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ドナ・サマーさんが亡くなりました [音楽]

明け方にかけて、かなりまとまった雨が降りましたが、朝のうちに上がり、通勤時間には晴れてきました。
暫くは穏やかな天気だったのですが、昼くらいから雲が広がり始めています。

ドナ・サマーさんが亡くなりました。
享年63歳、乳がんだったのだそうです。

ドナ・サマーさん、がんで死去 ディスコ・クィーンの第一人者

「ディスコの女王」などと呼ばれ、1975年に「愛の誘惑」をリリース。当時活動の中心としていた欧州でまずブレイクし、出身国米国でも全米最高位2位を獲得。それまでの雌伏の時代を挽回したのでした。
その後も、「ホット・スタッフ」「恋はマジック」「バッド・ガール」などを次々とリリースして、一躍時の人に!
バン・マッコイ、スタイリスティックスなどとともに、当時のディスコブームに火をつけることになります。

特に、ディスコとロックを融合させたと話題になった「ホット・スタッフ」は、それまでのディスコミュージックに違和感を感じていた多くの洋楽ファンを取り込むことに成功し、恐らく今でも、この曲のイントロを聴いて懐かしく当時を思い返す人が多くおられるのではないでしょうか。
DonnaSummer.jpg
http://www.youtube.com/watch?v=27-TM3q5-Cc

しかし、私としては1977年にリリースされた「I Feel Love」の方に強烈な印象が残っています。

http://www.youtube.com/watch?v=k8TBmeK9Abg

彼女をプロデュースしたジョルジオ・モロダーが、モーグを駆使して作り上げた電子音楽の記念碑的作品ともいうべきで、いわゆるテクノポップの先駆けとなった曲でもありました。
この曲があったればこそ、ジャーマン・テクノの道が切り開かれ、日本においてYMOが誕生することとなったのではないでしょうか。
当時、ブライアン・イーノとのコラボで「ベルリン三部作」の企画・制作に没頭していたデヴィッド・ボウイのところへ、そのイーノが興奮しながら駆け込み、「I Feel Love」のレコードジャケットを指し示しながら次のように語ったエピソードが残っています。
This is it, look no further.
This single is going to change the sound of club music for the next fifteen years.
 
「これだこれだ、よく見ろよ。このシングルは次の15年のクラブミュージックのサウンドを変えることになるぜ!」

あの鬼才!イーノ氏をして、このように言わしめたこの曲。
今、改めて聴き返してみても鮮烈で、ピカピカに輝いているなと感嘆してしまいました。

グラミー賞に5回も輝いた彼女ですが、90年代以降はそれほど目立ったヒット曲に恵まれなかったようです。
実際、私も今朝のNHKニュースで久しぶりにその名前を聞き、それが訃報であったことに驚きを禁じ得ませんでした。
まだ63歳。あまりにも若すぎます。
2008年に久しぶりのアルバム「Crayons」を出し、再び注目を集めることとなった矢先のことで、誠に残念極まりなく、乳がんの恐ろしさにも改めて慄然としたところです。

1975年、高校を卒業して就職のために上京した私は、ディスコブームに沸く東京の若者たちの姿に目を剥いてしまいました。
半年間は社内研修ということで会社の合宿施設に缶詰(当時はそういうかたちで多くの会社が社員教育をしておりましたね)になっており、また、そのあとは大学の二部に通い始めた頃でもあったため、それらを遠い世界の出来事のように眺めていたわけですが、徐々にそうした生活にも慣れてきた頃、新宿の「ツバキハウス」などに出かけ、それこそ始発電車が走るころまで踊っていたものでした。
記憶は定かではないのですが、確か2~3000円くらいで飲み放題食べ放題だったような気がします。
もちろん当時の私の月給は六万円程度だったので結構痛い出費ではありましたが、友達と一緒に踊りながら下らないことを語り合っていた時間は貴重で、それなりに有意義なものに感ぜられたのでした。
当時のディスコでの踊りは同じステップをみんなで踏むという形が主流で、いかにして新しいステップを覚えるかに血道をあげていた記憶があります。
私はソーシャルダンスも少しかじっていたので、ジルバを取り入れたり、チークタイムではきちんとしたブルースのステップを踏んだりなどということもしていました。

その後、ジョン・トラボルタ主演の映画「サタデー・ナイト・フィーバー」が大ヒットし、アバやビージーズが出てくることになりますが、もうその頃には興味の大半を失い、クラシックやプログレッシブ・ロックやモダン・ジャズ方面に回帰します。
ディスコにはかなり入れあげたつもりでしたけれども、実はこの手のレコードを一枚も買っていないわけで、所詮一時的に熱に浮かされていた、ということなのかもしれません。
それでも、時折テレビのCMなどで「ハッスル」とか「愛こそすべて」などという曲を耳にすると、何だか郷愁に近い感慨にふけったりもします。

そんな中で接したドナ・サマーさんの訃報でした。
心よりご冥福をお祈り申し上げます。

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コメント 10

hirochiki

私はディスコ自体はあまり好きではありませんでしたが、ドナ・サマーさんはあまりにも有名ですね。
とても懐かしいです。
「サタデー・ナイト・フィーバー」は、映画を観に行きました。
あの映画の歌は、今でもよく覚えています。
63歳での逝去は、あまりにも早すぎますね。本当に残念です。
心からご冥福をお祈りいたします。

こちらは、昨晩はやや激しい雷雨がありました。
今日は、午前中は曇っていましたが午後からは青空が広がり
気持ちの良い一日でした。
まだまだひんやりする日もありますので、体調管理には気をつけたいですね。
by hirochiki (2012-05-18 18:25) 

のら人

ドナ・サマーさんは惜しいです。哀悼です。
自分のディスコデビューは新宿のニューヨークニューヨークです。 ^^
マハラジャ等が流行る少し前ですね。 もう、ディスコも二度と行く事はないでしょう。  自分の中学生時代頃がアバやビージーズでビートルズ含め洋楽にはまり出した頃です。自分の初任給はバブル絶頂だったので、現在の平均とほぼ同額です。 ^^;
by のら人 (2012-05-18 19:50) 

伊閣蝶

hirochikiさん、こんばんは。
私も、今となってはなぜあれほどディスコに入れこんでいたのか不思議でなりません。
hirochikiさんも「サタデー・ナイト・フィーバー」をご覧になったのですね。あの音楽もビージーズでした。
ドナ・サマーさん、今回の訃報においてもディスコの女王などと呼ばれていますが、もちろんそれだけではなかったわけで、その点がちょっと不満です。
いずれにしても早すぎるご逝去で残念でなりません。

ところで、こちらも日が落ちてから肌寒くなりました。
明日は暑くなるようですし、気温の変化は相変わらず激しく、風邪を引かないように十分に気をつけたいものですね。
by 伊閣蝶 (2012-05-18 23:41) 

伊閣蝶

のら人さん、こんばんは。
のら人さんもディスコに通っておられたご経験がおありなのですね。
私は、マハラジャの頃は完全にディスコに対して興味を失っていましたから、ニューヨークニューヨークも知りません(^^;
ところで、アバやビージーズの頃は中学生でいらしたのですか。それは刺激を受けられたことでしょうね。
初任給、そういえば、結局二十年以上前のレベルになってしまいました。
尤も、初任給のみならず給与水準そのものが下がりっぱなしですが。
寂しい世の中になりました。
by 伊閣蝶 (2012-05-18 23:48) 

don

彼女にはとくに関心がなかったのですが、
彼女の曲は、ディスコやヒットチャートなんかで
よく耳にしてました。

今聞いても、かっこいい曲ですよね♪
ご冥福をお祈りします。
by don (2012-05-19 15:20) 

伊閣蝶

donさん、こんばんは。
仰る通り、「かっこいい」曲だと思います。
何というか、全然古びていないところがすごいな、と。
それだけにこの年齢で亡くなったのは惜しみてあまりあるなと感じています。
by 伊閣蝶 (2012-05-19 18:43) 

tochimochi

享年63歳はまことに惜しいですね。
ディスコには無縁でしたが、サタデー・ナイト・フィーバーを初めとしてダンス映画がブームになり、そちらは一通り見ていました。
ビージーズも懐かしいです。カーペンターズ、オリビアニュートンジョンなどまさに青春時代でした。
by tochimochi (2012-05-19 21:51) 

伊閣蝶

tochimochiさん、こんばんは。
63歳、本当にまだまだこれからという年齢ですから、残念でなりません。
tochimochiさんも、「サタデー・ナイト・フィーバー」などをご覧になっているのですね。トラボルタは、あの映画での印象を払拭するのに苦労したようですが、大きなステップアップに繋がったことと思います。
カーペンターズ、オリビアニュートンジョン、うーん、懐かしい限りです。
by 伊閣蝶 (2012-05-19 22:39) 

Cecilia

お恥ずかしながらドナ・サマーさんを知りませんでした。おそらく夫は知っているはずで、CDもある可能性が高いです。
ディスコ・・・私はいわゆるディスコには1度しか行ったことがありません。
田舎のディスコ(っぽいところ)にも1度行きましたが。
ディスコは大学の聖歌隊仲間で行きました。それも優等生タイプの人がほとんどというメンバーで。
私は踊ることよりも食べることに必死で、お店の人から注意されたわけじゃないけれど何か言われたように記憶しています。(苦笑)
もちろん女の子ばかりで行ったのですが、映画のようにそこで男性と出会って一緒に踊る、なんてことはありませんでした。でもいかにもディスコが似合わないメンバーでも、やはり東京出身の先輩は踊りなれている感じでした。
ディスコでがっかりしたのは皆踊りがおとなしく、ジョン・トラボルタのような踊りをする人がいなかったということ。(当然ですが)
去年「グリース」の中の曲が気になり通して映画を観たくなりました。

by Cecilia (2012-07-04 09:40) 

伊閣蝶

Ceciliaさん、こんにちは。
Ceciliaさんもディスコに行かれたことがあるのですね!
ちょっと感動です。
記事にも書きましたが、食べ放題に魅かれて私も通ったものです。
新宿辺りのディスコだと、割合そういう目的の若者も多かったので、あまり店の人が文句を言ったような記憶がありません。
トラボルタのような踊りをする人は、私が通っていた頃にはやはりいませんでしたね。
ステップが決まっていて、如何にそれを忠実に華麗に踊るかを競っていたように思います。
ソシアルダンスに似たような感覚だったのかも。
サタデイナイトフィーバー、そういえば随分観ていません。
私も久しぶりに観てみようかなと思っています。
by 伊閣蝶 (2012-07-04 11:42) 

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