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「少年」大島渚、1969年、ATG・創造社 [映画]

雨が残るかと思われましたが、幸いなことに明け方までには上がり、青空も覗く天気となりました。
気温は少々高いながらも、やはり五月という季節のおかげでしょうか、風が爽やかで過ごしやすく感じます。
それでも、上着を着て出勤すると(歩いて出勤しているためでもありますが)汗をかいてしまいますが。
季節がよくなってきていることもあってでしょうか、私が出勤する時間帯(8時前くらい)にウォーキングをされている方が結構見かけるようになりました。
もちろん、冬の間でもそうした方はおられましたが、寒風吹きすさぶさなかでは(当たり前のことでしょうけれども)ごく少数です。
如何にも通気性のよさそうなトレーナーやタイツに身を包み、颯爽と足早にウォーキングをしている人たちを見ていると、通勤鞄をさげた背広姿で汗をかきながら歩いている自分がなんだかみじめに感じられました。
というよりも、「羨ましいな」というのが本音のところなのでしょう。

大島渚の「少年」を初めて観たのはいつのことであったか、あまり正確に思い出せません。
20台の前半に名画座で観たのが恐らく最初だろうという気はしていますが、「絞死刑」や「儀式」といった難解で映像的な思索を求められる作品とは一線を劃した、ある意味ではオーソドックスな抒情性を感じさせる映画であったことから、当時、大島渚の映画に対して一方的な思い込みを有していた私に、それなりに大きな衝撃を与えたことを今でも思い出します。
「ロードムービー」などという映画のジャンル付けにもその当時は与することもなく、大島渚の処女作である「愛と希望の街」を観たのもそれより後のことでしたから、何というか、「あれ?」という感じでした。
しかし、この映画の主人公を務めた阿部哲夫の、あの意志的な眼差しは強く印象に残り、あのラストシーンに彼が流す涙と印象的なセリフも相俟って、私自身も滂沱の涙を流したものです。
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この映画は、1966年8月に報じられた「子供を使った当たり屋」事件を題材に企画され、1969年に公開されたものです。
高度経済成長の活況で街に車があふれかえるようになり、それに伴う交通事故の激増などから「交通戦争」などという言葉も生まれた頃のこと。
走ってくる車にわざと当たって、人身事故を装いいくばくかの示談金をせしめる「当たり屋」という詐欺行為が随所で出来したのもこの頃のこと。
あまりにセコい犯罪であったがゆえに、いちいちマスコミなども取り上げるようなことはしませんでしたが、この「子供を使った当たり屋」事件は、子供に当たり屋をやらせて金をせしめるという手口の卑劣さや悪辣さに加え、九州から北海道まで日本列島を縦断しながら犯行を重ねるという特異性もあったことから、新聞はもちろん週刊誌などでも大きな話題となったのでした。
大島渚はこの事件に衝撃を受け、事件報道の十日後、早速同志と構想を練ります。
事件が終わって十日も経たない或る日、四人(大島、渡辺文雄、中島正幸、田村孟)は赤坂の宿屋にこもって構想を練りました。今最低限のイメージといいましたが、この作品については、私たちは最大限、最高度のイメージまで共有していたと思います。その証拠に第一日で、基本的なイメージは全部固まりました。(創造社パンフレット「『少年』おぼえ書き」より引用)

そして、その後わずか五日間の間に田村孟氏はシナリオを書き上げ、そのシナリオはシナリオ作家協会のシナリオ賞(特別賞)を受賞するに至ったのだそうです。
尤も、この賞は「映画化されていない作品に贈呈する」という性格のもので、つまり、脚本は出来上がったものの、どのメジャー会社も映画化には乗り出してくれなかったという事情もありました。
結果として、ATGの枠組みの中で製作にこぎつけるわけですが、周知のとおり、ATG作品は、ATG側と製作者側がそれぞれ500万円ずつ出資して1000万円の範囲の中で作品を作ります。
然るに、そのほとんどをロケ、それも日本列島を、四国を起点に九州・本州・北海道まで横断する長期ロケで撮影しなければならない本作において、そんな製作費では到底賄いきれるものではありません。
結果として倍の製作費がかかったそうですが、大島監督によれば、これは切り詰めたうえでの直接経費のみであって、大島監督はもちろん、プロデューサー、脚本家、メインスタッフ、そしてメインキャストであった渡辺文雄・小山明子各氏のギャランティや、現地で無償提供してもらった資材や労力を正当に積算すれば、恐らく4~5千万円くらいはなっていただろうとのこと。
宿泊費を朝夕二食で千円以下に抑えるなど、今日ではとても考えられない過酷な節約ぶりですが、次のような象徴的な話もあります。
出演者たちの衣裳も全てそれぞれの現地で買いました。小山が最初に着て出てくる、ねぼけたえんじ色のセーターとだんだらのアコーディオンプリーツのスカートは私(大島監督:伊閣蝶註)が高知の日曜市で合わせて八百円で買ったものです。小山はそれを着て鏡を見、吐きそうになると言ってましたが、彼女をさらにくさらせることには、ロケ中に見物人がささやくのでした。「小山明子って趣味が悪いわね!」。

確かに目を疑うような洋服のセンスでしたが、それもむしろ大島監督の製作意図によるものなのでしょうね。このような背景があると知って、大変面白かったのですが着せられた小山明子さんの気持ちを忖度すると、やはり同情を禁じ得ません。
新藤兼人監督の近代映協も同様ですが、結局、そこに参集する面々の「同志愛」によって世に送り出された作品ということができるのではないでしょうか。

さて、映画の内容については、これまで同様ここに詳述することは控えさせていただきます。
先にも書きましたように、大島作品としては例外的にわかりやすい構成で作られていますし、いわゆる映画のオーソドックスに沿った展開となっていますから、ご興味のある向きは是非とも一度ご鑑賞ください。
大島作品の系譜からすれば、処女作の「愛と希望の街」に近いところがあるのかもしれませんね。
因みに、「愛と希望の街」も衝撃的な作品でした。いったいどこに「愛」や「希望」があるのだ、という物語ですが、もともとの題は「鳩を売る少年」であり、これを松竹が勝手に改題したことは広く知られています。

この「少年」という映画。そのタイトルロールともいうべき主人公の「少年」の存在感こそが全てだと思います。
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「少年」を演じた阿部哲夫さんは、「愛隣会目黒若葉寮」という養護施設にいた小学校四年生の児童ですが、主人公のモデルとなった「少年」同様、父親はすでに亡く実母以外の母親との生活もいくつか経験したという複雑な環境に育ったのち、この施設で同じような境遇の子供たちと共に集団生活をしていたのだそうです。
この阿部少年。一度見たら忘れられないような強い意志的な眼差し持っていて、大島監督は一目で気に入り主役としました。
この阿部少年に関してはこのようなエピソードもあったようです。
彼はロケ先の移動で汽車にのると、いつも片手でしっかりと自分の荷物をかかえこみ片手で隣にすわったスタッフの服をつかんで離さないのでした。そうして到着駅のいくつも前から、まだ大丈夫か、まだ降りないのかとしつこく聞くのでした。聞けば、何回か親たる人が変わる過程の一つで汽車に置き去りにされたことがあったのだそうです。私は、バカ、お前をおいていったら映画ができあがらないじゃないか、安心しろと笑いとばしましたが、この話はスタッフの涙を誘いました。

また、撮影担当の仙元誠三さんは、主人公の阿部哲夫くんには過酷な環境だったのではないか、との質問に答え、
彼がいちばん大人以上に強いんじゃないですか。僕はそんな感じがしました。すごい奴だと思ったね。少年役を探していた大島さんはひと目彼を見た瞬間、これだ!と決めたそうです。実際に撮影に入ったらすごくかわいくて素直なんですが、どっか大人以上に芯の強さ、眼力の強さがあって、我々の精神じゃこの子にはついていけないと思うところもありました。

という感想を述べています。
十歳にしてこの圧倒的な存在感。それを幼い体躯の中に秘めている。
この長期間のロケを通じて彼に接したスタッフの中から、彼を養子にしたいという人まで出たということですが、正に宜なるかな、という気がします。
しかし、彼自身はそれを断り養護施設に戻ったそうです。もちろん映画界とも縁を切っているとのこと。

ラスト、指名手配の果てに刑事に踏み込まれた時、「少年」は「お父ちゃん、逃げて!」と叫びます。
しかし、結局、家族は逮捕。
検挙された父と継母が白状する中で、「少年」はかたくなに犯罪に関する事実を否定。「当たり屋」稼業でできた傷についても否定し、証拠写真は、自分ではない、それは宇宙人だ、と煙にまき、これまで移動して来た場所に関しても、行ったことはないと言いはります。
しかし、護送される列車の車中から海が見え、付き添いの刑事が「海が好きか、飛行機に乗ったんだってな、きれいだったろう」と、問いかけると、
「行ったよ。北海道には行ったよ」
と涙を流しながら答える。

そのときの少年の心の中に去来したものは…。

これに関しては、やはりこの映画を観て下さい、と申し上げましょう。
北海道において、少年の心に重大な変化をもたらす「事件」が起きるのですから。

この映画の音楽を担当したのは林光。
常になくたくさんの音楽を書いていて、この映画を観た武満徹から、「余りにも音楽を書きすぎる。観客の自由なインスピレーションの展開を妨げているのではないか」と苦言が呈せられました。
私も当初、確かにいつもの林さんらしくなくたくさんの音楽を書いているな、と思ったのですが、何度か観ているうちに、この「少年」の心のうちの様々に揺らめく情景や情念をこうした形で表そうとしたのではないかと考えるようになっています。
もちろん多いとはいっても、昨今の意味もなくBGMを垂れ流しているような映画とはわけが違いますが。

さて、この映画の題材となった「子供を使った当たり屋」事件の関係者について。

継母は子宮がんにて死去(享年37歳)。
父親は出所後行商をしていたが、継母の死去後、24歳年下の女性と同棲。しかしそれも長くは続かず、行方不明。
「少年」の弟(チビ=父と継母との間の子)は、兄(「少年」)の援助を得て通っていた職業訓練校に向かう途上で交通事故死(享年16歳)。

そして、「少年」は、両親の逮捕後、伯母に預けられ、そこから小学校・中学校に通い、中学校を卒業後に運送会社に勤務。
大型特殊免許を取得後は14歳年上の女性と結婚し、長距離トラックを運転しながらささやかな家庭を築いているとのこと。
彼の家の仏壇には、実母、義母、そして16歳という若さで亡くなった弟の位牌が収められていますが、父親の思い出に繋がるものは何一つないということでした。

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のら人

おはようございます。
流石に、5月からノータイですがそれでも上着が暑くて邪魔になる事があります。そんな時にTシャツ一枚の若者を見ると羨ましくなりますね。 ^^;
この映画は、記事を見る限り壮絶な感じを受けます。しかし、現代でも似たような事がまだある様に思います。
by のら人 (2013-05-21 07:55) 

hirochiki

今日の名古屋は、半袖を着たいと思うほど蒸し暑い一日でした。
そろそろ梅雨が近づいているような気がします。
「少年」という映画は観たことがありませんが
この写真を拝見しても、少年が目ですごい演技をしているように感じます。
また、少年の父親に対する思いは、私にはとても想像がつかないほどのものなのではないかと思いました。
by hirochiki (2013-05-21 18:29) 

伊閣蝶

のら人さん、こんばんは。
今日は最高気温が30度近くまで上がり、さすがに半袖で出勤しました。
明日は上着を着ていかなくてはならないので、誠に憂鬱です。
Tシャツ一枚の若者、本当に羨ましくなります。
貧困が原因のさまざまな犯罪や社会問題。仰る通り、現在にも通ずるものがあると思います。
根の深い問題ですね。
by 伊閣蝶 (2013-05-21 22:09) 

伊閣蝶

hirochikiさん、こんばんは。
今日の名古屋も相当な暑さだったと思います。
私は辛抱できずに、今日は半袖で出勤してしまいました。
この「少年」の主役を演じた阿部哲夫さん。本当に意志的な眼差しに打ちのめされる想いです。
1969年当時、10歳だったとのことですから、私よりも三つ年下でもう壮年を迎えておられるのでしょう。
今でも元気で暮らしておられるのか、この映画を観るたびにそのことが気になったりします。

by 伊閣蝶 (2013-05-21 22:15) 

tochimochi

半袖が気持ちいい季節になってきました。
こんなときに上着を着て歩くのは汗もかくしあまり気持ちのいいものではありません。
映画はあまり前評判とか知らずに見てしまい、ストーリーを理解するのに苦労することがあります。作られた経緯まで知っているとさらに理解が進みますね。

by tochimochi (2013-05-21 22:23) 

伊閣蝶

tochimochiさん、こんばんは。
仰る通り、半袖が気持よくて、もう長袖には戻れそうにありません。
しかし、営業に出る時はそうもいかないので、この時期は悩ましい限りです。
もう少し夏に近づけば大丈夫なのでしょうが。
映画を観るとき、仰る通り、ストーリーを追い切れずに困ってしまうことがありますね。
以前は、続けて同じ映画を観ることが割合簡単にできましたが、今は総入れ替え制になっているのでそれもできません。
事前に情報を仕入れることができるとスムーズだと私も感じています。
by 伊閣蝶 (2013-05-23 23:16) 

九子

ちょっと小林旭を思わせる眼力のある少年ですね!
映画俳優になればよかったのに・・・。
by 九子 (2013-05-24 20:39) 

伊閣蝶

九子さん、おはようございます。
なるほど、小林旭ですか。そういえばそんな雰囲気もありますね。
映画俳優になって欲しかったなと、私も思いました。
by 伊閣蝶 (2013-05-31 07:16) 

Cecilia

伊閣蝶さんのブログを通じて大島渚さんの作品がだいぶ身近なものになりました。この作品も是非観てみたいです。
音楽は林光さんなのですね。ますます興味深いです。
by Cecilia (2013-06-07 13:23) 

伊閣蝶

Ceciliaさん、こんばんは。
大島渚監督の作品、機会がございましたら、是非ご覧下さい。
音楽的にも大変刺激的だと思います。
林光さんや武満徹さん、三木稔さん、坂本龍一さんなど、映像と音楽とのコラボレーションを目指した作曲家が音楽を担当しておられますから。
by 伊閣蝶 (2013-06-08 22:59) 

koi

はじめまして。「少年」に関する情報を探していて、こちらの投稿にたどり着きました。エピソードやATGについてなど非常に参考になりました。言葉選びや文章の雰囲気も含めて、軽く感動してしまったので失礼ながらコメントを残させていただきます。

by koi (2019-08-07 18:54) 

伊閣蝶

koi さん、こんにちは。
記事をご覧いただき、ありがとうございました。
「少年」に関する情報をお探しの中でご覧いただいたとのことで、感慨深く存じます。
お役に立ててこちらこそ嬉しくなりました。

by 伊閣蝶 (2019-08-13 16:46) 

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