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小林正樹監督「切腹」 [映画]

私が映画関連の記事を自分のサイトにアップしようと考えたのは、以前から申し上げております通り、すばらしい作品にもかかわらず再上映やビデオ化の機会に恵まれず埋もれたままになっているのが無念、という思いがあってのことでした。
その端緒となったのが、小林正樹監督の「切腹」です。
日本映画の凋落ぶりが目を覆わんばかりになる中、これほどまでにまじめに取り組んだ映画が嘗て存在した、という事実を、たとえつたない形ではあろうとも自分なりに残しておきたかった、という気持ちに駆られて書いたものでした(記事を書いた当時の話です)。

いま読み返してみても、ずいぶん肩に力の入った生硬な文章だなと苦笑を禁じ得ませんが、ここに再掲します。

************** ここから **************

公開年等 1962年松竹(京都撮影所) 護持院が原の決闘シーン(切腹より)
原 作 滝口康彦
監 督 小林正樹
脚 本 橋本 忍
撮 影 宮島義勇
音 楽 武満 徹
美 術 大角純一、戸田重昌
録 音 西崎英雄
照 明 蒲原正次郎
出 演 仲代達矢、三國連太郎、石浜朗、岩下志麻

極私的感想 -恐るべき完成度

DVD付きパソコンを購入した後、いの一番にコピーしようと思った映画がこの「切腹」だった。
原作は滝口康彦がサンデー毎日に発表した「異聞浪人記(サンデー毎日大衆文芸賞入選作)」。これを橋本忍が綿密な脚本に仕上げたもの。
巻頭、「赤備(あかぞなえ)」の武勇を謳われた井伊家の象徴ともいうべき甲冑が浮かび上がり、三國連太郎演ずる斎藤勘解由の重々しい台詞が聞こえてくる。
「…寛永庚午7年…」、つまり、大坂夏の陣から15年余りを経た徳川家光治世の時代である。
主人公の津雲半四郎は芸州広島福島藩の元家臣という設定であり、藩主福島正則が、広島城の無断修築を責められ信州川中島に減封された事件が背景となっている。
史実における正則の死は「病死」であるが、ここでは改易に伴って自害するという設定となっており、殉死を許されなかった半四郎は職を失って浪人となる…。
関ヶ原の合戦、大坂冬の陣、大坂夏の陣を経て豊臣家を滅ぼした徳川氏は、江戸幕府を起点とした中央集権政治を確立していくこととなるが、その際、最も頭の痛い問題は肥大しきった大名とその家臣の整理をどうつけるかということだった。
しかも、ようやくの思いで天下を統一してみたものの、徳川幕府直轄地は想像以上に少なく、各地には前田・島津・伊達などの雄藩が依然として強い勢力を維持している。(因みに、福島藩は約50万石。相当の勢力であったことだろう。)
危機感を抱いた徳川幕府は、言いがかりに近いような理由をつけて、外様大名127名のみならず、徳川一門・譜代からも121名を改易に追い込み、計248名の大名を整理した。この殆どが、家康から綱吉までの「幕藩体制確立期」に行われている。

つまり、合戦が終わってしまえば、人殺しにしか役に立たないような武家は用済みなのであり、下手に放置しておくと幕府の根幹を揺るがす勢力にまで育ちかねない、といった危惧もあってのことだろう。
その後200年以上も争いのない時代が続いたことを考えてみれば、これはまさに有効な手段であった。
しかし、そのために路頭に迷うこととなった武家の暮らしが如何に悲惨なものであったことか。それも「仕えた主君の違い」以外の何らの理由もないままに路上に放り出されたようなものなのだから。
勝ち組と負け組の対比。しかし、勝ち組であってもメンツを第一に始末されうる。この映画は、そんな理不尽な武士の世界を緻密な構成力をもって描き出している。

「切腹」は翌1963年にカンヌ映画祭に「ハラキリ」の名前で出品(うーん、何とも即物的な呼び名だなあ)され、審査員特別賞を受賞している。因みにこのときのグラン・プリはルキノ・ビスコンティ監督の「山猫」で、実質的には、この2作品でグラン・プリを分け合ったと評価された。
カンヌでの上映の際、千々岩求女(石浜朗)が竹光で切腹をするシーンを観た観客の中から気絶者が出るほどのセンセーションを巻き起こしたそうだ。
それで一時は、「こんな残酷な映画」と、酷評されたらしいが、きちんと観ればわかるとおり、これは「ためにする」シーンでは全くなく、物語の本質的な部分をえぐり出すためには必要不可欠な表現なのである。そのことが次第に理解されていき、最終的には「日本にもギリシャ悲劇があった」という評価にまで立ち至ったのであろう。

この映画を最初に観たのは、武満徹さんが音楽を担当する映画を虱潰しに探し回っていた19歳の頃であり、確か銀座の「並木座」で観たように記憶している(並木座は1998年に閉館されてしまった)。
そのときの感想を一言で言い表すなら、「日本はこんなにまじめに映画と取り組んでいたのだな」というものだった。
映画に対するスタッフの真剣な取り組みが画面からひしひしと伝わってくる。毛筋ほどの気の弛みもみられない。
東京国際映画祭が始まった頃、日本の名作映画をノーカット・ノーCMで深夜に上映するという企画があって、その中の一本に切腹が選ばれた。大喜びで録画したのが、今回のマスターテープだ。考えてみれば17年も昔の話になる。
それ以降、私は自分の望むときに思う存分この映画を観ることが出来るようになったわけで、その意味でも私の宝物のような存在。従って、いの一番のコピーとなった次第である。

この映画において、武満徹は鶴田錦史の琵琶を中心に置き、星雲的な管弦楽を周囲に配置。そこに楔を打ち込むように炸裂音を入れている。
これらは電子変調や逆回転をかけられて様々な「音」に変化させられる。
その音が画面の中において時間と映像を演出するのである。
切腹を映画館で観たのと同じ頃に「武満徹 映画音楽傑作選」というLPレコードを買って、その音楽だけは何度も聴いていたのだが、やはり、映画と離れては存在し得ない(勿論、単独でも十分に素晴らしいのだが)と感じたものだ。
私は、頭の中で切腹のストーリーを追うとき、その場面に応じて付けられた音楽が宮島義勇のカメラワークと共に鮮明に思い起こされる。さほどに強烈な印象が脳裏に刻み付けられてしまった。
余談になるが、武満徹はこの映画において琵琶を、篠田正浩の「暗殺」において尺八を、その音響効果の中心的な楽器として用い、さらに「怪談(小林正樹)」ではその双方の他に太棹なども使って革命的な音を追求していく。
やがて、その成果は純音楽の世界でも大きく花開き、「ノーベンバー・ステップス」や「エクリプス」といった傑作の創造へと繋がっていったのであった。

主役の津雲半四郎を演じた仲代達矢は、このときまだ29歳だったという。
東映時代劇などにおける流麗なチャンバラダンス(失礼!)を知る者にとっては、いかにも無骨極まりない立ち回りという印象を拭えなかったが、この立ち回りにおける刀は本身だったそうだから、逆に感心した。そんな中で、沢潟彦九郎(丹波哲郎)とのあの立ち回りが演じられたのか…、と。
いずれにしても、仲代達矢にとってまさしく入魂の一作というべき映画であったことだろうと思う。29歳という若さで、孫までいた50過ぎの浪人を演じて、全く不自然なものを感じさせないどころか、立ち居振る舞いから磨き込まれた重厚な低音を生かした台詞回しまで、一分の隙も感じさせなかった。
丹波哲郎の立ち回りも文句なしに素晴らしい。後に五社英雄監督の「三匹の侍」で柴左近を演じ、その実力を遺憾なく発揮させるが、この映画においても他の追随を許さない。
腰が据わっていて、切っ先に寸毫の乱れもなく、太刀筋は豪快そのもの。すさまじい迫力だった。
立ち回りの巧拙のみをいうのであれば、明らかに丹波哲郎の方が勝っていると思う。

「切腹」、今回観直しながら、改めてその恐るべき完成度に唸っている。
嘗ての日本映画には、これほどまでに高邁な精神を映像表現の全てにわたって漲らせるだけの力量と情熱があったことに思いを馳せつつも、帰らぬものを追い求める虚しい寂寞感に打ちひしがれながら…。

************** ここまで **************

さて、この映画も長らくビデオ化されておりませんでしたが、この記事を書いて暫くしてから(2003年くらいだったでしょうか)DVD化されました。

テレビ放映の画像をもとにした残念な画質のビデオでずっと観続けてきたのですが、このDVDが発売されたので、当時速攻で買い求めたものです。

近頃、時代劇がだんだん見直されてきつつあるなかで、こうした見ごたえのある作品がきちんとした形で残されたことを、心の底から喜びたいと思います。


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hirochiki

映画に対する思い入れは、人それぞれ違いますが、
ずっとずっと心に残りいつか宝物になる気がします。
あらすじ、台詞を全て知っていても何度も何度も観てしまう
やっぱり宝物ですね。
by hirochiki (2011-08-06 06:41) 

伊閣蝶

hirochikiさん、こんにちは。
仰る通り、思い入れのある作品は、映画であれ音楽であれ、ずっとずっと心に残り、宝物になるものなのでしょう。
そうした宝物で自分の引き出しがいっぱいになることは、やはり大きな喜びではないかと思っています。
by 伊閣蝶 (2011-08-06 11:00) 

節約王

おはようございます。いつも夢中になって読ませていただいています。実は私も時代劇は大好きでして特に昔の作品をよく見ます。
今回のお話、歴史的背景もしっかり学ばせていただきました。
私はこの作品は見たことが無いのですが外国では気絶者が出たほどのリアルな作品だったようですね。確かに切腹という習慣は日本独自のものであるようですし、外国の方々にとってはショックなシーンだったのでしょう。
勝ち組と負け組みのお話も現代社会に通じるものを感じます。
また記事楽しみにしています。
by 節約王 (2011-08-06 11:13) 

伊閣蝶

節約王さん、こんばんは。
いつもながら嬉しくなる温かなコメントをありがとうございます。
また記事をアップしようというモチベーションがわき上がって参りました。心より感謝申し上げます。
ところで、節約王さんも時代劇がお好きですか。
私も大好きで、殺陣の上手な役者の時代劇にはことのほか興奮させられたものです。
阪東妻三郎とか月形竜之介とか近衛十四郎とか嵐寛寿郎とか大河内伝次郎とか、残された古い映画を観ても素晴らしさにため息をついてしまいますね。
『切腹』はその意味では、そうした剣戟スターのパフォーマンスに頼らずに、まずきちんとした事件の背景を踏まえて作られています。
それ故に細部に至るまで手抜きをしていません。
その辺りにも、やはり感心させられます。
武家という存在の矛盾をあからさまに描写した製作態度にも共感しましたね。
by 伊閣蝶 (2011-08-06 18:06) 

サンフランシスコ人

7/31『切腹』をカリフォルニア大学バークレー校 (日本以上のノーベル賞受賞者を輩出している名門校)で上映....

http://bampfa.org/event/harakiri
by サンフランシスコ人 (2019-05-21 06:48) 

サンフランシスコ人

7/31『切腹』をカリフォルニア大学バークレー校 (日本以上のノーベル賞受賞者を輩出している名門校)で上映...

http://bampfa.org/event/harakiri
by サンフランシスコ人 (2019-05-21 06:49) 

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