落ち着いてからお詫びしたのですが、心配してくれてうれしかったと、社交辞令かもしれませんけれども応えていただき、今さらながらに友人たちの優しさに感謝しております。

私ども夫婦は、一組だけですが仲人を務めさせていただいた経験があり、その貴重なカップルが熊本に在住しています。
40台に差し掛かる働き盛りで、一昨年に新居を構えたばかり。
真っ先にこの夫婦と連絡を取ったのですが、ご主人はたまたま鹿児島に出張中で、奥様と二人のご子息がダイニングテーブルの下に身を寄せて余震をやり過ごしたそうです。
100回を超える余震が続く中、明け方までは長い時間がかかったと思いますが、今朝ほどメールがきて、「主人が不在で不安を感じている中、お電話を頂き心強かった」と書かれていました。
また、不幸中の幸いながら、新居への被害も全くなかったとのこと。もちろん、ご自身もご子息も無事。
これを読んで不覚にも涙にくれてしまいました。

南九州でこれほど大きな地震が起きたのは、私は寡聞にして知りません。
もともと巨大な火山帯で形成されていて、各地に断層も走っていますから、このような地震があってもおかしくなかったのかもしれませんが、やはり大変意外に感じました。
余震の多さが非常に不気味で、群発の虞も考えられるように思います。
何とかこれ以上の被害の拡大がないことを、そして、被災された皆様が一日も早く「普通の」「当たり前の」生活に戻られますことを、心よりお祈りしてやみません。

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バルビローリ&ウィーン・フィルのブラームス交響曲全集 [音楽]

穏やかなお天気になりました。
昨日は肌寒かったので、特に春の温もりを感じます。

そんな肌寒いさなか、お花見に出かけました。
アークヒルズの桜坂を起点にしましたが、ライトアップもなされていてなかなか感動的な眺めでした。
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もうだいぶ古い情報で恐縮ですが、サー・ジョン・バルビローリ指揮ウィーン・フィルによるブラームスの交響曲全集のCDが発売されました。


1966年から67年にかけてのセッション録音で、4つ交響曲のほかに「悲劇的序曲」「大学祝典序曲」「ハイドンの主題による変奏曲」という「定番」の曲目もセットされており、三枚組で1470円と、信じられないほどのお買い得品です。

バルビローリはイギリスの出身ですから、ヴォ―ン・ウィリアムズやディーリアスといったイギリス音楽を得意としたのはもちろんのことですが、ブラームス、マーラー、シベリウスの作品でも超絶的な名演奏の録音を残しています。
客演したベルリン・フィルのメンバーを感激させ、是非にと楽団員から望まれて録音したマーラーの交響曲第9番は正に歴史的な名演ですし、オケの性能としては少し見劣りのするハレ管弦楽団を指揮したシベリウスの全集録音も素晴らしいものでした。

オーケストラから「是非に!」と望まれる指揮者は本当に幸せ者だと思いますが、もちろんそれは当人にそれだけの素晴らしい資質が備わっているからにほかなりません。
ウィーン・フィルのメンバーも、バルビローリを「神がかり的」と讃えて、この録音を残した。
その両者の想いがたっぷりと詰まった演奏といえるのではないでしょうか。

ウィーン・フィルが古今東西を通じて一流のオーケストラの一つであることは論を俟ちませんが、私個人としては、特に1960年代の響きの素晴らしさが強く印象に残っております。
典型的な演奏として、例えばシューリヒト指揮によるブルックナーの交響曲第8番と第9番の録音があります。
この弦の美しさは、殊に筆舌に尽くしがたく、始めてレコードで聴いたときには思わず涙があふれてきたものです。

このブラームスの交響曲全集に話を戻しますと、いずれもまことにユニークな演奏ではないかと思います。
バルビローリの演奏には独特の「ため」のようなものがあり、それゆえに例えば第1番などは人によって好みが分かれるのではないでしょうか。
私も、第4楽章の終結部のコラールを聴いたとき、そのたっぷりとした表現にちょっと驚いたものです。
しかし、決して冗長なわけではなく、バルビローリにとって必然ともいうべきいき方なのでしょう。
始めは驚きましたが、聴きこむほどに引き込まれていく演奏です。
第2番と第3番も、文句のつけようもない素晴らしさです。
第2番は、この曲における決定版の一つではないかと思われますし、弱音の表現に拘った第3番も、「なるほどこの曲はこういう曲だったのか」と改めて気づかせてくれる演奏です。
そして第4番!
これは聴いていて胸を鷲掴みにされるような演奏でした。
ブラームスの交響曲の中でも、私は特に第4番がお気に入りで、レコードやCDも数多く所持しておりますが、これはそのトップクラスに位置する演奏だと感じております。
私は以前、チェリビダッケがミュンヘン・フィルを率いて来日した折に、この曲の実演を聴いたことがあります(1986年10月)が、これは全身寒気立つほどの超絶的な演奏でした。後にも先にもこれをしのぐ実演に巡りあうことはないだろうと確信したほどです。
それでも、レコードやCDに限って云えば、すぐさま数多の名録音を想起することができる。
そのかずかずの名録音の中に、このCDも入りました。

バルビローリは、1970年、ニュー・フィルハーモニーを率いて初来日をする直前に心臓発作で逝去します(享年70歳)。
その来日を楽しみにしていた日本の音楽ファンの失意は如何ばかりだったことか。その当時中学生だった私は、当然、この名指揮者の名前も知らず、もちろん、来日が実現していたとしても、当時の環境を慮れば聴きに行くことはほぼ不可能であったと思います。
それでも、こうして残された録音を聴くことができ、その瞬間、時間は無意味なものとなる。すごいことだなとしみじみ思います。

ブラームスが、交響曲第1番を作曲するのに二十有余年をかけたのは有名な話です。
ベートーヴェンが、このジャンルにおいて不滅の傑作を9曲も残したことから、これを超える作品を作れる目途が当時の作曲家たちには全く立たなかった。
ブラームスは、バッハやヘンデル、ハイドンやモーツァルトなど、バロック後期から古典派までの作品の研究や改訂を熱心に行っていたことから、交響曲というジャンルで一端の作品を作り上げる難しさをもまた痛感していたことでしょう。
何度も何度も書き換えてようやく完成した第1番も、ハンス・フォン・ビューローの「ベートーヴェンの第10番目の交響曲」という賛辞(皮肉?)を俟つまでもなく、その影響から完全に解き放たれるわけにはいきませんでした。
第1番を聴いた友人から「第4楽章はベートーヴェンの亜流のようだ」といわれたブラームスは、「そんなことはロバにだってわかるさ」と吐き捨てたそうです。
そうした葛藤を経て、第2番・第3番と発展を重ね、ついに不滅の第4番の交響曲に至る。
ブラームスの交響曲を聴いていると、なんだかそうしたブラームスの深い想いがひしひしと伝わってくるような気がしてなりません。

そういう、完成度の高い曲だからということもあるのでしょうが、ブラームスの交響曲は、実力のあるオーケストラが演奏した場合、あまり指揮者を選ばないような気がします。
つまり、楽譜に書かれた指示を守って正確に演奏すれば、ほとんど破綻なく聞かせることができるのでしょう。
私が苦手としているカラヤンでも、ブラームスの交響曲だけはあまり抵抗なく聴くことができました(尤も、ほかに聴きたいレコードやCDがたくさんあるので実際にはほとんど聴くことはありませんが)。
そうであるだけに、個性的でありながらも心を揺さぶられる演奏というものにはなかなか出会えません。
このバルビローリ&ウィーン・フィルの演奏は間違いなくそうした演奏のひとつであると、私は確信しております。
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