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雪の入笠山 [山登り]

桜の季節が始まりました。
朝の気温は低いものの、日中は20度近くまで上がることもあり、春本番を迎えている感があります。

先日、入笠山に出かけ、スノーシューでの散策を楽しんできました。

スノーシューの経験はほとんどない私ですが、そんな初心者でも履いて少し遊んでいるうちにコツを呑み込むことができ、深雪での高い踏破性能を味わうことができます。

比較的雪が少なかった入笠山の今シーズンでしたが、三月の半ばあたりからかなりの降雪があり、私が出かけた折はおあつらえ向きの銀世界でした。
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早速、入笠山の山頂を目指します。
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一年を通じて登山者の多い山であるだけに、この時期でもトレースはしっかり残っています。

ワカンのような「花魁歩き」の必要はないものの、踏み固められたトレースをたどるのにはあまり向いていないのかもしれません。
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それでも、前爪などがあるため、踏み固められた雪面でもかなりグリップが効き、狭いところなどで自分のスノーシューを自分で踏んだりしない限り快適に歩けます。

穏やかなお天気ではありましたが、低気圧が急速に近づいてきていることもあり、山頂での景色はいまひとつです。
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この山の一番の売りは360度の展望なのですから、その点は少し残念でした。
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とりあえず記念写真。
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何枚か写真を撮っているうちに、寒さゆえかデジカメのバッテリーが切れてしまい、それではとケータイを使おうと思ったらこちらもバッテリー切れ。
そんなわけで、これ以降の画像はなしとなりました。

首切り清水方面に下ります。

こちらのほうはほとんど人がいなかったので、思い切りコースを外れて雪原に入っていきました。
これがまことに快適で、ツボ足ならば腰まで、ワカンでも太ももくらいはもぐってしまうところも、まったく問題なく進めます。
この時期特有の、嫌らしいモナカ雪もなんのその、という感じで、なるほどこれなら人気が出るのも当然、と納得です。

しばらく雪原や吹き溜まりなどで遊び、林道に出ました。
林道は所々で雪が消えていて、アイスバーンになっていたりします。
それでも、スノーシュー自体に前爪などがあるため、ほとんど問題ありません。

入笠山周辺のような、逍遥雪山歩きには最高に適合するアイテムだなと感じました。

傾斜の強い岩稜地帯やキレットなどの狭い場所で使うのはかなり危険と思いますし、雪稜でも、傾斜の強い斜面では、やはり靴と一体化しているワカンの方が優れていると思います。
これまで山スキーで登っていたようなところは、スノーシューに切り替えることでコントロールがしやすくなり行動範囲も広がることでしょう。

今回、私はストックなどを使いませんでしたが、その方が無駄な力が入らず、こうした雪原のハイクには合っているようです。

いずれにしても、用途によっては大変快適で優れた雪上アイテムだと改めて感じました。
携行するのにちょっと大変ですが、目的に応じて使ってみてもよいのではないでしょうか。

閑話休題

このブログ、長らく記事をアップしておりませんでした。

今年の1月18日、連れ合いが永眠しました。

昨年の2月初めに、がんの肺への転移が確認され、肺の切除、抗がん剤治療などを行った後、ホルモン治療の可能性も調べてみたのですが、残念ながら効果が期待できず、セカンドオピニオンなども活用しつつ、放射線治療や保険外の分子標的薬など様々な治療を試みたところです。

しかし、いずれも効果が上がらず、昨年の10月、新たな抗がん剤治療を試みようとしたのですが、それに耐えられるだけの体力が連れ合いには残っておらず、手詰まり。

肺と気管支の腫瘍を除去する目的の放射線治療を受けるため、昨年11月より入院し、これは一定の効果があったのですが、根治に結びつくことは到底期待できず、最後は緩和ケアを中心とする療養になりました。

連れ合いは在宅医療介護を望んでおりましたので、介護用ベッドや車いす、酸素吸入器そのほかの医療用機材を借り受け、在宅医療専門の医師・看護師・薬局の方などの手厚いご協力を得て、しばらくは自宅で過ごしました。

年も押し迫ったころ、自宅にほど近い総合病院の緩和ケア病棟に空きができましたので、そちらに入院し、私なども泊まり込んで一緒に年越し。

その後いったん自宅に戻ったのですが、連れ合いの体力はいくらも残っていなかったのでしょう、16日にはほとんど食事がとれなくなり、18日の朝、緩和ケア病棟に再入院し、その日の午後に旅立ったのでした。

眠るように逝ってしまったので、私はとてもそのことを受け入れられず、手を握り体を揺さぶり胸をマッサージしたりして、「戻ってこい!」と何度も叫びました。
小一時間、そうした徒労に近いことをしていた私に、病棟の看護師さんが「お気持ちはわかりますがもう休ませてあげてはいかがですが」と声をかけてくれました。
しかし、連れ合いの体はまだ生きているときのように温もりがあるのです。
絶望の涙を流しつつ、医師からの臨終宣告を聞きました。
昨年の終わりくらいから体中の血管がもろくなっていて、タオルなどで体をこすって洗ったりすることができなくなっておりましたから、せめて最期くらいは私の手で体を拭いてあげたいと思い、病院側で用意してくれた温かなタオルで体中を拭いてあげ、「最後までよく頑張ったね」と声をかけたところです。

1月25日に告別式を行って火葬し、3月2日、私の郷里の八ヶ岳山麓の町にある私の家の墓に納骨を済ませました。
30年ほど前に、私の実家を訪ねた折、○○家のお墓はどこにありますか?と、連れ合いは私の父に聞きました。
まだお墓など眼中にもなかった父は、墓はない、と答えたのですが、そのとき連れ合いは「ええ!私が死んだときに入るお墓がないのですか?」と訴え、父はその場で墓の購入を即決した、という経緯があります。
そのお墓に、まさか自分が一番最初に入るとは思ってみなかったことでしょう(私の父母はまだ健在です)。
急遽、墓石を立て、整地した墓に納骨をする際、私はそのことを思い出し、言い知れぬ悲しみに浸ったところです。

先に入笠山に出かけたことを書きましたが、月命日にお墓参りをし、花を飾りたいという想いもあってのことです。
葬儀の日も、納骨の日も、お墓参りの時も、穏やかなお天気に恵まれました。

そういうお天気を連れ合いがあつらえてくれたんだなと、私は勝手に考えております。

連れ合いが旅立ってから二度目の月命日が過ぎました。

遺骨が自宅にあった時には、毎日、影膳を上げ、今でも、毎日、米・塩・水そしてお茶を上げています。
少し微笑んでいる遺影を見ながら、私の寂しさは一向に果てることをしりません。
最期の時の連れ合いの温もりは、まだ私の全身の記憶として残っています。
私を一人残して(私たち夫婦には子供がありませんので)、勝手に先に逝ってしまうとは!と、理不尽だとは思いつつも口惜しさと悲しさと怒りに満ちた感情を抑えることができずにいます。

ただ、最後は本当に眠るように安らかだったこと。
そして、病院にいる時を除いて、一日たりとも連れ合いを一人にはしなかったこと(連れ合いの姉妹や私の妹も来てくれましたので)。
そのことだけがわずかな救いでありました。
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孤独のとらえ方 [山登り]

山登りのスタイルについて、基本的に単独行である人と、仲間を募って登る人に、なんとなくですが分かれるような気がします。
半世紀くらい前にはスタンダードであった「パーティ」は、チーフとサブというリーダーの元に隊員が組織され、それぞれに「食料担当」「装備担当」「記録係」「天気図作成」などといった役割が付されて統率されていましたが、今や、学生や社会人山岳会でもこうした形態は衰退してきているように思われます(実際はどうなのでしょうか?)。
つまり、仲間を募って登る、というのは、正しく「同好の士」が集まってワイワイ楽しく行動する、という感じになっているようです。
そういう山行にはこのところ全くご無沙汰ですので、あくまでも私の想像の限りでは、というエクスキューズが付きますが。

「何のために山に登るのか」という無粋な問いかけに対して、恐らく山に登っている人たちそれぞれに固有の目的や理由や想いがあろうかと思います。
20年以上も前に、私はそのことについて自分のサイトの記事として書いたことがあります。
改めて読み返すと青臭さに辟易としますが、当時としては正直な気持ちだったのでしょう。やはり一種の現実逃避だったのかもしれません。

都市部での生活を余儀なくされている私たちは、毎日毎日混雑した通勤電車に揺られて出勤し、多くの人々に囲まれながら仕事をし、時には熱くなって議論も重ね、やはり満員電車でもみくちゃにされながら帰宅、くたくたに疲れて泥のように眠る、などという、生物としてはいささか異常な環境の中で日常を生きています。

縄文時代は狩猟が主だったこともあり、人口密度は一万平米に10人くらいのものだったそうです。
つまり、山手線の内側に60人程度の人間しか住んでいなかった、ということなのでしょう。
人間は雑食ですから、木の実・草・虫・動物などなど、生きていくのに必要な獲物は、天候と環境にさえ恵まれれば造作なく手に入ったことと考えられます。
縄文時代が一万年をはるかに超えて長く続いたのも、比較的温暖で安定した気候が続いていたからといえるのかもしれません。
そして地球は再び寒冷化に向かい、自然界の恵みに頼る生活形態では対応ができなくなって、縄文時代は終わりを告げます。
古事記や日本書紀にみられる天岩戸伝説は、恐らく長きにわたって太陽光を遮った天体現象や気候変動を伝えたものなのでしょう。
安定した食料調達のため、人間は農耕の道に進み、作物を栽培し家畜を飼育して、その土地に定着するようになります。
まとまった人間が共同で生活するようになると、そこに暮らす人々は当然に互助の意識をもつようになり秩序や社会性が必要となってきます。
本来、動物は自身の防御本能から個体距離(パーソナル・ディスタンス)を設定し、そこに近づく他者を排除するため攻撃する(あるいは自らが逃走する)ものなのですが、生活のために共に生きる者同士は、その目的ゆえにその距離が縮まることを敢えて忌避しなくなる。
しかし、本能的にはやはり嫌なことなのだろうと思います。
「私たちは愛し合っているからいつもくっついていたい」
などと甘い想いに浸っているカップルだって、恐らく四六時中そばにいたら辟易するのではないでしょうか。
ましてや、何の関係もない赤の他人が自分の個体距離(臨界距離)の中に入ってくるのは、本来耐え難いことだと思います。
通勤時などの満員電車に詰め込まれているとき、私は石になろうと努めています。少なくとも感情を表出させることのないように押し込めます。
そこから逃れようとしても物理的にできないわけですから仕方がありません。何故そんな理不尽に耐えられるかといえば、その中に押し込まれていることが経験上危険な状態ではないことを認識しているからなのでしょう。
考えようによっては誠に哀れな「習慣」だとは思いますが。

そんなわけで、私にとっての山歩きは、そうした日常からの解放が目的といえるのかもしれません。
なるべく人のいない時期やルートを選び、一人の時間を満喫する。
30年以上前の私は幕営による長期単独縦走にはまっていて、一週間から十日間くらいかけた山行に汗を流していました。
同好の士がいなかった、ということもありますが、今振り返ってみれば、あれは単独だったからこそ意味があったようにも思われます。
長期間の縦走となりますと、食料やルートも計画通りにいかなくなることは当然のように起こり、その都度判断を求められるわけですが、単独であるからこそ徒な逡巡といったマイナス要素を排除できるのです(もちろんそれによるリスクは全て自分持ちですが)。

今となっては家庭や仕事上の都合もあり、こうした山行を試みることは困難ですが、たとえ日帰りでも、意識としては全てを自分の判断と責任で行動したい、という想いが強く残っています。
ある種、日常的な束縛から逃れるために山に行く部分もあるわけですから、不思議なことではないとも思いますが。

それから、これはかなり根本的なことであると思いますが、私は単独で山に入っていても、寂しさややるせなさや心細さといったような負の意味での孤独を感じたことはありません。
恐らく単独行を実践している人たちには、この気持ちがわかってもらえると思います。

ところで、こんな記事を目にしました。

中高年男性が軒並みハマる「孤独」という宗教

私は、以前こんな記事を書いたこともあり、仲間外れにされる不安感から友人を求めるのは本末転倒ではないか、と考えています。
のっぴきならない問題が起きた時に、身を挺して助けてくれる人を一人でも持っていればそれで十分。
また、自分としてもそうしてあげたい大切な人がいる、そのことが重要なのではないか、と。
そして、そういう関係性を築くことができるのは、自身の孤独を見つめそれを鍛えることのできる自立した者同士なのではないかと思っています。

ご紹介した東洋経済の記事は、そんな私の思い込みに警鐘を鳴らすものなのかもしれません。
しかし、
国立社会保障・人口問題研究所が今年8月に発表した調査では、65歳以上の高齢者で1人暮らしをしている男性の15%(女性は5%)、およそ7人に1人が、会話の頻度が2週間に1回以下であるという結果だった。また、65歳以上で一人暮らしの男性の30.3%(女性は9.1%)が「日ごろのちょっとした手助け」で頼れる人が「いない」と答えた。

とか、
アメリカの財団が同じ8月に発表した日米英の孤独に関する調査では、孤独であると回答した人のうち、10年以上、孤独であるという割合が35%と、アメリカ(22%)、イギリス(20%)より圧倒的に高かった。

というくだりには考えさせられます。

人は社会的な生き物ですから、たった一人で生きるということはできません。
生きていくうえでの他者とのつながりは基本的で重要な要素です。
ただ私は、そうしたつながりを、家庭とか学校とか会社とか地域(ご近所)といったような既存コミュニティのみに求めるのはどうなのかな、と思います。
既存コミュニティの中にいて得られる安心感は、仮にそこから疎外されてしまった場合、致命的かつ絶望的な喪失感へと激変することになるのではないでしょうか。
従って、そのコミュニティの中にとどまれるように、ある時には自分を抑え同調圧力に身をゆだねていかなくてはならなくなる。
やはり本末転倒だな、とつくづく感じます。

つながるのは組織やコミュニティなどではなく、あくまでも個人なのではないでしょうか。
個人同士で自在にしなやかにつながっていく、そんなつながりこそが必要なのではないかと思います。

その意味では、ブログを通じたつながりというのも非常に有効なのではないか。
事実、私は、私の拙い記事に貴重なnice!やコメントを付けて下さる皆様に対して、個人的に深いつながりを感じています。
なかなか記事がアップできないので内心忸怩たる想いはありますが、拙いながらも記事を書いていこうとするのは、そうした自在なつながりを求める気持ちからくるような気もしています。

何かにつながることによって自分自身の存在を思索し確認する。
ある意味では人間だけに与えられた特権なのかもしれませんね。

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晩秋の入笠山 [山登り]

10月も終わりに近づき、秋も深まってきた感があります。
高峰は徐々に雪化粧を施しており、山は晩秋から初冬の趣といったところでしょう。

この夏、入笠山に案内した友人たちから、「是非ともビーフシチューを食べたい!」とのオファーがあり、マナスル山荘本館に再来しました。

前回、時間の都合で歩けなかったテイ沢から大阿原湿原を回る周回コースを、今回は高座岩に立ち寄って、紅葉を楽しもう、というものです。

比較的落ち着いたお天気が続いていましたが、土曜日の朝はあいにくの雨。
しかし、そのおかげもあってか、週末の中央道にしては目立った渋滞もなく、快適に走ります。
と思ったら、甲府南と甲府昭和の間で事故が発生し、2km・30分という渋滞にはまってしまいました。

それでも10時前にはマナスル山荘に着くことができ、宿泊とお昼のビーフシチューを予約して、小雨の降る中を長谷村につながる入笠山林道を歩き始めます。
お昼ご飯のサービスは14時30分までとのことでしたが、まあ、時間的には余裕だろうと高を括っておりました。

林道わきの樹々にかかるサルオガセです。
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これほどに育っているサルオガセを見るのは久しぶりで、思わず目を見張ってしまいました。

紅葉もだいぶ進んでいました。
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しばらく行くと、「南無入笠観世音」と書かれた石碑がありました。
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登って行って確かめると、蛇をかたどったレリーフが祭られています。
縁起を読むと、昭和38年当時、この小黒川林道の工事を実施していた自衛隊員の夢枕に観世音菩薩が立ち「ここは私(観世音菩薩)が治めた地である。土を掘り起こし、私の神体である白蛇の姿を認めたなら粗略に扱わないように」といった趣旨のお告げがあった由。
そのお告げの通り、掘り起こした土中からこの白蛇のレリーフが出てきたので、工事や山里の安全祈願のために手厚く祀ったのである、とのこと。

小黒川林道は現在補修工事をしているようで、途中から車は通行止めになっていました。
30年位前に、この林道を車で走って戸台に向かい、甲斐駒に登ったことがあるのですが、その当時も、車で走るのには厳しい道でした。

法華道への分岐を見送り、林道の左側に小黒川が流れ、静かな林道歩きを続けていると、右に高座岩への指導票を見つけました。
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濡れて滑りやすい急登を稼ぐと林道に出て、そこにも指導票がありました。
「高座岩・法華道」と書かれた矢印の方向を、林道の先と勝手に思い込み、そのまま林道をたどってしまいました。
25000分の1の地形図には載っていない林道なので、法華道に続くのだと勘違いしてしまったようです。
左側に下る林道を二本やり過ごして緩やかな登りに転じてしばらくしたところで行き止まり。
右上に大岩があったので、あれを回り込むのかと、クマザサの藪の中を強引に登りますが、大岩の周辺で藪はさらに濃くなってしまいました。
どう考えても間違っていると思い、先ほどの指導票まで引き返しました。

注意深く、左側の尾根に至る踏み後を探しながら歩くと、何本かのタラノ木が紅葉しています。
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タラの芽の一本残しはちゃんと守られているんだなと、ちょっと感慨深くなりました。

さて、指導票のところまで戻って周囲を見ると、少し後ろに下がったところに右の尾根に回り込みながら登る踏み後がありました。
指導票では右の矢印になっていたので、完全に私の思い違いです。

踏み後に従って登ると、法華道に出ました。
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そこから一登りで高座岩につきます。
日蓮宗の僧である日朝上人が、見晴らしの良い岩峰を定めてそこで法華経の教えを講じたとされるところで、法華道の由来もそこからきているのでしょう。
眼前には木曽山脈が望まれます。
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私の勝手な思い違いのせいで、大変な道草を食ってしまいました。

小黒川林道に戻ってしばらく歩くと、橋を渡り小黒川を右に見るようになります。
そこからしばらくで、テイ沢分岐。
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25000分の1の地形図では、左側の尾根に登って大きく高巻く道が書かれていますが、実際には沢沿いに右岸・左岸とわたり返しながら進みます。
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透明度の高い穏やかな流れの中には魚影もあり、紅葉した樹々も相俟って、実に好もしい散策路となっていました。
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もちろん、沢沿いの道ですから、足場の悪いところや岩をへつる部分も時折出てきますが、いずれも何ということもなく進めます。

いくつかの橋を渡った時、獲物に出くわしました。
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誠に見事なもので、まさかこんなところに群生しているとは思いもせず、早速、ザックの中から行動食を入れていたポリ袋を出して、行動食を他に移したのち、獲物を少しばかり採取しました。

思わぬ余禄に頬を緩ませて歩いていくと、視界が開けて源頭の趣です。
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左側に威圧的な岩がそびえていました。
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大阿原湿原はクサモジミの最盛期。
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白樺の樹が点々とし、紅葉したカラマツが黄金色に輝いています。

大阿原湿原を後にして、車道をマナスル山荘に向かう道すがら、八ヶ岳方面の展望ポイントから富士山を眺めました。
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八ヶ岳の頂稜には雲がかかっています。
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マナスル山荘では、年に四回、ジャズのライブ演奏会を開いています。

今夜はたまたまその日に当たり、テナーサックスのジェントル山本さんをリーダーに、ベース:広目亮さん、ギター:矢羽佳佑さん、のお三方によるジャズトリオの演奏を楽しむことができました。
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ジェントル山本さんは、近々修行のためニューオーリンズに渡米するそうですが、彼はもちろん、あとのお二方も素晴らしい実力の持ち主で、お酒を飲みながら、久しぶりのジャズの生演奏を楽しむことができました。
「いそしぎ」などのポピュラーな曲における丁寧な編曲とアドリブの素晴らしさも忘れがたいものでしたが、何といってもウェス・モンゴメリーの「フル・ハウス」には痺れました。
この歴史的な超絶ライブのCDを私も所持していますが、久しぶりにその感動がよみがえる心地がしたものです。

演奏の合間、あまりにも月がきれいなので、八ヶ岳展望所まで散歩に出かけてきました。
富士見町はそれほど規模の大きな街ではありませんが、それなりに夜景もきれいに見えます。
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なかなか幻想的で、いい酔い覚ましになりました。

翌朝、5時前に起きて身支度を整え、入笠山山頂を目指します。
もちろん、「ご来光」を見るためです。

日の出は6時過ぎと見込み、5時前に起床。
5時15分くらいに山荘を出ました。

入笠山山頂での雲海は、恐らく麓も冷え込んでいるからでしょう、一部分しか起きていないようです。
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10月の終わりの山頂は、風はないもののさすがに底冷えがします。

6時を回るころ、金峰山の右側が金色になってきました。
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ご来光です。
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この景色はいつ見ても嬉しくなりますね。
陽が昇ると、ありがたいことに体が暖かくなってきました。
太陽の光のすごさに圧倒されてしまいます。

朝の光の中の富士山です。
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入笠山の山頂にはたくさんの人たちがいました。
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槍・穂高連峰も朝日に輝いています。
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さすがに冠雪していますね。

木曽山脈です。
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カラマツが朝日に輝いています。

仙丈岳・鋸岳・甲斐駒・北岳・鳳凰三山などです。
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荘厳な眺めをたっぷり楽しみ、下山しました。

ひかげの斜面は霜で真っ白けです。
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山荘で、ボリュームたっぷりの朝食を頂き、今回も大満足で帰途につきました。

そうそう、例の獲物ですが、帰宅して早速汚れなどを取り、酒とみりんと醤油で煮びたしにして、大根おろしをかけて食べました。
体調のすぐれない連れ合いを気遣って、実家から連れ合いの妹が来てくれていたのですが、二人とも、「あたるといやだから」といって食べません。
野生のエノキダケなんて、そうそうは見つからないんだぞ、と勢い込んだのですが、どうも信用してもらえないようです。
結局私一人が、市販のもやし・エノキとは全く別物の、薫り高く歯ごたえの素敵なエノキダケの煮びたしを楽しんだのでした。

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入笠山のご来光 [山登り]

記録的な暑さが続いていましたが、ようやく少し治まってきたようです。

7月21日と22日の土日、以前の職場で仕事上の付き合いのあった金融関係に勤務する友人Yさんからの「山に連れて行ってください」とのオファーを受ける形で、久しぶりに、南アルプス前衛の入笠山に登ってきました。

Yさんは、山登りの経験は浅いものの、若い頃は自転車のレーサーとして活躍しておりました。
しかし、就職後の都市銀行大合併劇以降は超多忙となり、運動からは遠ざかることになります。

それでも、7年ほど前に西岳と入笠山に案内したことがあり、あのときYさんはかなりつらい思いをしたのにもかかわらず、その折の感動が忘れられず、是非ともまた登ってみたいとのこと。

お互いにバタバタしていたこともあり、ようやくそれが叶ったというわけです。
Yさんの元部下であり若い友人でもあるKさんも参加することになり、男三人のにぎやかな山登りとなりました。

せっかくなので、マナスル山荘本館に宿泊することとし、2000円飲み放題付きで予約。
学校の夏休みが始まったばかりの週末ではありましたが、6月中に予約を入れることができました。

入笠山だけではもったいないので、釜無山にも登ってみませんか、と提案すると、是非!との回答。
私自身、10年以上前に登ったきりなので、それではそれも予定に入れましょう、ということになりました。

21日、山行きとしてはかなり遅めの8時半頃、国立府中インターから中央道に乗りましたが、思っていたほどのひどい渋滞もなく、11時前には大阿原湿原近くの林道に乗り入れることができました。
この時期、沢入から先の車の乗り入れは原則禁止なのですが、マナスル山荘などに宿泊する客は例外的に通してくれます。助かりました。

林道をしばらく走って、空き地に車を止めて身支度をします。
林道工事がかなり進んでいて、釜無山への登山道はかなり錯綜としているようです。
思い切って林道から山の中に入り、笹薮の薄いところをかき分けながら進みますが、踏み跡はかなり不明瞭になっています。
そのうちにテープなどの目印も消え、踏み跡も判然としなくなりました。
高度計を見てみると、頂上に近くなっていることは確かなのですが、深い藪の中で進むことが躊躇されます。
私一人なら、地図とコンパスを頼りに、強引に薮を漕いで登るところですが、山登りに関してはほとんどビギナーである二人を連れていることから、遺憾ながら引き返すことにしました。
実際、藪の中で足を取られ、脛を倒木で打ち付けたりしていた様子でしたから、これ以上無理をさせるわけにもいきません。

「すみません、予想以上に道が荒廃しているようで、あきらめましょう」というと、何となく安堵した表情を浮かべつつも、「残念ですね。登ってみたかった」などと嬉しいことを云ってくれました。

この辺りのカラマツ林ではサルオガセがたくさん見られますが、お二人にとっては物珍しい光景のようで、どういう生態なのか興味津々。
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これは地衣類で、霧のかかる山中に繁茂し、霧などの空中の水蒸気を吸って生息している、いわゆる寄生植物ではない、食べようと思えば食べられるが決して美味しいものではない(出汁は出るけれども)、みたいなことを断片的に説明しました。

さて、釜無山登山に敗北した我々は、気を取り直して入笠山に登るべく、マナスル山荘本館に向けて車を走らせました。

釜無山方面では、登山者の姿を全く見かけませんでしたが、さすがに桁違いの多さです。
申し訳ないと、頭を下げつつ車を走らせます。

マナスル山荘本館で宿泊手続きを済ませ(もちろん飲み放題付き!)、早速、入笠山に登ります。
ものすごい人出で、さすがに驚かされました。
山ボーイや山ガールそして中高年ハイカーなどが群れを成していて、「登り優先」という山登りにおける一応のルールもものかわ、傍若無人に降りてくる様をみていると、さすがにうんざりしました。

前回は巻道コースを登ったYさん。今回も巻道コースを選びそうだったので、「岩場コースといっても全く大したことはなく、眺めはこちらの方が良いですよ」と説得して、岩場コースで登頂。
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山頂は大賑わいでしたが、八ヶ岳・北アルプス・中央アルプス・南アルプス・富士山などの周囲の山々は全て雲がかかり、これは完全な期待外れとなりました。
しかし、富士見の街中や諏訪湖などの下界の景色は眺められたので、お二人も満足な様子でした。
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山頂でゆっくりと昼食をとって休んだ後、下山にかかります。
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アザミの花にミツバチがとまっていました。

せっかくなので、首切り清水と大阿原湿原まで足を延ばすことにしました。

首切り清水にはこんな表示があります。
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生水を飲むとピロリ菌に感染するリスクがあるので、こうした表示をすることが増えているのでしょう。
冷たくて美味しい水なのに、少し残念な気がします。

入笠山周辺はあれほど混み合っていたのに、大阿原湿原では人影を見ません。
我々三人だけで独占しているような、ちょっと誇らしげな気分で散策しました。

少し時期が外れているせいか、湿原の中ではほとんど花の姿を見ません。
マツムシソウとワタスゲ、時折クルマユリやホタルブクロを見かける程度ですが、湿原の中にシラカバなどが点在する風景はなんとも云えない風情があります。
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これはテイ沢への分岐です。次回はここを通ってみたいものです。
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テイ沢の源頭です。
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大きな岩がありました。
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さて、飲み放題の開始時間は16時とのことなので、それを楽しみにマナスル山荘本館へ向かう足取りも心なしか軽くなります。
到着したその足で、まずは汗を流そうと浴場に向かいました(なんとマナスル山荘本館では風呂に入れるのです)。
先客お一人おられ、我々三人が入ると、狭い浴室はまさにイモ洗い状態。
しかも、洗い場のお湯が出ず、お湯で体を洗おうとすれば浴槽のお湯(浴槽の蛇口からはお湯も水も出ました)を使うしかありません。
私は水でも平気なので、(冷たい水ではありましたが)洗い場で体と頭を洗いました。
浴槽は三人入ればいっぱい。なんだか若い頃に入居していた社員寮の風呂を思い出します。
それでも、山小屋で風呂に入れるのは贅沢の極みです。ありがたいことだと感謝してしまいました。

飲み放題メニューは、ビール(プレモル!)・清酒・ワイン・焼酎・ウィスキーなど豪華絢爛です。
ロビーには、これを楽しみにしていたと思しき宿泊客が集まり、所々で宴会が始まっています。
我々も楽しく飲み始めましたが、18時からの夕食までは抑え気味にしようね、などとできもしない取り決めをしつつ、やはり次から次へと摂取。
何といってもプレモルのうまさが最高で、これで2000円とは信じられない限りですね。

夕食は、分厚い牛肉を焙烙で焼いたものをメインに、これまた充実しており、途中から飲み物をワインに代えて、たっぷりと楽しみました。

飲み放題は20時で終了。
そんなわけで、終了間際に行き掛けの駄賃とばかりに、たっぷりお酒をコップに注いで部屋に戻って余韻に浸ります。

何となく星が見たくなり、お酒を飲み終えたのをしおに、星を見に外に出ました。
上弦の月がまばゆいばかりで、そのすぐ下には木星が輝いています。
そこから右に目を転ずると土星がありました。
月明かりのせいか、星の見え方はあまりよくありませんでしたが、北斗七星などは明確にわかります。
ほかの星座を特定できなかったのは、月明かりのせいばかりではなく、きっと飲みすぎて思考力が虫並みになっていたせいでしょう(虫に失礼かな)。

翌朝、4時に起床。
今回の山行のもう一つの目的、入笠山からのご来光を見に出かけることにします。
二人を起こして、手早く支度をし、登り始めます。
酒が残っているせいでしょうか、足元がふらつく中、頑張って山頂を目指します。

日の出の直前に到着。私たちのほかには親子連れの三名の方だけがおられました。

日の出前の山頂は静寂そのもの。
下界は雲海に包まれ、昨日見えなかった周辺の山々も雲海の上に聳えています。
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赤岳と権現岳の間が黄金色に輝き始めました。
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ご来光です。
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入笠山の山頂も陽の光に輝き始めました。
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周囲の山々も光を受けています。
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たっぷりと堪能した後、巻道を使って下山。
木々のあいだに朝の光が差し込んでいます。
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山荘に戻って、朝食の時間まで横になりました。

朝食も非常に豪華で、契約農家からの新鮮な卵を使った卵かけごはんは絶品。
また、パンも山荘で焼いているもので、これまた絶品!
コーヒー・牛乳・リンゴジュースも用意されていて、中途半端なホテルの朝食など軽く一発KO!という感じです。

昨日の夕食といいこの朝食といい、さらに風呂にまで入れて、一泊二食付き9200円は、ここが山小屋であることを鑑みて正に破格だと思います。
食休みをしてから入笠山湿原まで足を延ばしました。
規模的には大阿原湿原に遠く及びませんが、最盛期には花もたくさん見られ、人気のスポットです。

帰路、道の駅「蔦木宿」にある蔦の湯に浸かって疲れを癒し、ソフトクリームを食べ、野菜などを購入し、七賢酒造に向かいました。
ここで各々お酒を購入し、ガストで昼食を取った後、中央道で帰りました。
途中、事故が二件もあり、残念ながら渋滞に巻き込まれましが、それでも17時くらいには帰り着くことができ、一安心。
というのも、そのあと中央道ではさらに事故が頻発し、夜遅くまで厳しい渋滞となったようですから。

いろいろと予想外のこともあった今回の山行ですが、お二人はそれなりに満足してくれたようで、今度は是非ともあのビーフシチューを食べたい!と、再来を誓っています。
私としても、こうして地元の山のファンになってくれるのはありがたい限りですから、その折にはお付き合いをしようと考えております。

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日南・北郷の岩壺山(敗退) [山登り]

このところ梅雨の中休みといった感じで晴れ、気温も30度を超えたりしています。
それでも梅雨空になると気温は一気に20度前半に落ち込むので、油断はなりませんね。

そんな梅雨の晴れ間を利用し、久しぶりに宮崎の山に出かけてきました。
二年前に登った花切山の付近を調べていたときに印象に残った岩壺山に登ろうではないか、と、九州の山仲間に誘われたのです。
連れ合いも、「せっかくのお話なのだからいってらっしゃい」と言ってくれたので、その言葉に甘えたところです。

岩壺山は北郷町の北に聳える738mの山です。
標高的にさほどの高さではないと思われるかもしれませんが、このあたりで700mを超える標高は貴重な高さです。
下調べの段階の情報では相当に山深い感じで、猪八重川の源頭に位置する登り甲斐のありそうな山でした。

6月23日、雨の中を宮崎まで飛び、北郷町に向かいました。
二~三日前の予報ではこの週末は雨だったので、降りしきる雨の様子にかなり悲観的な想いとなっておりましたが、なんと前線が南に下がって、日曜日からの南九州はぽっかりと晴天になる予報に変わっていました。

24日は絶好のお天気となり、勇躍して猪八重渓谷駐車場に向かいます。
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駐車場には、我々以外の車は一台も見当たりませんでした。

猪八重渓谷遊歩道は入り口から最奥の五重の滝まで2.6kmあり、距離もさることながら、吊橋を含む7つの橋を渡り、勾配もかなり急で上り下りもあり、遊歩道とは云い条、しっかりした足回りを要求されます。

降雨が続いたためか、水量はかなり多い印象です。
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こんな切通のようなところもあります。
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わきから流れ込む支流に威圧的な滝がありました。
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こんなところは丹沢の檜洞を思い起こさせます。
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これは流合の滝。
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これが岩壺の滝。
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そしてこれが五重の滝です。
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豊富な水量を落としております。奥の直漠を登るためには右壁をアブミで越える必要がありそうですね。
尾鈴川のケヤキ谷に同じような感じの紅葉の滝がありました。
やはりアブミで乗越したのですが、そのときのことを思い出しました。
尤も、今回は沢登りではありませんから、眺めるだけですが。

遊歩道はここが終点です。
ここから本太郎駐車場までさらに急登が続きます。

登りきると本太郎駐車場。
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ここに通ずる林道は崩壊しており、いまだに復旧の予定もないことから、当然のことながら車の影もありません。

さてここからが本日のメインイベント。
不明瞭な踏み跡をたどって岩壺山を目指します。
ふと、同行者の様子をうかがうと、どうも顔色がよろしくありません。
どうしたのですかと尋ねると、実は体調が思わしくなく、ここまでは付き合えたのだが、これ以上は厳しいご様子。
申し訳ないが、私はここからゆっくり猪八重渓谷の駐車場に戻るので、一人で登ってきてくれないか、とのこと。
いや、それは心配なので私もここから引き返しましょう、と申し上げたのですが、飛行機を使ってここまで来てくれたのにそれではあまりにも申し訳ない、私は一人で戻れますから、どうか行ってきてくださいと言われてしまいました。

正直に云えば、ここまで来たのだから先に進みたいという気持ちが強く、それでは恐縮ですが、行かせていただきますと、答えました。山屋は自分勝手だなと思いつつ。

そんなわけで思いがけず単独行となったのですが、どこか少し気持ちが楽になったことも否めません。

本太郎駐車場から林道を進むと、道標が現れました。
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この道標が曲者で、矢印の方向には踏み跡はありません。
仕方がないのでトライアルパーク北郷方面に進むと、草の生い茂った広場に簡易トイレが埋もれている場所に出ました。
そのあたりをしばらく調べてみましたが、確信の持てる踏み跡は見つからず、いったん道標の地点に戻ります。

慎重に辺りを調べてみると、右側の斜面をのっこすところにたよりなさげなテープを見つけました。
そこを藪を漕いで登ります。
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しばらく藪を漕いで行くと、小さな沢に降りる崩壊した斜面に行き当たりました。
テープに従って、慎重に崖を降りて登り返します。
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とにかく猪八重川の方面に向かうことを考え、沢音のする方向に進むと、最初の渡渉点に出くわしました。
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しばらく行くと、またまた渡渉です。
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何度か渡渉を繰り返します。
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水量が多いので、そのまま流れに入ってわたるしかありません。
私は今回も地下足袋でしたので、足が濡れることには何の躊躇も感じませんが、山靴ですとかなり抵抗があるかもしれません。
転石には水蘚がついていますから、不用意に足を乗せると滑る可能性が高く、山靴を履いて濡れるのを嫌がりそんな転石乗ったりすると、重大な事故につながる虞もあります。
流れもかなり急ですから、思い切って水の中に入るのが一番いいのではないかと思います。

何度か続いた渡渉も、最後の方になると流れも穏やかになります。
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渡渉が終わると本格的な登りとなります。
急な登りももちろん厳しいのですが、随所に現れる急斜面のトラバースには要注意。
一か所だけロープが張ってありましたが、そのほかのトラバースも、ほとんど崩壊した踏み跡を拾いつつ、崩れる足元をだましだまし通過する必要があり、かなり神経を使いました。
雨が続いたことによって斜面がかなり不安定になっていることもその要因でしょう。

嫌らしいトラバースと木の根をつかんで登るような急登を稼ぐと、久しぶりに道標に出合いました。
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斜面を登りきると、また下り、さらに登りが続きます。
同じような感じの上り下りが果てしなく続き、何だかデジャヴ感にとらわれて、あー、またかよ、みたいな悪態をついてしまいました。
椎名誠さんがキリマンジャロに登った時の紀行文に、キリマンジャロのように目標の山がそこにあって、それに向かって登るのは誠に良いという描写の中で、次のような文章があります。
「これまで登った日本のいくつかの山行では、行けども行けども目的の山が見えず、やっと『あれか』と思って迫っていくと『違うんだもんね、あれはにせ××岳だもんね』などと言われて、よく欺かれた」

これは全くその通りで、そういう山登りに何度も出会っていますが、今回もまたその類です。
うんざりしながら急登急降下を繰り返すと、また道標に出合いました。
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これはもうそろそろかな、と思いつつ頑張って登ると、やはりその先にアップダウンが待っています。
なかなか厳しいなあ、と思いつつ、足元の悪い尾根を頑張って登り続けました。

いくつかの峰を越えて、どうやらあれが目的地の岩壺山かと思われる地点に達し、もうひと頑張り!と気合を入れていたら、尋常ならざる吠え声とうなり声が聞こえてきました。
私のこれまでの乏しい経験からしても、これはクマに間違いなく、それも完全に近づくものに対する威嚇と感ぜられました。
恐らく子熊がいる母熊なのでしょう。
このまま突っ込むと、かなりの確率で修羅場を見ることになる、そう考え、頂上は間近ではありましたが、潔く戻ることにしました。
単独行で、しかも同行者が駐車場に待っている状況です。
何かあれば、多くの人に多大な迷惑をかけてしまう、そのことが頭を巡ったわけです。
それでも、変に慌てて退却をすれば相手に襲われる可能性もありますから、とにかく静かにその場を立ち去り、しばらくしてから行動食を摂って気持ちを静めました。

何か追い立てられるような感じで、さらに山頂を踏めなかった無念さを抱きつつ、それでもつとめて冷静に下山を続け、剣呑なトラバースと藪漕ぎを継続しながら本太郎を目指し、駐車場に到着した時にはさすがに安堵しました。

猪八重渓谷駐車場には15時30分過ぎに到着。
久しぶりにほぼ単独の7時間行動となりました。

クマをはじめ、山の中ではマムシにも二度ほど出会い、この山域の山深さと自然の豊富さに驚嘆しました。
山頂を逃したのは無念極まりないことですから、是非とももう一度訪れてみたいと思っています。

花立山に続く道路から眺めた岩壺山方面の眺望です。
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立派な山容ですね。

ところで、今回の山行では、予想はしていましたが蜘蛛の巣に引っかかりまくり。
それは猪八重渓谷遊歩道でも同じことで、行きに引っかかりながら払った蜘蛛の巣が、帰り道でも張り直してありました。
蜘蛛の頑張りに感動しつつも、この梅雨の晴れ間の日曜日という絶好の散策日和に、ほとんど人が訪れなかったことには、非常に残念なものも感じたところです。
素晴らしい景観なのですから、地元自治体ももう少し宣伝に力を入れてみたらどうだろうと、大きなお世話と思いつつ、感じてしまいました。

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活を入れる!?2018 [山登り]

元旦は思いのほか暖かでしたが、ここにきて寒さがぶり返しています。
小寒を過ぎましたから寒の入りですね。

そんな中の4日、東丹沢の三ノ塔に行ってきました。

仕事の関係で、例年、1月の第一周はお休みになりますので、三が日を過ぎ空いた頃を見計らって通常なら混雑する山域に出かける、という行動がこのところ連続しております。

一昨年は、今年と同じく三ノ塔。昨年は大倉尾根から塔ノ岳に登りましたが予想以上に混雑していたので三ノ塔に戻した、というわけです。
登る目的の一つは、年末年始でだらけ切った体に活を入れること、です。

4日の朝、NHKの朝ドラを観てからゆっくり家を出ました。
反対方向ということもあって、電車はガラガラ。
小田急線は意外に乗客がいましたが座れないということはなく、こんな形で出かけられる幸せをかみしめます。
渋沢から大倉行きのバスも、乗客は私を含めて三人。しかも、ほかのお二方は途中で下車したので、終点まで乗車したのは私だけでした。

風の吊り橋から、目指す三ノ塔を眺めます。良いお天気です。
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牛首までの登山道の途中で富士山の姿を眺めました。
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ゆっくりと、しかし休まずに三ノ塔尾根を登ります。
葛葉川の源頭当たりにくると疎林帯となり、頂上も近く感ぜられますが、ここからが意外にかかるのです。
大倉を出てから2時間で三ノ塔山頂着。
標高差1000mを少し超えていますから、この標高差を2時間で登れるかどうかが、私にとって一つの体力的バロメーターです。何とかクリアできました。

山頂からの富士山は、残念ながら頂上に雲がかかっています。
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山頂も表尾根にも雪は全く見当たりません。
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相模湾が輝いています。
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新しい手洗いができていて、今年の春辺りから使えるようになるそうです。
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かなりのオーバーユースとなっている丹沢山塊ですから、こうした施設の整備はやむを得ないところですね。

これは大山。
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富士山の右側には南アルプスの峰々が見えていました。
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荒川・赤石・聖といったところでしょうか。

予報では風が強いとのことでしたが、さほどではなく穏やかなお天気の中、二ノ塔に向かいます。
二ノ塔からの三ノ塔です。
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二ノ塔からヤビツ峠に向かって降りていくと、山頂が大きく削られた山が見えます。
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岳ノ台あたりでしょうか。
何だか目を背けたくなるほどの惨状です。
どういう目的でこうした工事をしているのか。

富士見橋からヤビツ峠までの林道歩きが、恐らくこのコースのうちで一番うんざりさせられる箇所でしょう。
2km弱の距離ですが、日陰で車の往来もかなりあり、歩いていてモチベーションがかなり下がってしまいます。

ようやくついたヤビツ峠は意外なほど車が止まっており、三が日が明けても出かけてくる人はいるのですね。

ヤビツ峠で少し遅い昼食をとって、一気に蓑毛まで下り、バスで秦野に向かいます。
17時には帰宅し、今年の山の登り初めを無事に終了しました。

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マナスル山荘のビーフシチュー [山登り]

寒暖の差が激しくなってきました。
特に冷え込みの方はかなり厳しくなり、陽の短さとも相俟って殊更体に応えますね。

そんななかですが、先日、南アルプス前衛の入笠山に出かけてきました。
私の現在の職場で今年の春先まで勤務しておられた先輩から、入笠山のマナスル山荘のビーフシチューを食べてみたい、できれば初冬の雪景色も見たい、とのオファーがあり、入笠山は私の地元に山ですから、それではご案内しましょう、という話になったのです。

単なる職場のつながりだけで山にご一緒するということは、私としてはこれまで避けていたところですが、転職後の不安な時期に、なにくれとなく話しかけてくださり、仕事の上でもいろいろとご助言を頂いた方でしたので、今回は気持ちよくお受けすることにしました。

私の仕事上の都合から、金曜日の晩に沢入登山口で幕営ということになり、せっかくなので道の駅「蔦木宿」にある「つたの湯」でひと汗流していきました。
「つたの湯」は22時までの営業で、21時30分まで受け付けてくれます。

富士見ではこれまでも時折降雪があり、道路の状況がちょっと不安です。
スタッドレスタイヤを履いていれば精神的に少し楽なのですが、私の車はラジアルタイヤのまま。
どうかなあと思いつつも走っていくと、やはり路面には雪が残り、ところどころクラストしています。
4WDにして慎重に登っていくと、沢入駐車場は一面の雪原でした。
しかし積雪量はさほどでもなかったので、早々にテントを張り、食事をして就寝。
今回は多少なりとも寒さを防ぐたしになればと毛布を持参し、それぞれシュラフの上にかけて寝ましたが、やはり足先などは冷えますね。

夜中にはかなり風も強くなり、雪も降ってきて、起きた時にも雪曇りの状況でした。
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因みに、沢入駐車場の手洗いは冬季閉鎖です。
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テントを片付け身支度をしていると、車が続々と登ってきます。
この時期の入笠山には、パノラマスキー場からゴンドラ経由が一般的だと思っていたので、ちょっとびっくり。

沢入から入笠湿原までの登山道はよく踏まれていて、歩きやすい道です。
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雪はそれなりにありますが、歩きにくいほどではありません。
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鹿除けの柵を越えると入笠湿原です。
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結構な数の登山者がいます。

入笠山山頂へのコースは、途中で「岩場」と「巻道」に分かれます。
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岩場といっても大して難しいわけではありませんし、巻道もそれほど時間が長くなるわけでもないのでどちらをとっても大差はありません。

山頂は、風が強いせいか雪が飛んで地肌が出ています。
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ここからの八ヶ岳の眺めは特に絶品。
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横岳・赤岳・阿弥陀岳・権現岳などの主稜です。
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南アルプス北部方面は雲が厚く、甲斐駒や鋸岳が見える程度。
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富士山は残念ながら雲の中です。

これは諏訪湖方面です。
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さて、山頂の景色を楽しんだ後は、本山行の主目的であるマナスル山荘のビーフシチューを頂きましょう。

マナスル山荘です。
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たくさんの登山者が訪れていました。

これが噂のビーフシチュー!
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ボリュームたっぷりで、かつお味も最高でした。
しかもこれで1000円(単品)!
ご飯は200円ですが、野沢菜漬はサービスです。
これだけの味とボリュームのビーフシチュー、下界でも1000円などではとても食べられません。
なんというコストパフォーマンスの高さでしょうか!
なるほど、これならこれを目的に登るという人がたくさんいても納得ですね。
因みに、ビーフシチューは限定15食ですが、予約ができます。
マナスル山荘に到着した折に予約をして、それから入笠山に登ると安心でしょう。

この時期の入笠山は積雪量もそれほどではなく、天候もまあまあ安定しているので、雪山初心者でも安心して登れます。
実際、子供連れや犬連れの登山者もたくさん見かけました。
アプローチも、パノラマスキー場からなら全く問題ありません(ただし、かなり混雑する可能性はありますが)。
沢入登山口の方は比較的すいていますが、問題はここまでの車道です。
当然積雪がありますから、できればスタッドレスタイヤの方が安心でしょう。
とにかく、急ブレーキや急ハンドルは厳禁。
それからカーブの上り坂でのアクセル操作も気を付けるべきです。
4WDでも、雪面の状況によってはテールが流れてコントロール不能になる可能性があります。
落ち着いてカウンターを当てれば大丈夫ですが、雪道に慣れていないとパニックになるかもしれず、それが一番危ないと思います。

いずれにしても、4WDやスタッドレスタイヤを過信するのが最も危険でしょう。
慎重に勝る対策はないというのが、私の結論です。

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開脚に潜むケガのリスク [山登り]

寒暖の差が激しくなってきています。
街路の銀杏はすっかり黄色くなり、歩道は落ち葉で敷き詰められ、なんともいえない冬の前触れを感じさせますね。
冷え込みがきつくなると、年のせいもあってか関節の動きが悪くなり痛みと軋みに悩まされます。
柔軟体操やストレッチが必要なゆえんですね。

ところで、ちょっと意外な記事がありましたのでご紹介します。

ブームに警鐘! 開脚に潜むケガのリスクに専門家は「不要」


「開脚」は、私などは「股割り」の方がしっくりくるのですが、要するにこんな感じで両足を180度開き、そのまま地面に胸や腹をつける柔軟運動の一つです。
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記事にもありますように、体操・バレエ・格闘技などのエキスパートはこれを苦も無くこなし、また、それによって怪我の発生を予防したりできるというのが、私などの認識ですが、ブームになっているとは寡聞にして知りませんでした。

しかし、正に過ぎたるは猶及ばざるが如し。
 実は股関節の可動域については、日本整形外科学会と日本リハビリテーション医学会が、診察や治療後の評価などで用いる股関節の可動域の参考範囲を、“外転(外側に開く)角度は片側45度、左右計90度程度”としている。
 
「これは自分の力で無理せず開いた場合の可動域で、体重をかけたり、誰かに引っ張ったりしてもらえば、120~140度ぐらいまではいきます。ですが、バレエなどのダンスや新体操、フィギュアスケートなど、芸術性が重視される競技を行う選手でもない一般の人が、180度も足を開く必要性はありません」(坂詰さん)  
 開脚は単に不要なだけでなく、やり方によってはケガのリスクを伴うという。冒頭のヒロミさんが痛めたのは腰だったが、トラブルが目立つのは股関節のほう。多いのは、短時間で無理に関節を伸ばそうとするケースだ。関節を安定させている靱帯や、周囲にある関節包が伸びてしまい、股関節が不安定になってしまうことがあるというのだ。
 
 時間をかけて柔軟性を高める場合でも、同時に筋トレなどで筋力を付け、関節を支える必要がある。坂詰さんによると、体を動かすには“安定性(スタビリティ)”と“可動性(モビリティ)”のバランスが大切だという。可動性だけを高めれば、安定性が保ちにくくなり、ケガにつながりかねない。それを防ぐには、筋肉を付けること。柔軟と筋トレはセットで考えなければならないのだ。

怪我を予防するために柔軟性を持たせるつもりが怪我につながったのでは本末転倒です。
この記事を読んで、改めて無理は禁物だと自戒しました。

というのも、クライミングをやる人たちはある程度身に染みていると思うのですが、かぶり気味の壁に正対で登るとき、腰やお腹を壁につけるようにするとハンドホールドに必要となる腕力がかなり減殺されるのです。
スタンスも、できれば片足は自分の体の中心線に置いて、その体制で腰を壁に密着させることで体重を真下の足に逃がすわけです。
このため、股関節はなるべく柔軟にし、できれば股割りが可能なくらい開くと腕力に余裕が生まれるのですね。

しかし私はこれが全く苦手で、頑張ってもこのくらいです。
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従って、厳しいルートではなるべく正対を避け、カウンターを使うことになります。

もう一つ、クライミングをスムーズにするための股関節の柔軟性はこんな形でも示されます。
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座った状態で両足の裏を股間で合わせてくっつけ、両膝を床につけるのです。
これができると、先に書いた壁に腰やお腹をくっつける体制が取りやすくなります。

しかし、これについても私はこんな程度。
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恥ずかしい限りです。
私のクライミング能力は、インドアで5.11aが最高(現在では5.9も怪しいかも)。
それ以上は全然歯が立たないのですが、さすがに5.12以上を登っているクライマーは、楽々と開脚が可能であり、彼らが柔軟運動をしているさまを見て「すごいな」と嘆息したものでした。

そんなこともあって、及ばずながらも風呂上がりのストレッチなどで股関節の可動域を広げる悪あがきもしてまいりましたが、この記事にもありますように、これからはむしろ大腿部や臀部のストレッチを中心にするように方向転換を試みようと思います。

長きにわたって山歩きやスポーツを楽しむためにも、無理なく体をケアしていくことがますます必要になるのかもしれませんね。

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「遭難女性が救助の警官にブチ切れ」 [山登り]

JCASTニュースに掲載され、Yahooニュースに転載されたことから、注目を集めた記事。

遭難女性が救助の警官にブチ切れ ブログで「何様なの?」「酷い対応」

JCASTニュースのURLは以下の通り。

遭難女性が救助の警官にブチ切れ ブログで「何様なの?」「酷い対応」

「遭難女性」のそもそものブログ記事はこちら。

御在所岳でまさかの遭難! 大変ご迷惑をおかけしましたm(__)m。しかし警察って何様?感謝していますが言わせてもらいたいことが!

人はその置かれた立場によって意識も感じ方も良識も異なりますから、この件については記事の紹介にとどめ、このことに対しての私個人のコメントは差し控えます。

以下は山登りに対する私の個人的な考え方ですから、どうぞその点についてはお汲み取りのほどをお願い申し上げます。

山登りは基本的に場数や経験がものをいうスポーツだと思います。
スポーツであるのにもかかわらずこれといった明確なルールがなく、ベテランもビギナーも同じフィールドで行動するという特徴もあります。
その場数や経験も、単にこれまで重ねてきた年月に比例するといったものではなく、極端なことを云えば、無雪期の一般ルートの縦走を何十年重ねてきても、山登りという全体的なレベルからすれば「初級者」の域を出ません。
高尾山や丹沢あたりから始めて、奥秩父・八ヶ岳・日本アルプスと無雪期の縦走登山をを重ねていき、沢登りから岩登りなどのバリエーションにおける技術をある程度習得し積雪期登山に踏み出していく、という地道な経験を積むことが、まずは山登りのあり方だと、私などは教えられてきましたし、場数や経験という意味では正にこの通りと思います。
地形図の読み方や天気図の書き方、観天望気、ザイルワーク、確保技術、アイゼンワーク、天幕などを含めた生活技術や食料の取り方、などなど、山登りに関して必要となるもろもろの技術はこうした息の長い経験によって身に付くものでもあるのでしょう。
先輩などから実地で教え込まれるものから、自宅の炬燵にあたってブーリン結びや8の字結びやマッシャー結びやプルージックやインクノットなどを何度も繰り返し自習する、などということまで、目標達成に向けてそれなりの地道な努力を重ねてきた山屋もかなりの数にのぼると思います。
食糧計画を立てたり国土地理院の25000分の1地形図に色を塗ったり書き込みをしたりとか、山へ出かける前の準備も、それなりに楽しいものでした。

一時、山の経験のほとんどない中高年の方の登山に関して、その危うさや軽率な行動などが批判の対象になっていました。
近年、山ガールとか山ボーイなどという呼び名とともに若者たちの山登りが盛んになってきています。
若い人たちが山に登るというのは、20年位前までは誠にお寒い限りでしたから結構なことだと思います。
しかし、時折山で出会う彼らの行動を見ていると、批判の対象となっていた中高年登山者以上に危ういものを感じます。
そこには、山の経験はもとより人生経験の浅さまで露呈されているからなのかもしれません。

今回のこの「騒動」の元となった方は、地図やコンパスを持参することもなくしかもコースを事前に検討しもしなかった。
地図を持参しなかった理由は「そもそも地図が読めないから」なのだそうです。

地図も読めずコンパスの使い方も知らない人、つまりは山の中にいて自分の現在いる地点すらも把握できない状況で山歩きをする。
ちょっと絶句してしまいました。

そういえば、同じJCASTニュースに次のような記事がありました。

救助隊員滑落死でも「楽しかったよ」 無謀登山遭難者のフェイスブック書き込みに非難轟々

恐ろしい世の中だと思います。

好むと好まざるとにかかわらず、私はこれからも基本的にはあまり登山客の押し寄せない山域を中心に山をうろつきたいとの想いを新たにしました。

山登りには、昔から言い習わされている俚諺があります。

「山の弁当と怪我は自分持ち」
タグ:山登り 遭難
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歩くのが早い人は高収入? [山登り]

梅雨が明けました。
とはいっても、首都圏では空梅雨で、その実感は今一つです。
どうやら今年も水不足の心配をせざるを得ないようですね。

夏の帰省計画が具体化し、昨年同様、私の実家(八ヶ岳山麓)から連れ合いの実家(会津)までロングドライブをすることになりそうです。
車は大変便利ではありますが、私はそれほど車の運転が好きな方ではないので、やはり長期間のドライブは応えます。
出来れば何とか渋滞だけは避けたいものですね。

さて、昨年、あと一歩というところで敗退してしまった沼尾沼
今年こそ達成せんものと意気込んでおりました。
先日購入したハンディGPSもあることですし、昨年の遡行で三沢の状況もある程度把握できているので、恐らく大丈夫でしょう。

会津についてからの予定の中に、その沼尾沼行きを入れていたところ、それを知った連れ合いが会津の実家に告げ口。
義妹からものすごい勢いて反対されてしまいました。
いわく、
  1. 昨年の山は木の実が豊作で小熊がたくさん生まれ、熊の絶対数が増加
  2. 小熊を守るために母熊が狂暴になっている
  3. 里山でもいたるところで熊の出没が確認されており、駆除が追い付かない
  4. 人間を恐れなくなっている

などなど、です。
この話を聞いて連れ合いも、「沼尾沼に行くというのなら会津には帰らない!」などと言い出す始末。
三沢遡行は限りなく困難になりつつあります。参りましたね(せっかくGPSを買ったのに)。

そんなわけで現在ちょっと悶々としつつありますが、説得できなければとりあえず別の山にでも行ってこようかなと考えている次第です。

ところで、何となく首をかしげる記事があったので紹介します。

歩くのが早い人はやはり高収入?
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 調査に参加した男女1万362人のうち、年収に関するアンケートに回答した1229人(年齢19~77歳)について、データを分析した。その結果、年収が高い人ほど平均歩行速度が速くなる傾向が見られた。
 年収100~200万円未満の人は平均歩行速度が時速2.52キロメートルだったが、平均年収とされる400~500万円未満の人は同2.69キロメートル、600~700万円未満の人は同2.95キロメートルとなり、収入が高くなるにつれて、歩くスピードも速くなっている。
 1000万円を超える高年収の人は、歩くスピードがさらに速く、同3.13キロメートル。高年収の人は平均年収の人のおよそ1.2倍速で歩いていることになる。
 有酸素運動となるウォーキングは「時速3キロ以上」とされており、年収の高い人は歩いている時でも「軽い運動」をしていると言えそうだ。

私などの感覚では、平地における時速2キロメートルから3キロメートルなどという歩行スピードは余りに遅すぎます。
急登で知られる丹沢塔ノ岳大倉尾根の登りでも時速2~3キロメートルは出そうな気がしますし、平地ではだいたい時速6キロメートルくらいは出るのではないでしょうか。
「有酸素運動となるウォーキングは『時速3キロ以上』」と書かれてありますが、ウォーキングでは7~8キロメートルは出ていると思います。
時速3キロメートルでは「軽い運動」にすらならないように感ずるのですが如何。
朝の通勤時でも、皆さん、結構なスピードで歩いていますし。

それともこの調査における「平均歩行速度」とは、信号待ちだとか電車待ちだとか止まっている時間も含んでいるということなのでしょうか?

いずれにしても私は全く高年収ではありませんから、もしかすると時速3キロメートルをかなり上回って歩いているような余裕のない私などは逆方向のバイアスがかかっているということかもしれませんね。
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