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フルトヴェングラーとマーラー [音楽]

フルトヴェングラーの「ザ・レガシー」のことを先日取り上げました。


107枚のCDは、やはりかなりのボリュームであり、もちろんまだその一部しか聴けていません。
ベートーヴェンやブラームスやブルックナーの演奏は、既に所持しておりましたからどうしても後回しになりますし、ワーグナーに関しても、指輪などは聴きとおすためにもそれなりのエネルギーが必要で、まだそのままになっています。
しかし、こうして「いつでも聴ける」全集が手元にあるのは心強い限りで、ちょっと時間の空いているときなどに少しずつ聴いたり、入浴時に聴いたりと、それはそれで楽しみにしているのですが。
Furtwängler.jpg

この全集、これまで録音された音源のほとんどは網羅されており、フルトヴェングラー自身の作品である「交響曲第2番ホ短調」や「ピアノと管弦楽のための交響的協奏曲 ロ短調」も含まれています。
なかなかの力作で、フルトヴェングラー自身「自分の本来の芸術的目標は作曲家である」としておりましたし、恩師であったルートヴィヒ・クルティウスからも「指揮活動は(作曲のためには)才能の浪費である」と指摘されていたことなどもあって、相当打ち込んでいたものと思われます。
両曲ともかなり長いので聴きとおすためには一種の「覚悟」がいりますが、私は大変気にっています。
この2曲についてはいずれまた取り上げたいと思います。

そんな全集ではありますが、個人的に少し残念に思うことがあります。
それは、マーラーの作品が、フィッシャー=ディースカウと組んだ「さすらう若人の歌」のみで、彼の本質ともいうべき交響曲の録音が一曲も残されていないこと。
なぜなのだろう?
同じような疑問を抱く人は結構いるようで、その問いに対し、フルトヴェングラーと親交のあった近衛秀麿氏は

「彼(フルトヴェングラー)はマーラーをドイツ音楽とは考えていなかったのでしょう。あまりにユダヤ的だったから。だから取り上げなかったのです」

と答えています。
近衛氏が何を以て「ユダヤ的」といったのか、私には皆目見当がつきません。
ユダヤ人が作った曲だから、というのであれば、メンデルスゾーンの曲の録音がそれなりに残されていることとどう折り合いがつくのか。

実際、この記事によりますと、フルトヴェングラーは、第1番・第3番・第4番を取り上げていた時期もあるようです。
1920年代ですから、残念ながら録音も残っていないということなのかもしれません。
1930年代以降取り上げられなくなったのは、この記事でも触れられていますが、1933年にナチスが政権を掌握、その政権下におけるユダヤ人・ユダヤ文化排斥の影響によるものなのでしょう。
1933年4月、フルトヴェングラーは宣伝相ゲッベルスに公開状を書き、これを、当時はまだ比較的自由な論説を掲げていたドイチェ・アルゲマイネ・ツァイトゥング紙(ユダヤ人指揮者ブルーノ・ワルターの指揮禁止に対して彼を擁護した唯一のドイツ紙)に託しました。
公開状の内容は「芸術に対し、ユダヤ的であるかどうかの違いによって価値の区別をすることは間違っており、真の芸術家である以上それはユダヤ人であってもドイツにおいて表現の自由を与えらるべきである」というもので、これを見ても、近衛氏のお話の「ユダヤ的だから取り上げなかった」という下りには少し疑問を感じます。
有名なヒンデミット事件はその翌年のことですが、このときの「ヒンデミットの場合」というフルトヴェングラーによるヒンデミット擁護の論文の中では、もうナチスによるユダヤ人排斥についての批評は一言も述べられていません。
フルトヴェングラーがユダヤ人演奏家や芸術家を積極的に擁護したのは有名な話ですが、この時にはもうそんなことをとても主張できる段階ではなく、従って演奏会で(例えばマーラーの音楽を)取り上げることはもうとてもできるような状況ではなかった。
そういえば、このなヒンデミットの交響曲「画家マチス」初演も、録音としては残っていませんね。

さらに、ナチスによる反ユダヤ政策による圧力ももちろんあったのでしょうが、観客がそれを求めていなかったのではないかということも考えられます。
優秀なるアーリア人である自分たちの生活が改善されないのは、破壊分子であるユダヤ人の台頭によるものだ。ユダヤ人を排斥し、真の優等民族である我々の尊厳を取り戻すのだ、というナチスの主張に、不況にあえぐ人々は賛同した(何だか今の欧州や米国の状況に似ていますね、日本も危ないか)。
そんなうねりの中で、フロイトやハイネの著書も(彼らがユダヤ民族だという理由を以て)焚書坑儒の餌食にされたくらいですから、マーラーの音楽を演奏することなど、とても受け入れられるものではなかったのかもしれません。

ナチス政権下ではそうであったのでしょうが、それではなぜ大戦後もフルトヴェングラーはマーラーの交響曲を取り上げなかったのでしょうか。
音楽評論家の故宇野功芳氏は、フルトヴェングラーがマーラーの曲を指揮しなかったことに関し「マーラーはワルターに任せた」と云ったとの伝聞を紹介しておられましたが、真偽のほどはわからないながらありそうな話ですね。
指揮者というカテゴリーから云えば、ワルターとクレンペラーは正にマーラーに直結する弟子であり、この二人によるマーラーの演奏は今日においても少しもその輝きを失っておりません。さらにメンゲルベルクという巨大な存在もありました。
同世代にこれだけの表現者がいては、自身がそれを凌駕する演奏を聴かせることは難しいと考えた可能性も無きにしも非ずでしょう。

しかし、これは私の身勝手な憶測なのですが、ドイツやオーストリアでは戦後になってもマーラーの交響曲にあまり需要がなかったのではないかと考えます。
今でこそ、マーラーはコンサートにおけるドル箱のような人気曲となっていますが、あの巨大で一見難解な曲を普通の聴衆が好んで聴くまでには相当の時間が必要だったことでしょう。

フルトヴェングラーは、何よりもコンサートにおける演奏効果、平たく云えば聴衆受けを重要視したといわれています。
ストラヴィンスキーやプフィツナー、バルトークといった現代音楽も好んで取り上げましたけれども、その際にも観客が興味を引きそうなポピュラーな曲を併せて配置し、観客が退屈することのないように心を砕いたそうです。
そうした背景を鑑みれば、マーラーの長大な交響曲をプログラムに載せることにリスクを感じてもおかしくはありません。

では、ブルックナーの交響曲はなぜ取り上げたのか。

今の我々の感覚からすればかなり違和感はありますが、同じドイツ・オーストリアの音楽としてリヒャルト・シュトラウスと同様にワーグナーの流れを汲んでおり、従って独墺の聴衆には受け入れられるだろうと考えた。
フルトヴェングラーの使用楽譜が改訂版であったことからしても、その路線で観客に聴かせようとしたのではないかと思われます。
指揮者の朝比奈隆氏は、フルトヴェングラーからブルックナーを演奏する場合の版のことについてアドバイスを受け、それによってハース版を使うようになったそうですが、当のフルトヴェングラーは改訂版を使っていたわけであり、そこには恐らく葛藤もあったことでしょう。
フルトヴェングラーは、ブルックナーに関する論文も書いているほど彼の音楽を気に入っており、評価もしていました。
フルックナーの音楽を読み解くことは、指揮者としてはもちろん作曲家としても興味をそそられるものであったのでしょう。
今残されているフルトヴェングラーによるブルックナーの交響曲の録音を聴いても、その傾倒ぶりがわかるように思われます。

いずれにしても、私は彼の指揮によるマーラーの交響曲第9番と大地の歌をぜひ聴きたかった。
無いものねだりに過ぎないことはわかってはいるのですが…。

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フルトヴェングラーのマタイ受難曲 [音楽]

大型連休となりましたが、勤務形態の関係から私は長期的な休暇が取れず、5月1日・2日はもとより6日の土曜日も出勤です。
そんなわけで、遠方に出かけるには中途半端となり、専ら近隣での行動に終始することになりそうです。
ある意味では残念でもありますが、こういう時に、これまで落ち着いて聴けなかったCDをまとめて聴く、という方向に意識を転換するのもまた良いのかもしれませんね。

そういう背景があったわけでもありませんが、昨年末に購入した「フルトヴェングラー/ザ・レガシー(CD107枚組)」の中から、これまで楽しみにとっておいた大曲を聴き始めています。


まずは何と云ってもJ.S.Bachの「マタイ受難曲」。
なにしろ以前「お気に入りの十曲」の筆頭に挙げた曲。フルトヴェングラーによる1954年ライブ録音を通しで聴くのは初めてのことであり、このボックスセットを購入した理由の大きな一つはこの演奏が含まれているからでもありました。
40年近く前に抜粋版のLPを買ったのですが、余りにも音が悪く、我慢して聴くほどの魅力も(そのときには)感じなかったので、遺憾ながらそのまま実家の倉庫に眠っている状況です。

しかしながらこの演奏はフルトヴェングラーが亡くなる1954年のライブ録音であり、ある意味での記念碑的演奏でもあります。
というのも、フルトヴェングラーのバッハに対する愛情と尊敬の念は極めて高いものがあり、彼の著作を読んでみてもそれがひしひしと伝わってきますから、前年に死線をさまよう大病を患い聴覚に異常をきたすほどになっていた状況の中にありながら、どのような心境でこの演奏に臨んだのか、是非ともライブ全体を通して聴くことによって感得してみたいと思ったわけです。
実際、フルトヴェングラーによるバッハの演奏では、例えば管弦楽組曲などを聴いてみる限り、相当突っ込んだ解釈に基づく演奏を展開していて、生半可な共感では果たし得ない境地があろうと想像できるのですから。
因に、このマタイ受難曲の演奏は、1954年4月14日から17日にかけて4日連続の4公演行われたとのこと。
この大曲を四日連続4公演で演奏するとは、今考えてみても相当な気力が必要だと思います
それだけの強い想いを、恐らくフルトヴェングラーは持ち続けたのでしょう。

フルトヴェングラーは、ドイツ音楽、それもバッハ、ベートーヴェン、ブラームス、ワーグナー、リヒャルト・シュトラウスへと連綿と続く正統なドイツ音楽こそが「真の音楽」なのだという強い信念があり、それゆえに、あれほどひどい目に遭いながらもナチス政権下のドイツを離れることをしませんでした。
ユダヤ人音楽家を保護したり、彼らを守るための論陣を張ったり、ヒンデミットの「画家マチス」を擁護したり、と、そこまでするのであれば、他の指揮者や音楽家のようにさっさとナチスドイツなど見限って新天地を目指すべきではなかったかと傍から見れば思われるのに、なぜ綿々とドイツに未練を感じて残ったのか。
フルトヴェングラーにいわせれば、輝かしいドイツの音楽や芸術をドイツ本国に残ったまま守ろうとする人々がいる限り、その人たちのためにも自分はドイツに残ってできる限りのことをしたいのだ、ということなのです。
あっぱれではありますが、戦後、ナチスの協力者だなどといわれのない中傷を受け続け、結果としてさらなる飛躍の機会を奪われたことを鑑みれば、いささかドン・キホーテ的ではなかったかとの感もありますね。

しかし、そういう人であるからこそ、今でも衰えない人気があるのでしょう。
打算に流されずに、自分の信ずる道を歩いた、エキスパート中のエキスパートとして。

ながながと書いてしまいましたが、そんなこともつらつら思いつつ早速聴いてみました。

………。

音の方は、先に書きました抜粋版のLPからは想像もつかないほど素晴らしいものとなっています。
もちろんモノラル・ライブ録音ですから、それを念頭に置かねばなりませんが、ウィーン・フィル独特の柔らかな弦の音色なども明瞭に聴き取れます。

演奏そのものは、というと……。

異様に遅い印象のレチタティーボ、顕著なテンポの動き、ポルタメントやルバートの多用、曲の終わりの結構鼻につくリタルダンドとフェルマータ、全体的なレガート感など、これまで聴いてきた中ではメンゲルベルクに近いスタイルを彷彿とさせます。
コラールに記譜されているフェルマータをそのままパウゼにしていたりと、ある意味では一昔前のロマン的な演奏といえましょうか。
しかし、メンゲルベルクに比べればはるかに抑制的で、その点では私の先入観を裏切るものではありましたが。
注目すべきはイエスを歌ったフィッシャーディースカウで、この演奏当時、まだ20代の若者であったはずですが、実に堂々としていて、しかも瑞々しい表現です。
後年の、あの円熟した、まるで絹かビロードのような歌声ではなく、むしろ溌剌として強い意志の力を感じさせる歌声です。
ウィーン・フィルの弦による光背の音楽をバックに歌われるディースカウのイエス。
このCDの中でも聴きものの一つと強く思いました。
ソプラノのグリュンマーとアルトのヘーフゲンも素晴らしく、「Blute nu, du liebes Herz!(血を流せ、愛しき御心)」や「Erbarme dich, mein Gott.(憐れみ給へ、我が神よ)」などは畢生の名演奏といえましょう。
その割に、福音史家を担当したデルモータは数等落ちる感覚でした。
合唱はウィーン・ジングアカデミーですが、何か、人数の割には突き詰めた感じが不足しており、こちらは伴奏の陰に隠れてしまった感があります。
マタイ受難曲の中でも最も有名かつ感動的なコラール「O Haupt voll Bult und Wunden,(おお、血と傷にまみれし御頭)」も、あれれ?という間に終わってしまい、これはかなり落胆しました。
ただし、導入合唱と終曲合唱は別物の感があります。
特に終曲の方は、この大曲に相応しい深い祈りを感じさせ、思わず聴き惚れてしまいました。
最晩年、かつ、かなり体調の面でも不安のあったフルトヴェングラーが、それでもこの大曲をライブでやりとおした、その最後を飾るにふさわしい演奏だと思います。

ただ、この当時の演奏としては仕方がなかったのでしょうけれども、あまりにカットが多すぎます。
コラールもかなり割り引かれ、アリアの相当数カットされていました。
楽譜を読みながら聴いたわけではありませんから確かとはわかりませんが、私の思い入れの深い「我がイエスを返せ」や「わが心われを清めよ」などがカットされていたのはいかにも残念でした。

いろいろと散発的な感想を書いてしまいましたが、私にとっては、この演奏からわずか4年後にカール・リヒターが録音した全曲完全版のステレオ演奏が一つの大きな指標となっており、どうしてもそれと比べてしまいます。


云い方は悪いのですが、このフルトヴェングラーの録音を聴いて、リヒター版の真摯さ凄さを改めて感じているところです。
特に福音史家のヘフリガーと合唱。
これは正に段違いのレベルにありました。
恐らく人数からすればはるかに少ないはずの合唱団の、あの突き詰めたような表現はどうでしょう。
「おお、血と傷にまみれし御頭」のコラールでは、正に荊冠に苛まれて血を流すイエスの姿が目の当たりに浮かんできます。

フルトヴェングラーとリヒター。

恐らく、バッハに対する想いや尊敬の念は双方とも大変強いものがあったと思われますが、フルトヴェングラーにとってのバッハはドイツ音楽における孤高の芸術家としてのそれであったのに対して、リヒターにとってはその宗教観や生き方を含めバッハという人間そのものこそが全ての源であったのではないでしょうか。
その突き詰めた想いの差が、そのままそれぞれの演奏に出てしまっているように思えてなりません。

これはあくまでも私の牽強付会な印象に過ぎないのですが、フルトヴェングラーにとってバッハという存在はドイツ音楽という至高の芸術の体現者・創造者としてのそれであり、リヒターはそこからさらに深掘りをしてバッハの精神の根幹を占めていた信仰のありように迫っていたのではないか、と考えるのです。
つまり、バッハのマタイ受難曲を、フルトヴェングラーはあくまでも至高の芸術作品として見、リヒターはバッハの信仰告白として受け止めようとした。
それ故に、そこから導き出された世界もおのずと違ってきたのではないか。

どちらがより優れているか、という問題ではありません。
これは恐らく聴く人の感性にその回答を求められるべきものなのでしょう。

私自身のことを敢えて書けば、やはりリヒターの演奏に強く惹かれます。しかし、このフルトヴェングラーの演奏からは、そうした一方向からの偏った見方を修正する力があると感ぜられました。
このフルトヴェングラー版。もう少しきちんと付き合ってみたいなと改めて思っております。

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佐渡裕&東フィルのブルックナー第9番、武満徹「セレモニアル」 [音楽]

冬本番の冷え込みが続いています。
先日出かけた丹沢も、もう真っ白けの厳冬仕様に変わっていました。
通勤途上の多摩川の跨線橋から遥か彼方に南アルプスの峰々が白銀に輝く姿が望め、なんだか胸の熱くなる想いです。

そんな寒さが少し緩んだ感のある日曜日、久しぶりにbunkamuraオーチャードホールに出かけ、佐渡裕指揮東京フィルハーモニーによる演奏を聴きに行きました。
sado-tophil.jpg

演目は、武満徹の「セレモニアル-An Autumn Ode-笙とオーケストラのための(1992年)」とブルックナーの交響曲第9番です。

この演奏会を聴きに行こうといったのは、実は連れ合いでした。
連れ合いは、学生時代に合唱サークルに所属していたことから、例えばベートーヴェンの第9を歌ったりといった経験はありますが、どちらかというと歌謡曲や7~80年代フォークやニューミュージックのファンで、クラシックは私にやむを得ず付き合っているような風情がありましたから、ちょっとびっくり。
理由を聞いたところ、私が昨年還暦を迎えたことから、何か具体的なお祝いをしたいと思いつつ果たせなかったところに、郵便局に貼ってあったポスターを見、私が武満徹とブルックナーのファンであることを忖度して、どうかと思ったのだそうです。
もちろん、連れ合いも佐渡裕という稀有の指揮者に対する興味は津々だったので、己の期待も込めてのことだそうですが。
それはともかく、そんな連れ合いの気持ちが嬉しく、また、もちろんこのプログラムの魅力もあり、早速東フィルフレンズに登録。チケットを購入したのでした。

ネットからチケットを申し込むと、優先予約の期間中にもかかわらず、よさそうな席は結構埋まっていました。
さすがに佐渡裕だなあ、と妙に納得。

演奏会への期待は並々ならぬものがありましたが、オーチャードホールに行くためには、あの猥雑な渋谷道玄坂界隈を歩かねばなりませんから、その点だけは憂鬱です。
案の定ひどい人ごみで、ホコテンでもなかったので、歩道は溢れんばかりの人でごったがえしていました。

さて、演奏会ですが、今回の公演はワンステージ。
つまり、二曲を続けて演奏し、途中休憩はなし、ということです。

観客席は、8分くらいの入りというところでしょうか、ところどころに空席はありますが、まずまずでしょう。

「セレモニアル」は、副題が「An Autumn Ode」となっており、これは「秋の頌」ということでしょうか。
頌は頌歌のことであり、特定主題に基づく格調高い抒情詩のことをいいます。
例えば、ベートーヴェンの第9に用いられたシラーの詩などはその範疇に入りますし、場合によっては読経などもそういえるのかもしれません。
この曲では、前奏と後奏が笙の独奏となっていて、奏でられる主題は「秋庭歌」「秋庭歌一具」から引用されています。
耳を澄まし神経を集中させなければ聞こえないほどのあえかな笙の音によりその主題が奏でられ、それがやがてホール一杯に響き渡ります。
宮田まゆみならではの表現力といわざるを得ません。
その主題を、客席の3方向に設置されたフルートとオーボエが受け継ぐのですが、ノンビブラートはもちろんノンタンギングで演奏されるその音、特にオーボエなどは竜笛の音を彷彿とさせました。
やがてオーケストラが、それらを包み込むように響きだし、晩年のあの艶やかで優しく美しい武満サウンドが展開する。
そして、最後に笙が残って主題を奏でるのですが、何とも不思議な深淵に導かれるような音楽なのです。
武満さんの音楽、殊に晩年は、その独特な美しい和音が大変印象に残りますが、この曲も同様です。
武満さんの音楽を「深海の音楽」と評した方がおられ、確かにそういう感じもあろうかとは思われますが、私はその響きからいつも抜けるように透明な空と光を感じます。
魂が浄化されていく、という点では、ある意味ブルックナーの音楽にも共通するようにも思われるのです。
この曲の演奏時間は10分足らずでしたが、何というか、ひたすらその響きの中に身を置いていたいと思わせる作品でした。
ところで、これは一面気の毒なことではありますが、近くにおられた初老の男性が風邪を引いておられたらしく、我慢しつつもしきりに咳をし、とまりません。
笙の後奏ではそれがひときわひどく、これには参りました。

万雷の拍手に宮田さんが送られると、続いて本日のメインプロともいうべき、ブルックナーの交響曲第9番の演奏が始まりました。

ブルックナーの交響曲第9番を実演で聴いたのは1993年のこと(朝比奈隆&東京都響)で、今回の実演鑑賞は26年余りのことになります。
この時の演奏は筆舌に尽くせないほどすさまじいもので、特に第3楽章では、85歳の年齢を全く感じさせない迫力に満ちたものでした。
今回は二回目の実演ということで、ブルックナーの交響曲第9番をこよなく愛していると公言している割には甚だ少なく、この点は忸怩たるものがあります。
元来私は大変なものぐさなので、傍らにシューリヒトやヴァントなどによるレコードやCDがあると、てっとり早くそれを聴くことで目的を達しようとしてしまう嫌いがあり、聴いてみたいというプログラムがありながらも重い腰を上げることがなかなかできませんでした。
その意味でも、今回、連れ合いが提案してくれたのは勿怪の幸いというところでしょう。

佐渡裕は、皆様既にご案内の通りバーンスタインの弟子でもありましたから、ついつい1990年3月のウィーン楽友協会大ホールでの師匠の演奏を想起してしまうのですが、当然のことなのでしょうけれども、趣は全く異なります。
強いて共通点を上げるとすれば、第2楽章などにみられる恐るべき統制力。
正しく一分の隙もない演奏でありました。
全体としても、テンポを極端に動かすことはなく、巨大な構築物や遥かなる山並みを仰ぎ見るかのような微動だにしない堂々たる演奏で、これは全く「正統な」ブルックナーの響きといえるのではないでしょうか。
佐渡裕の描き出そうとする音楽的な宇宙を、東フィルは素晴らしいアンサンブルで実現させています。
弦から金管・木管そして打楽器に至るまで、正に彫琢され統率された美しい響きを繰り広げ、私たちを至福の空間に誘ってくれました。
特にホルンの素晴らしさはどうでしょう。
この曲に限らず、ブルックナーの交響曲にはホルンの印象的な(それゆえに演奏するのには極めて困難の伴う)ソロがいくつも登場しますが、このソロを受け持ったホルン奏者の音は、私の想像をはるかに超える美しい響きを届けてくれます。
もちろんホルン全体のアンサンブルも素晴らしく、こんなに安心して実演のホルン演奏に身をゆだねられるのは久しぶりのことでした。
ただ、これはあまりにも張り切りすぎたからか、第1楽章ではややホルンが突出していたような気もします。
もう少し弦の和音を前面に出して欲しかったと、ちょっとないものねだりをしてしまいました。
また、ワーグナーチューバも同様に素晴らしい響きを醸し出しており、第3楽章の練習番号B(29小節)の冒頭の和音で少し乱れがあったものの、その後の演奏は乗りに乗って、コーダの終盤、練習番号X(231小節)の第7番の主題を回想するところなどは、正に夢見心地でその響きを楽しんだものです。

素晴らしい演奏でした。
観客のマナーも上々で、皆、この正に一期一会の感動的な演奏を聴けた悦びに浸っていたように感ぜられます。
私は、大変恥ずかしいことですが、ブルックナーなどの演奏についていえば、例えば先日聴いたバイエルン響などのような独墺オーケストラによるものが一番だという思い込みがありました。
何といっても歴史的な重みに違いがありますし、独墺のオケのメンバーの大半が当該国民であるが故の共鳴のようなものもあると考えていたのです。
しかし、この佐渡裕&東京フィルの演奏を聴き、改めて日本のオーケストラの底力を痛感しました。
この演奏は、(あくまでも私見ですが)先日のバイエルン響に勝るとも劣らないものだと思います。
こんなことをいうと「セコいかな」とは思いますが、彼我の料金差(4分の一くらいの値段で聴けます)は全く感じられません。
しかも、聴こうと思えばその機会は十分にある。
そういう環境に自分がおかれている幸運に改めて感じいったたところです。

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モーツァルトのレクイエム、ホグウッド&エンシェント室内管弦楽団&合唱団 [音楽]

気温の変化の激しい日が続きます。
今日は少し暖かくなっているようですが、気温の変化が激しいと、どうしても体調を崩しがちになってしまい、先日還暦を迎えたこともあって、さすがにきついなと感じています。

モーツァルトレクイエム
長らくジュースマイヤーによる補作版による演奏が一般的でした。
私も、何度かこの曲の演奏には参加してきましたが、もちろんジュースマイヤー版です。
ジュースマイヤーによるオリジナル(SanctusやBenedictusなど)はいうに及ばず、モーツァルトの真筆とジュースマイヤーの加筆が施された部分においても、両者の違いは明らかで、その点での違和感はもちろんありますが、ジュースマイヤーの仕事は決していい加減なものではなく、モーツァルトの残した指示などに基づいてどれほど忠実に真摯に向き合っていたかがひしひしと伝わりますし、何よりもこの曲を、きちんとしたカトリック典礼の形に整えて後世に伝えた功績は大なるものがありましょう。
モーツァルトの絶筆となったLacrimosa。8小節目で途絶えた師のあとを繋いで彼が完成させました。
別宮貞雄氏などは「この甘美といえるほどの旋律で始まるLacrimosaを、ジュスマイヤーはなんとか平凡ではあるが、ひきのばして終わらせている」と酷評していますが、私は、この曲を歌いながら、そのジュースマイヤーの想いを忖度し何度もこみ上げてくるものをあらがうことが出来ませんでした。
8小節までの、奇跡的に美しい旋律を、懸命に守ろうとしたひたむきなジュースマイヤー。それが最も如実に表れていると私は思います。これを「平凡」に「ひきのばし」たとは、あまりに酷い言い方だな、と。

この版の定番中の定番はベーム&ウィーン・フィルによる演奏です。

私感ではありますが、この演奏ではジュースマイヤーの手の入っている部分、殊にAgnus Dei以降が素晴らしく、私は強く心を奪われました。

しかし、個人的なお勧めということであれば、リヒター&ミュンヘン・バッハによる演奏を挙げたいと思います。

何という真摯な演奏でしょう。
正にリヒター&ミュンヘン・バッハの真骨頂というべき演奏ではないかと思います。

そのモーツァルト・レクイエムの版問題に対する活性化の端緒の一つとなったのが、「ホグウッド&エンシェント室内管弦楽団&合唱団、ウェストミンスター・カテドラル少年聖歌隊」による1983年の演奏録音です。


この演奏・録音には、校訂を行ったイギリス音楽学者リチャード・モーンダー氏ご自身が参加しており、完璧を期そうとした意気込みが見て取れます。
古楽器・小編成、声楽はビブラートを抑え、長らく主流を占めてきたロマン派的な演奏とは一線を画すものであり、想像ではありますが、恐らくモーツァルトの生きた時代の音はこのようなものであったろうと感じさせます。
一番の特徴は、1961年にヴォルフガング・プラートによって発見された「Amen fuga」を、恐らくこのレクイエムのために作られたものと判断し、Lacrimosaのあとに独立して配置したことでしょう。
これはまさに驚くべき壮麗な曲であり、このフーガを聴くだけでも、この盤の存在意義はかなり高いものがあると、私は考えます。
因にそのスケッチは以下の通りです。
amen.gif
この「Amen fuga」を見ると、モーツァルトが、Lacrimosaで一つの区切りをつけ改めてOffertoriumの「Domine Jesu」を始めようとしたことがわかります。
つまり、Introitus(入祭唱)、Kyrie、Sequenz(続唱)、Offertorium(奉献唱)、Sanctus(聖なるかな)、Agunus Dei(神の子羊)、Communio(聖体拝領唱)という、鎮魂曲の様式に沿うような構成を企図したのでしょう。
モーツァルト晩年の傑作アヴェ・ヴェルム・コルプスが美しい和声を響かせる合唱曲であるのに対し、この曲が対位法の極致といもいうべきポリフォニーのめくるめく世界を展開させるのも、ある意味、カトリック典礼に則った厳格なレクイエムの形を目指した創作意図によるものであるからなのかもしれません。

しかし、モーツァルトはついにSanctusを作ることができなかった。
そのためジュースマイヤーはこの部分を創作したのですが、ジュースマイヤーが手を入れた部分はモーツアルトの真筆とは認められないとするモーンダーのクリティカルな方針から、SanctusやBenedictusなどは割愛しています。
従ってこの演奏は様式的にカトリック典礼から外れたものとなりますから、モーツァルトにこの曲を依頼したヴァルゼック伯爵の注文を満足するものにはなりえなかったと思います。
その意味からすれば、やはりジュースマイヤー版の価値は十分に評価されるべきでしょう。

とはいえ、今日、この曲をカトリック典礼に則った宗教曲としてのみ聴くことはほとんどないものと思われますし、従って、あくまでもモーツァルトの残した芸術の一つとして考えるのであれば、最も原点に近い姿を再現しようとの想いを以てこうした版を校訂する意義はあると思います。
尤も、モーツァルト自身が、この校訂版をどのように評価するのか、こればかりはわかりませんが。

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仮名手本忠臣蔵 [音楽]

昨日までの小春日和が一転、冷え込みが厳しくなっています。
快晴の空は誠に美しく清々しい限りですが、風も強くてさすがに身に応えますね。
風邪やインフルエンザの流行は予想以上に猖獗を極めていて、私の職場でも罹患して休む人が急増しています。
私もまだ完全には風邪が抜け切ってはおらず、だましだまし出勤しているような状況で、何ともやりきれないものを感じますね。

三宅坂にある国立劇場は、今年、会場50周年を迎えました。
記念公園が目白押しの中、先日、文楽「仮名手本忠臣蔵」を観てきたところです。
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長尺の演し物なので、大序から六段目までを第1部、七段目から十一段目を第2部として、分けて上演されることが多いのですが、今回は通しでかけられました。
ただ、時間の都合もあって、私は第1部(大序から六段目)までしか観ることができず、その点はいささか残念でしたが、それでも、朝の10時30分から短い休憩を二回はさんで16時過ぎまでかかるのですから、見ごたえは十分です。
しかもこの中には「塩冶判官切腹(四段目)」「早野勘平の腹切り(六段目)」など、涙なくしては観られない名場面もありますし。
1966年に建てられた国立劇場の客席の椅子のすわり心地はあまりよくなく、長い時間座っているとお尻が痛くなるのですが、それでも時間を忘れて舞台に見入っていました。

仮名手本忠臣蔵自体は、正しく人口に膾炙された演し物ですから、内容についてわざわざ記す必要もないことでしょう。
「芝居の独参湯」とも呼ばれ、経営難に陥った芝居小屋でも、これをかければ大入り満員、一気に黒字に転換といういわば打ち出の小槌みたいな演目ですから。

幕藩体制の中で、幕政にかかわる演目をそのままかけるのはご法度だったこともあり、時代を足利将軍時代に移し替え、四十七士をいろは仮名47文字で暗喩した「仮名手本」という名前を付するという、なかなかに気を使った背景もありますが、もちろん当時の観客も題材となっている事件を念頭に楽しんだわけで、足利将軍時代にはなかった鉄砲が出てきたり、暦応では生まれてすらいなかった世阿弥作の「高砂」が出てきたりと、時代背景はむちゃくちゃです。
まあ、幕府も、体裁だけは暦応年間ということにしてあるし、登場人物も足利直義や高師直にしてあるからお目こぼし、ということなんでしょうね。
あまりうるさいことを云って民草の楽しみを奪ったり反感を買うのは得策ではないと考えたのでしょうし。

私は活字としての浄瑠璃が好きで、文楽そのものについてはさほどの知識を持たないのですが、それでもこうして舞台で人形の動きを観つつ太棹と義太夫語りを聴くのは楽しみの一つです。
今回の演し物は浄瑠璃中でも大作なので、大夫も三味線もたくさんの演者が任に当たりました。
若い方々もたくさんおられ、こうした伝統芸能を受け継ごうとする確かな流れがあることもうれしく思った次第です。

さて、舞台の方ですが、やはり六段目の勘平の腹切りには参りました。
話の筋を知っていても、泣けて泣けて仕方がありません。
終わった後に連れ合いの感想を聞くと、眠っていてよくわからなかったといいます。
おいおい、それはないだろうと難詰したところ、連れ合いの隣に座っていた、いかにも観劇慣れしたように見える和装のご婦人もずっと寝ていたよ、といいます。
それを聞いて、もったいないことだなとは思いましたが、浄瑠璃も音楽の一つですから、素晴らしい演奏を聴きながら眠るのもそれはそれでいいことかもしれませんね。

久しぶりの文楽の実演を観ましたが、人形の演技はもとより大夫や三味線などの音曲も十分に楽しめ、第1部だけとはいいつつも大変満足しました。
ただ、これは私だけの感覚なのでしょうが、人形遣いが素面・裃で操る姿にどうしても違和感を感じざるを得ません。
せっかく人形が絶妙な演技をしているのに、その人形に寄り添う人の顔がそのまま見えたのでは興覚めに思えるのです。
やはりこれは黒子であって欲しいな、と。

帰り道、赤坂プリンスのクラシック・ハウスに立ち寄りました。
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せっかくなので、中に入ってお茶を飲んだのですが、良い雰囲気の割には価格もコーヒーが一杯500円と、比較的リーズナブルでおすすめです。

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マリス・ヤンソンス指揮バイエルン放送響によるマーラーの交響曲第9番 [音楽]

小春日和が来たと思ったら真冬並みの寒さが到来するという、この時期特有の不安定な天候が続き、天城山行前から引いていた風邪がなかなか抜けません。
熱も大して出ていなかったので、気合で治す!とばかりに頑張ったのが裏目に出ました。
結局、先週の土曜日、近くの総合病院に出かけ、抗生物質や炎症止めの薬を処方してもらって何とか落ち着いたというところです。
連れ合いや妹などにいわせれば、「還暦にもなれば若いころとは違って自力で治すことなんかできないんだから、最初からおとなしく病院に行けばよかったのに」との、全く仰る通りの御託言。
肝に銘じている次第です。
お昼の楽しみであったウォーキングも、そんなわけで自重していたのですが、昨日久しぶりに出かけてみると、既に晩秋の趣でした。
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公孫樹の黄葉がまぶしい限りです。

さて、いささか古いご報告となりますが、11月27日の日曜日、マリス・ヤンソンス指揮バイエルン放送響によるマーラーの交響曲第9番を聴いてきました。
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このコンビによるサントリーホールの公演は、おととしのちょうど今頃、連れ合いと一緒に聴きに行って以来です。
今回は、クラシック音楽を通じ、それも共にマーラー好きということで長年の付き合いとなっている友人と二人で出かけました。
友人は神戸でのこのコンビによる同曲の演奏を既に聴いているとのことで、「すごいですよ!」と私をたきつけます。
それでなくてもマーラーの交響曲の中で(選ぶのは非常に悩ましいのですが)一番好きな第9番を、あの「ヤンソンス&バイエルン放送響」の実演で聴くことができるのです。
風邪で具合は最悪でしたが、そんなものはどこかに忘れてしまうほど、聴く前から興奮してしまいました。

サントリーホールは入口から混雑していて、会場もほぼ満席。
「今回の演奏では途中休憩はありません」としつこいほどの場内放送があり、それを受けてか、男性の手洗いまで長い列ができていました。

チェロとハープに導かれてホルンの物憂げな旋律で始まるAndante comodoの第1楽章が始まると、場内には適度な緊張感を伴う安らぎの時間が流れ始めました。
さざ波のようなビオラに導かれて第2ヴァイオリンが主題を提示し始めると、正にため息をつかんばかりの弦の美しさに陶然とさせられます。

この楽団の弦の素晴らしさは云うまでもないことですが、今回の演奏では特に金管の美しさに瞠目しました。

特にトランペット!
第9番の中で、私は第3楽章に一つのキーポイントを感ずるのですが、この楽章の抒情的な中間部のトランペットの音色(殊に350小節から始まる第1トランペットのソロ)の澄み切って悲しみをたたえたような音が、いまだに耳朶を離れません。
これは本当にトランペットの音なのだろうか?
何というのか黄泉の国から響いてくる天使の歌声(もちろん想像の産物ですが)のような感じさえ受けました。
この主題は終楽章においてさらに大きな広がりを見せて展開されるのですが、その先取りであるこの楽章での現れ方に、改めて深い感動を覚えたところです。
もちろん、複雑で精緻な対位法によって目くるめく展開される第3楽章の荒々しい表現とのコントラストがあればこその美しさではありますが、実演はもとより、CDやレコードでも、これほど美しいトランペットの音色に接したことはありません。
これを聴けただけでも私にとっては得難い演奏会となりました。

この曲、ワルター&ウィーン・フィルによる初演、バルビローリ&ベルリン・フィル、バーンスタイン&ベルリン・フィル、ノイマン&チェコ・フィル、大植英次&NDRなどなど、正に枚挙の暇もないほど数々の名演奏録音が残されています。
実演でも取り上げられる機会が多い曲の一つでしょう。
そうした中でも、今回の演奏は間違いなく最上位のものの一つと感じました。

それから、以前も書いたのですが、この日の聴衆も大変素晴らしい鑑賞態度でした。
演奏中の集中度合いは云うに及ばず、終楽章の最後の弦の最弱音が消えてホール内の残響が収まり、ヤンソンスが両手を下して肩の力を抜くまで、皆固唾をのんでその瞬間を見守っていたのです。
その後、まさに割れんばかりの拍手とブラボーの嵐。
ヤンソンスは何度もアンコールを受けて舞台に戻され、観客の熱い声援に応えていました。
オーケストラが引き上げた後も、ヤンソンスは一人舞台に戻り、何度も挨拶を返します。
こういう素晴らしい大団円は、何度接しても気持ちのいいもので、実演の感動をさらに高めてくれるものでしょう。

なお、今回の公演ではアンコール曲の演奏はありませんでした。
あのマーラーの第9番を、これだけのエネルギーと情熱を以て演じきった指揮者とオーケストラに、そんな余力など残っていようはずもなく、また、この素晴らしい演奏の後にどのようなアンコール曲を持ってきても、所詮それは蛇足に終わってしまうのではないでしょうか。
アンコールを求める拍手もありましたが、私としては「無し」で大いに納得です。

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トスカニーニ指揮ニューヨーク・フィルによるブルックナー交響曲第7番 [音楽]

秋雨前線と台風の影響などで、このところ関東は晴天から見放された感があります。
来る日も来る日も雨ばかりで、心も湿りがちになってしまいますね。

こういう気候の時には、音楽に耳を傾けながら気持ちを静め、また、その中から新たな世界を眺めてみるのがいいのかもしれません。

以前、「ムラヴィンスキー&レニングラード・フィルによるブルックナーの交響曲第9番」という記事を書いた折、できればトスカニーニによる第7番の演奏を聴いてみたいものと記しました。
大変うれしいことに、gkrsnamaさんよりこの録音がネットにアップされている旨のコメントを頂いたところです。
簡単なreplyをコメント欄に付しましたが、改めてこの録音のことを少し取り上げてみたいと思います。



1935年1月27日、カーネギーホールでのライブ録音。
オケはニューヨーク・フィルです。

1935年ということを考えれば仕方のないことなのでしょうが、やはりノイズが気になります。
しかし音質は思ったほどひどくはなく、少なくともトスカニーニの意図するところをある程度汲みとることは可能と思います。
ただし欠落箇所が結構あることから、隔靴掻痒の感を強くしますが。

この曲が完成したのは1883年9月のことで、ワーグナーの死去を悼んで第2楽章のアダージョに葬送の音楽(184小節から)を付加したことでも知られています。
何よりも、ブルックナーの交響曲が初演で好評を博す嚆矢となった作品であり、第4番と並んで現在に至るまでも高い人気を保っています。

トスカニーニとブルックナーとは、どうもあまり親和性を感じない部分もあり、実際、晩年にあれほど精力的な演奏活動を共に行ったNBC交響楽団とのコンビによる演奏や録音も見当たりません。
しかし、記録によると、第4番や第7番はしばしば取り上げていたようで、1896年12月には早くも第7番のアダージョの演奏を行っていたそうです(この年の10月にブルックナーは亡くなっておりますから、きっとその追悼という側面もあったのでしょうね)。
また、ブルックナーの故国であるオーストリアとかドイツなどではいざ知らず、遠く海を隔てた米国では、その当時、まだまだブルックナーの音楽に対する理解が深かったとは云えなかったと思われますので、トスカニーニの試みは、今から思えば非常に意義深いものがあったのではないでしょうか。
そのような演奏を、80年を経て聴くことができることを心から喜びたいと思います。

さて、まずは第1楽章です。
情感たっぷりの、遠い世界から光が注いでくるような美しい演奏が始まりました。
24小節のフライング・ホルン(練習番号「A」の一拍前のアウフタクト)は、改訂版のお約束みたいなものですが、原典版を聴きなれた耳にはやはり不自然に聞こえます。
尤も、ハース版が世に出たのは1944年のことですから、それ以前の楽譜では当然の演奏なのですが。
それから、これは後の楽章でも顕著なのですが、ティンパニが様々な形で飛び入りをします。この楽章では練習番号E(a tempo)の前の4小節をトレモロで入ってきます。
その他、第2ヴァイオリンのエコーが省略されていたり、ホルンに(楽譜には記載のない)フルートが補強されているように聞こえたり、あれれ?と思うような部分もありますが、ノイズによるものか私の聞き間違いなのか判然としません。
ただ、「楽譜に忠実」というある種のトスカニーニの謳い文句とは異なる表情たっぷりの演奏で、オケにはところどころ不満もありますが、聴きほれてしまう部分も多くありました。

しかし、コーダの最後の438小節からあとの6小節が欠落!これは酷い!ざんねーん!
(記している小節や練習番号の表記について、私が所持しているスコアは1980年発行のハース版ですので、楽譜によるズレがあると思われますから、その点についてはご留意のほどを)。

次に第2楽章。
トスカニーニ自身がかなり以前から演奏をしてきた曲ということもあるのでしょうか、抑制された中にも、彼独自のカンタービレが感ぜられる感動的な演奏です。
練習番号W(177小節)から打楽器が付加されていますが、これはハース版以前の演奏形態です。
そして、肝心の葬送の音楽が始まって間もなくの189小節から192小節の4小節が欠落しています。これも酷い!

第3楽章のスケルツォ。この録音の中では唯一欠落がないので安心して聴けました。
こういう音楽ですと、トスカニーニの小気味の良さが功を奏するのか、誠に快調でノリノリです。
先にも書いたティンパニの付加。この楽章は特に顕著で、ハース版の楽譜ではトレモロになっているのにもかかわらず、随所で、金管や木管や弦楽器の付点音型をなぞって補強しています。
原典版を信奉する向きからすればとんでもない改変ですが、なんだかウキウキとさせられるような楽しさを感じてしまいました。
ブルックナーの曲がこんなに面白くていいのだろうか?などとも思ってしまいます。

いよいよフィナーレに突入します。
第7番を聴くとき、第3楽章のスケルツォからフィナーレに至るまでの曲の流れ込みが、私には大変印象的で、少々荒っぽい第3楽章のトゥッティから弦による第一主題までの変遷が何とも云えない心地良さを感じさせてくれます。
この演奏の出だしも非常に快調で、トスカニーニの面目躍如だな、などと思っていると、同じく弦による主題提示のはずの第二主題が金管に取って代わられていました!
これは、練習番号Eにおける第二主題でも同じです。
改訂版も含めてこのような演奏はこれまで聴いたことがありません。これはトスカニーニのオリジナルな改変なのでしょうか。
これ以降も、楽譜にない楽器の付加が断続的に表れます。それも弦楽器のパートに管楽器を加えて表情をつけるというような感じで、このあたりにトスカニーニの明確な意図の表れを見ることができるようにも思われます。
極めつけは練習番号N(163小節)からのクラリネットの対旋律の追加。
こんな旋律は寡聞にして聴いたこともないので、(個人的な想像ではありますが)トスカニーニが誂えたものではないかと思われます。
それとも何か由来や理由があるのか。
その前の145小節から158小節は録音が欠落しています。
さらに練習番号RからUまで(209小節から256小節まで)の48小節をカット!大胆すぎ!スコアを読んでいて、突然飛んでしまったので、次がどこなのか大いに慌ててページをめくりました。
そして曲の終盤に向けてティンパニを付加し、金管も補強して一気に大団円に向かいます。

何度か聴き込めば、さらに新しい発見があるのかもしれません。
聴いてみて最初に思ったのは、これは、いわゆるブルックナー愛好者には受け入れがたいところが多々あるだろうな、ということです。
しかし、トスカニーニが活躍していた若かりし頃、現役時代のブルックナーとも一部重なっていたことでしょうし、本人や弟子たちによる曲の改訂が半ば当然のように行われていたことを考え合わせると、長大な曲を如何に退屈させずに観客に聴かせるかという観点から手を入れたことは容易に想像できます。
弦楽器のみの主題提示に管楽器を重ねあわせたり、独自の対旋律を入れたりというのも、弦楽器だけでは響きが物足りないと考えたからなのかもしれません。
ブルックナーの音楽においては、こうしたコントラストの存在こそが聴くものに愉悦とカタルシスを与えてくれるのだと思いますが、後期ロマン派の音楽の一つという捉え方の中では、やはり物足りないものを感じたのでしょう。
その意味では、フルトヴェングラーのブルックナーの演奏とともに、如何にも時代を感じさせるものだと思います。
録音による欠落は非常に残念ですが、これはこれで大変貴重な遺産といえるのではないでしょうか。

因みに、ヒンデミットが指揮したニューヨーク・フィルによる第7番もyoutubeにアップされていました。

https://www.youtube.com/watch?v=i6Q2qiSdu44



こういう大曲の演奏が、ほぼ完全なままでネットにアップされ、無料て聴ける。
良い時代なのかもしれませんが、これではわざわざCDやレコードを買う人も少なくなることでしょう。
そんなことが続いて、本当に欲しい名演奏のCDなどが手に入らなくなったらどうしよう、などとちょっと心配になりますね。
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瀧廉太郎「憾」 [音楽]

ようやく梅雨が明けました。
平年よりも十日ほど遅れての梅雨明けとのことです。
久しぶりに30度を超す暑さとなり、日課にしているお昼休みのウォーキングでも、少し熱中症を気遣ってしまった始末。
もちろんそれほど極端な暑さにはなりませんでしたが。

相模原市の障害者施設「津久井やまゆり園」で起きた痛ましい連続殺人事件。
19人もの方が亡くなり、24人の方が重軽傷を負いました。
犯行に及んだ容疑者の「動機」も含め、連日、テレビ新聞やネットなどを賑わしているので、事件そのものについて詳述することは控えます。
この事件の契機となった、「障害者は周りの人を不幸にする。いない方がいい」という容疑者の思想。
大麻や措置入院が必要なレベルの精神疾患などによるものなのかどうか然とはわかりませんが、自身「ヒトラーが降りてきた」と話しているように、その優生主義的な方向性がこの凶行を呼び起こしたのだとすれば、極めて恐ろしいことだと思いました。
こういう考え方をする人、有名どころでは曽野綾子氏や渡部昇一氏といった名前がただちに思い起こされますが、今回の植松容疑者の犯行を非難する人々の中にも近い考え方を持っている人がいるのではないか。
ネットなどを覗くと、「社会に役に立たない(役に立たなくなった)人間は、社会に迷惑をかけないように身を引くべきだ」「社会の役に立たない人に税金をつぎ込むのはおかしい」的な考え方がそこかしこにアップされていて、それなりに(閉じられた世界ではあれ)支持を受けているように見えるのです。

人間は社会的な生き物である、ということは一つの理です。
この理の本筋は、人間が生きていくためには「社会」という枠組みや構造が必要である、ということだと私は考えているのですが、社会を存続せしめるために人間は生存を許されている、と考える人もいる。つまり、人間の価値を「社会の役に立つか立たないか」で判断する、ということなのでしょう。
そういう人たちから見れば、障碍者などの社会的弱者は、社会に過剰な負担をかけないようにひっそりと暮らしなるべく早く社会の一線から身を引け、ということにつながってしまうのではないか。
植松容疑者は、特に重篤な障碍のある方から順に襲っていったといいますし、衆議院議長宛の手紙の内容などから鑑みて、この種の考え方を先鋭化させていったものと思われます。

こうした論争における非常に興味深い記述が「ヤフー知恵袋」に掲載されていて、ネットでも話題になっていますので、ご紹介します。

弱者を抹殺する。 不謹慎な質問ですが、疑問に

この「ベストアンサー」には頷かされました。

人間は、いわゆる食物連鎖の頂点にいる「最強者」と考えられてきましたが、生身の生物としては、恐らく生態系の中でもかなりの「弱者」に位置するのでしょう。
単独行の多い私は、常日頃そのことを痛感しています。
我々全員が「弱者」であり、「弱者」を生かすのがホモ・サピエンスの生存戦略だということです

この真理について、私たちはきちんと認識しなければならないのではないかと改めて思いました。

さて、そんなことをつらつら考えていたら、なぜだかわかりませんが、瀧廉太郎の絶筆であるピアノ曲「憾(うらみ)」を唐突に思い出してしまいました。
溢れんばかりの才能を有しドイツへの留学も果たしながら、彼の地で結核に罹患し23歳という若さで早逝してしまった瀧廉太郎。
この曲を聴いていると、この題名でもある「憾(うらみ)」つまり「心残り」「無念」という瀧の想いが胸に突き刺さるような気がします。
youtubeにアップされていましたので、宜しければお聴きください。



私がこの曲のことを知ったのは、恥ずかしながら映画「わが愛の譜 滝廉太郎物語」においてでした。
1903年という20世紀初頭に、西洋音楽という括りからは完全に行進国であった日本において、このような完成度の高いピアノ曲が生まれていたこと。
そのことに深く感動したことを思い返しています。

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バルビローリ&ウィーン・フィルのブラームス交響曲全集 [音楽]

穏やかなお天気になりました。
昨日は肌寒かったので、特に春の温もりを感じます。

そんな肌寒いさなか、お花見に出かけました。
アークヒルズの桜坂を起点にしましたが、ライトアップもなされていてなかなか感動的な眺めでした。
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もうだいぶ古い情報で恐縮ですが、サー・ジョン・バルビローリ指揮ウィーン・フィルによるブラームスの交響曲全集のCDが発売されました。


1966年から67年にかけてのセッション録音で、4つ交響曲のほかに「悲劇的序曲」「大学祝典序曲」「ハイドンの主題による変奏曲」という「定番」の曲目もセットされており、三枚組で1470円と、信じられないほどのお買い得品です。

バルビローリはイギリスの出身ですから、ヴォ―ン・ウィリアムズやディーリアスといったイギリス音楽を得意としたのはもちろんのことですが、ブラームス、マーラー、シベリウスの作品でも超絶的な名演奏の録音を残しています。
客演したベルリン・フィルのメンバーを感激させ、是非にと楽団員から望まれて録音したマーラーの交響曲第9番は正に歴史的な名演ですし、オケの性能としては少し見劣りのするハレ管弦楽団を指揮したシベリウスの全集録音も素晴らしいものでした。

オーケストラから「是非に!」と望まれる指揮者は本当に幸せ者だと思いますが、もちろんそれは当人にそれだけの素晴らしい資質が備わっているからにほかなりません。
ウィーン・フィルのメンバーも、バルビローリを「神がかり的」と讃えて、この録音を残した。
その両者の想いがたっぷりと詰まった演奏といえるのではないでしょうか。

ウィーン・フィルが古今東西を通じて一流のオーケストラの一つであることは論を俟ちませんが、私個人としては、特に1960年代の響きの素晴らしさが強く印象に残っております。
典型的な演奏として、例えばシューリヒト指揮によるブルックナーの交響曲第8番と第9番の録音があります。
この弦の美しさは、殊に筆舌に尽くしがたく、始めてレコードで聴いたときには思わず涙があふれてきたものです。

このブラームスの交響曲全集に話を戻しますと、いずれもまことにユニークな演奏ではないかと思います。
バルビローリの演奏には独特の「ため」のようなものがあり、それゆえに例えば第1番などは人によって好みが分かれるのではないでしょうか。
私も、第4楽章の終結部のコラールを聴いたとき、そのたっぷりとした表現にちょっと驚いたものです。
しかし、決して冗長なわけではなく、バルビローリにとって必然ともいうべきいき方なのでしょう。
始めは驚きましたが、聴きこむほどに引き込まれていく演奏です。
第2番と第3番も、文句のつけようもない素晴らしさです。
第2番は、この曲における決定版の一つではないかと思われますし、弱音の表現に拘った第3番も、「なるほどこの曲はこういう曲だったのか」と改めて気づかせてくれる演奏です。
そして第4番!
これは聴いていて胸を鷲掴みにされるような演奏でした。
ブラームスの交響曲の中でも、私は特に第4番がお気に入りで、レコードやCDも数多く所持しておりますが、これはそのトップクラスに位置する演奏だと感じております。
私は以前、チェリビダッケがミュンヘン・フィルを率いて来日した折に、この曲の実演を聴いたことがあります(1986年10月)が、これは全身寒気立つほどの超絶的な演奏でした。後にも先にもこれをしのぐ実演に巡りあうことはないだろうと確信したほどです。
それでも、レコードやCDに限って云えば、すぐさま数多の名録音を想起することができる。
そのかずかずの名録音の中に、このCDも入りました。

バルビローリは、1970年、ニュー・フィルハーモニーを率いて初来日をする直前に心臓発作で逝去します(享年70歳)。
その来日を楽しみにしていた日本の音楽ファンの失意は如何ばかりだったことか。その当時中学生だった私は、当然、この名指揮者の名前も知らず、もちろん、来日が実現していたとしても、当時の環境を慮れば聴きに行くことはほぼ不可能であったと思います。
それでも、こうして残された録音を聴くことができ、その瞬間、時間は無意味なものとなる。すごいことだなとしみじみ思います。

ブラームスが、交響曲第1番を作曲するのに二十有余年をかけたのは有名な話です。
ベートーヴェンが、このジャンルにおいて不滅の傑作を9曲も残したことから、これを超える作品を作れる目途が当時の作曲家たちには全く立たなかった。
ブラームスは、バッハやヘンデル、ハイドンやモーツァルトなど、バロック後期から古典派までの作品の研究や改訂を熱心に行っていたことから、交響曲というジャンルで一端の作品を作り上げる難しさをもまた痛感していたことでしょう。
何度も何度も書き換えてようやく完成した第1番も、ハンス・フォン・ビューローの「ベートーヴェンの第10番目の交響曲」という賛辞(皮肉?)を俟つまでもなく、その影響から完全に解き放たれるわけにはいきませんでした。
第1番を聴いた友人から「第4楽章はベートーヴェンの亜流のようだ」といわれたブラームスは、「そんなことはロバにだってわかるさ」と吐き捨てたそうです。
そうした葛藤を経て、第2番・第3番と発展を重ね、ついに不滅の第4番の交響曲に至る。
ブラームスの交響曲を聴いていると、なんだかそうしたブラームスの深い想いがひしひしと伝わってくるような気がしてなりません。

そういう、完成度の高い曲だからということもあるのでしょうが、ブラームスの交響曲は、実力のあるオーケストラが演奏した場合、あまり指揮者を選ばないような気がします。
つまり、楽譜に書かれた指示を守って正確に演奏すれば、ほとんど破綻なく聞かせることができるのでしょう。
私が苦手としているカラヤンでも、ブラームスの交響曲だけはあまり抵抗なく聴くことができました(尤も、ほかに聴きたいレコードやCDがたくさんあるので実際にはほとんど聴くことはありませんが)。
そうであるだけに、個性的でありながらも心を揺さぶられる演奏というものにはなかなか出会えません。
このバルビローリ&ウィーン・フィルの演奏は間違いなくそうした演奏のひとつであると、私は確信しております。
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時代を超越する音楽と時代を感じさせる音楽のこと [音楽]

連日、冷え込みが厳しくなっています。
首都圏でも雪が降り、交通機関はほぼマヒ状態に陥りました。
月曜日、駅構内への入場制限、列車の間引き運転、駅での発車待ちなどの影響で、職場への出勤に4時間半(通常は1時間半弱)を要しました。
もちろん車内は大混雑。
ようやく乗れた列車も各停車駅で長時間の発車待ちとなり、さすがに疲れ果てました。
乗車後小一時間ほどして少し体を動かすことができたのでiPodを出し、ブルックナーの交響曲7番を聴き始めました。
そして、8番が終わるころにようやく仕事場に到着。
この二曲のトータルの演奏時間は3時間弱かかりますから、状況をご想像頂けるのではないかと思います。
ブルックナーのおかげで少し心は和みましたが、出勤だけで一日の体力の大半を使い果たしたように感じたところです。

現在、都内の雪のほとんどは消え、日陰に多少残っている程度となりました。
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しかし、天気予報によると土曜日にはまた雪が降るようです。
先日出かけた丹沢も、通勤途上で眺める限り相当量の積雪があったようで、近々時間を作って出かけてみたいなと思いました。

ブーレーズの訃報に接し、久しぶりに彼の指揮によるワグナーの「リング」を鑑賞しました。
全曲とまではいかず、「ラインの黄金」と「ワルキューレの騎行」のみではありましたが、そのクリアなサウンドに改めて瞠目した次第です。

その後、何となく思いたち、フルトヴェングラー指揮による「トリスタンとイゾルデ」を聴きました。
フラグスタートがイゾルデを歌った1952年録音の演奏で、65年近く前のものです。
直前にブーレーズの精緻な演奏で耳を洗われていたせいもあるのでしょうけれども、いつも以上に生々しく聴こえ、音だけのものであるのにもかかわらず、そこにうごめく登場人物の輪郭や情景が実体を持った重みで迫ってきました。
もちろんモノラルでありますし、音質も(デジタルリマスターとは云い条)極上とはとてもいえません。
しかし、何と云いましょうか、正しく今現在ここで演奏がなされて、その音の渦の中に自分が入り込んでしまっているという精神状態に陥ってしまったのです。
少なくとも、「65年近く前の演奏」という時代を全く感じませんでした。

無論、前出のブーレーズの「リング」も同じです。
40年という時間の隔たりは一切感じさせず、そこにワグナーの楽劇「リング」が繰り広げられている、という思いに浸らせてくれました。

「芸術は未来において完結する」

これは、小説家福永武彦が著作「草の花」の中に書いている言葉ですが、創造された作品のみならず、再現芸術である演奏においても、やはりそうした境地は存在するのだなと、改めて感じ入った次第です。

J.S.バッハやモーツァルトそしてベートーヴェンを始め、私の大好きなブラームス、ブルックナー、マーラーといった人たちは、それぞれ、17世紀・18世紀・19世紀・20世紀を生きた、その意味では「過去」の人々ですが、残された曲からは、それに接するたびに新しい発見をさせられる。まさに現代に脈々と生をつないでいる確かな存在です。
これらの曲を聴いて、それが作られた過去の時代をことさらに意識することはなく、大げさな言い方をすれば時空を超えて永遠にそびえる創造物、とさえ感ずるのです。
逆に云えば、こうした長い年月を強かに生き、かつ未来に向けてもいささかも陳腐化しないであろう作品こそが、こうして現代に生き残り私たちに音楽を聴く喜びを与え続けてくれている、ということなのでしょう。
ちょっと語弊があるかもしれませんが、例えば「モーツァルトとその時代の音楽」などというコンセプトで、同時代に活躍した作曲家(現在では一般にほぼ忘れ去られた存在)の作品を紹介する、という企画があった折、そうした作品に接すると、「なるほどモーツァルトの時代の音楽っぽいな」などというように当該時代背景などをまず考えてしまいます。音楽そのものの質ではなく、それが生み出された時代の響きという観点で受け止めてしまう。
モーツァルトの音楽が、あたかも永遠の生命を有しているかのごとく、たった今そこに存在している、という感動を以て受け止められるのに比して、何という違いかと思います。

今ではもうあまりいわれなくなった感もありますが、「懐メロ」というものがあります。
私の父は、(子供の私を音楽好きにするほどに)様々なクラシック音楽を愛好してきた人間で、それこそバロックから始まって、ドビュッシーの「海」やストラヴィンスキーの「春の祭典」まで聴いておりました。
それが、私が高校生になるころだったのではないかと思うのですが、昭和初期の歌謡曲のシリーズものLPを買い求めるようになり、懐メロばかりを聴くようになりました。
当時、40歳代の半ばを迎えた父に、どのような心境の変化があったのかはわかりませんが、恐らく自身の幼少時から青年時代に想いを馳せつつ、その当時の様相などを反映するこうした曲を聴き、その「時代」を懐かしんでいたのではないかと愚考します。
自分の若き日を懐かしむ心が、その時代を反映する懐メロにシンパシーを抱かしめる。
今思うと、そういう音楽の聴き方があっても、それはそれで良いことだろうと思うのですが(当時はかなり反発した記憶があります)。

こうした「懐メロ」を聴く感覚は、恐らく、先に述べたブーレーズの「リング」やフルトヴェングラーの「トリスタンとイゾルデ」における時代を超越した感動を求めるものとは全く逆で、むしろその同時代的意識を喚起することそのものに喜びを見出すものなのでしょう。
つまりこうした音楽を「懐メロ」として聴いている限りにおいて、そのリスナーの存在こそが「懐メロ」の存在意義なのです。それにシンパシーを感ずるリスナーがいなくなったしまった時に、同時にこうした楽曲もその命を失うことになるのではないでしょうか。

そして、それは演奏の場合でも当てはまってしまう。
ワグナーの曲を例にとれば、大好きな曲の一つに神聖舞台祝典劇「パルジファル」がありますが、私が最初にその全曲盤を購入したのは、カラヤン指揮ベルリン・フィルによる演奏でした。
全編がこれ以上ないほど完璧に彫琢され、正に光り輝くような美しい演奏で、このコンビの計り知れない実力に打ちのめされたことを思い出します。
ところが、ほどなくして、クナッパーツブッシュ&バイロイト祝祭歌劇場管による1962年の演奏に接すると、今度はその造形の巨大さと時代を超越した響きの深さに圧倒されました。
パルジファルの成長と、クリングゾルの呪いから解放されるクンドリの魂の浄化とその最期までの情景が、眼前に目くるめく展開されて大団円に至る光景がありありと浮かんできたのです。
まだ若かった私は、そのあまりの違いに打ちのめされ、それ以降、クナッパーツブッシュの大ファンになってしまいました。

50歳に近い壮年となったあるとき、久しぶりにカラヤン&BPOの「パルジファル」を聴きましたが、彫琢された美しさは感じたものの、私はそこに(自分自身の)過ぎ去った時代の面影を見たのです。それ以来、私はその演奏を耳にすることはなくなりました。
もちろん、クナッパーツブッシュ&バイロイト祝祭歌劇場管の演奏は、今でも私にとって大切な愛聴盤です。
録音年代からすればこちらの方がはるかに古いのに、今聴いても少しも時代を感じさせません。感動を以て一気に聴きとおしたときのことを鮮やかに思い出させてくれるばかりです。

芸術というものは本当に不思議なものです。「時間」という、万物の存在を統御する巨大な力を、しばしば空無化してしまうのですから。
そういう演奏を、たとえレコードやCDという媒体であろうとも所持することができる幸せ。
ありがたいことだなと改めて感じずにはいられません。

タグ:懐メロ
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