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未来を信ずる力 [雑感(過去に書いたもの)]

朝から雲に覆われた日となりました。
昼間もあまり気温が上がらず、空は今にも泣きだしそうな雲行きです。

日比谷公園に出向くと、ギンナンを拾っている婦人に出会いました。
私もこれまで何度か拾ってみたいなと思うことがありましたが、なぜか実行に移すことができません。
山の中に入ると、山菜やキノコや木の実など、ありとあらゆるものに手を出してしまうこの私が、街中になるととたんに臆病風に吹かれる。
自分ながらに不思議でなりません。

ユッカランの花ところで日比谷公園ではユッカランが立派な花をつけていて、バラなどとともに、この時期、目を楽しませてくれます。
それにしても立派な植物です。
さすがに「Yucca gloriosa」の名に恥じない姿態ですね。

「芸術は未来において完結する」
これは、福永武彦の「草の花」の中に出てくる言葉ですが、これは芸術の世界に身を置く創造者が有するべき一種悲愴な決意の表れなのかもしれません。

「いずれ私の時代がやって来る」
マーラーはそのように信じていたからこそ、あのように偉大な曲を残せたのでしょう。
そう信じない限り、あれほどの苦悩や困難をおして作り出すモチベーションを維持することはできなかったのではないか。
つまり、マーラーは(自分の作品が正当に評価される)未来の到来を信じていたということに他ならないのではないかと思うのです。

むろん、これはマーラーに限った話ではありません。
多くの芸術は、それが普遍的な力を有していればいるほど、ほとんどの場合、同時代的な評価を享受することが難しかったようです。
ピカソやダリのように長寿を極めた人は、その晩年にその片鱗なりと享受できた可能性はあるかもしれませんが。

さて、さらにことを自分という矮小な単位でみようとすると、いわゆる創造的な意味での未来などカケラもないことに気づき悄然とします。
私たちのような凡人には未来はおろか現在すらもなく、いわば過去のみが堆積していくのではないか。
確かに、将来なすべきことやなされるであろうことは予測がつきますが、それは単なる「予定」でしかありません。つまり、己の過去の上に積み重ねられていく、それまでと似たような程度の知れたシロモノで、「未ダ来タラズ」の対象となるべき深淵かつ哲学的・芸術的かつ無限の可能性を秘めた不確定な事象などという世界とは、完璧に無縁な陳腐極まりないものなのでしょう。

と、そうは思いつつも、やはり未来への憧れはあるわけで、それに想いを馳せることもまた、人としての喜びなのかもしれません(徒労かもしれないけれども)。

そんなわけで、やはり以前書いた文章ですが、ここに再掲いたします。
人間が、いわゆる知的生命体であることの証として様々な遺産を残してきた過程に、暫し想いを馳せてみた。
この世の中の存在がそうであるように、人もいつかは時間によって殺される。自分の身にもいつか「死」が訪れることを誰しも認識していながら、しかし、それがいつであるのか明らかではないが故に、人はそれを現実のものとして意識しようとはしない。
つまり人は、その生を享受している間、(半ば無意識のうちに)自分は永遠に存在するものという錯覚の中に居るのではないか。
従って、自分の営為の中で生み出す全てのものにも、やはり永遠に存在するという願いが込められる。それが「遺産」という具体的な形で残されているのかもしれない。つまりそれをもって「未来」に繋がろうと考える。
未来は過去があって初めて信ずるに足る概念となり得る。過去との継続を断ち切った先に恐らく未来はあり得ない。過去から未来に連綿として続く継続性こそが、恐らく様々な意匠に託された「文化」の本質なのだろう。
これは、文学・音楽・舞踊などのような、無形の表現芸術の世界において一層際だつものなのかもしれない。過去に生み出された表現が現在においてもそのままに残されている奇跡を目の当たりにすることによって、自らの生み出す表現が未来において存在する可能性をもまた信ずることが出来るのだから。
芸術家とは、このように奇跡的な力を有する伝統から様々な表現手法を学びとり、そこからまた未来に続く新たな表現を生み出そうとする人々に他ならない。
彼らの内には、新たなる奇跡を起こす可能性が横溢している。それは産みの苦しみを伴うものなのかもしれない。しかしそれは、確実に未来へと通じていく「遺産」となり得る。私はそう信じている。

うーん、相変わらず肩に力が入っていますね(^_^;

この頃は、もしかすると自分でも何らかの意味のある創造物が生み出せるチャンスが来るかもしれない、などと、不遜にも猪口才にも妄想をたくましくしていたのでしょう。
正しくこれも「冷汗三斗」なみの妄言の類ではありますが、こんな時代だからこそ「未来」を信じてみたくもなりましたので、敢えて再掲しました。

ご笑覧下されれば幸甚に存じます

それにしても、時間というものはなぜ過去から未来に向かってしか流れないのでしょうか。

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「にごりえ」を読んで [雑感(過去に書いたもの)]

朝のうちは雲が残っておりましたが、昼ぐらいから晴れ間が広がり、台風が運んできたものか、またまた猛暑が訪れてまいりました。
こんな日はおとなしく自宅に蟄居していればいいのでしょうが、仕事とあればそうもいきません。
誠に勤め人とは哀れな存在ですね(^_^;

などといっている間に、夕方になってまたしても雲が出てきました。
どうやらこのまま夜半まで曇り空となりそうですが、気温は相変わらず下がりません。

さて、先日、短い夏休みをとって帰省しておりましたが、その折、生家に残してきたレコードや本なども、一応、所在の確認などをしてまいりました。

レコードはかなり惨憺たる状況で、一刻も早く保管場所を確保し、盤面の汚れなどを洗浄してあげなければならぬと思いましたが、容易に果たせず泣きの涙といったところです。

岩波文庫「にごりえ・たけくらべ」本の方も状況は似たようなもので、なんとか対策を考えなくてはと、これまで放置してきた己の怠惰を反省しました。
何しろ、生家の両親にとってこれらのものは所詮「邪魔もの」にすぎないわけですから、その意味でも持ち主である私がきちんと対処しなければなりません(って、そんなの当たり前ですよね)。

その本の中に、中学生の頃、読書熱に浮かされて読んだ岩波文庫が何十冊もあって、やはりそれなりに懐かしく、ついつい手にとってしまいました。
今思えば、ずいぶん背伸びをしていたものだと思いますが、何しろ中学生の頃は知識欲も旺盛で相応の馬力もありましたから、ドストエフスキーだのトルストイだのシェークスピアだのをむさぼり読んでも疲れを感じないどころか、次から次へと触手が伸びていったものです。

そんな中に樋口一葉の「にごりえ・たけくらべ」があり、以前、その頃のことを題材に書いた一文があったことを思い出しました。
もちろん、そんな文章を書いたのはつい最近(といっても5年ほど前)のことなのですが。
以下、再掲します。

*************ここから*************

「にごりえ」を読んで
「行かれる物なら此まゝに唐天竺(からてんぢく)の果までも行つて仕舞たい、あゝ嫌だ嫌だ嫌だ、何うしたなら人の聲も聞えない物の音もしない、靜かな、靜かな、自分の心も何もぼうつとして物思ひのない處へ行かれるであらう、つまらぬ、くだらぬ、面白くない、情ない悲しい心細い中に、何時まで私は止められて居るのかしら、これが一生か、一生がこれか、あゝ嫌だ嫌だ」
樋口一葉の「にごりえ」における主人公お力の独白…。
先日、ふと思いついてこの本を読み返し、はっと胸を突かれた気がした。
表面では華やかに装い、茶屋一番の人気者としてちやほやされながらも、そこは酌婦の身の上なれば、心の奥底には止み難い厭世観が暗く広がる。

この短い小説を初めて読んだのは中学2年生のときだった。もちろん知識の絶対量が不足していたこともあって、細部まで理解したとはとてもいえない。しかし、その底知れない深みに囚われて、なんともいえぬ不安感に襲われたことは今も鮮明に思い出すのである。
23歳の若さでこのような深淵を描いた、いや描かずにはいられなかった一葉。その心中には、彼女の生み出した小説に劣らぬ闇が広がっていたのかもしれない。
この見事な小説の芸術的な高さに改めて驚嘆しつつも、この結末の暗さはどうだろう。

「古来、文芸の約束事とは、不幸な者が幸福になり、善が悪に勝ち、愛する者が結ばれるということではなかったろうか。自分の庭で丹精して育てた花を、一本一本、道行く人に差し出す作業ではなかったろうか」民俗学者の柳田國男の言葉である。
これは無論「文芸」に限ることではない。凡そ芸術とはそうした役割の元に生み出されるものであるはずであった。なぜならば、労働や日々の生活に傷つき疲れた人の心を癒し慰め平安を齎すことこそ芸術の果たすべき役割なのだから。

だが、いつしか世間は、喜劇よりは悲劇を、団欒よりは破滅を、勧善懲悪よりは厭世観漂う敗北の方を、リアリズムの名の下に、高級なもの、より芸術性の高いもの、と位置づけてしまった。
柳田のいう「約束事」が世間的には全く現実味のない嘘八百だから、ということがその理由ではもちろんないだろう。そんなことは昔の人たちだって先刻ご承知のはずだ。
つまり、純粋な娯楽として芸術を捉えることは芸術を軽んずる態度だという悪しき風潮が特権的な貴族階級や知識階級の間に広がり、いつしかそれが敷衍した、ということかもしれない。そしてそれらは基本的に彼らの有するペシミズムやデカダンスから発しているようにも思う。
自らは何も生産することのない寄生虫のような輩が、額に汗し腰や背中に鉄のようなこわばりを持たせながら必死で物を生み出す労働者たちの癒しでこそあるべき芸術を、己の退廃的な感傷をもって勝手な方向に歪めてしまった。その嫌らしい思い上がりが今日のような状況を招いているのだとすれば、働く人間にとって何たる不幸であることか。

一葉の生み出した小説の「芸術性」の高さにため息をつきつつも、私はなんともいえない寂寞感を抱いている。
希望をその字面のままに読めば、希い(すくない)望み、である。しかし、我々は本来癒しであるべき芸術の中に、その僅かな希望の姿すら見出すことが出来ないのだろうか。それは芸術本来の姿なのだろうか。

*************ここまで*************

今、改めて読み返してみると、かなり支離滅裂なことを書いており、誠に顔の赤らむ思いです(^_^;
しかし、このときに感じていた「もどかしい」想いは、今になっても少しも解消されてはいないのだなと痛感しました。

柳田國男の言葉を芸術の真にあるべき姿だと考えつつも、悲劇的なものや厭世感に満ち溢れたものに魅かれてしまう自分がいる。
それは畢竟、正宗白鳥のいう「我が好むところに従ふ外はないのである」ということなのかもしれませんが。

因果なものですね。
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野菜の花の美しさ [雑感(過去に書いたもの)]

zyagaimo01.jpg本日も猛暑日です。
連日の暑さで、さすがにちょっと疲れ気味、といった感じになってしまいました。
寝るときにもとうとうクーラーをかけてしまうようになっています。

昼間に外出すると、なんだか脳味噌が沸騰しそうな気がしてきますね。

そんな気候だからなのでしょうが、なんとなく、公園の花たちも元気がなくなっているような気がします。

ところで、写真はジャガイモの花です。
先日、会津に帰省した折、畑で咲いていた可憐な姿に心を奪われ、携帯電話のカメラで撮ったのでした。

ジャガイモの花に限らず、野菜や果物の花は本当の意味での美しさを持っているような気がしてなりません。
ナス、大根、キュウリ、かぼちゃだとか、桃、リンゴ、イチゴなどなど。

私はこうした花たちがとりわけ大好きで、この花が実を結んで、私たちに栄養を与えてくれることにいつも感謝してしまいます。

鑑賞の花とは全く違った美しさ。

それは野にひっそりと咲く花にも共通するものがありましょうが、これ見よがしな自己顕示が見られないことも一つの要素なのかもしれません。

尤も、花たちにしてみれば、観賞用に作られたものも野菜の花も野の花も、彼らにとっては全く区別などないはずで、人間の欲求によって勝手な選別をされるのは迷惑この上ないことでしょうけれども。

全く人間の性というものは度し難いほど身勝手なものなのでしょうね。

さて、このジャガイモの花を見ていて、以前書いた文章のことを思い出したので、ここに転載します。

これは5年くらい前に書いたものですから、宮本輝さんの「流転の海」も、もう第五部の「花の回廊」が出版されていますし、宮本さんも、もう63歳におなりです。
その点はお含みおきいただきたく存じます。

************ここから************

宮本輝の長編大河小説「流転の海」、氏の作品の中でもとりわけ深い世界を描いて間断とするところがない。第1部の「流転の海」から第4部の「天の夜曲」まで20年の歳月がかかっていて、しかも未完なのである。当初は6部までの予定が7部にまでなりそうだというから、完結までにはまだあと20年近くかかる可能性があるわけだ。
宮本輝氏は、現在58歳。なんとしても完結していただきたいと切に願っているところである。

さて、その第4部「天の夜曲」の中に次のような文章がある。
最近は目にすることが少なくなったが、自分も若いころ農村で暮らして、茄子の花、キュウリの花、山椒の花等々と四季それぞれに咲く野菜の花を目にしたが、、収穫のことばかりが念頭にあって、その真の美しさに気づかなかった。
(中略)
バラやチューリップなどの観賞用の花の、派手で華やかな美しさではなく、その多くはいつのまにか咲いていつのまにかしぼんでいく。野菜を得るためだけの楚々とした小さな花に過ぎないが、これ見よがしでもなく、美しすぎるゆえの邪なところもなく、それでいてどこかゆるぎない品といったものを持っている。
居酒屋の主人は、その野菜の花の美しさは、人々に季節の味や栄養をもたらし、人々の役に立つ働きとか使命とかを担っているが故に天から与えられた徳のような気がするといった。
そうとでも解釈しなければ、あの野菜の花の可憐な品の由来は説明できない、と。
すると客は強く同意し、人々を楽しませ、人々の役に立ち、人々を癒すために生まれたからこその品格が小さな花にも厳と存在するならば、人間もまた同じではあるまいかと言った。そしてそれは見事なまでに人相にあらわれるのではないだろうか、と。
美醜とは関係なく、なんとも言えず品のいい顔立ちをした人がいる。そういう人の、とりわけ目はきれいだ。視力が弱くて眼鏡をかけているとか、目が大きいとか小さいとか、そうした表面的なものの底に、深い目がある。

このあと、人を笑わせることだけを心の底から望んで精進した落語家の最期のときの情景が描写され、臨終のときにその落語家が心の底から笑い、その笑い声にあわせて、その近くの小学校の校庭に咲いていた桜の花が声を合わせて笑ったという不思議な体験が語られる。
芸術を生業としつつ、しかし金儲けや名誉欲を満足するなどという下卑た目的には与しない、そんな人間としての美しさが、恐らくそうした人の残した作品や表現に如実にあらわれてくるのだろう。
私はもとより姿かたちの美しさなどとは程遠いところにいるが、せめて目だけは美しいものを見、美しいものを感じ、そして濁りのないところにいたい…。そんなふうに思ったところである。

************ここまで************

「流転の海」は第五部の「花の回廊」に至って、さらに大きな広がりを見せてくれています。
いったいどこまで広がり深まっていくのか、これほど次回作が待ち望まれる大河小説も珍しい存在でしょう。

私も今か今かと待ち望んでいる者の一人です(*^_^*)

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表現の手段 [雑感(過去に書いたもの)]

sora01.jpg朝のうちは青空も覗いていましたが、昼ごろからところどころに怪しい雲が張り出してきました。
日本海側を中心とした集中豪雨は、さらに深刻の度合いを増してきています。
しかし、都心当たりでは、あまりひどい雨が降っていたような印象が薄く、恐らく昼間の降雨量がそれほど多くなかったことによるのかもしれません。
それでも、ところどころでゲリラ豪雨の被害が出ているので、梅雨の終盤を迎えているとはいえ、気を抜けない日々が続きそうです。

ここのところ、作曲や詩作のような創造的な活動からかなり遠ざかっていて、ちょっと寂しいものがありますが、以前、かなりそうしたことに血道をあげていた時期があって、その頃に書いた文章を載せたいと思います。

慌てて付け加えるのですが、「創造的な活動」などといっても所詮は素人の手慰み、稚拙極まりないものばかりなのは言うまでもありません。
にもかかわらず、当時はこんなふうに肩に力が入っていんだなと、今、懐かしく思い出している、という感じです。

******** ここから ********

易経「繋辞上伝」の第12章に「書不盡言。言不盡意。」という一文がある。これは中庸の中で孔子が伝えた言葉でもある。

「書は言を盡さず、言は意を盡さず」

書、つまり文字でいくら細かく書こうとも、その人の言葉を余すところ無く伝えることは出来ず、言葉をいくら用いようとも、その人の意とするところつまり想いを完全に伝えることは出来ない、大要このような意味になるだろうか。
20年近く前に初めて易経を読んだとき、この一節は実に心に染みた。
考えてみれば至極当然のことで、人それぞれが心の中に持つ精神世界という小宇宙は、果てしもなく深遠なものなのだから。
これは音楽において一層顕著だろう。
作曲家の思い描く音楽を完璧に具現化する記譜法は無く、恐らく自分の思うところのすべてを音楽によって表現できる人もいはしない。

では、言葉や音楽は無力なのであろうか。そうではない、と私は思いたい。
人それぞれの想いは、確かに複雑で奥深いものである。
しかし、それがその人の心の中にとどまっている限り実体も何もない単なる観念にすぎない。それを自分の思想なり表現として形作るためには、書や言や音符に頼らざるを得ないのだ。
恐らくそれらのもの一つ一つには、それらのものが生まれてこの方、様々人々に使われててきた歴史の中の様々な思いが打ち込まれているに相違ない。

例えば「山」という言葉一つにしても、

かにかくに渋民村(しぶたみむら)は恋しかり
おもひでの山
おもひでの川

と詠んだ石川啄木と、

山へ行け!君のその憂鬱のすべてをばルックザックに入れて。そしてこのあおあおとした大気のながれる、あかるい巌の頂きにのぼり来よ。

と書いた大島亮吉の「思い」が同じであるはずはないのだ。

音楽にしても、一つの調、一つの和音、一つの音、一つの休符に至るまで、そこにどれほどの歴史が刻み込まれていることか。それは全く以て想像を絶する世界である。
共通するツールであるからこそ、単純に見えながらも複雑で、それこそ無限大の表現を引き出す可能性を秘めている。そのことが私にまた新たな感慨を抱かせる。それをどのように使いこなすことが出来るのか…。課題は大きく深い。

******** ここまで ********

何かを創る、何かを書く、という行為は、やはり創りだしたい!という強烈な想いがあってこそのもので、それがあれば、たとえ手法は稚拙であっても何らかの具体的な形にはなるものだと、私は考えます。
それを彫琢していくために必要な技術をどうやって会得していくのか、恐らくは不断の努力といった頑張りがものをいう世界なのでしょう。
それが欠けているから稚拙なものしか生み出せないし、向上心も養われないのかな、などと自分のこれまでのありようを振り返って、ちょっとブルーになってしまいました。

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芸術を生み出す力 [雑感(過去に書いたもの)]

爽やかな晴天が続きます。
尤も、場所によっては真夏日一歩手前くらいまで暑くなっている所もあるようで、いくらクールビズとはいえ、今の時期にそれではさすがに厳しいことでしょうね。

そんな麗らかな今朝の通勤電車の中で、ベートーベンのピアノ協奏曲第3番と第4番を聴きながら、「いったいどうしてこんな音楽を創り出すことができるのだろう」と、改めてため息をつく想いがしました。
天才なんだから当たり前、というありきたりの常套句だけではとても納得できるものではありません。

プラトンの忘却の河を敷衍すれば、天上に行った人が現世に生まれ変わるとき、忘却の河の水を飲んで天上の情景やそこでの暮らしの一切を忘れ去るのですが、その水の量が少ないと、その天上の美しさの一部が記憶の奥底に残り、そうした人々が芸術を生み出すのだそうです。
つまり、私などのように意地汚くがぶがぶとその水を飲んじゃったのであろう人間は、そうした天上の美しさを完璧に忘却し去るので、芸術的なインスピレーションなどみじんも存在しない、ということになるのでしょうか(というか、天上ではなく地獄から這い上ってきているのかもしれませんし)。

そんな芸術の持つ玄妙な魅力を生み出す力について、6~7年くらい前に書いた文章があります。
そのころ、割合精力的に曲や詩などを作ったりしていて、ふと同じようなことを考えていたのでした。
つまり、なんのことはない、自分の凡庸さに対する諦念みたいなものですね(^_^;

******** ここから ********

「てふてふが一匹韃靼海峡を渡つて行つた」
安西冬衛の有名な一行詩だ。

「太郎を眠らせ太郎の屋根に雪ふりつむ/次郎を眠らせ次郎の屋根に雪ふりつむ」
いうまでもなく三好達治の「雪」。

こうした言葉の奇跡、或いは例えばブルックナーの交響曲にあるような奥深い和声進行などは、どの様にして生み出されるのか。

人間が経験や伝統から学ぶ生き物であることは論を俟たない。
生み出された言葉も音楽も、それに接する人々に伝わる術を持たなければ何の意味もないのだから。
優れた芸術を生み出す芸術家は、だから恐らく膨大な芸術作品に接し、その芸術表現の手法を自然に体得していくものだと考える。

一つの行き方としてコンピュータという存在がある。
膨大なデータを取り込みそれを体系化して分析する能力は、少なくとのその量的な部分と反復処理などを取り出せば到底人力の及ぶところではない。その能力をフルに発揮させ、様々な「売れ筋」の表現手法を処理させるのだ。
実際にそうしたマーケティングに基づく作品を発表する人も多い。
ヒットした歌詞やコピーを、例えば母音や常套句の配列という観点から分析し、その型に則って構成したり、やはり過去にヒットした曲をサンプリングしてつなぎ合わせたり、といった手法である。

一方の極地に芸術家のインスピレーションのようなものがある。
うんうん唸りながら、或いはあるとき唐突にやってくる閃きなどをもって、己の表現したいものを己の頭脳の中から世の中に生み出していく。

どちらの方が優れているか。答はもちろん明らかだ。
マーケティングからは、先に挙げた詩やブルックナーの和声などは絶対に生み出されないのであるから。
人間の脳髄はそれほどに神秘に満ちている。
海馬の奥底かなんかに眠っていて、自分では完全に忘却していると思っていたあるテーマが、シナプスの刺激を受けて突然に目を覚ましたりする。
それが一つ出現することによって、関連づけられた想念は次から次へとわき起こってくるだろう。そのシナプスの偶然の動きが、もしかすれば芸術家の持つ独自の才能なのかもしれない。

世の中の事象を見る場合、論理学や数学などで分析してみても、殆どの部分がその網目から洩れ落ちてしまうことだろう。
太極的な見地から物事の真理を掴むのには、恐らく芸術が最も適している。
それは、人間の脳髄の宇宙にも似た計り知れない能力と一種の偶然性が生み出す奇跡のような動きの中からもたらされるものなのだから。
芸術家のそうしたインスピレーションを生み出すシナプスの動きは、コンピュータ的に見れば「バグ」なのかもしれない。だがそれこそが正しく芸術家としての「証」に他ならないのではないか。

整然とした論理だけの世界からは芸術は決して生み出されない。私はそう思う。

******** ここまで ********

心中に酌めども尽きぬインスピレーションの泉を持っている芸術家にとって、それを生み出す行為は何ものにも代え難い悦びなのだろうと思います。
ただ、それをきちんとした形に彫琢していくためには大変な労力が必要なのでしょうけれども。

しかし中には、彫琢の技術のみで作品を作り出している人もいます。
その人たちの苦しみもまた如何ばかりのものでしょうか。
アーティストがインスピレーションを求めて覚せい剤に手を出すという行為に走るのにも、もしかするとそんな背景が存在しているのかもしれない、と思うと、何だかやりきれないものを感じてしまいます。


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うたをつくること [雑感(過去に書いたもの)]

ここのところ、何となく歌の関係の話題を取り上げることが多くなっているような気がします。
特に意図したわけではありませんが、やはり、人にとって、歌という表現手法が最も身近なものであるからなのでしょう。
昨日なども、久しぶりにカラオケスナックなどに出かけてしまい、わいわいとマイクでへたくそな歌をがなり立ててしまいましたが(いきなり低レベルな話ですみません)。

長らく合唱をやってきた関係もあって、ぼつぼつと混声合唱曲やピアノ伴奏付きの独唱曲などを作っては、所属合唱団とか合唱仲間の方々(自分も含めて)に演奏してもらったりしています。
正直にいうと、自分で歌うだけならいざ知らず、仲間に演奏してもらうことは、穴があったら入りたいくらい恥ずかしい所業なのですが、自分の内部からマグマのようにわき上がってくるものがあったりして、どうしてもそれを出したくなる欲求が、時折私を襲ったりするのです。

そんな高揚した気持ちの中で書いた文章がありますので、次に紹介します。

***********ここから

なかなかに大変な作業だけれども、うたをつくることは楽しい。
新しいうたを作ることはもちろん、既にあるお気に入りのうたに響きをつけていくのも心躍る時間だ。

武満さんは、うたを作ることについて次のように語った。
「人生を積極的に肯定する情熱がない限り、歌は生まれないだろうと思う」

この言葉は次のピート・シーガーの言葉とも一致する。
「歌というのは、臆病者が強くなれるほど良い曲でなければならない。
また、ある歌は、怒りに満ちている人々を笑わせるほど愉快でなければならない。
そしてたとえば、会社勤めなどで心が冷え切ってしまっている人々の心を暖かくさせ、目に涙を誘うような曲でなければならない。
しかし、いちばん重要なことは、人々を、たとえば、子どもでも老人でも、すべての人の心をつなげていけるものでなければならないということだ」

そう、人生を積極的に肯定する情熱を持つからこそ、すべての人の心をつなげていけるようなうたを作ろうと、人は望みを持つのではなかろうか。
いくつもの試行錯誤や失敗を重ねつつ、次第に自分の描きたい心、描きたい世界を持つうたの形が整ってくる。それが如何に稚拙極まりないものであろうと、紛れもなく自分の生み出したものであるならば、そこに私は希望を編み込んであげたい。

四苦八苦の挙げ句、今、私の拙い世界は漸く形を整えつつある。私の大好きな歌に、私の勝手な響きを付けた不格好この上ない不肖の息子ではあるが…。

***********ここまで

私の書いている地の部分はどうでもいいような内容ですが、武満徹とピート・シーガーの言葉をご紹介したくて、取り上げました。

ピート・シーガーの「花はどこへ行った(Where have all the flowers gone?)」などの名曲を、ギター片手に歌った経験を持つ方はかなり多いことでしょう。
恥ずかしながら、私もその一人でありました。

ピート・シーガーは現在91歳で、まだまだ元気に現役で活動していると聞きます。
きっと、全ての人々の心をつなげるために歌おうとしてきた彼であるからこそ、そうした人々も神様も、彼を大切に守ろうとしてくれているからなのでしょうね。
そんなふうに思うと、何だか心が温かになるような気がします。
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音楽の深淵 [雑感(過去に書いたもの)]

今日は久しぶりに朝から快晴でした。
気温もどんどん上がり、やっと春本番というところでしょう。
しかし、どうやらこの好天も長続きはせず、週末はまたしても冷たい雨の日となりそうです。

そんな雨の日は、いっそ家にこもって音楽を聴くか本でも読んでいる方が幸せな気分になれますね。

さて、先日、「音楽と文学」という過去に書いた文章をアップしたところですが、どうもこの題材は私自身にとって結構大きなテーマになってしまうようで、文学の中で取り上げられている音楽の話題を取り上げたこともありました。
以下に再掲します。

****** ここから ******

ふと思い返して、高橋和巳の「悲の器」を読み返している。
20年以上前に読んだときの強烈な印象をもう一度確認してみたかったからなのであるが、そこから受けるものは、当たり前のことながら、やはり大きく異なっていた。

当初は主人公「正木典膳」に対して鼻持ちならない選民意識を感じ、その嫌悪感が支配していたものだが、その主人公の年齢に近くなってくると、抗しがたい大きな流れの中に取り込まれて、あまりに潔癖な自尊心故に自縄自縛に陥る様が哀れで、むしろそれを想いつつ涙にくれてしまう。
こんな重い命題を僅か31歳という年齢で書き、それ以降も、「邪宗門」「散華」「我が心は石にあらず」「わが解体」などをつぎつぎと文壇に問いつつ、45歳で卒然と逝った高橋和巳…。その高潔な思想性は希有のものであった。

「悲の器」の中には何度か音楽の存在が明示される。それはある意味では主人公が属する法学の世界と対比するものとして位置しているがごとく捉えられるが、実はここにこそ作者の思いが込められているようにも思われ、興味深かった。それが決して肯定的に扱われているわけではないが故に。
とりわけ次の描写は重い。
じっと家に閉じこもるようになってから、相当の間、音楽がわたしの慰めだった。一日じゅう、痴呆のようにラジオの番組の中からレコード放送の時間をよったものだが、その忘我もいずれは醒めねばならなかった。仕事の合間、休憩の一ときに時間を惜しんで耳を傾けてこそ音楽も美しい。天界からの甘露の滴のような音が流れるのも、ときたま地獄の深淵をかいま見る魂にこそ、そう響くのだ。絶えまなく深淵の泥の中に蠢いておれば、すべての音階は業罪の予兆のように苦しくなる。荘重さは行き詰まりの呻吟となり、軽妙さも、胸を突き刺す戈(ほこ)の光となる。

これは作者個人の思いも相当に反映されているのではないか。
少なくとも心の平安のないところに音楽はいかなる響きももたらさない。音楽に感動するのは、その音楽に自らの心が共鳴するが故なのだから。

しかし、深淵をかいま見ることもなく何の葛藤も存在しない心に、音楽から語りかけはやはりあり得まい。音楽によって救われるべき魂自体がそこには存在しないのだから。
音楽を聴くことが苦しみに繋がってしまうこと。言い換えればそれほどまでに音楽に依存しているということなのかもしれない。その螺旋のような深淵の構造が私を震撼させるのである。

****** ここまで ******

「罪人偈を説き閻魔王を恨みて云えらく、何とて悲の心ましまさずや、我は悲の器なり、我に於いて何ぞ御慈悲ましまさずやと。閻魔王答えて日く、おのれと愛の羂に誑かされ、悪業を作りて、いま悪業の報いを受くるなり。」天台宗の僧侶、源信の「往生要集」から引用した言葉を以て、「悲の器」の物語は始まります。
読み進むにつれ仰ぎ見るほどの壮大な構築物を感じさせつつ、最後にはそれが倒壊していく様までを重厚な文章表現で展開してゆくのです。

この「悲の器」も含め、高橋和巳の小説は読み通すのに一定の体力を必要とするような気がします。
それ故に、なかなか気軽に手にとって読み飛ばすということが出来ないわけですが、いったん読み始めると今度は強烈な磁力で引きつけられ、容易に手放すことができなくなります。

自分の心がぶれそうになると、私は彼の作品を読もうと思い立ちます。
そしてその後、冷静に自分の心の中を眺めようとする。いわば一種の気付け薬のような存在なのかもしれませんね。

この「悲の器」は、新潮文庫に残っている唯一の高橋作品になってしまいました。
「邪宗門」も「我が心は石にあらず」も、とっくに廃刊となっているようです。

オクターブのこと [雑感(過去に書いたもの)]

私は中学校・高校時代を通じて吹奏楽部に所属しており、楽器に対してはかなり強い愛着があります。
吹奏楽以外でも、高校時代からリコーダー・アンサンブルなどを結成し、得意の肉体労働で木製のリコーダーを購入したりしておりました。
社会人となってからは、雅楽にも興味が湧いてきて、龍笛・篳篥の演奏も趣味の一つになっています。
篠笛やケーナなんかにも手を出していて、ちょっと収まりがつかないような状況ではありますが。

ところで我々は楽譜というとやはり五線譜を念頭に置いてしまいがちですが、いうまでもなくこれは数多ある筆記法のひとつでしかありません。
雅楽の楽譜や邦楽器の楽譜を見た人はわかると思いますが、要はそこで鳴らして欲しい「音」を、強弱や音色も含めて記すという基本的な目的にさえ合致しておれば、それを読むことによって作者の意図した音楽を再現することが可能となるわけです。

洋の東西を問わず、人が認識する音自体にそれほどの乖離があろうはずはないのだろうなと漠然と考えていたところ、宮城谷昌光さんの「史記の風景」を読み、やはりそうであったのかと得心し、その勢いで、次のような文章を書きました。

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人はそれぞれの過ごしてきた環境から、さまざまな思いこみを有しているものであるが、それは音においてもおそらく同じものなのだろう。しかし、根本的なところはどれも同じく「感覚」よっているものなのかもしれない。

1オクターブを12音で区切る、その無調性という概念、これを私は現代音楽の一つの象徴的な理論だと思っていた。

中国の音階の中で黄鐘という基準音がある。この基準音を元に12律という概念があり、これはオクターブを12音で区切るということを指している。より正確に言えば、その12律の中の奇数の音を「律」といい、偶数の音を「呂」という。
つまり黄鐘はその6律の中の基準ということであり、そこから他の律の音が定められていくというのである。
雅楽はここから音階が作られており、当然のことながら、日本の陽旋法も陰旋法も、これら12律が元になっているわけだ。

つまり、人間の音に関する感覚は、オクターブを12音で区切るという面からいえば洋の東西を問わず共通しているということではないか。

オクターブの中で、ちょうど真ん中にあるのは嬰ヘ。そういえば、不思議にこの音は他の半音と違って取りやすい。もしかすればオクターブの感覚が人間の根元的な部分に依拠しているものであるからなのかもしれない。

「史記」の「天官書」によると、正月元旦の日差しが明るいとき、都に響く人民の声が宮音であればその年は良い年とされた。中国には五音というものがあり、それは、「宮・商・角・徴・羽」と呼ばれる。これは「ド・レ・ミ・ソ・ラ」に当たるとされ、従って、「宮」はドということになる。つまり、正月元旦の声がドに聞こえれば良い年ということなのだろう。
因みに、商(レ)では戦争の勃発、徴(ソ)なら旱害、羽(ラ)は水害、角(ミ)はそれ以外の凶事、ということらしい。

こんなことを知ると、人の心に安らぎを覚えさせる音と、そうではない音の存在は俄に現実味を帯びてくる。ドイツの音楽理論家ヨーハン・マッテゾンはそれぞれの調性に対して意味づけを行ったが、これに関してもやはり、人間の魂の根元に関わる感覚に帰されるところなのかもしれない。

いずれにしても、こと音に関する限り、人の感覚は同等なのだなと、当たり前といえば当たり前のことに、なぜか深い感慨を抱いてしまった。

****** ここまで ******

音楽の基本となるAの音、440Hrz。
音色を左右する倍音はここから展開していきますが、人が生まれるときに最初に発する産声は、このAの音であるといいます。
つまり、何ものにも染まっていない生まれたままの人の中で鳴っていた音はAだった、ということになり、それは母体にいるときのお母さんの心拍音だったり血液の流れる音だったり、もっと天上的・普遍的なものから発せられる音であったのかもしれません。
だから人は、その基本の音に反応し、そこからオクターブ、つまり倍音を認識していくのでしょう。

私は残念ながらピアノをきちんと習ったことがないこともあって、いわゆる絶対音感はないのですが、吹奏楽や合唱をやってきたおかげで相対音感は多少身についているような気がしています。
というよりも、ピアノのような鍵盤楽器での演奏以外で平均律を全うするのは通常困難なのではないかと思います。
私のような人間において最も重要なのはむしろ準正調の方でしょう。
雅楽や邦楽器はもちろん、声楽でも準正調の意識が欠落していては演奏ができません。
殊に合唱やアンサンブルでは必須の条件のように感じているのです。
その準正調も、やはり自分の心の中で鳴り続けてきた音(Aの音)が元になっているのであるとすれば、人間と音楽の関係とはなんという不思議なえにしなのでしょうか。

音楽と文学 [雑感(過去に書いたもの)]

私は本を読むのが大好きで、それも余りジャンルを選ばず乱読する傾向があります(尤も、いわゆるハウツーものとかアイドル本とかカツマーのサクセスストーリーみたいなシロモノには全く触手が動きませんが)。

そんな乱読本の中でも、やっぱり音楽関係の本を読むことは結構多く、先日もワルターの「主題と変奏」を四半世紀ぶりくらいに読み返し、改めてワルターの深い思索と人柄に圧倒されたところです。
表現芸術を目指す人間が生み出す創作物として、音楽と文学は非常に深い接点があるのでしょうね。

過去にもそんなことを漠然と考えていたことがあり、そのときの文章を再掲します。
これを書いたのは2003年の晩秋の頃でした(読書の秋、ですかね)。

****** ここから ******

先日、小倉朗の「自伝 北風と太陽」を読み返し、音楽家には名文家が多いということに改めて気づかされた。
芥川也寸志・團伊玖磨・林光・三善晃・岩城宏之その他、文筆を良くする音楽家は枚挙のいとまもない。武満徹に至っては、詩・随筆・推理小説から映画の脚本まで手がける多才ぶりで、しかも音楽同様ため息が出るほど美しい文章を残している。高橋悠治の「音楽の反方法論序説」や「カフカ/夜の時間」などに見る緻密な構成もまた瞠目すべきものだった。
歴史上を見ても、自分で壮大な物語を構築したワグナーを筆頭に、「作曲の基礎技法」「和声の構造的諸機能」「対位法入門」などを著したシェーンベルク、美しい書簡集を残したメンデルスゾーン、これまた枚挙のいとまがない。

思うにこれは、音楽も文章も基本的にはリズム感が重要なポイントであることと無縁ではなかろう。
文学の上でも「耳がいい」とか「悪い」という評価がある。言葉の選び方、句読点の打ち方、文間の調整、全体の響きの調和、こうした要素が文章の質を大きく左右する。

音楽にも同じことがいえるだろう。改めて述べることさえおこがましいが、旋律とは音の高低だけでは成り立ち得ない。そこにダイナミズムを備えたリズムがあってこそ音は生き生きと流れていくのである。
極端な例を挙げれば、ブラームスの交響曲4番の4楽章(シャコンヌ)における4分音符のみで作られた基本旋律、あれは正にあれでしかなし得ない世界を築いているのだ。決して単なる音の高低のみではない、ブラームス独自の文法が存在する。あの壮大な変奏曲が一見単純に見える音の積み重ねから紡ぎ出されていくとき、私はそこに一つの物語を感ずるのである。

藝術家には俗人が対立すると言った福永武彦氏は、その著作の中で、しばしば音楽的な手法を積極的に取り入れた。これは彼が詩人であったことと無縁ではなかろう。
詩と音楽は極めて近いところにある。従って、詩人の書く散文が音楽的な愉悦を与えてくれるのは理の当然と言うべきかもしれない。

音楽と文学、この間の橋渡しは、あるいは藝術家にとって危険な賭に等しいか…。しかし、自分の求める表現世界を音楽のみで実現することに限界を感ずるとき、音楽家が文章によってそれを補完しようと試みる。これは藝術家として極めて自然な行き方ではなかろうか。それ故にこそ、彼らの残した文章には、しばしば本職をも陵駕する美しさと力が漲っている。私はそう思う。

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ブラームスは私の大好きな作曲家の一人であり、中でも交響曲第4番は特別に思い入れが強い曲の一つです。
話題となったクライバー指揮ウィーン・フィルを始め、ザンデルリンク指揮ドレスデン・シュターツカペレあるいはベルリン・フィルなどなど、正にキラ星のごときレコード(CD)が存在し、選択に迷うほど。
また、1986年にミュンヘン・フィルを率いて来日したチェリビダッケの東京文化会館での演奏(10月15日)、私も聴きに行ったのですが、これは正しく「とてつもない」名演でありました(同じ日に演奏されたロッシーニの歌劇『どろぼうかささぎ』序曲 もすごかった)。

因みに、私が初めてこの曲のレコードを買ったのは高校二年生の頃で、もう40年近く前のことです。
アーベントロート指揮のライプツィヒ放送響のスタジオ録音版のモノラルでしたが深く感動したことを懐かしく思い出します。

当時はレコードを買うために、土木工事の現場にバイトに出かけたりしていたものだったなあ、と余計なことまで思い出しました。
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弓張月の夜に [雑感(過去に書いたもの)]

今夜、やっとの思いで、日没直後のお月様の姿を見ることができました。
そのとき、待望の梅の花の香りにも出会え、満足です。

月の光というものは誠に不思議な気分にさせてくれるもので、つまりそれは、太陽光線の反射という間接的な光であることによるところが大きいのではないかと、私は勝手にそう感じています。
月を眺めていると様々な想いが頭をよぎるのですが、やはり月を眺めながら書いた以前の文章があるので、ここに再掲します(2005年の秋頃のもの)。

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創造とはどのような形をもってなされるのか。
誰も試みたことのない地平をこの世の中に創出することがその目的といえばいえなくもないとは思うが、恐らく、その創造的活動を行っている者にとってみれば、それは結果論でしかないようにも思える。彼の心の中に創造への限りない胎動があり、それを生み出すこと、そして、何よりもそれを他者に訴えかけたい、という思いが全ての源なのだから。
藝術が、それに接する人々の心に訴えかけて成り立つものである限り、そのそれぞれの人々の心の中に持つ文法に沿うものでなければならないはずだ。そうでなければ単なる独りよがりに終わってしまうことだろう。

溝口健二畢生の名作ともいうべき映画「雨月物語」。この脚本を書いた依田義賢が、著書「溝口健二の人と芸術」の中で次のようなことを書いている。
この映画が出てからある学者の方から映画の『雨月物語』は古典をけがすものであると、きついお叱りをうけましたが、秋成が中国の原典から、まったく別の彼のものをたてたように、わたしたちが、秋成から彼のイメージをもとにして、別のものを作ったとしても秋成の作は、少しも汚したことにはならないと思います。次々とたくさんなイメージを持たせるものが凝集しているということで、雨月物語は、古典として絶品だといえるのではないでしょうか。原典と秋成との間のディスタンスこそが、彼の偉大さを意味するわけで、この場合原典は触媒に過ぎないでしょう。同様に、わたしたちがアダプトすることは原典におもねる事ではないと思います。適応した時には既に別のものが生まれて創られてゆくのです。
シナリオライターはいつもそんな立場に立たされますが、現代にも強い共感と豊富なイメージを与えて生きてこそ、古典といわれる所以であり、これが歴史の生命だとさえ思っています。

当たり前のことではないか、と誰しもが思うことだろう、と私は考える。だが、この「学者」のような手合いが意外に多いのもまた事実。
しかし、この学者が日本の古典・国文学を専攻する者であるとすれば、これは実に恥ずべき発言といわざるを得ない。
日本文学における金字塔の一つでもある源氏物語も、唐詩を始めとする中国古典があればこそあれほど深い精神世界が描けたのではないか。須磨の中で白居易の長恨歌を引用する下りなど長安の都で江陵に流された親友を想って詠う白居易の姿が光源氏とダブって重層的な情景を見事に表している。
謡曲も当然にこうした中国古典などの影響を色濃く受け、浄瑠璃などもその謡曲の引用によって鮮やかな情景描写を実現している。
近代文学も全く同じ状況にあり、芥川龍之介などその殆どの著作が今昔物語や宇治拾遺物語あるいは中国古典を元に書かれているのである。
古典の持つ世界と力に魅せられたその時々の表現者は、それを己の創造力の中で再構築して世に出そうと試みた。それは単なる剽窃などというものではなく、むしろ窯変というべきものなのではないか。

映画でも、映画的引用という言葉があるように、篠田正浩やビクトール・エリセが「鑓の権三」や「エル・スール」で見せた引用の見事さは、引用元の価値を高めこそすれ、「汚す」などという場違いな批判からは完全に対立するものであった。況や、溝口の雨月物語に於いてをや…。

音楽の世界でも全く同じことだ。

バッハが様々な通俗曲を収集し、そのエッセンスを自作に生かしたことは論を俟たない。あのシュメッリ讃歌の美しさを見よ!さらにその巨大な成果がマタイ受難曲のコラールという形で結実している。
ブラームスのハンガリー舞曲集、ハイドンやヘンデルの主題による変奏曲もまた然り。
モーツァルトのピアノ協奏曲K488の美しい二楽章を聴くとき、私はバッハのゴルトベルク変奏曲を思い起こす。
ブルックナーの9番の中に、ワーグナーのパルシファルのこだまを聴くとき、ブルックナーのワーグナーに対する敬愛の情を思い、胸を突かれてしまう。
カール・パーマーが、バッハのインヴェンションをパーカッションを中心とするプログレッシブ・ロックに移し変えるとき、そこからは正に敬虔としかいいようのないバッハへの想いがつむぎだされてくる。
このような枚挙の暇もない実例は、創造の場にある者が先人の残した遺産に心揺さぶられたが故の果実なのであろう。
そして、それを聴く者は、その先人の遺産にも想いを馳せることによって、ただそれのみには終わらない襞の複雑に重なり合った音の流転に立ち会うことが出来るのだ。

巨大な先人の足跡を見るとき、我々はその圧倒的かつ絶望的な高さに打ちのめされる。だが、その遺産がある限り、我々の創造の源もまた永遠に尽きることはないのかもしれない。
絵画・建築・音楽・文学・映画・演劇、その他の芸術はもちろんのこと、偉大なる自然を生み出した地球の大きさ、そして宇宙の無限の広がりに想いを馳せれば、眇たるこの身であってすら、創造への希望は果てしない。

「人生を積極的に肯定する情熱がない限り、歌は生まれないだろうと思う」武満徹さんのこの言葉の持つ意味に、また思いをめぐらせた。

弓張月の美しい夜のことである。

****** ここまで
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