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三輪古墳群とザクロの花 [山登り]

もうすぐ入梅となる可能性がかなり高くなってきていますが、日曜日はまずまずのお天気となりました。
いつもの里山にウォーキングに行く際、連れ合いにも「三輪の古墳群を見に行こう」と声をかけましたところ、少し考えた末に今回は付き合ってくれることに。
一人で行くときには、ほとんど競歩に近い速歩で歩いているのですが、連れ合いと一緒の時には、彼女のペースに合わせて私はLSDにします。
これはこれで結構いい運動になるのでした。

さて、今回は懐中電灯を持参して、古墳の中を見てみることにします。
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最初の古墳はかなり広いもので奥行きもあり、ケータイのカメラではうまく写りません。
それでも正面壁面には他と違う模様があり、もしかすると何らかの絵などが描かれていたのかもしれません。

奥の古墳はより顕著に違いがありました。
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何れも天井部分に屋根構造を浮き彫りで表現した「家形横穴墓」であり、全国的にも珍しく都内ではここにしか見られないそうです。

連れ合いも、こんな遺跡がこんなに近くにあることに感嘆しておりました。

山道からゴルフ場に出て、車道を少し歩くと、何とザクロの花が咲いていました。
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こんなにたくさんのザクロの花を見るのは始めたなのでちょっと感動。

帰り道に例の野菜直売場に立ち寄って、トマト・ズッキーニ・大根・きゅうりなどを購入。
いつもは横目で眺めてスルーしているマクドナルドで、「割引券があるから」という連れ合いの提案により「マックシェイク」を飲み、プチ遠足気分を味わって帰宅したところです。

このところ、世の中では何だか不穏かつ薄汚い話が横行しているような気がしてなりません。

共謀罪に関する無理押し的なやり方を見ていると、そういう監視社会を作るために性急かつ拙速な行動をとる政権与党の思惑が心寒く感ぜられます。
その一方、森友問題や加計学園に関するやり取りでは、投げやりでいい加減で不誠実な対応に終始している。
まるで、日本国民は愚民の集まりなのだから我々(政権与党・官邸)の云う通りにしていればいいんだ、と云わんばかりのように思われます。

この世の中に「正義」あるのか!?
青臭い限りですが、そんなことをつい思ってしまいました。

中島敦の「弟子」の中に次の下りがあります。
大きな疑問一つがある。子供の時からの疑問なのだが、成人になっても老人になりかかってもいまだに納得できないことに変わりはない。それは誰もがいっこうに怪しもうとしない事柄だ。邪が栄えて正がしいたげられるという・ありきたりの事実についてである。
この事実にぶつかるごとに、子路は心からの悲憤を発しないではいられない。なぜだ?何故にそうなのだ?悪は一時栄えても結局はその酬いを受けると人は云う。なるほどそういう例もあるかもしれぬ。しかし、それも人間というものが結局は破滅に終わるという一般的な場合の一例なのではないか。善人が究極の勝利を得たなどという例(ためし)は、遠い昔は知らず、今の世ではほとんど聞いたことさえない。何故だ?何故だ?大きな子供・子路にとって、こればかりはいくら憤慨しても足りないのだ。彼は地団太を踏む思いで、天とは何だと考える。天は何を見ているのだ。そのような運命を作り上げるのが天なら、自分は天に反抗しないではいられない。天は人間と獣との間に区別を設けないと同じく、善と悪との間にも差別を立てないのか。正とか邪とかは畢竟人間の間だけの仮の取決に過ぎないのか?

嫌な云い方ですが、正とか邪とかに関しては、その地域・環境・人それぞれによって判断基準が異なります。
人を騙してても己の利益を確保すること。これはそれを正しいことだと信じてやっている人間にとっては正しく「正」なのでしょう。
騙されるやつが悪いのだ、という一見理不尽な嘯きも、彼らにとっては理(ことわり)以外の何物でもない。
そもそも、天だとか神にとって、人間どもが考えている正邪の決め事などなんら意味もないものなのでしょう。
そうだとすれば、それはあくまでも当の関係者同士の中で決着をつけるべきものなのかもしれません。

加計学園をめぐるやり取りの中で、いくつかのソースが存在していますが、私は特に次の記事に興味を持ちました。

文科省から“援護射撃” 前川氏vs安倍官邸は全面戦争突入
<加計学園>「獣医特区」は妥当? 農水省、需要減指摘

前川氏のこれまでの発言に関し、官邸側は根拠のない否定を繰り返した上、人格攻撃によって貶めようという、人を舐めきった対応に終始しています。
「そういう事実はない」と強弁するのであれば、それを裏付けるfactが必要ではないかと思うのですが如何?

一方、こういう記事もあります。

前川元次官をヒーロー扱いする人を論破する --- 八幡 和郎

この人は、これで「論破」したと思っているのか、私のような浅学菲才の輩には到底理解不能な「論理展開」でした。

正邪がいずれにあるのか。
それは、ことが感覚の問題になるほどに判定は困難で、恐らく正解はないのでしょう。
ただ、せめてそうしたことに関する説明においては、きちんと筋道を立てて論理的に展開して欲しいものですね。
その意味で私は、前川氏の論旨の方に軍配を上げたいと思います。

私はこのブログではこうしたことについてなるべく書くことを控えたいと思ってきました。

しかし、夏に向けて輝きを増してくる青空を見ていると、なんだか地上における薄汚い暗闘がその対極のようにあぶりだされてきているように感じてどうにも我慢ができず、自分の中の禁を犯して書いてしまったところです。
妄言乱文をお詫びします。
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バラの花と三輪横穴古墳群の地図など [山登り]

まだ5月だというのに、気温が30度くらいまで上がる日が続いています。
こんな暑さの中ですが、そこかしこでバラの花を見かけ、それだけでもちょっと気持ちがなごみますね。
職場近くにある赤坂プリンスクラシックハウスでも盛りで、良い香りを届けてくれています。
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先日、三輪横穴古墳群のことを書きましたが、手ごろなプチ・トレッキングコースとして楽しんでいます。
あの折には早々に住宅地へと降りてしまいましたが、もう一度登り返したらどうだろうかと、先に進んでみました。
国土地理院の形図をもとに大まかなコースを書いてみるとこんな感じです。
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距離的にはわずかなものですが、下草も生い茂っている鬱蒼とした樹林帯の中を歩くので、里山にしては歩き甲斐がありました。
ところどころで蜘蛛の巣に引っかかるのは閉口しましたが、何と云っても静かなのが魅力です。
寺家ふるさと村の付近はかなりの人出がありますが、この古墳群周辺の山道を歩く人は極めて稀で、休日の昼間であるのにもかかわらず出会った人は数人。
ゴルフコースの脇に飛び出し、漸く人の姿を見る、という感じでした。

自宅への帰り道では、いつもの野菜直売場によって、トマト・小松菜・蕪などを買いました。
どれも新鮮でおいしく、特にトマトは、スーパーなどに売っているものとは味も香りも全く違います。
こうした夏野菜は、やはり地のものが出回る季節に購入するのが一番ですね。

なお、三輪横穴古墳群を訪ねるのであれば、恐らく町田市側からアプローチするよりも、東急田園都市線の青葉台駅からバスで「寺家ふるさと村」に向かい、そこから歩いたほうがわかりやすく便利だと思います。

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三輪横穴古墳群 [山登り]

寒暖の差が激しくなっています。
職場は5月からクールビズとなっていますので、ネクタイをしなくていいのは本当に助かりますね。

若葉の茂る清々しい気候となり、山歩きにはもってこいですが、土曜日が出勤である私は、こまごまとしたことを日曜日にすることが多く、なかなか山に出かけられません。
そのため、自宅近くにある里山に出かけることが多いと以前にもここで報告しましたが、先日、前から行ってみたかった町田市の横穴古墳群に足を延ばしてみたところです。
詳しいことは以下のサイトをご覧ください。

三輪・能ヶ谷の横穴墓群

私の自宅に近いのは三輪玉田谷戸横穴墓群で、いつものウォーキングコースである寺家ふるさと村を越えて山道に入ります。

山道を歩いていくと左に標識があり、フェンスに仕切られた横穴古墳が二つありました。
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懐中電灯などを持って来れば中の様子を見ることもできたのですが、残念。
町田市のサイトによると、6世紀末から7世紀にかけてつくられたと推定されるそうで、そんな頃からこのあたりにはそれなりの規模の集落があったということなのでしょう。
このあたりだけでも100基見つかっているというのですからすごいものです。

この緑山付近。
今回初めて足を踏み入れましたが、思った以上の山深さです。
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新緑の今の時期故になおのことそう感じさせるのかもしれません。

暫く山の中を歩いていくとテニスコートが見えて、そこまで階段で下ってこの遊歩道(山道)は終わりです。
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こちらから行くのはちょっとわかりずらそうですね。

やがて広大な住宅地に出て、その外側の道を回っていくと谷本川(鶴見川)に出ました。
川崎市下麻生地区ですね。
川沿いに歩きながら、ウォーキングの際にいつも立ち寄る農家の直売所で小松菜・きゅうり・トマトなどを買い求め、帰宅しました。

どうでもいいことかもしれませんが、横浜市・町田市・川崎市を(一部分ではありますが)歩いて回ったことになり、いつもよりも30分以上のオーバーランとなりました。
前々から気になっていた古墳群でしたので、それを確かめられたのももちろんよかったのですが、いつものウォーキングコースをはるかに凌駕する山っぽい道を歩けたことに満足しています。
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春岳沢に行ってきました。 [山登り]

連休の関東地方は穏やかな晴天に恵まれ、連日、汗ばむほどの陽気です。
前の記事でも書きました通り私は暦通りの出勤ですので、長期の連続休暇は望むべくもなく、近隣の里山ウォークを楽しむくらいかなと考えていました。

しかし、それではあまりにもこの晴天がもったいなく、手ごろに出かけられる東丹沢の春岳沢を遡行しようと思い立ったわけです。
春岳沢を選んだ理由は、若い友人たちから「沢登り」などちょっとグレードの上がった山歩きをしたいというオファーがあり、それならあまり危険もなく、基本的にはザイルもいらない春岳沢がいいかなという下見ついでに、昨年購入して、街歩きなどでも使っているVソールスニーカーの登攀性能を確かめて見たかった、というところでした。

あまり早朝から焦って出かける必要もないので、8時前に自宅を出て、それでも秦野には9時過ぎに到着しました。便利ですね。
秦野から蓑毛行のバスに乗るのですが、驚いたことにヤビツ峠行きのバスの方が本数が多いようです。休日のこの時間だから、ということなのでしょうが、以前はヤビツ峠までのバスの本数が非常に少なかったので驚きました。何と臨時便も出ている模様です。
そんなわけで、ヤビツ峠行きのバスに乗り、蓑毛で下車しました。
他に下車した人はなく、こんなところでも「観光地」による客の集中化は進んでいるのでしょうね。

うららかな春の陽射しの中、春岳沢に沿って車道を登ります。
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やがて春岳沢を渡り、標識に従って髭僧の滝に向かいます。
右岸の踏み跡は「通行止め」になっていました。
度重なる台風や水害で踏み跡も荒れているのかもしれません。

髭僧の滝です。
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前回は直登しましたが、今回は右側のカンテを登ることにしました。
乾いていて快適に登れます。
ただ、上部は苔や灌木うるさく、最後の1ピッチは慎重に登った方がいいでしょう。
仮に初級者を連れてくる場合は、確保をした方がいいかもしれませんね。
おあつらえ向きに終了点にはちょっとした立木があり、ここでセルフビレイを取ることになります。

三条の滝です。
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かなりぬめっていて、ハイパーVソールではフリクションが全く効きません。
仕方がないので水流を浴びながら、ぬめりの少ない水線沿いを登りました。

今回、大失敗したのは、いつもは必ず携行するブラシ(柄付きたわし)を忘れてしまったこと。
こいつがあれば、あらかじめホールドのぬめりを落とすことができるのですが、やむを得ずクライミンググローブを使ってこすり落とします。
ブラシよりも手間はかかるうえ、勝手も良くありません。

そんなわけで、ここから先は携帯電話などを濡らしてもいけないため(水線沿いを登ると盛大に全身が濡れますから)ザックにしまいましたので、写真はあまり撮れませんでした。

水流に洗われたナメ滝。
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こういうところはばっちりフリクションが効き、快適です。

小滝が続きます。
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どの滝もぬめっているので、水線沿いを登ります。

こういう滝が現れると嬉しくなりますね。
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さて、沢が広がって、右側に堰堤を見、不定型な4つ俣になってくるあたりで、右の植林帯に逃げるトラバース道があったはず。
そう考えながら遡ってみましたが、いつしか水流も消え、周りは不安定なゴーロの斜面となりました。
以前遡行した折には、水源地の標識もトラバースの踏み跡もしっかり残っておりましたが、現在は跡形もなく流されているようです。
水流が消えてしまっている、ということはかなり上まで来ていることになり、木にしがみつきながら右側を遠望すると、ザレの向こうに崩れかかった仕事道の一部が見えました。
ちょっと不用意に動けば岩雪崩を起こしそうなザレを、木から木に移りながら慎重にトラバースし、やっとの思いで疎林に入り、仕事道まで恐る恐る下ります。
かなり荒れてはいますが、どうやらこれが前に確認した仕事道のようです。
確認のため沢の方に戻っていくと、昔の面影がありました。
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以前にあったテラスのような水源台地は完全に流されているようですね。

仕事道から大山裏参道に出るトラバース道。
以前の通りシカ止めの冊も二か所ありましたが、荒れている箇所が広がっているようです。
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この看板は記憶にありませんでした。
いずれにしても、普通の山歩きであれば、この道を採ることはお勧めできません。

ここまでは予想通り誰にも会いませんでしたが、裏参道に出ると、それなりに登山者もいます。
さすがに大型連休ですね。
ヘルメットを脱ぎ、靴下も履き替えて蓑毛までゆっくり下りました。

蓑毛発秦野駅北口行きのバスは、休日でもガラガラなことが多いのですが、それなりの乗客がいました。
山登りの恰好をしている人ばかりでしたから、やはり裏参道など、このあたりを歩く方も多くなってきているのでしょう。
爽やかな五月晴れの一日、新緑を眺めながらの山歩きは格別のものがありますから。

ところで、ハイパーVソールについて。
昨年の沼尾沼を皮切りに、街歩き(雨天を含む)やウォーキングなどでも使い、いろいろと試してきましたが、滝登りを主体とする沢歩きでどの程度の信頼性があるのか、改めて検証しようと考えていました。
春岳沢は、小規模ながらも様々な形状の滝が連続し、場所によっては乾いた岩の登攀や泥壁、灌木帯などの登下降も試せるのでうってつけと思ったのです。
ぬめった滝でのフリクションはかなり悪く、やはりフェルトソールよりも実感としては滑る感覚があります。
ただし、ぬめりが多少なりとも水流などによって流されていれば、(ぬめりが残っていても)かなりフリクションは効きます。
通常の濡れた岩や石などではほとんどすべることはありませんし、乾いた岩の登攀も快適です。草付でも安定したスタンスであれば大丈夫です。
泥壁でも問題なく使えると思います。
記事の中でも書きましたが、ブラシ(柄付きたわしなど)を持参し、スタンスのぬめりを落とせばハイパーVソールの性能は十分に発揮できることでしょう。
何よりも、家を出てから帰宅するまで、少なくとも靴を履き替える必要がないのがありがたいところです。
泥汚れなども、ブラシでこすればすぐに落ちますので、手入れも簡単。
何よりも安価であることがポイントですね。

さて、今回の沢登り。
以前の楽勝だった感覚から舐めてかかり、ツメでの思わぬ彷徨などを呼び込んでしまいました。
木を渡ったりした折に、左手の親指の爪を剥いでしまいました。
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幸いにしてその時には出血を見ませんでしたのでよかったのですが、ツメの地形を見極めて安全地帯に逃げるための判断が遅れたりと、山の勘がだいぶ鈍ってきていることを実感しました。
滝を登っている間にだいぶ感覚は取り戻してきましたが、出だしのカンテで少々まごついたのも、つまりはクライミングが相当下手くそになっていることの証左です。
改めて真面目に山に向き合わなければという想いを強くしました。

因みに左手親指の怪我ですが、ガレ場のトラバースとか、木渡りなどの時にはドーパミンやアドレナリンが盛大に分泌されていたからなのでしょう、ほとんど痛みを感じませんでした。
家に帰りついてテープで固定すると急に痛みを感じ始め、茶碗を持つときにも不便を感ずるなど、何とも情けない仕儀となりました。
今朝、出勤するためにワイシャツを着たのですが、ボタンをはめるのも痛くて一苦労。
舌打ちをしながら、さて家を出ようとしたらワイシャツのお腹のあたりに小さな血痕が。あれれと親指を見たら出血していました。
またまた舌打ちをしつつ、今度は絆創膏に貼り換えた次第です。
出がけの慌ただしいときになんてことだという腹立ちもありましたが、まあ、溜まった血が出てくれるのであれば快復も早いことでしょう。
指の怪我はどの指であってもそれなりの支障が出ます。殊に親指は影響が大きいので注意が必要ですね。

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高隅山(鹿児島県・垂水市)に登ってきました。 [山登り]

このところこのブログの更新をずっとサボっており、内心忸怩たるものがありました。
年度が替わってそれなりに慌ただしく、そうした日常にかまけて、なんというか文章をまとめきる余力がなかったのです。
それでもようやく「山登り」のイベントを作ることができましたので、久しぶりにアップしたいと思います。

九州の山仲間に前々からお付き合いをお願いしていた高隅山にようやく登ることができました。
高隅山は大隅半島の中央部に位置する山脈の総称で、最高峰は標高1236m超の大篦柄岳(おおのがらだけ)です。
高隅山系は、このほかに小篦柄岳・妻岳・御岳・二子岳・横岳など1000mを超える山々で構成されており、この標高は鹿児島県の中でも貴重なものと思われます。
20年近く前に、私は熊本に単身赴任をしておりましたが、その折にこの山脈のことを初めて知り、ずっと憧れていたのでした。
それがやっと叶った!
「熊本に赴任していた時に登ればよかったのに」ということもありますが、熊本から車を使ってここまでくるのは当時ではかなり大変で、東九州自動車道ももちろんありませんでしたし、宿泊施設も少なく、アプローチも長くなりそうだったので、躊躇している間に機会を失ってしまったわけです。
それに当時、ご一緒していただいた山の先輩方が宮崎登攀倶楽部に所属しておられたこともあり、比叡山や鉾岳や大崩山や桑原山の花崗岩大スラブ登攀に血道を上げておりましたから、休日はもっぱらクライミングに費やしていた、という事情もありました。
その後も気にはなりつつも、先にあげた事情などから単独でレンタカーを借りてここまでくる気力がなかなか湧かず、今日まで荏苒と時を過ごしてしまったのでした。

そんな中、昨年、伊豆の天城山にご案内した九州の山仲間から、高隅山のアプローチに便利なコテージがあるとお聞きし、この山域に登る計画がにわかに具体性を帯びてきます。
それは、「財宝グループ」が運営する「猿ヶ城渓谷森の駅たるみず」で、何と、一泊二食それも黒豚しゃぶしゃぶの食べ放題(飲み放題付き)で一人7500円という、とてつもないリーズナブルな価格!
みんながその気になっている今が一番だということで、早速、計画を具体化したのでした。

私は土曜日が輪番出勤に当たっているため、私の都合に皆さんが合わせてくれ、22日に現地入りし23日に登って24日に帰宅するというスケジュールです。

前日まで鹿児島地方は雨模様でしたが、土曜日にはお天気も回復し、日曜日も快適な晴天に恵まれました。

猿ヶ城渓谷から大野原登山口に出て大篦柄岳に登るのがベースとなる宿泊地から考えて最適なのですけれども、このルートは度重なる水害で壊滅的な被害を受け、使用できません。
従って、国道220号線で垂水市役所から県道71号線に入り、垂桜地区から大野原林道を行くことになります。
県道を走ると、高隅山登山口と書かれた標識があり、その後も要所要所にあって迷わずに大野原林道を走ることができます。
林道は途中から非舗装になりますが、普通車でも慎重に走れば大丈夫でしょう。
古い小屋を左に見ると、わずかで大野原登山口に到着します。
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身支度を整えて登り始めます。
私はいつもの通り、足回りは地下足袋でザックはRIPENです。

木立の中の緩やかな登山道をゆっくり登ります。
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左側に特徴的な七岳が望まれ、木立が切れると桜島が見えてきました。
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途中の道標では七岳方面が×印になっています。
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左側がすっぱりと切れ落ちた斜面の先に山桜が咲いています。
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登りは徐々に急登となり、足元も滑りやすくなりますが、稜線に達すると穏やかな尾根となります。
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馬酔木やツバキの木々が生い茂り、さすがに南国の山だなと思わせられました。

杖捨祠。
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どういう謂れがあるのでしょうか?
ここまでは杖を突いて登ってきたが、ここから先はいらない、ということなのか、この先は杖が邪魔になる、ということなのか。

やがて九合目を過ぎると、僅かの登りで大篦柄岳に到着。
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素晴らしい眺望が広がります。

妻岳の鋭鋒と勇壮な御岳です。
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最初の目的ではこの二つの山も登る予定でしたが、ご同行頂いたメンバーのおひとりがちょっと体調を崩されたのでペースを落としたこともあり、今回は残念ながら見送りです。
「わざわざ横浜からきてくれたのに申し訳ない」といわれてしまいましたが、私ももうガツガツとピークを稼ぐ山登りからは脱却しておりますので、妻岳・御岳・二子岳・横岳は次の機会に取っておくことにしましょう。

ここからの眺めで圧倒されるのは、何と云っても桜島!
桜島をパックに記念写真を撮りあいます。
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ここで昼食をとり、スマン峠に下ります。
馬酔木の花が咲いていました。
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さらに、鮮やかなツバキの花に出会い、思わず手に取ってパチリ。
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ところどころに咲いている山桜を眺めつつゆっくり降りていくと、ベンチのあるスマン峠に到着しました。
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ここからスマン峠登山口までかなりの急坂を下ります。足元の悪い個所や滑りやすいところもありますが道は明瞭で迷うことはありません。
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スマン峠登山口に着きました。
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スマン峠登山口から林道を4kmほど歩くと、大野原登山口に至ります。
小一時間ぶらぶらと歩けばいいや、とすっかり油断しきって歩き始めました。

林道から見上げる大篦柄岳の立派な山容に感嘆の声を上げながら歩きます。
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タラノメもたくさんありました。誰もとらないのかと不思議に思いましたが。
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突然、林道が山崩れで崩壊した個所に出くわしました。
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慎重に崩れた木々や岩などを乗り越えます。

そう、この林道歩きこそ、本日の山行のハイライトでした。

地形図で沢を横切っている地点は、ほぼ間違いなく(規模の大小はあるものの)こういう形で寸断されています。
これを乗り越えるだけで非常なアルバイトとなり、場所によっては非常に危険です。
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これなどは、岩に抱きつくような形で残された橋梁をトラバースするのですが、下手をすると2~30mほど落下する可能性があり、滑落すればただでは済みそうにありません。
高所恐怖症の人にはお勧めできませんね。
幸い岩は花崗岩ですから、ちょっとしたホールドでもフリクションが利きます。
足場さえしっかり見て確保すれば大丈夫。
でも、足場を見るということは、その下の奈落を見ることにつながるので、やっぱり躊躇する人もいることでしょう。

そして、あともう少しで大野原登山口というところにあった崩壊では、崩落したデブリを高巻いての渡渉を強いられました。
私は地下足袋なので何ら問題はないのですが、山靴のメンバーは残念な表情で、靴を濡らして渡ってきました。

垂水市が公開している「高隅登山マップ」では、このスマン峠登山口と大野原登山口の間の林道が通行できるかのような表示となっており、25000分の1地形図でも、当然、道路がある標記となっています。
地形図の方にはそもそも間違いが結構あることをたいていの山屋ならわかっていることでしょうが、市で発行しているマップの道がこんな形で崩壊しているとは思いもしませんでした。

我々は最初からこの林道を歩くつもりだったのであまり問題はなかった(通過にはひやひやしましたが)のですが、仮にそれぞれの登山口に車を置いて効率的に登ろうなどと思って入山したりすれば、この状況を見て愕然とするのではないでしょうか。

この山域に入る前に、ネットにアップされているいくつかの記事を参考にしましたが、この林道崩壊に関する記述については迂闊にも見落としました。
猿ヶ城からの登山道も、刀剣山に登る初手の吊り橋が落ちていてそこから通行止めになっておりましたが、現地のガイド表示にもそれが反映されておらず、あたかもそのまま滝観見物に行けそうになっておりました。
こういう点はもう少し慎重に更新・チェックをしてほしいと思います。

素晴らしい山々だけに、最後に少しだけ苦言を呈させていただきました。

さて、それでも猿ヶ城渓谷はなかなか見ごたえがあります。
水もきれいで、花崗岩の巨岩が転々としており、ボルダリングなどをするのも一興でしょう。
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帰り道、道の駅「たるみず」に立ち寄って昼食をとりつつ、近くにある埋没鳥居を見てきました。
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1914年1月に起きた桜島大噴火により、その火山灰で付近の集落は埋没。
その後、この鳥居も現在の1m余まで掘り起こされました。
ご覧のとおり、その衝撃で左右がずれてしまっていますが、それでも離れずにいたことから、夫婦円満・縁結びの神、ということで今でも詣でる人がたくさんおられるそうです。

このすぐ下にある展望台からの桜島の姿も見事なものでした。
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多少慌ただしい旅ではありましたが、お天気にも恵まれ、久しぶりにちょっと緊張もさせられる楽しい山旅となりました。
九州の山仲間に、改めて大感謝です。
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那須高原での雪崩事故 [山登り]

昨日・今日と、やっとこの時期らしい春めいたお天気となりました。
全国に先駆けて桜の開花宣言を行った東京ですが、その後に襲来した寒波でほとんどの花の開花はお預け。
それが、この陽気でようやく咲き始めています。
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ちょっとぼけてしまいましたが、雰囲気くらいは伝わるでしょうか。
週末の土曜日は冷たい雨のお天気となる予報ですが、今週から来週にかけて各地でお花見の宴が催されることでしょう。

ところで、27日の朝に出来した那須高原での雪崩遭難事故。
誠に衝撃的でした。

「雪崩だっ、伏せろ」…教員叫び足元の雪動く
27日朝、講習会に参加していた高校生らが雪崩に巻き込まれ、死傷者48人にのぼった栃木県那須町湯本の「那須温泉ファミリースキー場」の事故。「雪崩だっ、伏せろ」。引率の教員が叫んだ時には足元の雪がスピードを上げて滑り出し、雪の塊が生徒らを襲った。

栃木県那須町湯本の町営「那須温泉ファミリースキー場」で27日午前、雪崩が発生し、登山講習会に参加していた同県内の7高校の登山部員と引率教員の計48人が巻き込まれた。
県警などによると、県立大田原高校の男子生徒7人と男性教諭1人の計8人の死亡が確認された。死因は圧死や外傷性窒息だった。このほか、生徒33人と教員7人の計40人がけがをした。当時は大雪、なだれ注意報が発令中で、県警は業務上過失致死傷容疑を視野に、講習会の主催者側から事情を聞く方針。

亡くなった生徒はいずれも16~7歳、教員は29歳とのことでした。
未来に向けた無限の可能性を有し、これから大きく羽ばたくはずであった人生が突然に閉じられてしまった。
遺族の方々の悲嘆のほどは忖度してあまりあります。
山の事故は本当に悲しい。
元気な姿で送り出した家族が物言わぬ変わり果てた姿で戻ってくる。
私もそういう情景を何度か目にしましたが、世の中にこれほどいたたまれない瞬間があろうかと愁嘆にくれました。
ましてや今回の事故は前途洋々たる高校生の身に出来したもの。
一夜のうちに天幕が埋まるほどの積雪がありながら、何故にラッセル訓練などを行おうとしたのか。
引率・指導をしていた教員からの指示であれば、部員としては従わざるを得なかったことでしょう。
それ故にどうしても疑問が残ります。
それから、雪崩が起こった時に「伏せろ」と教員が叫んだとのことですが、この人は実際に雪崩の起きた際の対処方法を知っていたのでしょうか。
私は幸いにして一度も雪崩に直接遭遇したことはありません(遠方から眺めたことは何度もありますが)。
ですから実地で体験したわけではないのですけれども、実際に体験した山の先輩たちは口々に「とにかく全速力で逃げる!」のが肝心だと言っておりました。
不幸にして追いつかれたら、とにかくもがいて泳いで雪崩の流れの表面に向かうように体をコントロールし、雪が覆いかぶさってきたら、鼻と口を手で覆って呼吸スペースを確保するしかない、と。
それよりもなによりも、雪崩が起きそうな天候や雪の状態の時には絶対にそうした場所に近づかないのが鉄則。
雪の斜面を登るときには、ピッケルなどで雪の断層検査をきちんと行うなどリスクを最小限にする対応を欠かしてはならない、と、それこそ口が酸っぱくなるほど云われたものです。

雪崩が起こりそうな場所は事前に把握して対策を採る、などということをしたり顔で語る人もいたりしますが、斜面に雪が積もればどんな場所でも雪崩は起こる危険性があるのです。
以前に雪崩が起きた場所だから注意する、などというのは、裏返せば、これまで雪崩が起きたという話を聞いていない場所は大丈夫だと高を括ってしまうことに繋がりかねません。
冬山に限らず、山は基本的にすべてが危険地帯だということを前提に行動すべきであり、油断は一番のリスクといえましょう。

報道などからすると、引率・指導に当たった教員は、地元でも大変よく知られた「ベテラン」とのこと。
この方々の山歴などは特に明らかにされていないので何ともわからないのですが、何を以てベテランとされていたのかやはり疑問が残ります。

山の事故は基本的に自己責任というのが原則です。
しかし、山の経験の浅い初級者を引率したりガイドしたりする場合には、そのリーダーや引率者には一定の責任があるのではないでしょうか。
ましてや今回は、いくら山岳の強豪校とはいえ年端もいかない高校生を対象としているのです。
暖かな日が続いたあとのどか雪という最悪の条件をおしてまでラッセル訓練を強行した理由が那辺にあるのか、こうした痛ましい事故を防ぐためにも、そうした点も含めて明らかにする必要があるのではないでしょうか。
タグ: 那須 雪崩
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活を入れる(2017年版) [山登り]

「活を入れる(2017年版)」
これは、去年に引き続き、年末年始でだらけ切った体を覚醒させるために行った山行です。
昨年は丹沢の三ノ塔尾根を登りましたが、本年は久しぶりに大倉尾根から塔ノ岳に登ってみようと思った次第です。

大倉尾根は、塔ノ岳に登る最短ルートであるとともに、標高差1200m余りを一気に登ることからトレーニングの一環としても有名ですね。
ただ、何といっても有名なルートですから、休日に登ると大変なことになります。
そんなわけで、お正月三が日明けの4日、出かけることにしました。

連れ合いは仕事ですので、朝ご飯の支度をし、お昼のお弁当を作って家を出たのは8時30分頃と、この時期の山登りとしては許しがたい遅立ちです。
それでも、小田急の渋沢駅には10時には到着。
反対方向の電車ですから、ゆっくり坐れて快適でした。
大倉行きのバス。
平日のこんな時間だというのに、山の格好をした乗客がかなり乗っています。
空いていると高を括っていたのですが、皮算用に終わりそうな気配がします。

大倉バス停には、やはりそれなりの登山者がいました。
間違いなく人が少ないはずの三ノ塔にしようかとも一瞬思いましたが、やはり初志貫徹することにします。

身支度を整えて大倉を出発したのは10時40分過ぎでした。

最初はさほどの登りでもありませんから、それなりに良いペースで登っていきます。
先行する人たちを何人か追い越し、見晴らし茶屋を越える頃から傾斜も少しずつ強まってきます。
雪は全く見当たりません。
堀山の家を越えると登りはさらにきつくなり、大倉尾根特有の延々と続く階段登りとなります。
駒留小屋を過ぎ、さらに頑張って花立に着きました。
12時30分です。やはり雪は全く見当たりません。
標高差にして1000m余りですから、ここまでで二時間を切れたのはまずまずというところでしょう。
一気に塔ノ岳山頂を目指そうとも思ったのですが、朝ご飯を済ませたのが7時前でしたので多少シャリばて気味となっており、ここで弁当とします。

ゆっくり休んで、塔ノ岳をめざします。
金冷やしの付近では多少の降雪が見られました。
30分ほどで山頂に到着。
多少霞み気味でしたが、富士山もきれいに見えていました。
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丹沢主稜方面もきれいに見えています。
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蛭が岳辺りには雪がありそうですね。

尊仏山荘です。
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大山や三ノ塔方面です。
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平日というのに、塔ノ岳山頂は結構なにぎわいです。
風もそれほど強くなく穏やかなお天気ということで、登りにきた人もきっと多いのでしょう。

眺望を楽しんだ後、往路を戻りました。
大倉のバス停には15時くらいに到着。
活を入れるには手頃な行程となりました。

大倉尾根には、トレーニング目的で以前は随分通ったものでした。
10年以上前くらいには、一日に二往復などということもやったのですが、二往復すると標高差で2500mを稼げることになり、それを10時間足らずでできるという首都圏近郊では手軽な鍛錬コースであったというわけです。
しかし、さすがに還暦を過ぎての連続二往復は結構ハードルが高く、今回は時間的にももちろん無理がありましたが、大倉に降りてきた段階でもう一度登り返す気力は全くありませんでした(^^;

それにしても、大倉尾根と塔ノ岳が、平日にもかかわらずこんなに人出があるとは思ってもみませんでした。
久しぶりの大倉尾根ではありましたが、もうこのコースを登って塔ノ岳にいくことはないと思います。
丹沢でもコースを選べばまだまだ静かな山行を楽しめるわけですし、人混みを見るために山に登ることもあるまいと、今回しみじみ思い知った次第です。
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伊豆、八丁池 [山登り]

都心に雪が降りました。
11月の初雪は1962年以来なのだそうです。54年ぶりとのことでした。
私の生まれ故郷では11月の降雪は当たり前のことでしたから、はあ、そんなものかというのが正直なところですが、考えてみれば、暦で上では冬ながら、11月はまだ秋の部類なのですね。
今年の8月以降、関東地方は晴天率の異常に低いお天気が続きましたが、極めつけがこの降雪なのでしょう。
酷いシーズンですね。

先週末、宮崎の山仲間が仕事の関係で上京し、ついでなのでどこか山に行きたい、可能であれば伊豆方面をお願いしたい、とのオファーを受けました。
伊豆の天城山に行ったのはもう30年以上も前のことで、私自身かなりのご無沙汰でありましたから、これをいい機会に出かけることとしました。
天城高原ゴルフ場からのピストンではあまりにも安易すぎるし、せっかく宮崎から来るのだから天城隧道や浄蓮の滝もご案内したい。
といわけで、八丁池に天幕を張る計画としました。
19日の土曜日、早朝に都内を出て、東名・新東名・伊豆縦貫自動車道などを経由して天城峠前の水生地駐車場に車をデポして八丁池にベースを張り、万三郎・万二郎岳を往復する、というものです。

ところがあいにく天気予報では19日のみ雨天。
それも、所によっては相当激しい降りになるようです。
伊豆半島の、それも天城方面はとりわけ雨脚が強くなるような予報で、「どうしたもんじゃろのう(古い)」とため息をつきました。
山仲間に確認すると、やはりできれば行ってみたいとのこと。
雨の予報の19日も、午後になれば雨脚も弱まる可能性が無きにしも非ずで、せっかくだから八丁池での幕営までは実行しようという結論に達しました。

19日の朝6時、雨の中を出発。
幸い高速道路は渋滞もなく、順調に湯ヶ島方面に進みます。
雨は間歇的に激しくなり、あまり早い時間に登り始めても辛いので、先に浄蓮の滝の見物をします。
時間が早いこともあって、駐車場はガラガラ。
混み合う観光スポットにもかかわらず、余裕で見物できました。
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道の駅「天城越え」で腹ごしらえをし、水生地下の駐車場に向かいます。
ここもガラガラです。
崩落に伴う旧道の工事で、水生地までの旧道は歩行者も通行止めとなっていて、天城峠経由で登ることとなります。

天城峠のバス停から登り始めます。
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これが有名な天城隧道。今でも現役です。
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登りには「上り御幸歩道」をとりました。
雨の降る中を黙々と登っていくと、ブナの巨木が霧の中に浮かんできます。
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ヒメシャラの巨木も圧倒的な迫力でした。
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それほど厳しい登りではありませんが、何しろ結構な雨の中、かつガスもかかっているので、久しぶりの重荷はかなり応えます。
かつ、地形的に尾根筋がはっきりしていないこともあって、踏み跡が定かではなくなり、しばしば行く先を探す羽目に陥りました。
遊歩道のつもりで歩くと、こうした悪天時は困惑するかもしれませんね。

ようやくの想いで展望台分岐にある手洗いに到着。
この手洗いは水洗で、非常に清潔な管理がなされていました。

そこから10分ほど下って、待望の八丁池に到着。

私たち以外には誰もいませんでした。
というより、天城隧道から先、ここまで誰にも会わなかった、というのが正解ですが。

早速、天幕を張り、それぞれの寝場所をこしらえてしばし休息(昼寝)。
16時過ぎから、晩飯(というより宴会ですね)の用意を始めます。

天城峠から八丁池までは水場はありません。
また八丁池にもないので、水は私が3リットル担ぎ上げました。
その他にワインとビール、そして食料と天幕一式を担いできたので、ちょっと腰に痛みが来てしまった次第です。
仲間は、期待通り宮崎の芋焼酎を持参してくれましたから、他に誰もいないその夜の八丁池では心置きなく宴会を楽しめました。

いつしか雨も上がり、真夜中には降るような満天の星と下限の月が輝いています。
心霊スポットとの噂もある八丁池が、その月明かりを映して実に幻想的でした。

翌朝は雲一つない晴天!
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時間さえあれば天城連山に行けるのですが、山仲間たちは今日の最終便で帰らなければならないため、無念ながらここから引き返します。

因みにこれがわれらのねぐら。
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空には下限の月が浮かんでいます。
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ところで八丁池の水はどんな感じかというと、こんなふうです。
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到底そのまま飲む気にはなりませんね。
どうしても必要になったら、コーヒーフィルターで濾して煮沸することで用いることもできそうですが、さすがにそこまでするのか、という感じです。

ここにも素晴らしいブナの巨木があります。
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楓の紅葉も真っ盛りでした。
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展望台からは富士山や南アルプスをはじめとする広闊な展望が広がります。
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池のほとりに、われらが仮住まいの姿もありました。

池の周りをゆっくりと楽しんでいると、ぼつぼつ登山者が登ってきます。

我々も神輿を上げることとし、下り御幸歩道に足を進めます。

お天気が良いこともあるのでしょうが、昨日とは打って変わって歩きやすい道が続きました。
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こちらもブナやヒメシャラの巨木がそこかしこに林立しています。
伊豆の山がこんなにブナなどの巨木に恵まれていたとは、恥ずかしながら以前訪れた時にはほとんど気づきもしませんでした。
こういう巨木に目が行くようになったのは、もしかするとある程度年を重ねたからなのかもしれません。
若い頃はとにかくがむしゃらに頂上を目指すという感じでしたから、ゆっくり周囲を見渡す余裕もなかったのでしょう。

紅葉も素晴らしい輝きです。
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林道に出ると広場となっていました。
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美しい紅葉を眺めながらしばし休憩。

あとは林道をぶらぶらと歩き下ります。
旧道に出ると、水生地方面は通行止め。
旧道を天城隧道まで戻ります。
これが緩い登りで、ちょっと応えましたね。

今日は素晴らしいお天気に恵まれたせいか、たくさんの登山者や観光客の姿がありました。
水生地下の駐車場も満杯。
雨の中の登りはきついものがあったものの、降るような星空と雲一つない晴天を私たちだけが楽しめたことに感謝しつつ、帰路につきました。
天城連山はまたの機会に取っておくので、その際にはまたよろしくという山仲間のオファーに嬉しく答えながら、羽田に向けて車を走らせたところです。


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雨山峠から鍋割山 [山登り]

このところ晴れ間が長続きしないお天気が続きます。
今日も、朝のうちは晴れていましたが、午後からは厚い雲が張り出してきました。

昨日、久しぶりに山に出かけました。

今回は同行者があり、前の職場において仕事関係にあった若い友人です。

天気予報によると関東地方はまずまずのお天気なのに、神奈川県西部は雲が多くはっきしない空模様とのことでした。
新松田に向かう小田急線の車窓から見ても、重苦しい厚い雲が垂れ込めていて、丹沢の主稜は完全に雲の中です。
酷い雨にならなければいいなと祈りつつ、寄行きのバスに乗りました。
バスは登山者でほぼ満員。終点の寄まで一度も停車することなくさながら直行便のようでした。
その登山者のほとんどは栗ノ木洞経由で鍋割山に登るか、ジダンゴ山に向かい、車道を歩いて寄大橋まで向かったのは私たち二人だけ。
どうやら静かな山行が望めそうです。

寄大橋までの車道、約3kmを黙々と歩いていきますが、犬を連れた散歩の人以外、こちらに向かって歩いている人は皆無でした。車も二台が走っていったきり。
確かにお天気は今一つですが、秋の行楽シーズンの土曜日とは思えない状況です。

寄大橋は工事中でした。
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ここの駐車スペースには数台の車が止まっていました。

寄自然休養村管理センターです。
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寄沢沿いの林道をしばらく行くと、滝郷の滝があります。
寄沢を右岸にわたって見物しました。
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林道の突き当りから指導票に導かれて雨山峠への登山道に入りますl。
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寄沢を右へ左へと渡りながら登ると、右岸に這い上がったところに釜場平があり、ベンチもあります。
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そこから尾根を渡り、右にコシバ沢を分けると雨山峠まではもう少し。
寄沢本流の源頭あたりから雨山峠までは素敵な滑床が続きます。
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ガスっていて小雨も降っていましたから写真はあまり良く撮れていませんが、ガスの中の雰囲気もなかなかのものでした。

ここから鍋割峠までが、本日のハイライト。
鎖場が連続する急登となります。
ガスと雨で足場も悪く、写真の写りも今一つだったため、鎖場の写真は撮れませんでしたが、それほど悪いわけではありません。
ただ、こういう悪天候時には体力の消耗が激しいのでその点だけは注意が必要です。

鍋割峠に到着。
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ここから急登しばしで鍋割山に到着です。
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これまでの静かな山行とは大違いの大混雑ぶりでした。
「名物」の鍋焼きうどんも飛ぶように売れているようですが、きっと大変な待ち時間がかかることでしょう。
我々は、山頂付近の喧騒を避けて小屋の裏側に回り、昼食をとりました。

天気が良ければ塔ノ岳に登って大倉尾根を下ろうとも思いましたが、眺望も全くなく小雨そぼ降る状況でしたので、後沢乗越経由で二俣に降りることにしました。
こちらの道は鍋割山へのメインルートですから、予想はしていましたが大変な数の登山者が押し寄せてきます。
もちろん下る人もいるので、丹沢らしい混雑が続き、そのさなかを淡々と下りました。

後沢乗越では大勢の中高年男性登山者がたばこを吸って大休止をしています。
挨拶をしてそのまますり抜けました。
暫く下って、後沢乗越を振り返ります。
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ここから大倉までは、またまた静かな山歩きとなりました。
二俣からの林道歩きには少々うんざりさせられるものの、人がいないのは最高ですね。
歩いている途中でトリカブトの花を見つけました。
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大倉のバス停に着くと、やはりものすごい人だかりです。
メインルートは、きっとかなりの混雑だったことでしょう。

鍋割山という、表丹沢でも屈指の人気を誇る山でも、ルートによっては静かな山行が楽しめます。鍋割山までの登りで出会ったのは4パーティだけでした。

一緒に登った若い友人は、少林寺拳法の有段者で、日頃からトレーニングも欠かさないとのこと。
おかげで、非常に良いペースを保つことができ、先の4パーティも含め、出会ったすべてのパーティを追い抜いてしまいました。
休憩を含めて全行程で6時間の山歩きとなりましたが、久しぶりに充実した山行となり、若い友人も大満足の様子。
これでまた仕事を頑張れます!と嬉しい感想を述べてくれました。

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阿賀川支流三沢遡行 [山登り]

暑い日が続きます。

連れ合いの実家である会津に帰省したおり、前々から気になっていた阿賀川流域の三沢を遡行しました。
私の実家である長野県の諏訪地方から佐久に出て、上信越道・関越道・北関東道・東北道と車を走らせて会津まで行ったので、結局この帰省では久しぶりに1000km位を運転したことになります。
幸い大きな渋滞には巻き込まれなかったので、その点は楽でしたが、やはりさすがに疲れました。

帰省の目的は、私の実家の風呂場の改修工事契約の確認・締結と、連れ合いの実家のお墓詣りと義母の実家の法要です。

私の実家は私が上京した年に建て替えたので、築40年を超えています。
そこいら中にガタがきているのは仕方のないところですが、父母も高齢となっていることから、風呂場の改修は早急に手を付ける必要がありました。
昔と異なり、今はユニットバスで対応できますから、コストパフォーマンスもかなり高く、しかも、温水を利用して、室内の暖房にも対応できるとのこと。
それらを含めると費用はそれなりにかかりますが、やむを得ない出費と腹をくくりました。
改修工事はお盆過ぎに着手し、8月中には終わるようです。
結構迅速な対応で感心しました。

家内の実家では、義母の実家の法要(伯父と祖父母)とお墓詣りが中心ですが、実家のお墓参りもこの時期の重要な行事です。
会津ではことのほか先祖を敬い供養する風潮が強く、昨年のように連れ合いの体調が思わしくなく長期間の移動が厳しいなどのやむを得ない理由を除き、お盆の墓参りは欠かしませんでした。
私も、こうした折に連れ合いの実家に帰省し、向こうの親戚と会うのは大変楽しみですので、多少距離はありますが喜んで出かけています。

さて、そんな公式の行事の合間を縫って、前々から狙っていた沢の遡行を実行に移しました。
8年前の夏に、大内宿の背後にそびえる小野岳に登ったことがあり、その折に稜線から眺めた沼尾沼の神秘な姿が強く印象に残りました。
沼尾沼を経由する登山道はかなり前に廃道となり、踏み跡すらも判然としない状況のようです。
しかし、機会があればこの沼に行ってみたい気持ちを拭い去ることができず、それ以来ずっとその機会をうかがってきたのでした。
このあたりの草深い藪を鑑みれば、登山好機は冬枯れの時期。しかし、名にし負う豪雪地帯ですから、真冬に入るのはそれなりの装備が必要です。
従って、春先の残雪期から5月の連休くらいまでの間が最も適していると考えるべきでしょう。
実際その頃に計画を立てたことがありますが、阿賀川(大川)を挟んだ大戸岳から小野岳、そして那須の方に伸びる甲子山までの一帯は、クマが頻繁に出没する地域で、鉄砲撃ち(てっぽうぶち)が腕を競ったという話も残っているところです。
従って、当然地元の親戚は大反対で、腹を空かしたクマが冬眠から覚める時期にわざわざ餌になりに行くことはないといわれました。
そんなわけで荏苒と時を過ごしておりましたが、今回の帰省では少し時間もとれそうな気配。夏であれば熊との遭遇もそれほど頻繁ではなかろうと実行に移すことにしたのです。
しかしその話を身内のみんなにしたら、「今は夏でも熊が出る」と云って、地元で調べたクマの出没マップを見せて止められました。
このマップは実によくできていて、それを見る限り、私が登ろうとしている三沢の付近はかなりのクマの出没がありそうです。
そうはいっても、私にしてみれば長年の懸案事項。とにかく無理はしないで、安全を第一に出かけるからと説き伏せました。
熊もそうだがマムシも出るからとにかく十分注意するように、とのアドバイスを頂き、抜けるような青空と猛暑の中、阿賀川流域の三沢の遡行に出かけました。

国道118号線を下郷方面に走っていき、芦ノ牧温泉を越えて小沼崎トンネルを過ぎると左に大川ダム(若郷湖)方面に下る旧道が分岐します。
この道を下ると左側に大きな駐車場があり、そこに車を置きました。
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モニュメントなどもあり、なかなか立派なスペースです。

身支度を整えて三沢方面に向かう旧道を行きます。
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「関係者以外通行禁止」と「くま出没注意」の看板がありました。
下郷町の指示を無視することになりますが、ゲートの狭い隙間をまたいで越えました(^_^;

旧道を歩いて下り、三沢を渡ると沢沿いの林道が右に分岐します。
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ここにも「関係者以外通行禁止」のゲートがありました(ただし、ゲートそのものは上がっています)。
三沢はものすごい藪が生い茂り、かつ堰堤が連続している模様なので、この林道を登って行きました。

左岸に渡り返し、さらに急坂を登っていくと堰堤上の草むらに出ます。
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ここから三沢に降りました。

ハーネス・ヘルメット・8環などを身に着け、スリングとカラビナ数枚を用意し、ザイルもすぐに出せるように準備します。
足回りは、基本は沢の遡行ながら、藪やザレや泥壁をゆくことになるだろうと想定し、いつものフェルト製沢靴ではなく、濡れた路面でもグリップが効くという謳い文句の「ハイパーVソール」のスニーカーを履きました。



さらに靴下は、濡れに強いことをこれまた謳い文句にしているDEXSHELLの防水靴下です。



これに、これまで使い続けてきた、沢用のスパッツをつけました。

以前から、フェルト靴に代わる沢用のシューズに興味があったのですが、ファイブテンのアクアステルスは価格が高いうえに、評判が良かった旧モデルの販売が中止になり、新モデルの評判は今一つらしく、キャラバンが出した「KR_3R」も価格に見合う性能なのかどうか評判が分かれているようです。
いずれにしても15000円以上の出費となるので悩んでいたところ、用途としては全く異なるのですが、先にあげた日進ゴムのハイパーVソールなら価格も安い(2850円)ので試してみる価値があるのではないかと考えた次第です。

さて、三沢に降りてみると、ほとんど人が遡行した気配はなく、沢筋は倒木や藪がかなりうるさい状況です。
大雨による増水の影響を受けたままになっているためなのでしょう、ゴーロ状の流れの中は石や岩も動きやすく、足元の注意は欠かせません。
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それでもさほど水量は多くなく、目立った大きな滝もないため、その点はありがたい限り。
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ウワバミソウやアイコ(ミヤマイラクサ)などの山菜が豊富で、最初からこれらを採集する目的で入れば相当の収穫が見込めそうです。
ただし、アイコは素手で触れると結構痛みを感じ、とげなどは刺さっていないのに、いつまでも嫌らしい痛痒さが残るので注意。茹でたり天ぷらにしたりすると全然気にならなくなるのに、本当に不思議なものです(タラの芽などもそうですが)。

ところどころにブナなどの大木があります。
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流れを遡っていくと、三段の滝に出合いました。
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下の二段は水流沿いに楽々登れましたが、最上段は完全に水草に覆われたツルツルの滝で、ホールド・スタンス共に、確実なものはほとんどありません。
手鍬とかバイルのブレードなら何とか掻き落とせるのではないかと思いますが、今回はそれらを所持しておらず、とても素手では剥がせません。
やむを得ず右岸の泥壁の草付を、シダなどをまとめてつかんで押し付けながら慎重に登って越えました。
このあたりまで来ると、沢の斜度もかなり急になっており、不用意な滑落は絶対に避けねばなりません。

沢筋に戻ってなおも遡行を続けていくと水が涸れました。
しかし、目標の沼尾沼はみあたりません。

実は今回の遡行ではいくつかの失敗をしてしまいました。
その一つは、いつもの山行の時には必ず使っていたカシオのプロトレックを実家に忘れてしまったことです。
山の中での現在位置確認のため、地形図とプロトレックを日頃使用していたため、これは致命的でした。
方位とある程度の高度がわかれば、地形図上での自分の位置を推測することができ、それ以降の行動の目標を立てることができます。
今回はそれができず、果たして沼尾沼からどれほど離れた地点に今いるのか見当がつかないのです。
一面の深い藪の中で、やみくもに歩くのは体力の消耗を促進するだけです。
それでも恐らく沼は間近だろうと藪をかき分けていくと、かすかな踏み跡を発見しました。
踏み跡とはいっても、人間のものではなく、恐らくけもの道と思われます。
しかし、獣とはいえどもある程度踏み跡として残っているということは彼らの生活に即した道であることは間違いないことでしょう。
これを使って登っていくと、果たしてちょっとした原っぱにでました。
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恐らく水があるときには彼らのヌタ場となっているのでありましょう。

しかし、いうまでもなく、ここは沼尾沼ではありません。
そこに佇みながら、少し途方にくれました。
このままやみくもに登ってあくまでも沼尾沼を目指してみるか、それとも安全を期して、今回は退却するか。
暫く考えてみましたが、いずれにしても、下るのはこの嫌らしい斜面と、ゴロゴロで不安定な沢筋、ということになります。
非常に心残りではありますが、もしものことがあれば連れ合いを始め身内のみんなに迷惑をかけることになりますから、やむを得ず後者を選択しました。

覚悟はしておりましたが、下りはやはりかなり悪く、懸垂で降りようと思った斜面に支点となる木などがなかったりして往生しました。
沢筋の浮石は、当然のことながら登りよりも始末に悪く、頭くらいの石がたやすく崩れてしまい、それによって足場そのものが崩壊するというていたらくです。
うかつに草をつかむとそれがアイコだったりするので、とげのある山菜取りの際に使っている豚皮の手袋をして下りました。

ようやく今朝の入渓点に下り着き、大川ダム方面を見下ろすと、青い空が広がっていました。
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国土地理院のサイトにある三沢から沼尾沼までの地形図です。
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見た目は簡単そうで、事実、沢自体にそれほどの悪場はありません。ゆえに見くびってしまったのが敗因の全てです。
プロトレックを忘れたのに気付いたとき、取りに戻ればよかったのに、まあ、沢筋を忠実に登れば大丈夫だろうと高をくくってそのままにしてしまった。
また、いつもなら、未知の沢筋に入るときにはブレードのついたバイルを持参していたのに、今回はそれも忘れた。
実に恥ずかしい限りの敗退です。
もう一つ、以前から山歩き用のGPS(ガーミンなど)が欲しいなと思っていましたが、今回の経験から、やはりお金を貯めて買おうとも思っています。
世の中にはせっかくこうした便利なツールが出てきているのに、それを使わずやせ我慢をするのは決してほめられたことではありません。
今回の山行でも、沢の終了地点で現在確認ができていれば沼への登路も判明した可能性が高いのではないかと思います。
何よりも安全に目的を果たすためには最良のツールではないかと感じました。

ところで、今回は幸いなことに熊さんには出会いませんでしたが、マムシは事前情報通り結構いました。
考えてみれば、マムシが子蛇を生むのはこの時期からですから、個体が活発に動くのは無理のないことです。
夏から秋にかけての沢登りでは、結構頻繁に出くわし、若かった頃は捕獲して売りとばしたしたりしたものですが、さすがに私もこの年になって無益な殺生をするつもりもなく、過ぎ去るマムシを温かく見守りました。

最後に、靴と靴下の評価について。

まず靴の方。
ハイパーVソールのフリクションは思った以上に効きます。
濡れた岩でも水苔がなければ全く滑りませんし、滝の登攀も不安なくこなせます。
水苔でぬめった岩ではさすがに滑りますが、これはフェルトソールでも同じことで、謳い文句のもう一つ「油の上でも滑らない」は状況次第というところかもしれません。
ただしアクアステルスでは、水苔でぬめった岩でのフリクションは全く効かないという話を聞きましたから、もしかすると、それよりは効くのではないかと推測します。少なくともフェルトソールの沢靴との間では遜色はないように思われます。
スニーカータイプですから、水はどんどん入ってきます。
靴の中が濡れるのは嫌だ(そういう沢屋はいないと思いますが)という人には不向きかもしれませんが、フェルトソールの沢靴に比べて格段に水はけは良く、しかもすぐに乾きます。
何よりも、泥壁などの登るときのフリクションは絶大ですし、スパッツをすれば尾根筋でもあまり不愉快な思いはせずに済むのではないでしょうか。
何といっても、2850円という価格は魅力的ですね。

それから靴下。
これは当然のことですが、完全に濡れます。
フェルトソールの沢靴を使う際に穿く完全防水の沢用靴下のような感覚でいると裏切られます。
しかし、肌触りは悪くなく、水に濡れた際には冷たさを感じますが、それはすぐに感ぜられなくなりました。
夏の沢歩きであれば問題なく使えますし、雨の中で登山道に水が流れているなどという状況においてはいかんなくその性能を発揮することでしょう。

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