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マナスル山荘のビーフシチュー [山登り]

寒暖の差が激しくなってきました。
特に冷え込みの方はかなり厳しくなり、陽の短さとも相俟って殊更体に応えますね。

そんななかですが、先日、南アルプス前衛の入笠山に出かけてきました。
私の現在の職場で今年の春先まで勤務しておられた先輩から、入笠山のマナスル山荘のビーフシチューを食べてみたい、できれば初冬の雪景色も見たい、とのオファーがあり、入笠山は私の地元に山ですから、それではご案内しましょう、という話になったのです。

単なる職場のつながりだけで山にご一緒するということは、私としてはこれまで避けていたところですが、転職後の不安な時期に、なにくれとなく話しかけてくださり、仕事の上でもいろいろとご助言を頂いた方でしたので、今回は気持ちよくお受けすることにしました。

私の仕事上の都合から、金曜日の晩に沢入登山口で幕営ということになり、せっかくなので道の駅「蔦木宿」にある「つたの湯」でひと汗流していきました。
「つたの湯」は22時までの営業で、21時30分まで受け付けてくれます。

富士見ではこれまでも時折降雪があり、道路の状況がちょっと不安です。
スタッドレスタイヤを履いていれば精神的に少し楽なのですが、私の車はラジアルタイヤのまま。
どうかなあと思いつつも走っていくと、やはり路面には雪が残り、ところどころクラストしています。
4WDにして慎重に登っていくと、沢入駐車場は一面の雪原でした。
しかし積雪量はさほどでもなかったので、早々にテントを張り、食事をして就寝。
今回は多少なりとも寒さを防ぐたしになればと毛布を持参し、それぞれシュラフの上にかけて寝ましたが、やはり足先などは冷えますね。

夜中にはかなり風も強くなり、雪も降ってきて、起きた時にも雪曇りの状況でした。
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因みに、沢入駐車場の手洗いは冬季閉鎖です。
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テントを片付け身支度をしていると、車が続々と登ってきます。
この時期の入笠山には、パノラマスキー場からゴンドラ経由が一般的だと思っていたので、ちょっとびっくり。

沢入から入笠湿原までの登山道はよく踏まれていて、歩きやすい道です。
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雪はそれなりにありますが、歩きにくいほどではありません。
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鹿除けの柵を越えると入笠湿原です。
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結構な数の登山者がいます。

入笠山山頂へのコースは、途中で「岩場」と「巻道」に分かれます。
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岩場といっても大して難しいわけではありませんし、巻道もそれほど時間が長くなるわけでもないのでどちらをとっても大差はありません。

山頂は、風が強いせいか雪が飛んで地肌が出ています。
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ここからの八ヶ岳の眺めは特に絶品。
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横岳・赤岳・阿弥陀岳・権現岳などの主稜です。
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南アルプス北部方面は雲が厚く、甲斐駒や鋸岳が見える程度。
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富士山は残念ながら雲の中です。

これは諏訪湖方面です。
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さて、山頂の景色を楽しんだ後は、本山行の主目的であるマナスル山荘のビーフシチューを頂きましょう。

マナスル山荘です。
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たくさんの登山者が訪れていました。

これが噂のビーフシチュー!
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ボリュームたっぷりで、かつお味も最高でした。
しかもこれで1000円(単品)!
ご飯は200円ですが、野沢菜漬はサービスです。
これだけの味とボリュームのビーフシチュー、下界でも1000円などではとても食べられません。
なんというコストパフォーマンスの高さでしょうか!
なるほど、これならこれを目的に登るという人がたくさんいても納得ですね。
因みに、ビーフシチューは限定15食ですが、予約ができます。
マナスル山荘に到着した折に予約をして、それから入笠山に登ると安心でしょう。

この時期の入笠山は積雪量もそれほどではなく、天候もまあまあ安定しているので、雪山初心者でも安心して登れます。
実際、子供連れや犬連れの登山者もたくさん見かけました。
アプローチも、パノラマスキー場からなら全く問題ありません(ただし、かなり混雑する可能性はありますが)。
沢入登山口の方は比較的すいていますが、問題はここまでの車道です。
当然積雪がありますから、できればスタッドレスタイヤの方が安心でしょう。
とにかく、急ブレーキや急ハンドルは厳禁。
それからカーブの上り坂でのアクセル操作も気を付けるべきです。
4WDでも、雪面の状況によってはテールが流れてコントロール不能になる可能性があります。
落ち着いてカウンターを当てれば大丈夫ですが、雪道に慣れていないとパニックになるかもしれず、それが一番危ないと思います。

いずれにしても、4WDやスタッドレスタイヤを過信するのが最も危険でしょう。
慎重に勝る対策はないというのが、私の結論です。

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開脚に潜むケガのリスク [山登り]

寒暖の差が激しくなってきています。
街路の銀杏はすっかり黄色くなり、歩道は落ち葉で敷き詰められ、なんともいえない冬の前触れを感じさせますね。
冷え込みがきつくなると、年のせいもあってか関節の動きが悪くなり痛みと軋みに悩まされます。
柔軟体操やストレッチが必要なゆえんですね。

ところで、ちょっと意外な記事がありましたのでご紹介します。

ブームに警鐘! 開脚に潜むケガのリスクに専門家は「不要」


「開脚」は、私などは「股割り」の方がしっくりくるのですが、要するにこんな感じで両足を180度開き、そのまま地面に胸や腹をつける柔軟運動の一つです。
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記事にもありますように、体操・バレエ・格闘技などのエキスパートはこれを苦も無くこなし、また、それによって怪我の発生を予防したりできるというのが、私などの認識ですが、ブームになっているとは寡聞にして知りませんでした。

しかし、正に過ぎたるは猶及ばざるが如し。
 実は股関節の可動域については、日本整形外科学会と日本リハビリテーション医学会が、診察や治療後の評価などで用いる股関節の可動域の参考範囲を、“外転(外側に開く)角度は片側45度、左右計90度程度”としている。
 
「これは自分の力で無理せず開いた場合の可動域で、体重をかけたり、誰かに引っ張ったりしてもらえば、120~140度ぐらいまではいきます。ですが、バレエなどのダンスや新体操、フィギュアスケートなど、芸術性が重視される競技を行う選手でもない一般の人が、180度も足を開く必要性はありません」(坂詰さん)  
 開脚は単に不要なだけでなく、やり方によってはケガのリスクを伴うという。冒頭のヒロミさんが痛めたのは腰だったが、トラブルが目立つのは股関節のほう。多いのは、短時間で無理に関節を伸ばそうとするケースだ。関節を安定させている靱帯や、周囲にある関節包が伸びてしまい、股関節が不安定になってしまうことがあるというのだ。
 
 時間をかけて柔軟性を高める場合でも、同時に筋トレなどで筋力を付け、関節を支える必要がある。坂詰さんによると、体を動かすには“安定性(スタビリティ)”と“可動性(モビリティ)”のバランスが大切だという。可動性だけを高めれば、安定性が保ちにくくなり、ケガにつながりかねない。それを防ぐには、筋肉を付けること。柔軟と筋トレはセットで考えなければならないのだ。

怪我を予防するために柔軟性を持たせるつもりが怪我につながったのでは本末転倒です。
この記事を読んで、改めて無理は禁物だと自戒しました。

というのも、クライミングをやる人たちはある程度身に染みていると思うのですが、かぶり気味の壁に正対で登るとき、腰やお腹を壁につけるようにするとハンドホールドに必要となる腕力がかなり減殺されるのです。
スタンスも、できれば片足は自分の体の中心線に置いて、その体制で腰を壁に密着させることで体重を真下の足に逃がすわけです。
このため、股関節はなるべく柔軟にし、できれば股割りが可能なくらい開くと腕力に余裕が生まれるのですね。

しかし私はこれが全く苦手で、頑張ってもこのくらいです。
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従って、厳しいルートではなるべく正対を避け、カウンターを使うことになります。

もう一つ、クライミングをスムーズにするための股関節の柔軟性はこんな形でも示されます。
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座った状態で両足の裏を股間で合わせてくっつけ、両膝を床につけるのです。
これができると、先に書いた壁に腰やお腹をくっつける体制が取りやすくなります。

しかし、これについても私はこんな程度。
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恥ずかしい限りです。
私のクライミング能力は、インドアで5.11aが最高(現在では5.9も怪しいかも)。
それ以上は全然歯が立たないのですが、さすがに5.12以上を登っているクライマーは、楽々と開脚が可能であり、彼らが柔軟運動をしているさまを見て「すごいな」と嘆息したものでした。

そんなこともあって、及ばずながらも風呂上がりのストレッチなどで股関節の可動域を広げる悪あがきもしてまいりましたが、この記事にもありますように、これからはむしろ大腿部や臀部のストレッチを中心にするように方向転換を試みようと思います。

長きにわたって山歩きやスポーツを楽しむためにも、無理なく体をケアしていくことがますます必要になるのかもしれませんね。

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ロイヤル・コンセルトヘボウ管弦楽団の日本公演 [音楽]

真冬並みの寒さが続きます。
暦の上ではすでに冬を迎えてはいますが、11月はまだ晩秋という認識がありますから体の方はなかなかついていけません。
三十台までは「耐寒訓練」などとうそぶいて、半袖シャツに裸足で行動したりしていましたが、現在では冬物のコートを着込みマフラーや手袋までする始末。
往時を知っている先輩などからは、「君の印象は『冬でも半袖』だったのにいったいどうしたんだ?」と疑問を投げかけられますが、結局、体の経年劣化というか、基礎代謝などの基本的な機能が衰えているからなのでしょう。
「寄る年波」という言葉が俄かに真実味を帯びてきています。

このブログの更新もなかなか進みません。

11月初めの連休に八ヶ岳に行ってきたのですが、当初の予定であった地獄谷遡行が体調不良で叶わず普通の山歩きになってしまい、そんな内容のものをアップしても仕方がない、という気持ちになっています。
体調不良の要因は、以前発症してひどい目にあった大腸憩室炎の再発です。
ずっとお腹の張りがとれずにいたのですが、山に入れば気分も変わるだろうと決行。
深夜、川俣川の出合小屋付近に幕営をしたのですが、腹痛と張りでほとんど寝ることもできず、転進。
一般ルートを登るのさえも厳しい状況でした。
帰宅後、行きつけの総合病院で、血液検査・レントゲン・CTなどの検査を行い、やはり大腸憩室炎だったようですが、病気のヤマは越えていて、前のように入院・絶食・点滴治療とはならずに一安心。
お医者さんのお話では「自力で治したということでしょうね」とのことでした。11月1日・2日あたりが最悪であったようなので、その時に診察を受けていれば間違いなく「入院・絶食・点滴治療」になったと思います、といわれ冷や汗をかきました。
体調は最悪でしたが、3日はお天気も恵まれ、晩秋のカラマツやシラカバなどの紅葉が青空に映えて見事だったので、せめてその写真くらいはアップしようと思ったのですが、記事にまとめると愚痴になりそうなので断念したところです。

記事をまとめてブログなどにアップする。
ネット環境が飛躍的に進んだ現在、自分の書いた文章を外部に公表するためのハードルは飛躍的に下がりました。
以前であれば、私のような才能も筆力も教養もない凡人が公の場に何らかの文章を残そうと試みる場合、新聞や雑誌などへの投稿という手段が主でした(高校2年生の時、自分の書いた文章が初めて新聞に掲載されたのですが、その時の嬉しさは今でも忘れられません)。
メインサイトの「雑記」にも書きましたが、こうした投稿においては、当該媒体による審査を経て採用されるという一つのフィルターがあります。
他人が読むに耐えうるレベルの文章かどうか、その道のプロが判断してくれる。
採用されなかった時の悔しさはありますけれども、自分で判断するわけではないので気持ちの上では楽なのではないでしょうか。

しかし、個人のブログやサイトなど、ネット上に記事をアップする場合は、すべてが自己責任です。
自分の書いた文章に対する最も身近な批評家は自分自身だったりするので、これは果たしてアップするにふさわしい記事なのか内容なのかと、どうしても考え込んでしまう。
そのあたりの折り合いをつけるのはかなり難しく、畢竟、記事をまとめる算段が付かずに構想のみで終わってしまう、というのが、今の私の現実なのです。

のっけからくだらない繰り言を書いてしまいました。

気を取り直して、コンサート鑑賞のご報告を致します。

11月21日、サントリーホールでの、ロイヤル・コンセルトヘボウ管弦楽団(RCO)の日本公演です。
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指揮は、2016年にマリス・ヤンソンスの後をうけて首席指揮者となったダニエレ・ガッティ。
曲目は、ハイドンのチェロ協奏曲第1番ハ長調とマーラーの交響曲第4番ト長調です。
協奏曲で観客を引き付け交響曲で唸らせる、これで冒頭に序曲を持ってくれば、正しくオーソドックスな演奏会メニューとなりますね。
冗談はともかくとして、コンセルトヘボウは、前身のアムステルダム・コンセルトヘボウの頃からの大ファンで、1977年にハイティンクが率いて来日した時の演奏はいまだに感慨深く思い出すほどです。
所持しているレコードやCDの数も半端なものではなく、とりわけヨッフムとのコンビでの独墺ものは他の追随を許さぬものでした。
今回も、その芳醇かつ透明な響きに身を任せることができ、久方ぶりに至福の時間を過ごしたところです。

ハイドンのチェロ協奏曲第1番。
1961年にプラハで自筆譜が発見され、ハイドンの真筆とされる二つ目のチェロ協奏曲(それまでは第2番ニ長調のみ)となりました。
ハイドンのチェロ協奏曲といえばこの二曲を指しますが、この第1番の演奏機会の方が多いようですね。
ハイドン30代の頃の作品とされ、雰囲気的にはバロックの色合いを強く感じますが、両端楽章はソナタ形式をとっており、古典派音楽としての形式もきちんと整っております。
ハイドンの交響曲や協奏曲などの合奏曲の演奏は大変難しいことで知られています。
個々のパッセージが難しいということではなく、いかにアンサンブルを精緻に透明に響かせるかという合奏の基本的な部分において、いい加減な演奏をすると粗が見えて聞くに堪えないものとなり下がるからです。
その意味では弦楽四重奏曲など室内楽的な「お互いに聴き合う」アンサンブルの呼吸が必要不可欠で、欧州のオーケストラのように、団員たちが進んで室内楽に積極的に取り組んでいるメンバーによる演奏は、正に自家薬籠中の物といえましょう。
チェロ独奏のタチアナ・ヴァシリエワは、もともとロイヤル・コンセルトヘボウの首席奏者。楽団とのアンサンブルは申し分ない関係にあります。
この曲では管楽器が控えめに処理されており、弦楽合奏とチェロのアンサンブルが命とも云えますが、その弦楽合奏、ノンビブラートで誠に艶やかかつ精緻な響きを醸し出しておりました。
そのため、響きには一転の濁りも曇りもなく実にクリアで、まさにハイドンの目指す音の世界を紡ぎだします。
少人数のオケでなければこの時代のハイドンの曲の素晴らしさを表現できない。
しかし少人数であればあるほど、アンサンブルには僅かな乱れも許されません。
相手の音を聴いてから弾いては手遅れで、相手がどのように出てくるかを阿吽の呼吸で計る必要があります。
その見事すぎるほどの完成を、この演奏では見せつけられました。

演奏終了後、独奏者は何度もステージにアンコールで呼び戻されましたが、そのたびにチェロを抱えてきて、それを見ていた連れ合いが「大変だから置いてくればいいのに」と言いました。
私も同感だと考えていた矢先、彼女はおもむろに着席してバッハの無伴奏チェロ組曲を弾き始めたのです。
これまた素晴らしい演奏で、なんとも心憎いアンコールに胸を打たれた次第です。

休憩をはさんで、いよいよ本日のメインイベント。
マーラーの交響曲第4番です。
ソプラノ独唱が急遽交代するというアクシデントが出来しましたが、それをものともせず、これも素晴らしい演奏を聴かせてくれました。

以前にもこのブログで書きましたが、私はマーラーの曲の中では、この曲と第1番を聴く機会が極端に少ないのです。
両曲とも、マーラーの交響曲の中では演奏時間も短く小ぶりで親しみやすいのですが、どうも私がマーラーの曲に求めるところとは微妙に違っているのでした。
マーラーの音楽の中には、ある種の厳格さと野放図さがほとんど脈絡もないままに共存します。
典雅で優美な旋律と卑俗なメロディー、男性的で雄渾な主題が朗々とならされる反面、憂愁に満ちた耽美的な世界も展開される。
それらを自分の音楽鑑賞的な世界と渡りをつけるために、私にとってはあの長さが必要不可欠なのです。
もちろん、第1番も第4番も素晴らしい曲であることは間違いありません。
これは純然たる好みの問題なのでしょう。
因みに、この演奏を聴いた連れ合いの感想は、

「私はマーラーの音楽を誤解していた。マーラーって、陰気で辛気臭くって息苦しくなるような音楽だとばかり思っていたけれども、こんなに明るくわかりやすい曲も書いたのね」

というものでした。
実際、第1楽章の第1主題が流れ出てくると、そのウィーン風で軽快な旋律はまるでハイドンや初期のシューベルトを思わせるような響きに包まれます。
この曲を送り出した頃のマーラーは、ウィーン宮廷歌劇場の指揮者に引き続きウィーン・フィルの常任指揮者にも就任し、のちにマーラー夫人となるアルマ・シントラーとの愛を育んでいた時期にもあたりますから、全編に明るさや希望の光が満ちているのも当然のことでしょう。
連れ合いはその雰囲気を的確に察知したわけで、私としてはちょっとびっくり。
というのも、そもそもクラシック音楽を取り立てて愛好するわけでも興味を持っているわけでもなく、殊にブルックナーやマーラーといった長大な交響曲には辟易すると常日頃云っていた連れ合いの言葉なのですから、ほほう!と驚いたわけです。

それはともかく、この曲においてもRCOの精緻で透明なアンサンブルは最大の効果を上げておりました。
ハイドンのチェロ協奏曲で見せた完ぺきなアインザッツ。そしてボーイングの緻密なコントロール。
それらはオーケストラの規模が大きくなっても少しも変るところがありません。
オーケストラの規模が比較的小さなこの曲では、チューバやトロンボーンなどは配されておりませんが、時折印象的な低音が響きます。
それらは、例えばホルンとファゴット(コントラ・ファゴット)との音を重ねることによって表現されたりしますが、それを実演で目の当たりにする愉悦はたとえようもありません。
「少年の魔法の角笛」との関連もあって木管が数多く用いられていますが、オーボエやコールアングレやクラリネットのベルを客席に向けてまっすぐに音を飛ばしてくる光景も、また見ごたえがありました。

第4楽章のソプラノ独唱。
この曲が始まる前、指揮者の脇などにソプラノ歌手の席があるものと私は思い込んでいたのですが、そのようなスペースはなく、3楽章が終わった後に改めて入場するのかなと疑問に感じました。
すると独唱者は、出番の前(第3楽章の終わりあたり)に、舞台に向かって右側の袖から静かに歩み寄ってオケの最後部、ホルンの後ろ、ティンパニーの右に立ちました。
私は恥ずかしながら、この曲を実演で聴くのが初めてでしたから、この入場の仕方には驚くとともにある意味納得です。
先にも触れましたが、当初ソロを予定していたユリア・クライターは体調不良により降板し、急遽マリン・ビストレムに交代。
きちんと合わせられるのだろうかとの要らぬ心配をよそに、さすがはプロです、完ぺきに代役を務め、「天上の生活」を見事に歌い上げました。
彼女も、マーラーの第4番はレパートリーの一つにしているとのことですから、当然ですね。

晩秋というよりも初冬の冷え込みのさなかではありましたが、RCOの素晴らしい響きは心の奥底まで温もりを与えてくれました。
連れ合いも満足げで、これも嬉しい限りです。

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歌舞伎「通し狂言・霊験亀山鉾」を観てきました [映画]

爽やかな秋晴れがやっときた、と思ったら、またまた雨と、お天気はめまぐるしく変わります。
気温差も激しいので、なかなか体がついていかずに困りますね。
皆様も風邪などには十分ご注意ください。

先日、久しぶりに国立劇場で歌舞伎を鑑賞しました。

舞台で歌舞伎を鑑賞するのは、もう何年振りなんだろうかと、ちょっと感慨にふけっています。

演目は鶴屋南北の「通し狂言・霊験亀山鉾」。
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主役の藤田水右衛門を15代目片岡仁左衛門が演じています

仇討ち物には珍しく返討ちの面白さに本筋があり、さすがは南北、一筋縄ではいかない奇想天外な仕掛けの数々に、それこそ舞台から目が離せません。

この物語、仮名手本忠臣蔵などと同じく史実があります。

亀山の仇討ち

忠臣蔵に影響を及ぼしたといわれるもので、本会を遂げるまでには実に29年の歳月が費やされました。
闇討ちや返り討ちなどの要素は本作にも絶妙に取り入れられ、かつ、史実における仇「赤堀源五右衛門」の名は、本作の大詰め「勢州亀山祭敵討の場」における藤田水右衛門の変名として用いられるなど、随所に様々な工夫がなされています。

なんといっても敵役である藤田水右衛門の極悪ぶりがものすごく、またこれが最大の魅力で、よくもまあここまでやるわい、という呆れた所業に唸らされました。

この演目を歌舞伎の舞台で見るのはもちろん初めてのこと。

歌舞伎には「白浪物」などといった、いわゆる盗賊や悪人を主役とするお話が数多くありますが、ここまで徹底的に悪の所業を描いたものはそれほど多くないのではないかと思います。

藤田水右衛門は、闇討ちにした石井右内の弟である兵介に、果し合いの折の水杯に毒を盛って(これには敵討検使の掛塚官兵衛が加担)斃し、養子である源之丞は偽手紙でおびき出したうえ落とし穴を掘ってそこに落とし、その穴を掘った連中と一緒になって膾切りにして惨殺、その源之丞の子供を腹に宿した芸者おつまの命も腹の子ともども奪う、という極悪非道ぶりです。

その水右衛門を、殊の外所作の美しい颯爽とした仁左衛門が演ずるのですから、私などはそのギャップにちょっと驚きました。
しかし、演ずる仁左衛門の表情は、悪の限りを尽くす水右衛門の陰惨な悪の気配を漲らせて間然とするところがありません。
主役・水右衛門に対してはなんら共感するところはありませんけれども、仁左衛門の迫力には圧倒されましたね。
兵介や源之丞に止めを刺すとき、あおむけに倒れている彼らをまたいで心臓あたりに刀を突きさして凄絶な笑いを浮かべる、おつまと腹の子を殺した後、これまでに何人殺したかと指折り数えて悦に入る、その姿と表情の酷薄さには心底から怒りを覚えますが、その徹底した冷血漢ぶりにある種のカタルシスを覚える向きがあることも、なんだか納得できてしまいます。

他では、源之丞の母親・貞林尼を演じた片岡秀太郎と源之丞役の中村錦之助が印象に残りました。

丹波屋と焼場での仁左衛門と八郎兵衛の早変わり、焼場でおつまを殺すシーンの雨を降らせる演出なども大変見ごたえがありました。

ところで、最後に本会を遂げる源次郎(源之丞の息子)は幼少期からの足萎えで、これを治すためには人の肝の血液を飲む必要があるという設定があります。
先日鑑賞した「生写朝顔話」にも、深雪の目を開かせるために身内の血液が必要、という描写がありました。
人間の生血で病を治すという設定が、古典芸能にはかなりあるようですが、実際にこうしたことが行われていた可能性もありますね。
肉食をあまりせず、生野菜もそれほど食べなかった時代のこと。
恐らく、脚気などビタミン不足を原因とする体の不調や疾病が日常的にあったのでしょう。
その意味からすれば、血液はビタミンやミネラルの宝庫のようなものですから、あり得る話かもしれません。
性病・B型肝炎・後天性免疫不全症候群そのほか、血液から粘膜などを媒介して罹患する深刻な感染症が明らかとなっている現代ではとても考えられないことですが。

さて、物語の大詰「勢州亀山祭敵討の場」。
これまで様々な汚い策略を弄して討手を返り討ちにしてきた水右衛門(「赤堀源五右衛門」と変名)は、勢州亀山家の重心大岸頼母の計略に引っかかり、討手である源之丞の妻お松と一子源次郎の手にかかってあえなく討死。
ここにめでたく本会が遂げられましたが、この最後のどんでん返しの見事さは、それまでの水右衛門による卑怯・陰惨な悪事あるが故の爽快感ともいえましょうか。

今回の観劇。終演後にバックステージ・ツアーが設けられていました。

初めての経験でしたが、花道を通って回転舞台に上がり、その回転するさまを経験しました。
これは非常に大掛かりなもので、客席から袖や背景まで回りながら眺める景色は感動的です。
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これは、水右衛門がおつまを殺した時の雨をしみこませた布で、こうして干しておくと一晩で乾くのだそうです。下にバケツや盥があってなんだか雨漏りのときの風景のようですね。
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舞台では、次の出し物のための背景づくりが佳境を迎えていました。
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これは、花道の下にある「すっぽん」です。
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花道は、通常、役者が舞台に登場する際の通り道で、ここで六方を踏んだり見えを切ったりしますが、幽霊や妖怪だとか動物の精といったものは、このすっぽんからせり上がります。
舞台のセリは非常に大掛かりなものですが、その小型版といったところでしょうか。

「バックステージ・ツアー」という粋なおまけもついたので、連れ合いも大満足の様子。
因みにどの役者が良かったか、と訊ねたら、「源次郎を演じた子役」とのこと。
これには苦笑するとともに、確かにあの年齢できちんとした立ち回りまでこなした芸は大したものと、私もつい頷いてしまったところです。

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「一人ぼっち」で過ごす定年退職者の哀愁 [日記]

このところ、少し夏に戻ったような気温が続いています。
尤も、この週末には雨となりそこから秋冷を迎えるとのことですが。

この気候ゆえのことか、金木犀の花がずいぶん長くもっているような気がします。
私のお昼のウォーキング・コースでも、この時期はこの香りを楽しむことができますが、金木犀というと垣根くらいの感覚でいる私の思い込みを覆す大木が結構あり、ちょっと驚かされました。
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見事な風格ではありませんか。

ところで先日少し考えさせられる記事がネットにアップされていました。

「一人ぼっち」で過ごす定年退職者の哀愁、午前中の図書館、カフェ、ジム…

私の八歳年上の先輩が、リタイア後は図書館に出かけることが多くなった、とつぶやいていたことを改めて思い返しています。
10年以上前のことになりますが、出向先の職場近くにある図書館に、調べものがあって出向いたことがあります。
その図書館の近くには場外馬券売り場や歓楽街もあったためか、ホームレスと思しき方がかなりの数おられました。冬の寒い時期であり、なるほどここで寒さから身を守っているのだな、とちょっと納得したりもしました。
そうした方々とはもちろん事情は異なるのでしょうが、「することがない」「家に居場所がない」というのが理由の一つであるとするのであれば、なんだか少し寂しいものを感じます。
先に挙げた先輩は、「今まで自由になる時間がなかった。リタイヤしたことによって大好きな本が毎日好きなだけ読めるのが本当に嬉しい」と、心底嬉しそうに語ってくれましたから、「哀愁」というようなものとはだいぶ違うようにも思います。

しかし、これまで会社組織の中にどっぷりとつかり、人間関係もその組織の中でのみ構築されてきた人たちにとって、そうした「拠って立つ基盤」をなくした喪失感は想像を絶するものがあるのかもしれません。
 ただ、定年退職者を取材した時に、私の問いに正面から答えてくれた人たちのなかには、「毎日やることがなくて困っている」、「一番自由な今が一番しんどい」、「家で居場所がない」、「暇になったのに焦る」、「嫌な上司もいないよりはマシ」などと語られることがある。なかには「このままの毎日が続くと思うと、自分の人生は何だったのかと思うときがある」とまで発言した人もいたのである。
 
 彼らの発言と住宅地や都心をまわった取材を重ね合わせてみると、在職中は組織内での上司や同僚、部下との濃密な人間関係を築いているにもかかわらず、退職後はその関係が切れてしまい、自分の居場所が見つからなくなっている、ということだ。

うーん、これは深刻ですね。

1993年に公開された「僕らはみんな生きている」という映画では、主人公の高橋がゲリラの首領に対して啖呵を切るシーンがあり、その中に、退職するまで毎年300通来ていた年賀状がたった7枚に減ってしまい、正月の間、毎日郵便配達の来るのを玄関で待っていた父親の話が出てきます。
当時まだ30代の後半だった私は、この描写になんだかいたたまれないものを感じましたが、そこまで極端ではないにしても似たような慨嘆にふける向きもかなりあろうかと思います。

「自分の人生は何だったのか」。

そう感じてしまうのだとしたら、誠にやりきれない話です。

また、平日昼間のスポーツクラブが高齢者のたまり場になっているというくだりも、なんだか生々しいことですね。
 昼間であれば何回使っても定額のコースがあり、朝から夕刻近くまでクラブで過ごしている人もいる。サウナや浴場もあるので「昼食を持ち込めば本当にゆっくり過ごせる」という男性定年退職者もいたのである。
 
 以前、利用者の意見を掲示するボードに、「スポーツクラブだと思って入会したのに、ここは養老院なのか」と批判する意見が書かれた用紙が貼られていたことがあった。それに対して、クラブ側は「この施設はいろいろな世代の人に利用してもらうものです」と回答をしていたのを覚えている。こんな意見はわざわざオープンにしなくても良いと思ったが、批判する意見を書いた女性の気持ちは分からないでもなかった。

手厳しい意見とクラブ側の大人の対応とのコントラストに、思わず唸らされました。

さて、以前もこのブログに書きましたように、私は40年間勤務した職場を二年半前に退職し、全くかかわりのない新しい職場に再就職をしました。
現在の職場は隔週の土曜日がフル出勤なので、週末を自分の自由に過ごすことはかなり困難です。
山登りはもちろん、音楽を聴いたり映画を観たりする時間を確保するのも難しく、本すらもゆっくり読むことができない。
そんなわけで、もしも完全なるリタイアを迎えることになったら、今度こそやりたいことをとことんやってみたい!などと思っています。

この記事を読んで、なるほどと頷かされることも多かったのですが、「哀愁」とまで云えるのか。
むしろ一人でゆったりと自分の好きなことをしてみたい人も相当数いるのではないか、と感じている次第です。

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市川雷蔵の「眠狂四郎・無頼剣」 [映画]

日中はまだかなり気温も高いのですが、朝晩はだいぶ涼しくなり、金木犀の香りも漂ってきています。
お彼岸も過ぎて、いよいよ季節は本格的な秋を迎えるのでしょう。

先日、市川雷蔵の「眠狂四郎・無頼剣」を何となく観たくなってしまい、確か撮りためていたDVDがあったはず、と探してみたら、かなり以前にNHKBS2で放送したものを録画してありました。


この映画、雷蔵の眠狂四郎シリーズの中ではかなり異色で、脚本が、このシリーズの常連でもあった星川清司ではなく、何と日本映画界の大巨匠ともいうべき伊藤大輔なのであります。
脚本家というよりも、戦前では「忠治旅日記」「大岡政談」「斬人斬馬剣」「一殺多生剣」「鞍馬天狗」「宮本武蔵」などを撮り、戦後は「王将」「反逆児」「素浪人罷通る」などをものにした、時代劇を語るにおいては閑却することを許されない大監督でした。

戦前より、筋金入りの傾向映画を撮ってきた方ですから、この「眠狂四郎・無頼剣」においても、その想いは色濃く反映されています。

まず、題材の背景に「大塩平八郎の乱」を持ってきているところ。
大塩平八郎による武力蜂起は結果として無残な失敗に終わり、貧苦にあえぐ庶民を救うべく立ち上がったのにもかかわらず、乱によって引き起こされた大火で却ってその庶民に大きな被害を与えてしまいました。
しかし、その意思そのものは広く喧伝され、大塩平八郎の残党やその意を酌んだ活動を生み出し、やがては倒幕につながっていくわけです。

この映画では、その大塩平八郎の養子であった格之助が、越後で採れる原油からペトローレ油を精製する方法を研究していたという話を織り込み、その研究成果を策を弄して盗み出した商人どもと、それに憤る大塩残党、そして格之助を慕うがゆえにその悪徳商人に恨みを持つ軽業師の勝美を配置、そこに狂四郎を絡ませるといった構造になっています。
さらに、大塩平八郎を嵌めた大阪東町奉行の跡部良弼の兄であり庶民困窮の原因でもある水野忠邦を襲撃する企てまで取り込む流れになっていて、90分にも満たない尺であるのにもかかわらず内容はかなり濃密です。

白眉は何と云っても、敵役である大塩残党の頭目「愛染」を天知茂が演じていること。
しかも、愛染も円月殺法を使い、この両者がクライマックスに屋根瓦の上で立ち会う。
二人の円月殺法が重なるシーンの美しさは息をのむばかりでした。
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市川雷蔵の黒、天知茂の白。そして江戸の町を焼く紅蓮の炎。
撮影・美術、そして三隅監督の美学が怪しく花開いておりました。

この映画では、様々なところに細工が施されていて、それを解析しながら観るのも興味深いところ。
中でも、軽業師の一味が姿を消したため、それを探索しようとする狂四郎と小鉄の、長屋に残されたメッセージを解く下りは秀逸でした。

盗人の小鉄が逆立ちをして長屋の天井に目をやると、そこには「裏見」という文字が逆さまに書かれています。
つまり、「うらみ」の逆さで「みうら」となりますね。
そして、行燈に書かれた半乾きの文字は、「恋」と「しくば」。

「恋しくば尋ね来て見よ 和泉なる信太の森のうらみ葛の葉」

「葛の葉」は、信太妻と呼ばれた白狐のことで、稲荷台明神の第一の信徒です。
安倍晴明の母とされる信太妻が夫である安倍保名に残したという、これは有名な書置きですね。

この謎解きは、稲荷と和泉橋近くの三浦屋を指している、ということになり、それと察した狂四郎が勝美ら軽業師たちを救い出すために現場に向かうわけです。

広く人口に膾炙されたお話だという認識からか映画の中ではあまり詳しく解説されていませんが、こうした豆知識が必要になるというのも、ある意味乙なものですね。

さて、この映画における眠狂四郎は、それまで醸し出してきたニヒルさを少し内に含ませ、少々人間臭い描き方になっています。

ちょっと驚いたのは、狂四郎が釣りをしている傍らを愛染率いる大塩残党が通りかかる場面で、狂四郎は誤って釣り針をそのうちの一人の髻に引っかけてしまうのですが、激高する相手に対して「ひらにひらにご容赦を」と土下座をして謝るのです。
狂四郎が土下座をして謝るなどというのは、それまで記憶にないシーンでした。

それから、軽業師の勝美(藤村志保が好演)が悪徳商人の用心棒に襲われそうになったとき、それに立ち向かう狂四郎が次のような啖呵を切ります。

「俺はな、産みの母親は顔さえ知らんが、女の腹から生まれてきたに相違ないのだ。お袋様と同じ女性(にょしょう)に理不尽を働く輩は、理非曲直を問わんぞ」

このあと円月殺法を振るい用心棒らをばっさばっさと切り倒すのですが、なんだか狂四郎らしくないセリフだなと思ってしまいました。

さらに、愛染が、師である大塩平八郎の無念を晴らすために老中の水野忠邦を討ち、悪徳商人らを焼打ちにするとともに、江戸の町を焼きつくすと宣言した時、狂四郎は「それは許さぬ。幕府の政道に対する恨みを、無辜の庶民の犠牲でもって晴らそうなどと、そうした非道は断じて許さん」と応ずる。
また、屋根の上での決闘の際も「城も焼け。大名屋敷、問屋、札差、焼きたくば焼け。ただ罪科もなく、焼きたてられて住むに家なく、食うに明日のたつきも絶えた八十万庶民を何とするのだ。主義が、主張が、どうであろうと、この暴挙は愛染、許されんぞ」と叫ぶ。
ここにおける狂四郎の姿は、正に伊藤大輔の思い描くヒーローの姿なのではないか。
こんなに熱い狂四郎は、他の回ではあまりみられなかったような気がします。

大塩平八郎に如何に大義があろうとも、その恨みを晴らすために無辜の庶民を巻き添えにするのはテロリズムです。
愛染は、己に大塩中斎(平八郎)譲りの大義があると考えていたのかもしれませんが、取ろうとした手段はテロリストのそれでした。
狂四郎は、見方によっては幕府を守る側についたようにも見えますが、劇中、それを明確に否定している下りがあることに鑑み、あくまでも庶民の側に立って愛染のテロリズムを食い止めようと考えたのでしょう。

この映画では、敵役の天知茂が入魂の演技を見せていることもあり、雷蔵をして「どちらが主役かわからない」と言わしめ、原作者の柴田練三郎は試写を観て、「これは眠狂四郎ではない」と語ったそうです。

天知茂の存在感はそれほど素晴らしいものがありましたが、もちろんそれは雷蔵の比ではありません。
ラスト、江戸の町を焼く炎を眺めながら、それを止められなかった痛恨と虚無感の入り混じった眠狂四郎の顔が赤く染まっていくシーン。
これは正に息をのむばかりの美しさでしたから。
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音楽は伊福部昭。
これは絶品です。
京琴のような撥弦楽器の紡ぎだす繊細なリリシズムが全編を覆い、実にツボをおさえた表現となっていました。
映画音楽にも数々の名作を残した伊福部氏ですが、その中でも一二を争う出来栄えと、個人的には思います。

この作品はレンタルもされているようです。
ご興味のある向きはぜひともご覧ください。

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「私はロボットではありません」 [PC関連]

台風18号の動向が大変気がかりです。
実は、今週末の三連休、久しぶりに八ヶ岳(地獄谷)に行こうと考えていたのですが、強力な台風と秋雨前線の影響で、どうみても悪天は避けられそうもなく、見送ることにしました。
単独行の予定でしたから気楽なものですが。

9月の中旬ともなり、彼岸花が咲いています。
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さて、先日、たまたまwindows10のPCのブラウザで定期的に閲覧しているサイトにアクセスしログインしようとしたところ、次のような画面が挿入されたことに気が付きました。
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「私はロボットではありません」?

なんだなんだ?と思いつつ、左のボックスをクリックすると、こんな画面が出ました。
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タイルを全て選択しろ、とのことですので、それに従ってすべてのタイルをクリックしました。
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すると、次の画面が登場。
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同じようにタイルを選択しろ、とのこと。

またやるのかよ、おい!と舌打ちしつつ、それでも同じように全部クリック。

すると、またまた次の画面が登場。
何度やっても先に進まず、自動車や交通標識の「タイル」写真が現れます。

蟻地獄のような無限連鎖に陥ってしまいました。

Macで行ってみたところ、こういう現象は起こりません。

「今日はWinの調子が悪いんだろう。Macで行けるからいいや」

などといって、中途で放棄してしまいました。

翌日、それでもとWinで行ったらやっぱりこれに引っかかり、先に進みません。

もしかするとCookieの問題かもしれないと考え、履歴だとか保存してあるパスワードなども含めてブラウザの設定をすべてクリアにしてみました。

しかし、それでもやはり同じです。
完全に煮詰まってしまいましたが、念のため、もう一度画面を調べてみます。

すると、「自動車のタイルを全て選択してください」となっているではありませんか!

私は全部のタイルを選択していたわけですから、これでは突破できるはずがありません。

ということで、自動車の写っているタイルのみを選択すると、

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ようやくこのメッセージのチェックボックスにチェックが入り、先に進むことができました。

自分の間抜けさ加減にさすがに忸怩たる思いがしましたが、いきなり登場した上に、きちんとした説明もなく、還暦越えのオヤヂを戸惑わせるのは酷い話だと、思わず逆恨みをしてしまった次第です。

こんな阿呆なことに引っかかる人は少数かもしれませんが、自戒と備忘を込めて、恥ずかしながらアップさせていただきました。


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浄瑠璃「生写朝顔話」 [音楽]

9月に入っても曇り空の雨勝ちで、秋の気配も濃厚になってきています。
近所の垣根ではムラサキシキブが紫色の実をつけていました。
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先日、国立劇場に「第200回文楽公演」をに観に行ってまいりました。

当日の演目は「生写朝顔話(しょううつしあさがおばなし)」です。
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仮名手本忠臣蔵を観てから、連れ合いも文楽に興味を持ち始めたようで、今回の提案もすんなりと受け入れてくれました。
今回の演目はどんな芝居なのか予め知っておこうと、自分からネットを検索し、あらすじを頭に入れて臨んだくらいで、私としては嬉しくもありちょっと驚きもしたところです。

この物語は儒者・熊沢蕃山作といわれる琴唄の今様歌

「露の干ぬ間の朝顔を照らす日かげのつれなきにあはれ一村雨のはらはらと降れかし」

から着想されたものです。
朝露を受けて咲く朝顔は誠に瑞々しく美しい花ですが、陽が昇ればたちまちに干上がって萎れてしまいます。
その姿が哀れなので、せめて一叢の村雨(驟雨)よ降れ、さすれば花の萎れることもなかろうものを、と歌ったものなのでしょう。
零細農民など庶民の側に立って藩政改革を行うことを提言し、治山・治水に尽力した蕃山の優しさがにじみ出てくるような唄ですね。

「生写朝顔話」の中ではこの今様が非常に重要な物語の鍵を握っており、冒頭の「宇治川蛍狩りの段」において宮城阿曾次郎が深雪の差し出す扇子に記した詞が、「宿屋の段」で瞽女の朝顔(深雪)によって歌われ、駒沢次郎左衛門(宮城阿曾次郎)はこの瞽女の朝顔こそが行方知れずとなった妻(云い交した女)の深雪であることを知る、というものです。
この今様を朝顔(深雪)が歌うシーンは、鳴り物にも琴が用意され、もちろん人形も琴を奏でます。
このシーンの人形の手は、このために指が一本一本動くようにしつらえられており、演者の吉田蓑助入魂の遣いで、正に深雪の人形が琴を奏でながら歌っているように感ぜられました。

筋を詳らかにするのはやはり無粋ですからここでは省略いたしますが、悲劇的な結末を迎えることの多い浄瑠璃の中では大団円を予感させる終わり方で、その点では比較的珍しい展開だと思います。
そうはいっても非業の死を遂げる役柄(深雪の乳母である浅香と戎屋徳右衛門ら)もおりますが、これは浄瑠璃の劇的展開の上では一つのお約束事、というべきもの。
盲目となった深雪の目を命を捨てて開かせる重要な役割を担う戎屋徳右衛門が、実は乳母・浅香の父親の古部三郎兵衛であり、娘の浅香が身を挺して深雪を暴漢から守って絶命する(その際に親子の証拠の守り刀を深雪に渡す)という、いわば主筋の姫のために一命をささげる主従の契りを体現した展開にも心を動かされます。

阿曾次郎と深雪が別れ別れになるのも、大風や大雨によって氾濫した川のせい、というところも一貫した物語の流れとなっております。

涙を誘うのは、深雪と浅香の邂逅と非情な別れを描く「浜松小屋の段」。
ここでは、深雪を吉田蓑助が、浅香を吉田和生が、それぞれ演じ、さすがに当代人形遣いの無形文化財お二人による遣いを心行くまで堪能させてもらいました。

また、チャリ場である「嶋田宿笑い薬の段」では、萩の祐仙を遣った桐竹勘十郎の超絶的な演技と豊竹咲太夫のこれまた入魂の語りがものすごく、ただただ驚嘆するばかりです。
時折、太棹の演奏が途切れる場面がありますが、そこは恐らく太夫のアドリブで、それに人形遣いが一糸乱れぬ連携を見せてくれました。
正に真剣勝負の一期一会の舞台!
互いの呼吸を計りあいながら全体の演技をより高めていこうとする気合がひしひし感ぜられます。

深い感動を味わいながら、連れ合いと二人で国立劇場を後にしました。
9月初旬とは思えないほど肌寒い日ではありましたが、話の結末に一筋の希望の光が見えたこともあって満足しつつも、それにしても冒頭の蛍狩りの段で舞台を飛んでいた蛍らしき緑の光は凄かった、どうやって飛ばしたんだろうと、帰りの電車の車中での話題しながら帰路に着いたところです。

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「遭難女性が救助の警官にブチ切れ」 [山登り]

JCASTニュースに掲載され、Yahooニュースに転載されたことから、注目を集めた記事。

遭難女性が救助の警官にブチ切れ ブログで「何様なの?」「酷い対応」

JCASTニュースのURLは以下の通り。

遭難女性が救助の警官にブチ切れ ブログで「何様なの?」「酷い対応」

「遭難女性」のそもそものブログ記事はこちら。

御在所岳でまさかの遭難! 大変ご迷惑をおかけしましたm(__)m。しかし警察って何様?感謝していますが言わせてもらいたいことが!

人はその置かれた立場によって意識も感じ方も良識も異なりますから、この件については記事の紹介にとどめ、このことに対しての私個人のコメントは差し控えます。

以下は山登りに対する私の個人的な考え方ですから、どうぞその点についてはお汲み取りのほどをお願い申し上げます。

山登りは基本的に場数や経験がものをいうスポーツだと思います。
スポーツであるのにもかかわらずこれといった明確なルールがなく、ベテランもビギナーも同じフィールドで行動するという特徴もあります。
その場数や経験も、単にこれまで重ねてきた年月に比例するといったものではなく、極端なことを云えば、無雪期の一般ルートの縦走を何十年重ねてきても、山登りという全体的なレベルからすれば「初級者」の域を出ません。
高尾山や丹沢あたりから始めて、奥秩父・八ヶ岳・日本アルプスと無雪期の縦走登山をを重ねていき、沢登りから岩登りなどのバリエーションにおける技術をある程度習得し積雪期登山に踏み出していく、という地道な経験を積むことが、まずは山登りのあり方だと、私などは教えられてきましたし、場数や経験という意味では正にこの通りと思います。
地形図の読み方や天気図の書き方、観天望気、ザイルワーク、確保技術、アイゼンワーク、天幕などを含めた生活技術や食料の取り方、などなど、山登りに関して必要となるもろもろの技術はこうした息の長い経験によって身に付くものでもあるのでしょう。
先輩などから実地で教え込まれるものから、自宅の炬燵にあたってブーリン結びや8の字結びやマッシャー結びやプルージックやインクノットなどを何度も繰り返し自習する、などということまで、目標達成に向けてそれなりの地道な努力を重ねてきた山屋もかなりの数にのぼると思います。
食糧計画を立てたり国土地理院の25000分の1地形図に色を塗ったり書き込みをしたりとか、山へ出かける前の準備も、それなりに楽しいものでした。

一時、山の経験のほとんどない中高年の方の登山に関して、その危うさや軽率な行動などが批判の対象になっていました。
近年、山ガールとか山ボーイなどという呼び名とともに若者たちの山登りが盛んになってきています。
若い人たちが山に登るというのは、20年位前までは誠にお寒い限りでしたから結構なことだと思います。
しかし、時折山で出会う彼らの行動を見ていると、批判の対象となっていた中高年登山者以上に危ういものを感じます。
そこには、山の経験はもとより人生経験の浅さまで露呈されているからなのかもしれません。

今回のこの「騒動」の元となった方は、地図やコンパスを持参することもなくしかもコースを事前に検討しもしなかった。
地図を持参しなかった理由は「そもそも地図が読めないから」なのだそうです。

地図も読めずコンパスの使い方も知らない人、つまりは山の中にいて自分の現在いる地点すらも把握できない状況で山歩きをする。
ちょっと絶句してしまいました。

そういえば、同じJCASTニュースに次のような記事がありました。

救助隊員滑落死でも「楽しかったよ」 無謀登山遭難者のフェイスブック書き込みに非難轟々

恐ろしい世の中だと思います。

好むと好まざるとにかかわらず、私はこれからも基本的にはあまり登山客の押し寄せない山域を中心に山をうろつきたいとの想いを新たにしました。

山登りには、昔から言い習わされている俚諺があります。

「山の弁当と怪我は自分持ち」
タグ:山登り 遭難
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アニメ「君の名は。」 [映画]

8月ももう下旬となりますが、相変わらず雨ばかりのお天気です。
若い頃は、「どうせ濡れるのは同じ」とかいっちゃって沢に出かけたりしたものですが、もうそういう覇気はかなり減退しています。

そんな中、連れ合いが、昨年話題になったアニメ「君の名は。」のビデオを借りてこないか、と提案。
私個人としても少し気にはなっていたので、良い機会でもあるし、それでは、ということで近所のツタヤで借りてきました。



一見した感想。

とにかく予想以上の美しさです。驚愕しました。

今のアニメーションは、セル画ではなくデジタル画像によるモーションコントロールが主流とは聞いてはいましたが、余りに自然な画面の動きで、これは本当にアニメーションなのかと疑ったくらいです。
洋画に良くあるモーションキャプチャーではなく、明らかに日本独特のアニメーションの世界なのですが、それでいてこの完成度!
この、「アニメーションである」というところが、やはり嬉しくなりました。

肝心のストーリーは、緻密なアニメーションと若さ溢れる恋愛や友情シーンを追うことばかりに気を取られ、結末に至るまでの展開が今ひとつしっくりこなかったというのが、初めの感想です。
もう一つ、画面の随所に挿入されたRADWIMPSの音楽(歌)がどうにも耳障りで、正直にいって我慢がならなかった。
画面の流れは実に映画的なのに、どうしてこんな無神経な音楽の使い方をするのか!と腹立たしい想いに駆られた、というのが本音です。

ということで、当然のごとくもう一度鑑賞。

瀧と三葉との入れ替わりという形を採ったタイムスリップの使い方が、実はかなり綿密な構想によって作られていることがわかりました。
ネタバレになるので細かなところを書くのは控えますが、瀧と三葉が入れ替わる時点で設定される三年間というギャップが、非常に視覚的かつわかりやすく描かれています。

タイムスリップを題材にした映画や小説などの創作は、それこそ数多く存在しますが、所詮は空想の産物としていい加減に扱われる場合がかなり多いようにも思われます。
時間というものが、何故に過去から未来にしか流れないのか。
そのことを解明した人を私は寡聞にして知りませんが、創作物におけるタイムスリップの扱いのほとんどが過去に遡っているのは、その根本的な時間の流れを想像力によって覆したい、と考えたため、ともいえるのではないでしょうか。
過去というものは取り返しのつかないものであることを分かりつつも、もしもできることならば過去に戻ってやり直したい、という欲求を持つ人はきっとかなりの数に上っていると思います。
その反面、未来については、「できれば知りたくはない」と考えるのではないでしょうか。
少なくとも私はそうで、ドラえもんの中でのび太君が自分の未来の姿に関してあまり積極的に知りたがらない(肯定したくない、できれば抗いたい)という描写も宜なるかなと思うのです。
未来は放っておいても到来するものであり、そんなものを現時点で知ってしまったら、それこそ未知の中にあるからこそ持つことの出来る希望を失うことになるような気がしますがどうでしょう(もちろん、「より良き未来」を作るために努力をする、という前向きに未来を考える、という視点を持つということはこれとは別次元のものですが)。

どうも話がかなりズレてしまいました。妄言多謝。

とにかく、創作物でタイムスリップを扱う場合、それに接している人に、その現象をどれだけ信憑性のあるものとして届けられるか、その辺がコアとなるのではないか。
この「君の名は。」においては、それを瀧と三葉との入れ替わりという形で表現しています。
その間の三年のギャップについても、例えば三葉が瀧に逢おうと決心して東京にやってきた時、当の瀧は中学生(三年前なので)で、当然のことながら三葉のことなど知る由もない。
それを、二人の身長がほとんど変わらないという形と制服と単語帳(瀧は高校入試を控えていたのでしょう)というところで表現し、絶望した三葉が髪の毛を結んでいた紐を瀧に手渡すことで印を残す、などというシーン。
ティアマト彗星の配置と扱い(因に「ティアマト」は上半身が女性で下半身が蛇である古代エジプトの神)、月の描き方(三日月、満月、半月)。
そして、映画の中では「かたわれ時」といわれる黄昏時の描き方。
黄昏は、泉鏡花の夜叉ケ池の中でも触れられていますが、落日の残照と行燈の灯りなどが重なるときすなわち「ふたあかり」の中で怪異は起きる、と定義された時間です。
恐らく、新海監督はそのことを念頭においてこういうシチュエーションの中での展開を考えたのでしょう。
口噛み酒とかたわれ時が、瀧と三葉の、本来ならば逢えるはずもない出逢いを可能にし、しかも、それはかたわれ時の終焉とともに失われる。お互いの記憶の中からも。

こうしたオーソドックスなタイムスリップの描き方の上に、主人公たちを取り巻く友人たちとの篤い友情を絡ませ、一つのスペクタクルを形作る。
実にうまい作り方だなと感心しました。
二人の入れ替わりが「眠り」という行為によって生ずることも、よく考えられた設定だと思います。
創作物で描かれるタイムスリップは、現在の自分が存在する世界の時間軸とは違う世界(パラレル・ワールド)に移ることによってパラドックスを回避するという手法がとられます。
この映画では、入れ替わっている間をお互いが実体験であるという認識の元に行動することによって上手に表現しているようにも思われます。
個人的なことですが、私は、かなりしばしばみる夢の情景を、自分にとって相当にリアルで連続性のあるものとして感得しています。
その夢の中に現れる情景、家であったり道路であったり職場であったり、それらは連続する同じ夢の中では完全に一致している。
もしかすると、今、現に生きていると思っている世界が夢であり、夢であると思っている世界が実態なのかもしれない、と感じたりもするのです。
もしかすれば、自分を取り巻く世界の様々な事象は、自分の頭の中に展開された仮想空間なのかもしれない、それゆえにそれは一つの宇宙なのかもしれない、などと考えたりしました。

そういう不思議な感覚を、この映画は想起させてくれます。
その意味では、ビデオをレンタルして、何度か繰り返し観ることが、ある意味必要なのかもしれません。
この映画が公開されているときに、何度も映画館に足を運んだ人がいたということを聞きましたが、それについては非常に納得がいきます。
劇場で一度観ただけでは、恐らく「映像の美しさ」に圧倒されるだけで終わってしまうことでしょう。

さて、この映画では、そのあまりの描写の精緻さから、題材となった場所への「巡礼」が話題となりました。
瀧と三葉が最後に出逢うことになる四谷の須賀神社。
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この境内には、一時、高校生が大挙として押し寄せたようです。

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この階段が、映画の中では印象的に現れますね。

この前のショットで、小雪の舞う中を二人がすれ違うシーン。
これは、1950年代に一世を風靡した菊田一夫の「君の名は」のオマージュなのだろうなと感じました。
少なくとも、新海監督はこの作品をリスペクトしておられたのでしょう。
勝手な感想ですが、私はそう感じました。

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