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箱根旅行 [日記]

三月になり、沈丁花の花も咲き始め、あの甘やかな香りを運んでくれる季節となりました。
それでも、時折冬の寒さがぶり返し、さすがに三寒四温の時期を痛感させます。
そろそろ鶯の声も聞こえてくる頃なのでしょうが、残念ながら私の周辺ではまだまだのようです。
仕事が終える18時頃、残照の中を駅に向かうとき、さすがに陽が長くなったなと感じますが。

さて、いささか古い話なのですが、二月の終わり、急遽土曜日に休みが取れることになったので、連れ合いと一緒に旅行に出かけました。
土曜日の休みが決まったのがその一週間前だったので、果たして旅館の予約が出来るのか不安でしたが、案の定、名のあるホテルや旅館は一杯。
JTBなどの割当枠もなかったので、これは難しいかなと思っていたところ、だめもとでじゃらんで検索をかけるたら、なんと「山のホテル」に一部屋空きがありました。
このホテルに関しては、連れ合いが前から泊まってみたいと言っていたこともあり、箱根旅行に行こうと考えた当初から検索をかけていたのですが、早くから満杯の状況。
恐らく、一週間前というタイミングでキャンセルなどが出たのでしょう。誠にラッキーといわざるを得ません。
宿泊料金はかなりの値段でしたが、すぐさま予約をしたのでした。

当日、余り時間に縛られたくなかったので車で出かけたのですが、なんと箱根新道で事故が発生し、午前中は通行止とのこと。
やむを得ず御殿場ICから乙女峠を越えた行ったのですが、余り顕著な渋滞にも巻き込まれませんでしたから、これは正解であったのかもしれません。

山のホテルのとなりには箱根神社があり、私はこれまで何度も箱根に行ったことがありながら、この神社に参拝したことがなかったので、ホテルにチェックイン後、早速出かけました。
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思いのほか、たくさんの人出がありました。
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神社への参拝を済ませたあと、連れ合いがずっと行きたいと思っていたという「サロン・ド・テ ロザージュ」に立ち寄りました。
芦ノ湖の湖畔にせり出すような絶好の立地で、山のホテルの付属施設のようです。
果たせるかな、かなりの人気で、順番待ちとなりました。
それでも、美味しい紅茶にケーキ、そして素晴らしい雰囲気を味わうことが出来、満足。
こういうゆったりとした時間を過ごすのはいつ以来のことだろうかと、ついつい芦ノ湖方面に遠い眼差しを送ってしまったところです。

山のホテルは、三菱財閥の四代目当主・岩崎小彌太の別荘がもとになっています。
それだけにロケーションは最高で、その雰囲気を大切に守ってきたという歴史を感じさせられました。
大浴場も、非常に落ち着いた雰囲気で、洗い場に個々の仕切りが設けられているなど、細かなところに神経が行き届いています。
食事はもちろんいうに及ばず、というところです。
夕食はもちろん、通常のホテルなどではバイキングみたいなものでお茶を濁される朝食に関しても、非常にサービスが行き届いておりました。
「ホテルライフ」などというものにはあまりなじみのない私ですが、できれば長時間をこのホテルで過ごしてみたいなという想いに駆られ、なるほどこのことをいうのだなと実感した次第です。

翌日は成川美術館に赴きました。
連れ合い共々お気に入りの美術館の一つで、収蔵作品ももちろんですが、休憩スペースからの眺めも素晴らしいものがあります。
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雲の多めなお天気でしたが、折よく富士山の姿を望むことが出来、これも大満足!

この美術館では、基本的に展示作品の写真撮影を認めています。
もちろんストロボの使用や自撮など、他人に迷惑の及ぶような撮影は御法度ですが、こういうおおらかな対応もお気に入り。
堀文子や森田りえ子といった「女流」の日本画家の競演も誠に見事なもので、こうした力作が一堂に会する機会はそうはありますまい。

また、平山郁夫・東山魁夷・加山又造・山本丘人といった日本画の大重鎮の作品も公開されていて、誠に見応えがありました。

それらの重鎮に並んで、この美術館との関わりの深い高橋新三郎氏の大作も展示されていたのですが、彼が好んで描いていた富士山の絵の即売会が行われていました。
私は絵画も大好きで、美術館や画廊を巡ったりするのも楽しみの一つです。
しかし、自分で絵を持とうとは余り思わず、我が家にある絵は、渓流釣の友人が描いた岩魚の水彩画と、従兄の知人が個展を開いた際にせっかくだからと購入したパステル画があるのみでした。
そんな私ではありましたが、何だか出会いのようなものも感じ、せっかくだからと富士山の絵を購入。
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めでたく我が家における三つ目の「アート」の座を占めることとなったのでありました。

今回の旅行では、二人でそれなりのお金を使ってしまいました。
一人一泊で30000円を超えるようなホテルに泊まるのはそれこそ20年ぶりくらいのことで、奇しくもそのときの宿泊先が箱根富士屋ホテル。
同じ箱根だったのだなと思い返しつつ、やはりお金にはかえられないサービスの質というものがあるものだと感じています。
いまはどうなのかわかりませんが、その折の箱根富士屋ホテルのサービスも誠に見事なものだったと、鮮烈に記憶しております。

いつもなら一泊二食付きでも10000円未満の宿を選んでしまうところを、今回は「清水の舞台から飛び降りる」覚悟でハイクラスな宿に泊まり、その延長で絵まで買ってしまった。
我ながら何と大胆なことかと苦笑を禁じ得ません。

それはともかくとして、ふと感じたことがあります。
冒頭にも書きましたように、このクラスのホテルはこの時期でも週末は予約でほとんど満杯でした。
私たちが泊まれたのもキャンセルなどの一瞬の隙間にうまくはまったからにほかなりません。
一方、湯快リゾートや大江戸温泉物語といった格安の宿も、週末などの予約はかなり困難なようです。
その割に、ちょうどその中間辺りに位置する価格帯の宿には比較的空室もあるらしく、つまりここでも消費傾向の差別化が進んでいるということなのでしょう。
クラス感のある対象か、それとも激安か。
消費性向は結構明確に分かれてきていますが、その辺りにこれからのマーケット戦略の方向性も見えてくるようで、なかなか興味深いものもありますね。

ところで、久しぶりの箱根旅行だったこともあり、その関連から、井上靖氏の短編小説集「愛」の中に収録されている「結婚記念日」を思い出してしまいました。
この小説は、妻を亡くした夫の回想の形で、つましい生活をしていた二人のささやかな箱根旅行の顛末が描かれています。
戦後の苦しい生活の中でもあり、新婚旅行などにはもちろん出かけることもなかった二人が、当時流行っていた懸賞金付きの定期預金で一万円(小説に描かれているのは昭和25年頃ですから、恐らく二ヶ月分くらいの月給にあたるのではないかと思われます)が当たったため、その半分を結婚記念日の旅行に充てようと考えたものです。
ちょっとほろ苦く、しかも、金銭的に厳しい時代をそれなりに生きて来た私たち世代には大いなる共感も呼ぶ内容で、車の中でその話を連れ合いにしながら、二人で「うーん、わかるなあ」などと盛り上がったところです。
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鈴木清順さんが亡くなりました [映画]

三寒四温とは云いますが、正にその通りのお天気が続き、北風と南風が交互に吹き荒れるという、いささか忙しい空模様となっています。
花粉も飛び始め、花粉症もちの私には辛い季節の到来となりますが、沈丁花の蕾も膨らみ始め、そろそろあの甘く鮮烈な香りを届けてくれることでしょう。
近所の里山では菜の花が盛りを迎えていました。
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映画監督の鈴木清順さんが亡くなりました。

映画監督の鈴木清順氏が死去 93歳 「ツィゴイネルワイゼン」「殺しの烙印」

時折テレビなどで見かける折に、酸素ボンベをつけておられる姿を拝見しましたので、大丈夫かなと心配でもありつつ、相変わらずの矍鑠とした対応に感嘆もしておりましたが、遂に…、という想いです。
2005年に「オペレッタ狸御殿」を完成させ、そのバイタリティには、正に年を感じさせない、としかいいようのないものがありました。

「清順映画」と呼びならわされ、それこそ老若男女を問わない数多くのファンを獲得しておりましたが、その演出スタイルや映画作法には誰にも真似のできない独特の世界観に包まれています。
「映像美」などという手垢のついた云い方がありますが、鈴木清順監督の描き出しているのは、映画そのものの持つ「立ち居振る舞い」における無限の可能性と美しさであるような気がします。
清順映画の中で、恐らく最も著名なのは「ツィゴイネルワイゼン」であろうかと思われますが、この映画に関して、作曲家の武満徹さんは次のように述べています。
『ツィゴイネルワイゼン』は、此頃めずらしい官能的な映画であったが、これは生の陰画としての死ではない。死の陰画としての生の映像であり、危険な美に満ちている。
鈴木清順のこの世界は、ジョルジュ・バタイユのつぎのことば「──すなわち彼の腕のなかで身もだえしつつ、彼の存在を忘れ去る女性、それはとりもなおさず彼自身であるという事実。」を捩っていえば、死の腕の中で身悶えしつつ死の存在を忘れ去る女性、それはとりもなおさず死自身であるような生の世界である。そして、さらにバタイユが言うように、「死はある意味ではひとつの瞞着である」とすれば、私たちの生の欺瞞こそ『ツィゴイネルワイゼン』によって曝かれたのである。(岩波書店刊「夢の引用」より)

死んだ中砂が青地に貸していた蔵書を返してもらいに、忘れ形見の豊子を伴って小稲(中砂の妻であり豊子の母であった園に瓜二つの情婦)が、頻繁に訪ねてくる。
さらに、サラサーテが演奏した「ツィゴイネルワイゼン」のレコードも、青地は二人に求められるが…。
ラスト、青地は豊子から「お骨を頂戴」とねだられ、それは中砂と青地との間の約束(どちらかが先に死んだら死んだ方の骨を生きている方がもらう)のためだという。
死んだのは中砂ではないか、と青地が反問すると、豊子は、死んだのはオジサマの方だと答える。
こういう映画の流れの中に浸るとき、この武満さんの論評が如何に的確なものであるかを痛感します。
もしかすると、今現在自分がこの世の中に生きているということすらも、本当にそれが事実であるのかわからなくなってしまいそうになる。

この映画の中では、生と死がまるで悪夢のように交錯し、中砂と青地の、いったいどちらが今生きて存在しているのかが分からない不安に駆られてしまいます。
もちろん、その回答は、映画の中ではなされません。この映画を観た者が、そのあとにそれぞれのストーリーを展開させる広がりを与えてくれるわけです。

かといって、決して難解でも晦渋でもなく、目くるめく展開される鈴木清順監督の世界に引き込まれていく愉悦を感じさせます。
生と死という一見重苦しい題材を扱いつつ、決して沈痛な重苦しさはありません。
むしろ、極めて透明で純粋な美しさを感じさせてくれる映画でありました。

この映画は、キネマ旬報ベストテン1位でベルリン映画祭特別賞をも受賞した作品であり、ATG作品の中でも一二を争うヒット作でした。
テレビでもたびたび放映されましたからご覧になった方もきっと多いことでしょう。

この後に続く「陽炎座」「夢二」とともに大正浪漫三部作などと云われますが、私としては「陽炎座」の美しさにも非常に心惹かれるものがありました。

この三部作では、とりわけ音楽の存在が印象に残ります。
音楽を担当したのは、職業作曲家ではなく音楽プロデューサーである河内紀氏。
彼の設計した音楽・音響の世界は、この夢幻の美しさを持つ映像を二倍にも三倍にも膨らませ、私たちを清順監督の紡ぎだした夢の世界にいざなってくれます。
そこには映画の持つ可能性を信じさせてくれる力が満ち溢れていました。
「夢二」では、梅林茂氏というこれまた無限の才能に恵まれた作曲家と共同で音楽に当たっていて、これも出色でした。

鈴木清順さんの訃報に接し、改めて映画というものの独特の夢の世界を考えています。

私が映画を好むのは、私たちを縛り付け統御している「時間」というものの束縛から私たちの精神を解放してくれる表現媒体であるからです。
映画館という、その映画を観るためのみに集まった、相互に全く関係性を持たない者たちのひしめく暗闇の中で、ただ一点、スクリーンに映し出された映像の紡ぎだす独特の時間の中に、それぞれの夢の空間(もしかすれば、自分自身が寝ているときであっても決して見ることの叶わない夢のような)を描き出す。
そのスクリーンには、実際の大きさをはるかに超えたもの(人物のクローズアップなど)や、スクリーンのサイズをはるかに超えた景色(宇宙空間や大海原、広大な砂漠などなど)が映し出され、時間は極度に引き延ばされたり圧縮されたりしながら空無化する。その空間的な矛盾を通して観客の持つ想像の世界を膨らませてくれるのでしょう。
私は白黒無声映画も大好きで、これらを自宅で観るような場合は完全に無音の状況にします。
そうすると、私の頭の中は映像から紡ぎだされる音楽でいっぱいになり、それが画面の動きとシンクロする不思議な世界を味わうことができる。
ビデオ化された無声映画にはしばしば余計な音が入っていたりするのですが、この無意味な夾雑物が如何に映画の紡ぎだす夢の世界を壊すものであるものか…。

そういう意味からすると、現在の映画は何だかむやみに音楽をつけすぎ、意味のない効果音を鳴らしすぎだと思います。
それに今の映画館はあまりに明るすぎるし、ある意味変にきれいで健康的すぎる。
好みの問題だとは思うのですが、私は映画館で映画を観ながら何かを食べたり飲んだりしたりする人の気がしれません。
飲食という現実の生理的な行動によって、せっかく手にした時間という束縛から逃れられる空間を手放してしまうように思われるからです。

鈴木清順さんは、そういう映画の持つ肌合いや空間の描き方に特別の才能を発揮された映画監督でした。
93歳というご高齢を鑑みれば、これもまた致し方ないことと思いますが、やはり無念です。
心よりご冥福をお祈りしたいと同時に、どんなに時代が移り変わろうとも決して色褪せない作品をたくさん残してくださったことに心より感謝したいと思います。

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佐渡裕&東フィルのブルックナー第9番、武満徹「セレモニアル」 [音楽]

冬本番の冷え込みが続いています。
先日出かけた丹沢も、もう真っ白けの厳冬仕様に変わっていました。
通勤途上の多摩川の跨線橋から遥か彼方に南アルプスの峰々が白銀に輝く姿が望め、なんだか胸の熱くなる想いです。

そんな寒さが少し緩んだ感のある日曜日、久しぶりにbunkamuraオーチャードホールに出かけ、佐渡裕指揮東京フィルハーモニーによる演奏を聴きに行きました。
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演目は、武満徹の「セレモニアル-An Autumn Ode-笙とオーケストラのための(1992年)」とブルックナーの交響曲第9番です。

この演奏会を聴きに行こうといったのは、実は連れ合いでした。
連れ合いは、学生時代に合唱サークルに所属していたことから、例えばベートーヴェンの第9を歌ったりといった経験はありますが、どちらかというと歌謡曲や7~80年代フォークやニューミュージックのファンで、クラシックは私にやむを得ず付き合っているような風情がありましたから、ちょっとびっくり。
理由を聞いたところ、私が昨年還暦を迎えたことから、何か具体的なお祝いをしたいと思いつつ果たせなかったところに、郵便局に貼ってあったポスターを見、私が武満徹とブルックナーのファンであることを忖度して、どうかと思ったのだそうです。
もちろん、連れ合いも佐渡裕という稀有の指揮者に対する興味は津々だったので、己の期待も込めてのことだそうですが。
それはともかく、そんな連れ合いの気持ちが嬉しく、また、もちろんこのプログラムの魅力もあり、早速東フィルフレンズに登録。チケットを購入したのでした。

ネットからチケットを申し込むと、優先予約の期間中にもかかわらず、よさそうな席は結構埋まっていました。
さすがに佐渡裕だなあ、と妙に納得。

演奏会への期待は並々ならぬものがありましたが、オーチャードホールに行くためには、あの猥雑な渋谷道玄坂界隈を歩かねばなりませんから、その点だけは憂鬱です。
案の定ひどい人ごみで、ホコテンでもなかったので、歩道は溢れんばかりの人でごったがえしていました。

さて、演奏会ですが、今回の公演はワンステージ。
つまり、二曲を続けて演奏し、途中休憩はなし、ということです。

観客席は、8分くらいの入りというところでしょうか、ところどころに空席はありますが、まずまずでしょう。

「セレモニアル」は、副題が「An Autumn Ode」となっており、これは「秋の頌」ということでしょうか。
頌は頌歌のことであり、特定主題に基づく格調高い抒情詩のことをいいます。
例えば、ベートーヴェンの第9に用いられたシラーの詩などはその範疇に入りますし、場合によっては読経などもそういえるのかもしれません。
この曲では、前奏と後奏が笙の独奏となっていて、奏でられる主題は「秋庭歌」「秋庭歌一具」から引用されています。
耳を澄まし神経を集中させなければ聞こえないほどのあえかな笙の音によりその主題が奏でられ、それがやがてホール一杯に響き渡ります。
宮田まゆみならではの表現力といわざるを得ません。
その主題を、客席の3方向に設置されたフルートとオーボエが受け継ぐのですが、ノンビブラートはもちろんノンタンギングで演奏されるその音、特にオーボエなどは竜笛の音を彷彿とさせました。
やがてオーケストラが、それらを包み込むように響きだし、晩年のあの艶やかで優しく美しい武満サウンドが展開する。
そして、最後に笙が残って主題を奏でるのですが、何とも不思議な深淵に導かれるような音楽なのです。
武満さんの音楽、殊に晩年は、その独特な美しい和音が大変印象に残りますが、この曲も同様です。
武満さんの音楽を「深海の音楽」と評した方がおられ、確かにそういう感じもあろうかとは思われますが、私はその響きからいつも抜けるように透明な空と光を感じます。
魂が浄化されていく、という点では、ある意味ブルックナーの音楽にも共通するようにも思われるのです。
この曲の演奏時間は10分足らずでしたが、何というか、ひたすらその響きの中に身を置いていたいと思わせる作品でした。
ところで、これは一面気の毒なことではありますが、近くにおられた初老の男性が風邪を引いておられたらしく、我慢しつつもしきりに咳をし、とまりません。
笙の後奏ではそれがひときわひどく、これには参りました。

万雷の拍手に宮田さんが送られると、続いて本日のメインプロともいうべき、ブルックナーの交響曲第9番の演奏が始まりました。

ブルックナーの交響曲第9番を実演で聴いたのは1993年のこと(朝比奈隆&東京都響)で、今回の実演鑑賞は26年余りのことになります。
この時の演奏は筆舌に尽くせないほどすさまじいもので、特に第3楽章では、85歳の年齢を全く感じさせない迫力に満ちたものでした。
今回は二回目の実演ということで、ブルックナーの交響曲第9番をこよなく愛していると公言している割には甚だ少なく、この点は忸怩たるものがあります。
元来私は大変なものぐさなので、傍らにシューリヒトやヴァントなどによるレコードやCDがあると、てっとり早くそれを聴くことで目的を達しようとしてしまう嫌いがあり、聴いてみたいというプログラムがありながらも重い腰を上げることがなかなかできませんでした。
その意味でも、今回、連れ合いが提案してくれたのは勿怪の幸いというところでしょう。

佐渡裕は、皆様既にご案内の通りバーンスタインの弟子でもありましたから、ついつい1990年3月のウィーン楽友協会大ホールでの師匠の演奏を想起してしまうのですが、当然のことなのでしょうけれども、趣は全く異なります。
強いて共通点を上げるとすれば、第2楽章などにみられる恐るべき統制力。
正しく一分の隙もない演奏でありました。
全体としても、テンポを極端に動かすことはなく、巨大な構築物や遥かなる山並みを仰ぎ見るかのような微動だにしない堂々たる演奏で、これは全く「正統な」ブルックナーの響きといえるのではないでしょうか。
佐渡裕の描き出そうとする音楽的な宇宙を、東フィルは素晴らしいアンサンブルで実現させています。
弦から金管・木管そして打楽器に至るまで、正に彫琢され統率された美しい響きを繰り広げ、私たちを至福の空間に誘ってくれました。
特にホルンの素晴らしさはどうでしょう。
この曲に限らず、ブルックナーの交響曲にはホルンの印象的な(それゆえに演奏するのには極めて困難の伴う)ソロがいくつも登場しますが、このソロを受け持ったホルン奏者の音は、私の想像をはるかに超える美しい響きを届けてくれます。
もちろんホルン全体のアンサンブルも素晴らしく、こんなに安心して実演のホルン演奏に身をゆだねられるのは久しぶりのことでした。
ただ、これはあまりにも張り切りすぎたからか、第1楽章ではややホルンが突出していたような気もします。
もう少し弦の和音を前面に出して欲しかったと、ちょっとないものねだりをしてしまいました。
また、ワーグナーチューバも同様に素晴らしい響きを醸し出しており、第3楽章の練習番号B(29小節)の冒頭の和音で少し乱れがあったものの、その後の演奏は乗りに乗って、コーダの終盤、練習番号X(231小節)の第7番の主題を回想するところなどは、正に夢見心地でその響きを楽しんだものです。

素晴らしい演奏でした。
観客のマナーも上々で、皆、この正に一期一会の感動的な演奏を聴けた悦びに浸っていたように感ぜられます。
私は、大変恥ずかしいことですが、ブルックナーなどの演奏についていえば、例えば先日聴いたバイエルン響などのような独墺オーケストラによるものが一番だという思い込みがありました。
何といっても歴史的な重みに違いがありますし、独墺のオケのメンバーの大半が当該国民であるが故の共鳴のようなものもあると考えていたのです。
しかし、この佐渡裕&東京フィルの演奏を聴き、改めて日本のオーケストラの底力を痛感しました。
この演奏は、(あくまでも私見ですが)先日のバイエルン響に勝るとも劣らないものだと思います。
こんなことをいうと「セコいかな」とは思いますが、彼我の料金差(4分の一くらいの値段で聴けます)は全く感じられません。
しかも、聴こうと思えばその機会は十分にある。
そういう環境に自分がおかれている幸運に改めて感じいったたところです。

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弁当箱を買いました。 [日記]

週末になって、首都圏は再び強烈な寒気がやってきました。
都心でも雪が舞ったそうで、毎度のことながらセンター試験の受験生は大変な想いをしたことでしょう。
各大学の入学試験日程のことを思えば、やはりこの時期に実施せざるを得ないのでしょうが、なんだか気の毒になります。
そういえば、私たちのころは、センター試験はもちろん共通一次もなく、たとえば東大や早稲田・慶応を受験する権利はすべての受験生に与えられていました。
ある意味、いい時代だったのかもしれません。
一発勝負だったわけですから、試験にヤマをはって、まんまと入学したつわものもいたことでしょうし。

先日、新しい弁当箱を買いました。
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重ねるとこんな感じです。
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おかずとご飯を別々に入れて携行し、食べ終えたら重ねて収納できるので、空になるとこの半分の大きさになります。

ちなみにこれまで使ってきたのはこれです。
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これは重ねた後の形で、やはりおかずとご飯を別々に入れて携行できるタイプでした。
大きさも手ごろなので、職場へはもちろん、山でも使っていて結構重宝したのですが、残念ながら中蓋の変形がひどくなり、見かねた連れ合いが「新しいのを買ったら?」と言ってくれたわけです。

値段は税込1026円とそれなりの価格がしましたが、やはり新しい弁当箱はうれしいものです。

私ら夫婦は二人とも仕事をしていますので、家事は分担制です。
とはいえ、厳密に分担を決めているわけではなく、例えばどちらかが食事の用意をしているときにはもう片方が洗濯とかアイロンがけをする、という感じですね。
それでも朝ごはんは、連れ合いが先に家を出るという関係上、私が作っています。
その折に自分の弁当もついでに作るわけで、一緒にやるとそれほどの手間はかかりません。
ちなみにこれは津での単身赴任生活の折も実践していました。

弁当のメリットはいくつか考えられますが、やはり食事のバランス面の保持が一番でしょう。
外食にすると、どうしても揚げ物などが入ってきたり、味付けも濃くなったりしますし、カロリーも過剰になってしまいがち。
弁当にすればご飯の量も抑えられるほか、果物や野菜も入れられます。
後片付けが面倒くさいということもありましょうが、私は食べたらすぐに職場の流しで洗ってしまうので、その点もさほど手間とは感じません(ものの5分くらいで終わりますから)。

もう一つ、これも大きな利点ですが、食費をかなり節約できます。
現役を退き、収入も激減していく中、体とお財布の中身を健全にコントロールするためにはうってつけのツールなのかもしれませんね。

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活を入れる(2017年版) [山登り]

「活を入れる(2017年版)」
これは、去年に引き続き、年末年始でだらけ切った体を覚醒させるために行った山行です。
昨年は丹沢の三ノ塔尾根を登りましたが、本年は久しぶりに大倉尾根から塔ノ岳に登ってみようと思った次第です。

大倉尾根は、塔ノ岳に登る最短ルートであるとともに、標高差1200m余りを一気に登ることからトレーニングの一環としても有名ですね。
ただ、何といっても有名なルートですから、休日に登ると大変なことになります。
そんなわけで、お正月三が日明けの4日、出かけることにしました。

連れ合いは仕事ですので、朝ご飯の支度をし、お昼のお弁当を作って家を出たのは8時30分頃と、この時期の山登りとしては許しがたい遅立ちです。
それでも、小田急の渋沢駅には10時には到着。
反対方向の電車ですから、ゆっくり坐れて快適でした。
大倉行きのバス。
平日のこんな時間だというのに、山の格好をした乗客がかなり乗っています。
空いていると高を括っていたのですが、皮算用に終わりそうな気配がします。

大倉バス停には、やはりそれなりの登山者がいました。
間違いなく人が少ないはずの三ノ塔にしようかとも一瞬思いましたが、やはり初志貫徹することにします。

身支度を整えて大倉を出発したのは10時40分過ぎでした。

最初はさほどの登りでもありませんから、それなりに良いペースで登っていきます。
先行する人たちを何人か追い越し、見晴らし茶屋を越える頃から傾斜も少しずつ強まってきます。
雪は全く見当たりません。
堀山の家を越えると登りはさらにきつくなり、大倉尾根特有の延々と続く階段登りとなります。
駒留小屋を過ぎ、さらに頑張って花立に着きました。
12時30分です。やはり雪は全く見当たりません。
標高差にして1000m余りですから、ここまでで二時間を切れたのはまずまずというところでしょう。
一気に塔ノ岳山頂を目指そうとも思ったのですが、朝ご飯を済ませたのが7時前でしたので多少シャリばて気味となっており、ここで弁当とします。

ゆっくり休んで、塔ノ岳をめざします。
金冷やしの付近では多少の降雪が見られました。
30分ほどで山頂に到着。
多少霞み気味でしたが、富士山もきれいに見えていました。
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丹沢主稜方面もきれいに見えています。
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蛭が岳辺りには雪がありそうですね。

尊仏山荘です。
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大山や三ノ塔方面です。
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平日というのに、塔ノ岳山頂は結構なにぎわいです。
風もそれほど強くなく穏やかなお天気ということで、登りにきた人もきっと多いのでしょう。

眺望を楽しんだ後、往路を戻りました。
大倉のバス停には15時くらいに到着。
活を入れるには手頃な行程となりました。

大倉尾根には、トレーニング目的で以前は随分通ったものでした。
10年以上前くらいには、一日に二往復などということもやったのですが、二往復すると標高差で2500mを稼げることになり、それを10時間足らずでできるという首都圏近郊では手軽な鍛錬コースであったというわけです。
しかし、さすがに還暦を過ぎての連続二往復は結構ハードルが高く、今回は時間的にももちろん無理がありましたが、大倉に降りてきた段階でもう一度登り返す気力は全くありませんでした(^^;

それにしても、大倉尾根と塔ノ岳が、平日にもかかわらずこんなに人出があるとは思ってもみませんでした。
久しぶりの大倉尾根ではありましたが、もうこのコースを登って塔ノ岳にいくことはないと思います。
丹沢でもコースを選べばまだまだ静かな山行を楽しめるわけですし、人混みを見るために山に登ることもあるまいと、今回しみじみ思い知った次第です。
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本年もよろしくお願い申し上げます [日記]

2017年の年明け。
穏やかな年越しとなりましたが、皆様はいかがお過ごしでしょうか。

新年明けましておめでとうございます。
旧年中は大変お世話になりました。
本年もどうぞ相変わらずのご愛顧のほど、よろしくお願い申し上げます。

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実家からの初日の出です。

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富士山もきれいに眺められました。

昨年末、実家の母が転倒して肋骨を骨折し、ひと月あまり入院をしたこともあり、今回の帰省は実家の大掃除や家事、おせち料理の用意などに忙殺されました。
私も何度か経験しましたが、肋骨の骨折は、2週間ほど安静しているとだいぶ痛みも和らぎ動けるようになるもの。
能動的な母はベットでの仰臥がやはりかなり苦痛らしく(家に残した父のことも気がかりだったのでしょうが)、痛みが和らいでくると帰宅したがって大変でした。
85歳という高齢でもあり、無理をさせるわけにはいきませんから、近所に住んでいる妹たちも必死で止めて何とかおさめていた次第。
今回の我々の帰省中も、なんだかんだと自分で動きたがり、押しとどめるのが大変だったのですが、そういう積極性があること自体はありがたいことと思っております。

タグ:2017
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ソニー Bluetooth対応 ワイヤレス防水スピーカー SRSX1 [オーディオ]

この時期らしい寒さが戻ってきています。

12月23日から25日まで、週休二日制の会社ですと三連休になるのでしょうが、私の職場はあいにく土曜日が出勤なので、いわゆる「飛び石」でした。
尤もこの時期は年賀状書きや大掃除などがありますから、結局、二日間の休みはそれだけで費消されました。

ソニーBluetooth対応・ワイヤレス防水スピーカー「SRSX1」を購入しました。


小さな筐体にもかかわらず、5Wの出力はかなりパワフルです。
なんといってもBluetooth対応なので非常に扱いやすく、これで6200円ならコストパフォーマンスもよろしいのではないかと思いました。
風呂場でCDなどを聴くために、防水対応のラジカセを購入して使っていましたが、怪しげな中国メーカーの製品であったためか、CDのトラック移動ができず(フォワードやバックのボタンが利かない)、毎度冒頭からの演奏となってしまうためげんなりしていました。
そこで、早速iPodとSRSX1を組み合わせて風呂場で使ってみたのですが、これは全く快適です。
わざわざお湯をかけたしりしない限り、水回りで使用しても問題はないとのことですし、筐体も非常に小さいので場所ふさぎにもなりません。

などと書きましたが、購入しようと思った動機は、この年末、実家に帰省して大掃除などをやる際の気晴らしようです。
自宅であればCDを聴きながら掃除などの家事もできますが、実家ではそういうわけにもいかず、かといってラジカセを持ち込むのもはばかられます。
iPodとSRSX1ならまったく邪魔にもなりませんし、好きな音楽を聴きながらであれば気乗りのしない掃除や各種作業も捗ることでしょう。

それはともかく、扱いやすい大きさと、それに見合わぬパワフルな音を出しますから、ご興味のある向きはお使いになってはいかがでしょうか。

先日、ちょっとした不注意から車の左前輪のあたりをこすってしまいました。
大した傷ではありませんでしたが、こういうヘマをするのはかなり久しぶりのことなので結構へこんだところです。
コンパウンドで磨いて目立たなくしようと思ったのですが、微妙に塗装まで傷が入っていたので、見た目以上に重傷と判断し、近所のスタンドで見積もってもらうと、バンパーの交換などが必要になるので15万円くらいはかかるとのこと。
思った以上の出費ですから、走るのに別段の問題もないことだし我慢するかと考えましたが、車両保険に入っていることから、使ってみてもいいかなと保険会社に連絡。
案の定、「免責の部分は自己負担」「保険を使うと等級が下がるので保険料が上がる」などと、使わせないようにする雰囲気ありありでした。
私の等級は、現在、無事故無違反を確保してきた故に最上級(20等級)ですから、3等級下がってもさほど負担が増えるわけでもないと思いますし、次回からは車両保険なしにしようかなと考えていた折でもあって、とにかくどのくらいかかるか正式な見積もりを要請。
さっそく保険会社指定の修理工場で見積もりをしてもらいました。
その結果、費用はスタンドとほとんど変わりません。
修理工場の方とも話をし、しばらくご検討なさいますか?との先方の提案もありましたが、その場で修理をお願いし、保険を使うことで依頼しました。
年末の忙しい時期にも関わらず、一週間足らずで修理が完了し、昨日納車されました。
完璧な修理で満足したのですが、それ以上に驚いたのは、ほかの気になる傷も修復してくれていたこと。
今回の依頼をする折、修理工場さんに、別の場所でちょっとこすった部分も一緒にできませんかと聞いてみたのですが、今の車両保険の審査は厳しく、場所が離れていると「事故二回」という計算になり、それぞれに3等級落ちとなるうえ二回目と判定されたほうの免責金額が増大するので、我慢できるのであればやめたほうがいいと思います、というアドバイスををもらっていたのです。
従って、今回の修理が終わって戻ってきたら、タッチペンなどを使って少し塗料を盛りながら修復してみようと思っていたのでした。
それを今回の修理と併せて治してくれたのです。
メインの傷の補正ほどではないにしても、それなりの費用が掛かると聞かされていましたから、さすがに「大丈夫ですか?」とお聞きすると、
「年末でメーカーも休みに入ってしまうことが多く、パーツの調達が大変な時期なので、お客様が気持ちよく即断即決してくださったことがありがたかった。おかげで年内に売り上げを確定することができましたし、保険会社への報告もスムーズに終わりますから、この部分の修理はささやかながらお礼のサービスです」
とのこと。
聞けば、車両保険の絡んだ修理はごねるお客も多く、保険の免責金額やランクダウンによる費用との比較でなかなか実作業が進まないことがままあるのだそうです。
そのうえ値切ってきたりサービスを要求されるため本当に大変で、保険会社も支払いにはうるさいし、そんなこんなで部品の調達が遅くなり納車が遅れると「遅い!」といってクレームをつけられる始末。
「そういうこともあるので、今回はこんなに気持ちよく仕事をさせていただき感謝しているのです」
そういって修理工場さんは微笑んでくれました。

余り規模の大きくない修理工場さんの場合、大口の売り上げはなかなか確保が難しく、今回のような小さな仕事を数多く引き受けながら、それこそ馬車馬のように働いておられるのでしょう。
余分なパーツをストックしておく余裕もおそらくはなく、作業着手への判断の遅れは、売り上げはいうまでもなくそれに要する費用の確定にも大きな影響を及ぼすことになります。
支払額を少しでも抑えたい気持ちはわかりますが、必要以上にごねられるのでは業者にとってたまったものではありません。
しかし、今回の修理工場さんのお話をお聞きすると、そういう客は結構いるような感じです。

修理工場さんの温かな対応に感謝の気持ちでいっぱいになりましたが、反面、何とも世知辛い話だなと感じました。
確かにごねて費用を抑えたりサービスをさせたりすることも可能でしょうし、状況によってはそれが有効に働くこともなしとはしません(一種のネゴシエーションでしょうか)。
しかし、してやったりと満足するかもしれない客の思いはともかく、作業を請け負った側には嫌な思いが残るのではないでしょうか。
気持ちよく修理をしようという気持ちがなえてしまう可能性だってあるのかもしれません。
修理工場さんもプロですから、そんな感情で手抜きをすることはあり得ませんが、しこりは残りますよね。
そう思うと、ほんのちょっとした対応の違いで、こうして気持ちよく修理をしてくださったことの嬉しさはやはり格別です。
店と客という相反する関係とは云い条、所詮は人と人との付き合いなのですから、お互いに気持ちの良い関係を作るべきだなと、改めて感じました。
同じサービスでも、双方が喜んで感謝しあうものの方が格段に上なのですから。
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モーツァルトのレクイエム、ホグウッド&エンシェント室内管弦楽団&合唱団 [音楽]

気温の変化の激しい日が続きます。
今日は少し暖かくなっているようですが、気温の変化が激しいと、どうしても体調を崩しがちになってしまい、先日還暦を迎えたこともあって、さすがにきついなと感じています。

モーツァルトレクイエム
長らくジュースマイヤーによる補作版による演奏が一般的でした。
私も、何度かこの曲の演奏には参加してきましたが、もちろんジュースマイヤー版です。
ジュースマイヤーによるオリジナル(SanctusやBenedictusなど)はいうに及ばず、モーツァルトの真筆とジュースマイヤーの加筆が施された部分においても、両者の違いは明らかで、その点での違和感はもちろんありますが、ジュースマイヤーの仕事は決していい加減なものではなく、モーツァルトの残した指示などに基づいてどれほど忠実に真摯に向き合っていたかがひしひしと伝わりますし、何よりもこの曲を、きちんとしたカトリック典礼の形に整えて後世に伝えた功績は大なるものがありましょう。
モーツァルトの絶筆となったLacrimosa。8小節目で途絶えた師のあとを繋いで彼が完成させました。
別宮貞雄氏などは「この甘美といえるほどの旋律で始まるLacrimosaを、ジュスマイヤーはなんとか平凡ではあるが、ひきのばして終わらせている」と酷評していますが、私は、この曲を歌いながら、そのジュースマイヤーの想いを忖度し何度もこみ上げてくるものをあらがうことが出来ませんでした。
8小節までの、奇跡的に美しい旋律を、懸命に守ろうとしたひたむきなジュースマイヤー。それが最も如実に表れていると私は思います。これを「平凡」に「ひきのばし」たとは、あまりに酷い言い方だな、と。

この版の定番中の定番はベーム&ウィーン・フィルによる演奏です。

私感ではありますが、この演奏ではジュースマイヤーの手の入っている部分、殊にAgnus Dei以降が素晴らしく、私は強く心を奪われました。

しかし、個人的なお勧めということであれば、リヒター&ミュンヘン・バッハによる演奏を挙げたいと思います。

何という真摯な演奏でしょう。
正にリヒター&ミュンヘン・バッハの真骨頂というべき演奏ではないかと思います。

そのモーツァルト・レクイエムの版問題に対する活性化の端緒の一つとなったのが、「ホグウッド&エンシェント室内管弦楽団&合唱団、ウェストミンスター・カテドラル少年聖歌隊」による1983年の演奏録音です。


この演奏・録音には、校訂を行ったイギリス音楽学者リチャード・モーンダー氏ご自身が参加しており、完璧を期そうとした意気込みが見て取れます。
古楽器・小編成、声楽はビブラートを抑え、長らく主流を占めてきたロマン派的な演奏とは一線を画すものであり、想像ではありますが、恐らくモーツァルトの生きた時代の音はこのようなものであったろうと感じさせます。
一番の特徴は、1961年にヴォルフガング・プラートによって発見された「Amen fuga」を、恐らくこのレクイエムのために作られたものと判断し、Lacrimosaのあとに独立して配置したことでしょう。
これはまさに驚くべき壮麗な曲であり、このフーガを聴くだけでも、この盤の存在意義はかなり高いものがあると、私は考えます。
因にそのスケッチは以下の通りです。
amen.gif
この「Amen fuga」を見ると、モーツァルトが、Lacrimosaで一つの区切りをつけ改めてOffertoriumの「Domine Jesu」を始めようとしたことがわかります。
つまり、Introitus(入祭唱)、Kyrie、Sequenz(続唱)、Offertorium(奉献唱)、Sanctus(聖なるかな)、Agunus Dei(神の子羊)、Communio(聖体拝領唱)という、鎮魂曲の様式に沿うような構成を企図したのでしょう。
モーツァルト晩年の傑作アヴェ・ヴェルム・コルプスが美しい和声を響かせる合唱曲であるのに対し、この曲が対位法の極致といもいうべきポリフォニーのめくるめく世界を展開させるのも、ある意味、カトリック典礼に則った厳格なレクイエムの形を目指した創作意図によるものであるからなのかもしれません。

しかし、モーツァルトはついにSanctusを作ることができなかった。
そのためジュースマイヤーはこの部分を創作したのですが、ジュースマイヤーが手を入れた部分はモーツアルトの真筆とは認められないとするモーンダーのクリティカルな方針から、SanctusやBenedictusなどは割愛しています。
従ってこの演奏は様式的にカトリック典礼から外れたものとなりますから、モーツァルトにこの曲を依頼したヴァルゼック伯爵の注文を満足するものにはなりえなかったと思います。
その意味からすれば、やはりジュースマイヤー版の価値は十分に評価されるべきでしょう。

とはいえ、今日、この曲をカトリック典礼に則った宗教曲としてのみ聴くことはほとんどないものと思われますし、従って、あくまでもモーツァルトの残した芸術の一つとして考えるのであれば、最も原点に近い姿を再現しようとの想いを以てこうした版を校訂する意義はあると思います。
尤も、モーツァルト自身が、この校訂版をどのように評価するのか、こればかりはわかりませんが。

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仮名手本忠臣蔵 [音楽]

昨日までの小春日和が一転、冷え込みが厳しくなっています。
快晴の空は誠に美しく清々しい限りですが、風も強くてさすがに身に応えますね。
風邪やインフルエンザの流行は予想以上に猖獗を極めていて、私の職場でも罹患して休む人が急増しています。
私もまだ完全には風邪が抜け切ってはおらず、だましだまし出勤しているような状況で、何ともやりきれないものを感じますね。

三宅坂にある国立劇場は、今年、会場50周年を迎えました。
記念公園が目白押しの中、先日、文楽「仮名手本忠臣蔵」を観てきたところです。
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長尺の演し物なので、大序から六段目までを第1部、七段目から十一段目を第2部として、分けて上演されることが多いのですが、今回は通しでかけられました。
ただ、時間の都合もあって、私は第1部(大序から六段目)までしか観ることができず、その点はいささか残念でしたが、それでも、朝の10時30分から短い休憩を二回はさんで16時過ぎまでかかるのですから、見ごたえは十分です。
しかもこの中には「塩冶判官切腹(四段目)」「早野勘平の腹切り(六段目)」など、涙なくしては観られない名場面もありますし。
1966年に建てられた国立劇場の客席の椅子のすわり心地はあまりよくなく、長い時間座っているとお尻が痛くなるのですが、それでも時間を忘れて舞台に見入っていました。

仮名手本忠臣蔵自体は、正しく人口に膾炙された演し物ですから、内容についてわざわざ記す必要もないことでしょう。
「芝居の独参湯」とも呼ばれ、経営難に陥った芝居小屋でも、これをかければ大入り満員、一気に黒字に転換といういわば打ち出の小槌みたいな演目ですから。

幕藩体制の中で、幕政にかかわる演目をそのままかけるのはご法度だったこともあり、時代を足利将軍時代に移し替え、四十七士をいろは仮名47文字で暗喩した「仮名手本」という名前を付するという、なかなかに気を使った背景もありますが、もちろん当時の観客も題材となっている事件を念頭に楽しんだわけで、足利将軍時代にはなかった鉄砲が出てきたり、暦応では生まれてすらいなかった世阿弥作の「高砂」が出てきたりと、時代背景はむちゃくちゃです。
まあ、幕府も、体裁だけは暦応年間ということにしてあるし、登場人物も足利直義や高師直にしてあるからお目こぼし、ということなんでしょうね。
あまりうるさいことを云って民草の楽しみを奪ったり反感を買うのは得策ではないと考えたのでしょうし。

私は活字としての浄瑠璃が好きで、文楽そのものについてはさほどの知識を持たないのですが、それでもこうして舞台で人形の動きを観つつ太棹と義太夫語りを聴くのは楽しみの一つです。
今回の演し物は浄瑠璃中でも大作なので、大夫も三味線もたくさんの演者が任に当たりました。
若い方々もたくさんおられ、こうした伝統芸能を受け継ごうとする確かな流れがあることもうれしく思った次第です。

さて、舞台の方ですが、やはり六段目の勘平の腹切りには参りました。
話の筋を知っていても、泣けて泣けて仕方がありません。
終わった後に連れ合いの感想を聞くと、眠っていてよくわからなかったといいます。
おいおい、それはないだろうと難詰したところ、連れ合いの隣に座っていた、いかにも観劇慣れしたように見える和装のご婦人もずっと寝ていたよ、といいます。
それを聞いて、もったいないことだなとは思いましたが、浄瑠璃も音楽の一つですから、素晴らしい演奏を聴きながら眠るのもそれはそれでいいことかもしれませんね。

久しぶりの文楽の実演を観ましたが、人形の演技はもとより大夫や三味線などの音曲も十分に楽しめ、第1部だけとはいいつつも大変満足しました。
ただ、これは私だけの感覚なのでしょうが、人形遣いが素面・裃で操る姿にどうしても違和感を感じざるを得ません。
せっかく人形が絶妙な演技をしているのに、その人形に寄り添う人の顔がそのまま見えたのでは興覚めに思えるのです。
やはりこれは黒子であって欲しいな、と。

帰り道、赤坂プリンスのクラシック・ハウスに立ち寄りました。
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せっかくなので、中に入ってお茶を飲んだのですが、良い雰囲気の割には価格もコーヒーが一杯500円と、比較的リーズナブルでおすすめです。

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マリス・ヤンソンス指揮バイエルン放送響によるマーラーの交響曲第9番 [音楽]

小春日和が来たと思ったら真冬並みの寒さが到来するという、この時期特有の不安定な天候が続き、天城山行前から引いていた風邪がなかなか抜けません。
熱も大して出ていなかったので、気合で治す!とばかりに頑張ったのが裏目に出ました。
結局、先週の土曜日、近くの総合病院に出かけ、抗生物質や炎症止めの薬を処方してもらって何とか落ち着いたというところです。
連れ合いや妹などにいわせれば、「還暦にもなれば若いころとは違って自力で治すことなんかできないんだから、最初からおとなしく病院に行けばよかったのに」との、全く仰る通りの御託言。
肝に銘じている次第です。
お昼の楽しみであったウォーキングも、そんなわけで自重していたのですが、昨日久しぶりに出かけてみると、既に晩秋の趣でした。
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公孫樹の黄葉がまぶしい限りです。

さて、いささか古いご報告となりますが、11月27日の日曜日、マリス・ヤンソンス指揮バイエルン放送響によるマーラーの交響曲第9番を聴いてきました。
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このコンビによるサントリーホールの公演は、おととしのちょうど今頃、連れ合いと一緒に聴きに行って以来です。
今回は、クラシック音楽を通じ、それも共にマーラー好きということで長年の付き合いとなっている友人と二人で出かけました。
友人は神戸でのこのコンビによる同曲の演奏を既に聴いているとのことで、「すごいですよ!」と私をたきつけます。
それでなくてもマーラーの交響曲の中で(選ぶのは非常に悩ましいのですが)一番好きな第9番を、あの「ヤンソンス&バイエルン放送響」の実演で聴くことができるのです。
風邪で具合は最悪でしたが、そんなものはどこかに忘れてしまうほど、聴く前から興奮してしまいました。

サントリーホールは入口から混雑していて、会場もほぼ満席。
「今回の演奏では途中休憩はありません」としつこいほどの場内放送があり、それを受けてか、男性の手洗いまで長い列ができていました。

チェロとハープに導かれてホルンの物憂げな旋律で始まるAndante comodoの第1楽章が始まると、場内には適度な緊張感を伴う安らぎの時間が流れ始めました。
さざ波のようなビオラに導かれて第2ヴァイオリンが主題を提示し始めると、正にため息をつかんばかりの弦の美しさに陶然とさせられます。

この楽団の弦の素晴らしさは云うまでもないことですが、今回の演奏では特に金管の美しさに瞠目しました。

特にトランペット!
第9番の中で、私は第3楽章に一つのキーポイントを感ずるのですが、この楽章の抒情的な中間部のトランペットの音色(殊に350小節から始まる第1トランペットのソロ)の澄み切って悲しみをたたえたような音が、いまだに耳朶を離れません。
これは本当にトランペットの音なのだろうか?
何というのか黄泉の国から響いてくる天使の歌声(もちろん想像の産物ですが)のような感じさえ受けました。
この主題は終楽章においてさらに大きな広がりを見せて展開されるのですが、その先取りであるこの楽章での現れ方に、改めて深い感動を覚えたところです。
もちろん、複雑で精緻な対位法によって目くるめく展開される第3楽章の荒々しい表現とのコントラストがあればこその美しさではありますが、実演はもとより、CDやレコードでも、これほど美しいトランペットの音色に接したことはありません。
これを聴けただけでも私にとっては得難い演奏会となりました。

この曲、ワルター&ウィーン・フィルによる初演、バルビローリ&ベルリン・フィル、バーンスタイン&ベルリン・フィル、ノイマン&チェコ・フィル、大植英次&NDRなどなど、正に枚挙の暇もないほど数々の名演奏録音が残されています。
実演でも取り上げられる機会が多い曲の一つでしょう。
そうした中でも、今回の演奏は間違いなく最上位のものの一つと感じました。

それから、以前も書いたのですが、この日の聴衆も大変素晴らしい鑑賞態度でした。
演奏中の集中度合いは云うに及ばず、終楽章の最後の弦の最弱音が消えてホール内の残響が収まり、ヤンソンスが両手を下して肩の力を抜くまで、皆固唾をのんでその瞬間を見守っていたのです。
その後、まさに割れんばかりの拍手とブラボーの嵐。
ヤンソンスは何度もアンコールを受けて舞台に戻され、観客の熱い声援に応えていました。
オーケストラが引き上げた後も、ヤンソンスは一人舞台に戻り、何度も挨拶を返します。
こういう素晴らしい大団円は、何度接しても気持ちのいいもので、実演の感動をさらに高めてくれるものでしょう。

なお、今回の公演ではアンコール曲の演奏はありませんでした。
あのマーラーの第9番を、これだけのエネルギーと情熱を以て演じきった指揮者とオーケストラに、そんな余力など残っていようはずもなく、また、この素晴らしい演奏の後にどのようなアンコール曲を持ってきても、所詮それは蛇足に終わってしまうのではないでしょうか。
アンコールを求める拍手もありましたが、私としては「無し」で大いに納得です。

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