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桜の花が咲き始めました [日記]

春分の日には時ならぬ降雪に見舞われ、真冬に逆戻り。
その前には初夏のような気温と、このところお天気が目まぐるしく変わります。

それでも春は着実な足取りでやってきているようで、お昼休みにウォーキングに出かけると、桜の花が咲いていました。
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レンギョウも咲いています。
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ミツマタの花も盛りです。
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後ろの方にはユキヤナギの花もありました。
肝心のミツマタの花がぼけてしまったのはご愛嬌ということでご容赦ください。

二月の初め、連れ合いにがんの転移が見つかりました。

入院・手術を行った後、これからの治療について、二か所のセカンドオピニオンをお願いするなど慌ただしい状況が続き、また、私の精神状態が不安定であったことなどもあって、このブログの記事をアップする気力がなかなか湧いてこず、ひと月以上もご無沙汰をしてしまった次第です。

気丈な連れ合いも、今回のことはかなりのショックだったようで、さすがに無理もないことでしょう。
それでも、常に変わらず家のことなどもきちんとこなし、その合間に病院に通うなど、我が連れ合いながら改めて頭の下がる思いです。

当面の治療方針は決まりましたが、最初の時とは違って、どうするのかの最終的な判断は私たち夫婦に委ねられました。

最初のときには自信をもって手術を執刀し、その後の治療計画も示してくださった担当医ですが、「これが確実」というような効果を望める治療法がないことから、どうしてもこのような対応にならざるを得ないのだろうと思います。

セカンドオピニオンで伺った医師の助言も参考にして、二人でいろいろと考えた末の結論。

もちろん、私は効果があるものと信じておりますし、連れ合いにもそのように話しました。
もともと医療関係の仕事に就いていた連れ合いですから、ある程度の冷静さを以て決断を受け入れたようです。

前にも申し上げましたが、精神面で私は連れ合いよりもはるかに脆弱だと思っています。
先月の診察結果を聴き、その時にはさすがに目の前が真っ暗になりました。

しかし今回ばかりは私が落ち込んでいるわけにはいきません。
精一杯頑張るつもりです。

そんなわけで、このブログの更新もままならず、ご訪問も滞るのではないかと思います。
その点何卒ご容赦ください。


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石牟礼道子さんが亡くなりました。 [日記]

作家の石牟礼道子さんが亡くなりました。

石牟礼道子さん死去 水俣病を描いた小説「苦海浄土」

享年90歳。
ご高齢とはいえ、旺盛な執筆活動は衰えを見せなかったと云いますから、誠に残念です。
心よりご冥福をお祈り申し上げつつも、無念の想いは止められません。

「苦海浄土」や「天の魚」が世に問われたころ、私は中学生でした。
そのころになって、テレビなどでも水俣病について掘り下げた特集が組まれるようになり、多感な年頃だった私は、人為的な要因によって引き起こされた「公害病」の恐ろしさとその元凶となった企業などへの怒りで体が震えたものです。
何しろ当時は、至近距離にあった諏訪湖でもカドミウム汚染が進んでいたのですから。
書籍などで関連の記事を読み、テレビでの特集を見ながら、あまりのショックに涙を流し、母からたしなめられたほどでした。

1975年、就職のため上京した私は、当時猖獗を極めていた光化学スモッグに何度も遭遇しました。
体に直接の被害を覚えたわけではありません(明確に自覚しなかった)が、光化学スモッグ注意報などが出された折にはなるべく外出を控えるなどの対策を取ったように記憶しております。

私がきちんと「苦海浄土」「天の魚」の二作を読んだのはその頃のことです。
書かれている内容そのものはあまりにも悲惨ですが、石牟礼さんの文章はまるで詩のような情感に溢れ、ある種のメルヘンを読んでいるかのような錯覚を覚えました。
作品の中では、水俣病患者の方々のモノローグのように扱われた記述がたくさん出てきますが、これらは実際に患者の方々が語った肉声そのものではなかったそうです。
患者の皆さんからいろいろな話を聞き、様々なやり取りをする中で、石牟礼さんが心の中に感じ取った患者さんたちの想いをあのような形で文字にとどめた。
背後にある事実関係などは克明かつ正確に描写されていますが、それを叙述する登場人物の言葉は石牟礼さんを通じて紡ぎだされたもの。
そんなことから石牟礼さんを「患者さんたちの想いを伝える巫女」と評した方もおられるようですが、正に宜なるかなというところです。
この著作の中で、私はとりわけ、亡くなった女性患者の解剖のシーンが印象に残っています。
生々しくも酸鼻を極めるような光景の描写にもかかわらず、私はそこになんとも表現のしようもないエロティシズムを感じ取ったのでした。
二十歳にも達していない若造ゆえの煩悩のなせるところであったのでしょうか、私はしばらくの間、そのように感じた自分を許しがたいほど穢れた人間だと蔑んだものです。
しかし、還暦もとうに過ぎてしまった今の自分から顧みれば、石牟礼さんの文章の持つ豊かさと強さが若造の心を揺さぶったのではないかとも考えています。
私は石牟礼さんの文章の美しさに心を打たれ、「陽のかなしみ」「天湖」「海と空のあいだに」「十六夜橋」などの著作をむさぼるように読みました。
優れたルポルタージュや小説を数多く生み出されましたが、私は彼女を作家というよりも「詩人」としてとらえたいと思います。

残念ながら私は、まだ、能「不知火」を未見です。
何とか観劇の機会を見つけたいと、改めて思いました。

今でこそ「環境立国」などと嘯く日本ですが、足尾銅山鉱毒問題以降、数限りない公害問題を引き起こし、その都度、国家や政府や自治体などは原因企業側に立って、被害者や支援者を弾圧してきました。
さらにひどいことは、直接の被害を受けなかった人々が「(原因企業などは)国家や地元に利益を還元してくれている」からと、企業側に立ったことでしょう。
原因不明だった頃には、公害病を「伝染する業病」だのと言い募って差別し、患者の隔離や村八分的対応に突き進む。
企業による廃液や煤煙などが原因だとわかっても、その企業が倒産したりすれば地域経済に深刻な影響が及ぶからといって、あろうことか患者側に自粛を求めたりする。
国や自治体は、直接に患者を支援すれば責任を認めたことになるので、例えば原因企業に対して解決用の資金などを迂回融資してお茶を濁し、企業が責任を負う形に固執する。
さらに当該企業に融資している金融機関に対して利子の減免などの特別措置を強要し、とにかく企業を延命させて責任を取らせようとする。
こうした複雑な仕組みを運用することによって、真の責任の所在をうやむやにする。
何だか、学校などにはびこっている「いじめ」と軌を一にしたような話ですね。

いくつもの公害病を何とか克服してきたこともあって、さすがにそういうひどいことはなくなりつつあるのかなと思っていたら、福島原発事故の発生で、その性根は全く変わっていないことが暴露されてしまいました。

石牟礼さんの著作、殊に水俣関連のそれは、そういう我々の醜さを自省する上からも読み継がれていくべきものと思います。
「脚下照顧」この言葉を忘れたくないものですね。





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紅梅 [日記]

昨日は、まだまだ気温は低いのですけれども、陽射しのある所は春の温もりを感ぜられました。

所要があって関内に出かけた折、横浜公園で紅梅の花を見かけました。
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久しぶりに接する梅の香りです。
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自宅の近所にあった梅林が、建売住宅建築のために切り払われてしまい、いつもなら一月の中旬くらいに接する梅の花と縁遠くなってしまいました。

そんなわけで今年初めて紅梅の花に出会えたことになります。

春の息吹を感ずるのは人それぞれなのでしょうが、私はどうやら花の香りがそのきっかけになっているようです。

最初に出会うのは水仙の香りですが、これはあまりにも儚くてそれ故に愛おしい。

そして梅の花の涼やかな香りが漂い、やがて沈丁花の甘やかな香りに接する。
そんなころに目白に出会ったりすると、ますます春を感じますね。

そういえばずいぶん陽も長くなりました。
近くの土手にはきっと蕗の薹が顔を出していることでしょう。


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皆既月食 [日記]

昨晩、3年ぶりの皆既月食が繰り広げられました。

首都圏では曇りの予報だったのですが、これは見事に外れ、私も久しぶりにあかがね色の満月を見て大満足です。

一応、デジカメで写真を撮ろうと思ったのですが、やはり手振れでなかなかうまく撮れませんでした。

これは半分くらいかけてきた状況。
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皆既月食中です。
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皆既月食は一時間以上にわたり、23時を過ぎる頃、端の方から月の光が返ってきました。

例年にない冷え込みが続いています。

今日も午後から雪が降り、明日の明け方まで降雪があるとのこと。
先日のような大雪にはならない予報ですが、交通機関への影響が心配です。
何とか通勤の足だけはあまり乱れないようにと願うばかりです。

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首都圏の大雪 [日記]

首都圏に大雪が降りました。

私の職場近くでも、18時くらいでこんな状況です。
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20時30分頃の自宅付近はこんな感じ。
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通常1時間強の通勤時間が昨日の帰りは2時間半を上回り、車内は大混雑。
予報では、夜遅くなるほどに降雪量と風が強まって交通機関に重大な影響が出る、といわれていましたから、通勤客も早めに帰宅の途に就こうとしてのでしょうね。
連れ合いに聞いたところでは、16~17時頃の混雑や遅れもひどく、急行電車などの運行をやめて対策をとっていた鉄道会社も処置なしだったとのこと。

自分もそうなのでこんなことを書くのは天に唾するようなものですが、あれほど前から大雪になって首都圏の交通機関は大混乱に陥る、とアナウンスをされていたのに、どうして出勤するのでしょうかね。
思い切って自宅待機すればいいし、それが普通の対応になれば交通機関の混乱もだいぶ緩和されることでしょうに。
私自身も、「別にそれほど急ぎの仕事があるわけでもないし」と思いつつ、結局のところ出勤したので、とても言えた義理ではないのですが。
これはつまり、「平日に出勤する」という習慣が染みついていて、とにかくそのルーティンをこなすことが日々の目的と化しているからなのかもしれません。
習慣や癖というものはなかなか治らないそうで、「毎日出勤する」という社畜じみたものが40年以上も習慣になっている自分の身を改めて振り返ってしまいました。

今日は一転して晴天。

朝の内は冷え込んでいたものの、陽射しを受けて気温も上がり、過ごしやすい気候になりました。
こんな記事もあって、一夜明けた幻想的な首都圏の雪景色はなかなかです。

4年ぶり大雪で東京が雪景色 夜の浅草寺や朝霧に包まれた多摩川河川敷など、SNSで話題の風景写真

道路の雪は大半が片付けられ、ソールパターンのある靴であれば問題なく歩けます。

その雪の片づけですが、歩道など道路の雪に関して、きちんと除雪されているところと放置されているところがくっきりと分かれ、非常に興味深く感じています。
これは、例えば晩秋から初冬の頃の落ち葉の片づけにもつながりますが、きちんとした会社のオフィスの前やスーパーの前の歩道などは比較的早い時間から除雪(片付け)がなされていました。
マンションのような集合住宅では、恐らく管理組合や管理会社の質の差によるものだと思われますが、きちんと片付けがなされているところと放置されているところが、これまたくっきりと分かれます。
学校では、私立の名門校などは校舎周辺で入念な片づけがなされていますが、公立校ではあまり徹底しているとはいえないようです。

それから相対的にルーズな印象があるのはファストフード店。
中でも「ま〇や」などは完全な放置状況です。

コンビニでも、「○ーソン」などは朝早くから店員が雪かきをしていましたが、「セ〇ンイレ〇ン」などは、お昼ごろになってようやくスコップを片手に雪を片付けている姿が見受けられました。
恐らく、お店のオーナーの姿勢の違いなのでしょうが。

また、おしゃれなレストランの前だけが雪かきがなされていないのをみたりすると、どんな料理やサービスを提供してくれるのかわかりませんが、こうしたあたりの態度にその店のサービスの質が現れるのではないか、などと意地悪く考えてしまいました。
半面、昔ながらの食堂やお惣菜屋の前はきちんと除雪がなされており、客商売の心意気の奥深さみたいなものにふれたような気もします。

私の生家である八ヶ岳山麓の町は、それほどの降雪量はありませんが、やはり冬には雪かきがしばしば必要になります。
子供の頃、早朝に有線放送でたたき起こされ、寒さに震えながら地区総出で道の雪かきをしました。雪かきは、地区のそのほかの共同作業に比べて軽い仕事でしたから、たいていの家では子供がその役務を担っていたわけです。
早朝に実施するのは、云うまでもなく自分たちの通学に支障が出ないため。
雪の降る地域では、それそれの地区の共同作業で公共部分の雪かきをするのが当然でしたが、そうした田舎よりもはるかに人口も多く家もたくさんある都心でそういう共同作業が実施されないのはどうしたわけなのでしょうか。

「自分の庭先だけをきれいにする」

そんな言葉を仕事の世界ではしばしば聞きましたし、そうした事例も数多く見てきましたが、歩道などに点々とまばらに残る雪(或いは落ち葉)の情景を眺めていると、その言葉が俄かに現実味を帯びてくるように感ぜられました。

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2018年、本年も宜しくお願い申し上げます [日記]

新年、明けましておめでとうございます。
本年も何卒相変わらずのご愛顧をお願い申し上げます。

2018年となりました。
大晦日には雪も降りましたが、元旦は穏やかな晴天に恵まれました。

今、八ヶ岳山麓の生家に帰省しております。
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代り映えのしない、生家のベランダからの初日の出です。

富士山もくっきり見えています。
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大納会における日経平均株価が、6年連続で前年を上回るなど、経済の面では好調の波が続いている模様です。
しかし私たちを取り巻く環境は内外ともに不安定要素が高まり、カタストロフに向けた不気味な足取りが聞こえてくるような気もしています。

己を見失うことのないよう、今年もささやかながらも誠実に生きていきたいなと思います。
今年もよろしくお願いいたします。

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「一人ぼっち」で過ごす定年退職者の哀愁 [日記]

このところ、少し夏に戻ったような気温が続いています。
尤も、この週末には雨となりそこから秋冷を迎えるとのことですが。

この気候ゆえのことか、金木犀の花がずいぶん長くもっているような気がします。
私のお昼のウォーキング・コースでも、この時期はこの香りを楽しむことができますが、金木犀というと垣根くらいの感覚でいる私の思い込みを覆す大木が結構あり、ちょっと驚かされました。
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見事な風格ではありませんか。

ところで先日少し考えさせられる記事がネットにアップされていました。

「一人ぼっち」で過ごす定年退職者の哀愁、午前中の図書館、カフェ、ジム…

私の八歳年上の先輩が、リタイア後は図書館に出かけることが多くなった、とつぶやいていたことを改めて思い返しています。
10年以上前のことになりますが、出向先の職場近くにある図書館に、調べものがあって出向いたことがあります。
その図書館の近くには場外馬券売り場や歓楽街もあったためか、ホームレスと思しき方がかなりの数おられました。冬の寒い時期であり、なるほどここで寒さから身を守っているのだな、とちょっと納得したりもしました。
そうした方々とはもちろん事情は異なるのでしょうが、「することがない」「家に居場所がない」というのが理由の一つであるとするのであれば、なんだか少し寂しいものを感じます。
先に挙げた先輩は、「今まで自由になる時間がなかった。リタイヤしたことによって大好きな本が毎日好きなだけ読めるのが本当に嬉しい」と、心底嬉しそうに語ってくれましたから、「哀愁」というようなものとはだいぶ違うようにも思います。

しかし、これまで会社組織の中にどっぷりとつかり、人間関係もその組織の中でのみ構築されてきた人たちにとって、そうした「拠って立つ基盤」をなくした喪失感は想像を絶するものがあるのかもしれません。
 ただ、定年退職者を取材した時に、私の問いに正面から答えてくれた人たちのなかには、「毎日やることがなくて困っている」、「一番自由な今が一番しんどい」、「家で居場所がない」、「暇になったのに焦る」、「嫌な上司もいないよりはマシ」などと語られることがある。なかには「このままの毎日が続くと思うと、自分の人生は何だったのかと思うときがある」とまで発言した人もいたのである。
 
 彼らの発言と住宅地や都心をまわった取材を重ね合わせてみると、在職中は組織内での上司や同僚、部下との濃密な人間関係を築いているにもかかわらず、退職後はその関係が切れてしまい、自分の居場所が見つからなくなっている、ということだ。

うーん、これは深刻ですね。

1993年に公開された「僕らはみんな生きている」という映画では、主人公の高橋がゲリラの首領に対して啖呵を切るシーンがあり、その中に、退職するまで毎年300通来ていた年賀状がたった7枚に減ってしまい、正月の間、毎日郵便配達の来るのを玄関で待っていた父親の話が出てきます。
当時まだ30代の後半だった私は、この描写になんだかいたたまれないものを感じましたが、そこまで極端ではないにしても似たような慨嘆にふける向きもかなりあろうかと思います。

「自分の人生は何だったのか」。

そう感じてしまうのだとしたら、誠にやりきれない話です。

また、平日昼間のスポーツクラブが高齢者のたまり場になっているというくだりも、なんだか生々しいことですね。
 昼間であれば何回使っても定額のコースがあり、朝から夕刻近くまでクラブで過ごしている人もいる。サウナや浴場もあるので「昼食を持ち込めば本当にゆっくり過ごせる」という男性定年退職者もいたのである。
 
 以前、利用者の意見を掲示するボードに、「スポーツクラブだと思って入会したのに、ここは養老院なのか」と批判する意見が書かれた用紙が貼られていたことがあった。それに対して、クラブ側は「この施設はいろいろな世代の人に利用してもらうものです」と回答をしていたのを覚えている。こんな意見はわざわざオープンにしなくても良いと思ったが、批判する意見を書いた女性の気持ちは分からないでもなかった。

手厳しい意見とクラブ側の大人の対応とのコントラストに、思わず唸らされました。

さて、以前もこのブログに書きましたように、私は40年間勤務した職場を二年半前に退職し、全くかかわりのない新しい職場に再就職をしました。
現在の職場は隔週の土曜日がフル出勤なので、週末を自分の自由に過ごすことはかなり困難です。
山登りはもちろん、音楽を聴いたり映画を観たりする時間を確保するのも難しく、本すらもゆっくり読むことができない。
そんなわけで、もしも完全なるリタイアを迎えることになったら、今度こそやりたいことをとことんやってみたい!などと思っています。

この記事を読んで、なるほどと頷かされることも多かったのですが、「哀愁」とまで云えるのか。
むしろ一人でゆったりと自分の好きなことをしてみたい人も相当数いるのではないか、と感じている次第です。

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夏休み [日記]

夏らしくない雨がちのお天気が続きます。
レジャーへの影響もさることながら、農作物への影響が懸念されるところです。

転職後三年目となったこともあり、夏期休暇もまとまって取れるようになりました。
とはいえ、私の両親は高齢なので、まずは実家に帰ってこまごまとした作業をしなければなりません。
さらに連れ合いの実家にも所用があって帰省することになったので、夏期休暇はほぼそれだけで費消されてしまいました。

8月7日、月曜日なので高速道路も空いているだろうと甘く考えたのが大間違いで、なんと中央道では午前中に事故が三つも連続し、渋滞。
午後からは台風の影響による大雨で通行止。
幸い通行止になる前に実家に帰り着いたのでラッキーでしたが、両親につきあっての買い物では大雨に見舞われ、やれやれといったところ。
それでも、9日には晴天に恵まれました。
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風呂の掃除、お墓の掃除、物干し台の修理、ガスレンジと換気扇の掃除などをやって、私の実家から連れ合いの実家の会津に向かいます。
渋滞などはありませんが、大門街道から上信越道・関越道・北関東道・東北道を経由して行ったので、休憩込みで7時間かかってしまいました。
会津からは12日に帰って来ましたので、幸いにも目立った渋滞には引っかからず、これはありがたい限り。
しかし結局のところ、今回の帰省ではトータルで900kmくらいの運転(連れ合いは運転しないため、私一人です)となり、さすがにうんざりです。

13日には、運動不足解消のため、いつもの里山ウォーキング。
雨がちのお天気だったせいもあって、キノコがたくさん出ていました。

こんなのや、
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こんなのがあって、ちょっと驚きです。
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で、お目当てはもちろんこれ!
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かなりの豊作でしたので、少しだけ採取してきました。

一部は、チョリソーと一緒にバター炒めにし、その他はさっと茹でて冷凍にしたところです。
しばらくは楽しめそうですね。

連れ合いの実家では、予想通り、みんなの反対にあって沼尾沼への再来は残念ながら叶わず。
そういう時間も取れないようなタイトな帰省となりましたが、ありがたいことに家族・親族はみんな元気で、その点だけは嬉しく思っています。
歳を取ると、そういうことが一番気がかりになりますから。

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春を告げる花たち [日記]

冬の寒さが過ぎ去ったあと、穏やかな晴天が続いています。
昼休みの散歩の途上で、彼岸桜を見かけました。
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白モクレンの花も咲き始めています。
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沈丁花は盛りを迎え、ミツマタの花も見かけるようになりました。
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花粉も盛大に飛んでいて、花粉症の私にとっては辛い時期とはなりましたが、こうして春の花々に出会えるのは、毎年のことながらこの時期の喜びの一つでありましょう。

WBCで、日本チームが快進撃を続けています。
野球に対して人並み以上の関心を持っているわけではない私でも、本番前の状況から見てどんなもんだろうと危惧していましたから、さすがに驚いています。
各球団屈指のプレイヤーをそろえているとは云い条、ある意味では寄せ集めのメンバーなのですから、小久保監督の苦悩は相当なものがあることでしょう。選手に無理をさせて怪我でもさせたら大変なことになってしまいますし。
実際、否定的なコメントも各方面からかなり寄せられていたようです。
しかし、本番に入ってからのこの全勝での決勝トーナメント進出は、選手から相当な信頼を寄せられていなければ達成できなかったことでしょう。
そのことは、次の中田選手の言葉からも明らかです。

【WBC】中田が激白!「小久保監督に覚悟なかったら辞退していた」

曲者ぞろいのスター選手を統率していくために小久保監督がどれほど繊細な気遣いをしていたのか、本当によくわかるエピソードですね。
さらにそうした心遣いがきちんと選手たちに伝わって、それがこの快進撃につながっているとすれば、そこにもまた如何にも我々日本人が好みそうな風景が広がっているなと感じます。

大滝エージェンシーの社長である大瀧哲雄さんの言葉として、故中島らもさんがエッセイの中で紹介していた、

「オレがオレがのがを捨てて、おかげおかげのげで暮らせ」

を思い出してしまいました。
因に、「が」は「我」なのでしょうか。とすると「げ」は「下」なのかな?あるいは気遣いという意味での「気」?

それはともかく、私は、なんとなく昨年のリオ五輪における400mリレーの銀メダルを思い出しています。
あの時のメンバー、誰一人100m・9秒台を出している人がいない中で、そうした記録保持者をかわしての栄誉でしたね。

個を捨てて全体の勝利を目指す、などというと、なんだか「滅私奉公」とか「一旦ん緩急あれば義勇公に奉じ」みたいなことにつながりそうですが、そういうことではなく、今、その場において、何をなすことが求められているのか、そのことを常に自分自身のこととして考え行動する、ということなのでしょう。

上から押し付けられたものでは決してなく、メンバーの中から自然に醸成される目標と、それを達成するための個人の頑張り。

これはきっと、啻にスポーツに限ったものではないのだろうと思います。

その「目標」をはき違えないようにすることが非常に重要なのであり、また、そうした全体としての行動に及ぶ場合においても、一番大切なのは個々人それぞれの想いにあることを忘れないことなのではないでしょうか。

云うまでもないことですが、それぞれの個性が集まって組織は成り立つものであり、決して、組織があるから人が存在するわけではないのですから。
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箱根旅行 [日記]

三月になり、沈丁花の花も咲き始め、あの甘やかな香りを運んでくれる季節となりました。
それでも、時折冬の寒さがぶり返し、さすがに三寒四温の時期を痛感させます。
そろそろ鶯の声も聞こえてくる頃なのでしょうが、残念ながら私の周辺ではまだまだのようです。
仕事が終える18時頃、残照の中を駅に向かうとき、さすがに陽が長くなったなと感じますが。

さて、いささか古い話なのですが、二月の終わり、急遽土曜日に休みが取れることになったので、連れ合いと一緒に旅行に出かけました。
土曜日の休みが決まったのがその一週間前だったので、果たして旅館の予約が出来るのか不安でしたが、案の定、名のあるホテルや旅館は一杯。
JTBなどの割当枠もなかったので、これは難しいかなと思っていたところ、だめもとでじゃらんで検索をかけるたら、なんと「山のホテル」に一部屋空きがありました。
このホテルに関しては、連れ合いが前から泊まってみたいと言っていたこともあり、箱根旅行に行こうと考えた当初から検索をかけていたのですが、早くから満杯の状況。
恐らく、一週間前というタイミングでキャンセルなどが出たのでしょう。誠にラッキーといわざるを得ません。
宿泊料金はかなりの値段でしたが、すぐさま予約をしたのでした。

当日、余り時間に縛られたくなかったので車で出かけたのですが、なんと箱根新道で事故が発生し、午前中は通行止とのこと。
やむを得ず御殿場ICから乙女峠を越えた行ったのですが、余り顕著な渋滞にも巻き込まれませんでしたから、これは正解であったのかもしれません。

山のホテルのとなりには箱根神社があり、私はこれまで何度も箱根に行ったことがありながら、この神社に参拝したことがなかったので、ホテルにチェックイン後、早速出かけました。
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思いのほか、たくさんの人出がありました。
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神社への参拝を済ませたあと、連れ合いがずっと行きたいと思っていたという「サロン・ド・テ ロザージュ」に立ち寄りました。
芦ノ湖の湖畔にせり出すような絶好の立地で、山のホテルの付属施設のようです。
果たせるかな、かなりの人気で、順番待ちとなりました。
それでも、美味しい紅茶にケーキ、そして素晴らしい雰囲気を味わうことが出来、満足。
こういうゆったりとした時間を過ごすのはいつ以来のことだろうかと、ついつい芦ノ湖方面に遠い眼差しを送ってしまったところです。

山のホテルは、三菱財閥の四代目当主・岩崎小彌太の別荘がもとになっています。
それだけにロケーションは最高で、その雰囲気を大切に守ってきたという歴史を感じさせられました。
大浴場も、非常に落ち着いた雰囲気で、洗い場に個々の仕切りが設けられているなど、細かなところに神経が行き届いています。
食事はもちろんいうに及ばず、というところです。
夕食はもちろん、通常のホテルなどではバイキングみたいなものでお茶を濁される朝食に関しても、非常にサービスが行き届いておりました。
「ホテルライフ」などというものにはあまりなじみのない私ですが、できれば長時間をこのホテルで過ごしてみたいなという想いに駆られ、なるほどこのことをいうのだなと実感した次第です。

翌日は成川美術館に赴きました。
連れ合い共々お気に入りの美術館の一つで、収蔵作品ももちろんですが、休憩スペースからの眺めも素晴らしいものがあります。
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雲の多めなお天気でしたが、折よく富士山の姿を望むことが出来、これも大満足!

この美術館では、基本的に展示作品の写真撮影を認めています。
もちろんストロボの使用や自撮など、他人に迷惑の及ぶような撮影は御法度ですが、こういうおおらかな対応もお気に入り。
堀文子や森田りえ子といった「女流」の日本画家の競演も誠に見事なもので、こうした力作が一堂に会する機会はそうはありますまい。

また、平山郁夫・東山魁夷・加山又造・山本丘人といった日本画の大重鎮の作品も公開されていて、誠に見応えがありました。

それらの重鎮に並んで、この美術館との関わりの深い高橋新三郎氏の大作も展示されていたのですが、彼が好んで描いていた富士山の絵の即売会が行われていました。
私は絵画も大好きで、美術館や画廊を巡ったりするのも楽しみの一つです。
しかし、自分で絵を持とうとは余り思わず、我が家にある絵は、渓流釣の友人が描いた岩魚の水彩画と、従兄の知人が個展を開いた際にせっかくだからと購入したパステル画があるのみでした。
そんな私ではありましたが、何だか出会いのようなものも感じ、せっかくだからと富士山の絵を購入。
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めでたく我が家における三つ目の「アート」の座を占めることとなったのでありました。

今回の旅行では、二人でそれなりのお金を使ってしまいました。
一人一泊で30000円を超えるようなホテルに泊まるのはそれこそ20年ぶりくらいのことで、奇しくもそのときの宿泊先が箱根富士屋ホテル。
同じ箱根だったのだなと思い返しつつ、やはりお金にはかえられないサービスの質というものがあるものだと感じています。
いまはどうなのかわかりませんが、その折の箱根富士屋ホテルのサービスも誠に見事なものだったと、鮮烈に記憶しております。

いつもなら一泊二食付きでも10000円未満の宿を選んでしまうところを、今回は「清水の舞台から飛び降りる」覚悟でハイクラスな宿に泊まり、その延長で絵まで買ってしまった。
我ながら何と大胆なことかと苦笑を禁じ得ません。

それはともかくとして、ふと感じたことがあります。
冒頭にも書きましたように、このクラスのホテルはこの時期でも週末は予約でほとんど満杯でした。
私たちが泊まれたのもキャンセルなどの一瞬の隙間にうまくはまったからにほかなりません。
一方、湯快リゾートや大江戸温泉物語といった格安の宿も、週末などの予約はかなり困難なようです。
その割に、ちょうどその中間辺りに位置する価格帯の宿には比較的空室もあるらしく、つまりここでも消費傾向の差別化が進んでいるということなのでしょう。
クラス感のある対象か、それとも激安か。
消費性向は結構明確に分かれてきていますが、その辺りにこれからのマーケット戦略の方向性も見えてくるようで、なかなか興味深いものもありますね。

ところで、久しぶりの箱根旅行だったこともあり、その関連から、井上靖氏の短編小説集「愛」の中に収録されている「結婚記念日」を思い出してしまいました。
この小説は、妻を亡くした夫の回想の形で、つましい生活をしていた二人のささやかな箱根旅行の顛末が描かれています。
戦後の苦しい生活の中でもあり、新婚旅行などにはもちろん出かけることもなかった二人が、当時流行っていた懸賞金付きの定期預金で一万円(小説に描かれているのは昭和25年頃ですから、恐らく二ヶ月分くらいの月給にあたるのではないかと思われます)が当たったため、その半分を結婚記念日の旅行に充てようと考えたものです。
ちょっとほろ苦く、しかも、金銭的に厳しい時代をそれなりに生きて来た私たち世代には大いなる共感も呼ぶ内容で、車の中でその話を連れ合いにしながら、二人で「うーん、わかるなあ」などと盛り上がったところです。
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